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六英雄キ

悪夢を代償に、それでも俺は世界を改変する

作者: 上野 鄭
掲載日:2026/02/27

 ――()()はダメだ。


 異変を感じて現場へ急行した俺は、飛び込んできた存在に得も言われぬ焦燥感を抱く。

 今は食事をしているのか、魔物を丸呑みする巨躯(きょく)に思わず手を握る。

 遠くから見下ろしてもはっきりと分かるピンク色の化け物は、二十メートル近い巨大な水風船のように(うごめ)いていた。

 それは一匹食い終わっても満足していないようで、近寄ってきた他の魔物をその気色悪い触手で絡め取り、再び一口で平らげていた。


「……肉体はおろか、魂までも喰らうのか」


 魔力視に映る光景は魔物の無残な最期。

 じわじわ消化されるそいつらは、文字通り、何もかも跡形がなくなるまで食らい尽くされていた。

 この世界に来てから初めて()()光景に、戦慄が走る。

 一緒に戦うと息巻いていた奴もいたが、置いてきて正解だ。

 あいつらじゃあれの相手は務まらない。そもそも、俺の本気の魔法の余波を防げるかすら怪しいのだから。

 そんなことを考えていると、異様な水球が次の行動に移った。

 それを()()途端、思わず悪態が漏れる。


「――ちっ、養分を取ったら体が増すのか」


 二体分の食事で、ピンクの化け物の体がひと回り大きくなる。

 然して強くない魔物でこれとは、腹立たしいにもほどがある。

 どうしたものかと思い悩んでいると、それがのっそりと動き出す。

 その進行方向を理解した途端、盛大な舌打ちを零した。


「その先は都市があるんだぞ!」


 十数キロは離れているとはいえ、あの巨体からしたらすぐそこだ。

 ()()()が知れば悲しんでしまう。

 戦うならば、今、この場所以外の選択肢はない。

 大きく息を吸い、精神を研ぎ澄ます。


 ……これで方が付けばいいが。


 悩むより先に、紅の瞳を赤紫色に染め上げた。

 静かに渦巻く力を感じながら、俺は静かにその巨塊へ飛び掛かった。



 ◆◆◆



 頭上を取る。

 向こうはまだこちらに気付いていない。

 だからこそ、最大火力をお見舞いすることにした。


 一瞬にしてピンクを埋め尽くすほどの炎球を産み落とす。

 それでようやく俺を認識したようだが、鈍いにもほどがある。

 たちまち炎の柱が天を衝く。

 余波は周囲の岩肌を溶かし、木々をなぎ倒しながら、うだるよな熱気が広がった。


「……」


 俺は空間魔法で足場を作り、炎に隠れた水毬を空から見下ろす。

 まずは様子見だ。

 この程度でやれないのは承知の上。どれだけ体を削れているかが問題だ。


 俺の魔法はこの世界の生物に効きにくい。

 詳しい理由は分からんが、魔力の相性が良くないからだった。

 最低でも普段の三倍以上魔力を籠めないと、期待した効果が得られない。

 個体差はあるが果たして……。

 じっと見据える中、俺は静かに次の魔法の準備を進めていた。


 ふと、炎の中で何かが煌めいた気がした。

