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生き急ぎ令嬢と悪役令嬢は共存しない

掲載日:2026/03/31

 時間は有限だ。

 勉強が趣味の私はそれをよく理解している。


 だからこそ隙間時間を見つければここぞとばかりに学術書を開いて知識を詰め込み、移動時間は速足でなるべく時短する。

 人間、いつ死ぬか分かったものではないのだ。

 自分の死期を悟った時に『ああ私、時間を最大限活用できたな』と思える満足した人生でありたい。


 そんなこんなで魔法学園の廊下を速足で移動していた私だったが。

 私の進路を塞ぐように立つ男子生徒と女子生徒が一人ずつ。


「チェルシー! 貴様との婚約を破棄する!」


 男子生徒の方はジェイソン伯爵令息、私の婚約者。

 女子生徒の方男爵令嬢マライア、既に社交界でも噂になっているジェイソンの浮気相手だ。


 そんな事はさておき、非常に邪魔である。


「お前は嫉妬からこの愛らしい少女に嫉妬し、数多くの虐めを――」

「婚約破棄ですか、承知しました。では正式な書面を我が家にお送り下さい」

「な……ッ、おい、話はまだ終わっていないぞ!」


 私がせっせか二人の隙間を潜り抜けようとするも、残念ながらその隙間はジェイソンによって埋められる。


「何ですか」

「お前はマライアを虐めただろう! その罪を償って貰わなければ」

「虐めておりませんが」

「言い逃れをするつもりか! こちらは証拠もある! 目撃者もいるんだぞ!」

「見てるくらいならば助けて差し上げればよかったのでは? 因みに私はマライア様とは学園でしかお会いした事がございませんし、二人きりになることもございません。休憩時間や放課後は図書室に居りますし、その時間帯のアリバイでしたら、公爵令息のベネディクト様が証言してくださるかと」


 公爵家のご令息の名を出した瞬間、ジェイソン達の顔が強張る。

 目撃者として用意していたのだろう、近くに立っていた数名の生徒達も同じ様な顔をしていた。


「それでも証拠が揃っていると申すのでしたら、正式に裁判でも致しましょう。このような場所で口先だけの主張をするのではなく、裁判の為の書類でもおまとめください。法の下で戦いましょう」

「な、裁判だと……!?」

「裁判に出来ない程度の情報で証拠と仰ったのですか? はた迷惑でしかありませんわね。貴方達と違い、私は暇ではございません。時間が惜しいのです。他に用がなければ失礼いたします」

「な、ま……っ、待て!」


 私は今度こそ二人の脇を擦り抜け、さっさと図書室へと向かった。


「……生き急ぎ令嬢が虐め?」

「まさか……ねぇ」

「あれ見てたら、流石に……信じられないよなぁ」


 背後からひそひそと、野次馬の方々の声が聞こえてきたが、知った事ではない。

 しかしこのせっかちすぎる性格で一切物怖じしない態度が、どうやら私の疑いを完全に晴らしたらしい。


 気が付いたら勝手に囁かれていた『生き急ぎ令嬢』という二つ名……あまりいい肩書きだとは思っていないけれど、こんな所で役立つのであればまあ悪くはないのかもしれない。



***



「で、君は私の名を勝手に使って逃げて来たと?」


 図書室についた私がせっせか学術書を開いて目を通し始めると、学園一の美青年、公爵令息ベネディクト様が声を掛けて来る。

 今日はいつもより五分程到着が遅れたので何かあったのかと問われ、つい先程起きた事を読書の片手間に回答した所だった。


「時間短縮の為なら、使えるものは何でも使います」

「仮にも公爵家の男児の名を『使えるもの』呼びするのはやめたまえ。まあ……事実、君のアリバイならば証明は出来るが」

「ええ。毎日のようにこうしてお声掛け頂いておりますから」

「ああ、そうだな。毎日君に会いに来ているからな」


 何か聞こえた気がするが、聞こえなかったフリをする。

 しかしそれを許さないとでも言うように彼は繰り返した。


「毎日、君に、会いに来ているからな?」


 嫌な予感がして無視をする。

 するとひょいと学術書が取り上げられた。


「あ」

「いい加減、気付かなふりをするのはやめないか?」

「私は勉強がしたいのです。ベネディクト様に声を掛けられると毎回身に入らないのですよ」

「身に入らない、か……ま、確かにそうだな」


 ベネディクト様はそう言うと、私が開いていたページを見せつけて来る。


「こんな細かな字が記された書物を、逆さまに持っていれば、確かに身に入るものも入らないだろうな?」

「あ……っ」


 にたり、とベネディクト様が意地悪く笑う。


「君は常々、時間の無駄がどうのと言うが」


 ベネディクト様は本の向きを正しく戻してから私の前にそれを置く。


「私との会話に於いては、その『無駄』には含まれていないような気がしてならないな。……これは私の自意識過剰か?」


 意地の悪い笑みが間近から向けられている。

 私は自分の顔が茹っていくのを感じた。


 ジェイソン達の会話は聞くに堪えない、無駄なものだ。

 けれど、ベネディクト様との会話に於いては……そう思えない自分がいるのは確かだった。

 ……たとえ彼との会話の中身が、勉強に関係のないものであっても。


「な、な……ないしょ、です……!」

「ふぅん? そうかそうか」


 上機嫌さが声に乗っかっているベネディクト様。

 彼と顔を合わせられなくなった私は、下手くそな咳払いを三度繰り返してから本に視線を戻した。


 けれど……その後、一ページたりとも内容が頭に入って来る事はなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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