 目視では分かり難いが、魔力を()()いたからこそ気付けた。


「ちっ――!」


 瞬く間に迫る触手を横に跳んで回避した。

 一本一本が俺の体を同等。そんなものが、風を切って無数の槍と化す。

 俺は間髪入れずに小さな足場を飛び回りながら、紙一重で(かわ)していく。

 その鈍重な見た目からは想像できないほど素早い腕たちは、俺を取り逃すと、岩や地面を砕いて戦場を荒らしていった。


 ……ずっと自分で足場を用意しないと、足元を取られかねないな。


 少しでも魔力を節約したいというのに、狙い澄ましたような嫌な手を打つのは、見た目にそぐわぬ知能があるのかもしれない。

 飛び交う腕を掻い潜りながら、そんなことを考えていた。


 初手で炎を使ったのは失敗だったかもしれん。

 反撃もせず回避ばかりしていると、無造作に振り撒かれた炎が邪魔になってきた。

 下手に大きく身を引いたら標的が外れると思い、今度は氷、雷と矢継ぎ早に繰り出した。

 爆風が巻き起こる。

 化け物の体を呑み込んだのも束の間、邪魔だとばかりに体を揺らして散らされる。

 そのもち肌の体には、特に目立った傷は見られなかった。


「……ちっ、想像よりも効いていないな」


 どれもほぼ限界まで増幅させた魔法にもかかわらず、不気味な山塊の前では塵芥(ちりあくた)にも等しい。

 一応、僅かばかり体を縮ませていたが、本当に微々たるもの。このままでは、先に力尽きるのは俺のほうだった。


 目の前のいがぐりは威嚇のつもりなのか、全身に棘を生やしたように波打たせる。

 雀の涙ほどでもその体を傷付けたこと(しゃく)だったのか、どうやら敵視してくれているようだ。


 逃げるのは簡単。

 だとしても、その後に訪れるのは無慈悲な蹂躙(じゅうりん)劇だ。

 それは流石に看過できなかった。


「……あいつの泣き顔はもう見たくない。悪夢は、夢の中だけで十分だ」


 無意識に零れた言葉は、僅かなしこりとなって俺を苛む。

 いつになく感傷に浸ってしまった。

 口の中で舌打ちをしながら、俺は小さく頭を振る。

 苦いような何かを覚えながら、それを払い除けるよう足場を蹴り、肉薄して雷と共に掌底(しょうてい)を放った。


「こっちのほうが割がいいか」


 魔法が威力が高いはずなんだが、得られた結果は然程変わりない。

 魔力消費は雲泥の差。掌底なら、さっきの五分の一以下だ。

 迫る触手を避けながら、俺は属性を適宜変えつつ反撃していった。



 ◆◆◆



「こいつも生物である以上、なんらかの()は持っているはず――」


 見た目からして生物なのは分かっていたが、魔力視で()()魔力の質も変わらぬ結果を告げていた。

 何もかもを喰らい尽くす能力は生物として間違っている気もするが、魔素体――魔法の根幹たる体の一部は嘘をつかない。

 いくら隠蔽したとしても、生物か無機物かを誤魔化すことはできないのだから。

 この化け物がこの世界の生物なのか定かじゃないが、心臓()(えぐ)り取れば、その存在を保つことはできないはず。なぜかは分からないが、目の前の化け物にも適用されるという絶対的な自信があった。


 粘性の肉体の所為で内部を直接目視することは叶わないが、魔力視でもって核を暴くしかない。

 反撃は最低限にして、敵の情報を丸裸にしようと魔力の目を凝らす。

 俺は戦場を駆けながら、特定に注力していった。


 しばらくそれを続けていると、不意に化け物の足が止まる。

 俺も空中で静止しながら、(いぶか)しげに次の行動を見守っていた。

 すると、あろうことか、()()()()()()()動き出したのだ。


「なっ――!?」


 思いがけない挙動で身を固めていると、そんな俺を無視して前へ前へと進んでいた。


「眼中にないってか!」


 慌てて距離を詰め、盛大に雷を纏った掌底をお見舞いする。

 体躯に頭大の大穴が開くも、即座に関係ないとばかりに閉じられる。

 大して削れたとは思えないが、俺にまた標的が移るはず――。

 無造作に振るわれた腕を避けながら、そんなことを考えていた。


「よし、このまま――」


 また時間稼ぎに戻るかと思った矢先、そいつは再び前へと足を動かす。

 その方向は俺とは真逆。

 完全に俺を無視した動きだった。


「くそっ! こっちの狙いが読まれたのか!!」


 こうなれば効率なんて度外視。

 即座に炎を浴びせ、巨体を包み込んだ。

 足が止まる。

 だが、俺に攻撃する気配はない。

 逡巡(しゅんじゅん)しているかのように体を震わせるそいつに、再び特大の雷を浴びせた。

 二つの魔法でようやく俺を振り向いた化け物。

 それでも若干の緩慢さを見せるあたり、なんとも忌々しかった。


 もう小手先じゃ通用しない。

 一刻と迫る破滅から目を背けながら、俺は攻撃を躱しつつ、最大火力の魔法を連発する。

 その傍らで、魔力視もフルで研ぎ澄ませていた。



 ◆◆◆



 どれほど時間が経っただろうか……。


 目の前のピンク色は、未だ平然と立ちはだかっている。

 対して、俺は荒い息を吐きながら、霞む目を必死に開いていた。


 肉体の損傷は向こうだけ。俺はなんとかかすり傷一つ負わずに済んでいた。

 代わりに、魔力も体力もほとんど底を突き、立っているのがやっとだった。


「……くそっ、こんなことなら、もっと理力を溜めておくんだったな」


 元から魔力の少ない俺は、理力という自然から得られるエネルギーを変換して戦っていた。

 ここへ来る前に多少使っていたとはいえ、このざまだ。悪態の一つや二つ、つきたくもなる。


 化け物はといえば、まだ足掻こうとする俺を警戒してか、足を止めたにもかかわらず一気に近寄ってこない。

 石橋を叩いて渡るよう、じりじりと包囲網を形成していた。


「――っ、できれば()()は使いたくなかった……」


 彼我の距離があと僅かに迫る中、俺は無意識に唇を噛んで弱音を吐く。


 (なめ)めていた訳ではない。

 前の世界と比べて大した脅威がないと、下に見ていたつもりもない。

 ただ、突然手に負えない敵が現れるとは思っていなかっただけだ。

 潜在的な理不尽は、迷宮遺跡(ダンジョン)の中だけだと。


 気が緩んでいた、油断していた、他に意識を割いていた――。

 言い訳が湯水の如く浮かぶも、今更すべてが遅すぎた。


 前の世界では踏ん切りがついたと思っていたのに、今は亡き()()()()が決意を鈍らせる。

 この世界で息づいていると錯覚する己の願望が――。


「すぅ――、はぁ……」


 少しでも心を落ち着けるため、ゆっくりと深い呼吸をした。


 ()()()少女(あの子)じゃない。

 ただ似ているだけの別人なんだ――。


 戸惑う心に言い聞かせ、静かに脱力して目を伏せる。

 魔力視もいったん切る。

 これから訪れる衝撃を前に、俺は僅かに口元を(ゆが)めた。


 ――そっと望まぬ()()を心待ちにして。



 ◆◆◆



 目の前に――(まぶた)の奥に浮かぶ情景は過去のもの。

 いずれも眩いほどの輝きを放ち、溌溂(はつらつ)と小さな体で花畑を駆ける。

 皆の顔には笑顔が零れ、はしゃぐ声は甲高い。

 幸せいっぱいとばかりに遊ぶ彼ら彼女らは、その大半が見知った顔。

 俺を気にもせず、彼らだけで戯れていた。


 ふと、その中の一人と目が合う。

 彼女は確か、孤児院にいた一つ上の少女で――。

 名前を思い出そうとした途端、彼女は豹変した。


 瞳は落ち窪んだように闇に包まれ、血の涙を流す。

 笑みは張り付き、白い歯が牙を剥く。

 歓喜の声は低くしわがれ、怨嗟(えんさ)へ染まっていった。


 周囲もいつの間にか、おどろおどろしい赤へと変貌していた。

 草木は枯れ果て、血塗られた大地が広がる。

 (ひび)割れた闇が空から落ち、光たちを苛んだ。


 とんっ――、と軽い衝撃を覚え視線を落とすと、その手は赤黒く染まり、誰とも分からぬ肉片がこびりついていた。

 四散した四肢も至るところへ散らばり、無数の砂の山に小さな骨が突き立てられた。

 生暖かい液体が、べっとりと首筋に触れる。

 足元は凍えるような冷気に覆われた。


「……なんで助けてくれなかったの?」

「……どうして死ななきゃいけなかったの?」

「……どうして、一人だけ生きているの?」


 くぐもった誰とも分からぬ声が耳朶(じだ)を裂く。

 それに呼応するように、幾重にも音が連なり、俺へ襲い掛かる。

 ざらりと逆立つ胸の鼓動を押さえながら、しばしその責め苦を耐え凌いでいた。


「――ゼイン?」


 その声を聞いた途端、俺の心臓は鷲掴(わしづか)みにされた。

 名前を呼びそうになるのを抑えて振り返る。

 そこには一人の少女。

 まだ幼さを残した彼女は、異世界(この世界)で出会ったあいつに瓜二つで――。


「――どうして私を殺したの?」


 栗色の髪を振り上げたそこには、ぽっかりと空いた黒い穴が三つ。

 差し出される腕は俺を迎え入れているようにも、絞め殺そうとしているようにも受け取れる。

 腕を上げた拍子に、白いワンピースの隙間から覗かせるもう一つの()()()

 その姿に、酷く顔を歪めた。

 大きさは当時のまま。俺が成長したから既に合わないはずだ。

 なのに、右の掌は血の気を失ったように冷たくなっていた。


「……お前は偽物だ。お姉ちゃんは、そんなこと言わない」


 きっぱりと告げたつもりが、声は弱々しく震えていた。


 ……初めて見た時は、あまりの衝撃に何日も寝込んだ。

 今は慣れたからいいものを、戦闘中、ずっと見続けなきゃいけないのは、一種の業なのか。


 俺の言葉に反応したように、目の前の少女は口角を大きく動かす。


 ……過去の残滓(ざんし)だとは分かっている。

 体のいい幻想だとも。


 それでも彼女は、決まって俺の反論の後、姿を消していた。


 ……()()を守れなかったと責められるよりは、今のほうが断然マシだ。


 絶望が胸を衝く。

 こうしている間にも、この手から零れ落ちたものたちから、何度も後ろ指を指される。

 いつだって、最後は必ず彼女たちが糾弾する。

 憎悪と怨恨の籠った声で、絶えず悪夢を見せつけながら。


 もう何度目とも分からぬ体験に、俺は奥歯を食いしばる。

 しばらくここには誰も増えていない。

 そのことだけが、唯一の救いだった。


 ……これだから、この能力――理力を急速に集める手は取りたくなかったんだ。


 胸に渦巻く感情を飲み下しながら、俺は昏い夢から目を覚ました。



 ◆◆◆



 重い瞼をあらん限り引き上げる。

 ピンクの魔の手が寸でのところまで迫っていた。

 しかし、俺に届くことはない。

 開眼と同時に魔力が迸り、その魔力の波が肉塊を遠ざける。

 悪夢を代償に湧き上がる理力は、「改変(かいへん)(ことわり)」を使ってたちどころに魔力へ変換していた。


 あっちが何もかもを喰らい尽くすというのなら、俺はその存在を空間ごと消し去ってやろう。

 距離を取り警戒を露わにするそいつへ、指を向けて鷹揚に告げた。


「――かかってこい。今度は退屈させないぞ」


 頬を伝う涙を振り落としながら、俺はこみ上げる感情を噛み潰し、ピンクの水毬を()()()()で睨みつける。

 魔力を乗せた挑発はあの鈍そうな見た目にも有効のようで、ぷるぷるとその身を震わせていた。

 本当は挑発で身を(すく)ませる予定だったが、怒りを買っただけで怖がる素振りはない。

 だが、それでもいい。

 あれの目が俺にだけ向くのならばな。

 再び気取られないよう魔力視を再開し、その弱点を暴きにかかった。



 ◆◆◆



 ピンクの砲弾が迫りくる。

 速度は今までとは段違い。音を突き破って俺を呑み込まんとす。

 取り付かれれば厄介だが、その結末は訪れない。

改変の理(改理の力)」を足に籠め、その巨体を蹴り上げた。


 宙を舞う化け物へと紫炎が雪崩れ込む。

 改理の力はすべてを紫に染め上げる。

 あの炎はたとえ俺の魔力が尽きようとも、周囲の魔素を燃料に妖しく燃え盛る。それが、理を歪めた(改変した)能力なのだから。


 声にならない絶叫が木霊する。

 口もないのに不快な音を発するそいつは、炎を振り払おうと空中で藻掻き苦しんでいた。


「ほう、()()なら多少は効くのか」


 手応えを感じ、内心ほくそ笑む。

 しかし、その笑みも長くは続かなかった。


「ちっ、それもありなのか……」


 目の前の光景に思わず悪態が漏れる。

 水を焼く紫炎が周囲の魔素諸共そのピンクに押し流され、喰らわれてしまったのだ。

 魔素(燃料)を失えば消えてしまうのが世の摂理。

 歪めた炎とて例外ではない。

 改理の(この)力は万能であっても、全能ではないのだから。


「……牽制程度じゃ、一拍の間も持たない、か」


 継続的な魔法がダメかと氷、雷も歪めて放ってみる。

 氷は魔素の動きすら阻害し、雷は瞬く間に重音を奏でる。

 それぞれ一定の効果は得られたものの、炎と大差なかった。


「厄介な……」


 俺は歪む景色を眺めながら、そっと裾で涙を拭う。

 これまでの攻撃で減らせた体積はざっと二割あるかないか。

 ペースは速いが、比例して魔力消費も桁違いだった。


()()()()()()()()のがこうも裏目に出るとはな」


 湧き上がる悪夢を飲み下し、力を享受する。

 そうこうしている間にも、化け物の攻撃が苛烈さを増す。

 減った体積に比例するかのように、動きが機敏になっていた。


「結局は核を見つけないと、か……」


 迫りくる触手をいなしつつ、俺は目を研ぎ澄ませる。

 攻撃はそれだけに止まらなかった。

 これまでのようにひらりと躱した途端、その手の先から銀閃が煌めいた。

 横薙ぎの一閃だったが、今までと僅かに違う挙動だったので警戒していたのが功を奏した。

 俺の下を通り過ぎた後、先にある障害物を一切の抵抗なく切り飛ばしたのだ。

 間を置いてずるりと形を崩すと、その滑らかな断面が露わになった。


「……はた迷惑なものを」


 魔力視に映るからいいが、なかったらその視認性の悪さに苦しめられるところだった。

 いや、空間にも干渉しているから気付けたのか……。じゃなきゃ、ここまで鮮明に映らなかったかもしれない。

 再び振るわれた銀閃を紫の障壁で防ぐ。

 不快なほど甲高い音と火花を散らし、併せてかなりの魔力も削られる。

 下手に防ごうものなら魔力が先に尽きそうだった。


 時間稼ぎにも魔力は使う。

 こちらの狙いが悟られぬよう、常に改理の魔法で攻撃し続けなければいけない。


「さぁ、ここからは根競べだ」


 己の鼓舞のためにも、俺は言葉を直接紡ぎ、敵に向かって紫を落としていった。



 ◆◆◆ 



 何度目とも分からぬ交錯の中、俺はピンクに混じる僅かな()()()()を発見する。

 それは俺の魔法を受けて体を癒す時だけ(ほの)かに浮上していた。

 魔力視にしか映らないそれは、確実にこの生物の中では異質だった。


 ならば――。


 俺は紫炎を限界まで増幅させ、ピンクの居城に叩き込んだ。

 銀で対抗してきたところで、巨体の倍近くあるそれを切り捨てることは叶わず、たちまち炎の抱擁が与えられた。

 これまでのように喰らおうと身を震わせていたが、即座に用意していた雷を走らせる。


「~~~~~ッ!?」


 声にならない絶叫が木霊した。

 大口を開けていたところへ鋭く重い一撃を食らわせたからか、全身を刺々しく波打たせ、藻掻き苦しんでいるようだった。

 間髪入れず、今度は紫の冷気を頭から浴びせる。

 今までにない猛攻で距離を取ろうとしたのか、その身をばねのように縮ませて飛び跳ねた。


「――そこだっ!!」


 微かに動きが鈍った状態で、僅かとはいえ空に逃げるのは悪手だ。

 俺の目はじっと濁りを見据え、紫を溜めた左手を正確に打ち出した。


「~~ッ!?」


 寸でのところ俺の狙いに気付いたようだがもう遅い。

 肉薄したまま掌底が化け物の身を貫いた。

 ギリギリで体を捻ったらしく核を打ち砕けなかったものの、生じた大穴がその存在を白日の下に曝け出した。


 一度直視してしまえば、どれだけ隠蔽したところで俺が見逃すはずもない。

 今も大慌てで体を閉じ、核を流動させていたが、その動きをつぶさに把握していた。


「どこへ行く?」


 即座に撤退を判断したのは褒めてやろう。

 腕や水流を使って煙幕を張ったのも、逃げの手としてはありだった。

 だが、どれも俺の魔力視を欺くほどでもなければ、早くなった足も俺よりは劣る。

 先回りして準備する余裕があるほどだった。


 時間にすれば、僅か一秒にも満たない下準備。

 その間、俺は再び鮮明な悪夢を見る。

 過去の幻影のはずが、”今”を生きるあの子の姿と重なってしまう。

 一気に汲み上げた弊害か、意識しなければ手足が震えて崩れ落ちそうなぐらいだった。


 それでも俺は、魔力を(たぎ)らせるのを止めない。


 ――この一撃で、すべてを終わらせるために。


 膨れ上がった魔力は最初の何十倍にも及ぶ。

 止めどない涙を振り撒きながら、魔力すべてを右手の紫紺へ変えていた。

 奥歯を噛みしめる。

 最後に目を見開き、それを見据えて別れを告げた。


「――じゃあな」


 大気が震えることを忘れるほど、鋭い掌底を放つ。

 空間さえ突き抜けて、逃げ惑う核へ一直線に吸い込まれた。

 紫の軌跡は瞬く間にピンクを抉り、その体に消えることのない穿孔を刻んだ。


 パリンッ――。


 何かが砕けた音と手ごたえを感じた。

 突き出した右手をゆっくりと戻す。

 それを待っていたかのように、ピンクの小山が崩れ落ち、大きな池が眼前に広がる。

 しばらく警戒しても沈黙する水溜まりに、俺はようやく脱力するのだった。



 ◆◆◆



「…………ふぅぅ」


 長い息を吐く。

 紫紺に染まった瞳も閉じ、余計な力を抜いていく。

 幕を下ろすことに若干の後ろめたさを感じながら、悪夢に終わりを告げる。

 しばらくして目を開ければ、そこにはいつもの紅が戻っていることだろう。


 ……それにしても、今回は自分の愚かさを痛感させられた。


 この世界に来てこの方、大した脅威はないとばかり思っていた。

 遭遇した魔物も、人も、俺にとっては状況に甘えてばかりの取るに足らない連中だとばかり思っていた。

 気になることと言えば、前の世界で死んだはずのあの子――彼女に瓜二つな少女の存在だけだと。


「……やっぱり、最終決戦が終わって気が緩んでいたんだろうな。前ならこんな失態、晒さなかっただろうに」


 自然とため息が漏れる。

 脳裏に浮かぶのは二人の少女の顔。

 瞳や髪色の異なる、双子のような彼女たち。

 鈍い痛みが胸を襲う。

 手を当てても、一切の異常は見当たらなかった。


 「……後悔は、していないはずだ」


 別人だと分かった時点で、気持ちの整理はつけたつもりだ。

 一緒にいるのも、ただの気まぐれだと。

 それでも目を引かれるのは、罪滅ぼしのつもりなのか……。

 よく分からなくなってくる。


 渦巻く疑念の中、周囲を見渡す。

 荒れ果てた惨状を眺め、人里離れた場所でよかったと改めて安堵する。

 そんな茫然(ぼうぜん)としたままの俺だったが、急な悪寒を感じ、弾かれたように振り返る。


「……消え、た……?」


 少しだけ目を離しただけなのに、さっきまであったはずのピンクがどこにも見当たらず、一滴の欠片さえも残っていなかった。

 慌てて魔法や魔力視で周囲を探るも、俺以外、魔素の痕跡すら見当たらなかった。


「……っ」


 どういうことだ?

 この世界の魔物は死んだら死骸が残るはず。

 前の世界の魔獣もそれは変わらない。

 そんなもの、()()()()()に反している。


 思わず思案に耽ったものの、この場で考えたとて、答えが出るものでもなかった。

 少し前まで悩んでいたことなど頭から抜け落ち、俺は目の前の不可解な現象に意識を持っていかれた。

 もう一度、今度は入念に周辺を探る。

 目を閉じ、魔法や魔素に集中して。


「仕方なし、か……」


 しばらくして目を開けた俺は、苦虫を噛み潰したように独り言を零す。


 最低限、目的は達せられた。

 今回の件は、ひとまず先延ばしだ。

 また似た生物が現れないとも限らない。

 魔力の()は覚えた。次似た敵から情報を得るしかない。

 警戒が必要と分かっただけマシだろう――。


 そう自分を納得させて、最後にもう一度だけ戦場を振り返る。


「……気のせい、か」


 魔素の揺らぎがあったと思ったが、そこにあるのは荒れ果てた光景だけ。

 生物も魔法も、なんの()()も見当たらない。


 この場でできることはもう何もないと、俺は転移でその場を離れるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

このお話は、現在連載中の「六英雄キ -異世界編-」のとある一幕です。


本編ではゼインのさらなる活躍と、ヒロインたちとの人間模様が描かれています。

そして、消えた魔物の謎は物語の核心へと繋がっていきます。


続きが気になった方は、ぜひ本編もご覧ください。


▼以下URL 「六英雄キ -異世界編-」

https://ncode.syosetu.com/n6245kv/

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