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深夜2時のコンビニで、透明人間の君と半分こした肉まんの味が忘れられない。  作者: 無響室の告白


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第6話:観測者による存在定義

車が停止したのは、潮の匂いと錆びついた鉄の臭気が混ざり合う場所だった。


巨大なクレーンが墓標のようにそびえ立つ、湾岸倉庫街。


真夜中のこの場所は、都市の墓場のように静まり返っている。


「降りろ。ここなら奴らも簡単には嗅ぎつけられない」


冴島 煌の短い指示に従い、俺と真白 透子は黒塗りのワンボックスカーを降りた。


冷たい海風が吹き抜ける。


透子の姿は、街灯の乏しいこの場所では、より一層希薄に見えた。


まるで、古いフィルム映像のノイズのように、彼女の輪郭が揺らいでいる。


「寒いね……。湊くん、私、まだそこにいる?」


「ああ、いるよ。俺には見えてる」


俺たちは冴島に導かれ、赤茶けたシャッターの脇にある通用口から倉庫の一つへと入った。


倉庫の内部は、外見の廃墟感とは裏腹に、整然とした拠点が築かれていた。


無機質なコンクリートの床に、数台のサーバーラックとモニター、そして工具類が並んでいる。


冴島は「第九セーフハウス」


と呼ぶその場所の照明をつけると、作業台から奇妙な計器を手に取った。


「時間がない。実験を始めるぞ」


冴島が俺たちの方へ振り返り、手のひらサイズの金属製の立方体を放り投げた。


「それを持ってみろ、透明人間」


透子が慌てて手を伸ばす。


しかし――。


「えっ……?」


カラン、と乾いた音がコンクリートに響いた。


透子の手は、その立方体を掴むことができず、すり抜けてしまったのだ。


彼女の手のひらが、まるで蜃気楼のように金属を透過していた。


「テクスチャ深度が低下している。このままだと、お前は物理的な干渉力を完全に失い、最終的には世界から『座標ズレ』を起こして消滅する」


冴島の淡々とした分析に、透子が青ざめた顔(と言っても半透明だが)で自分の手を見つめる。


「嘘……さっきまで、湊くんの手を握れてたのに。なんで?」


「認識の乖離だ。お前自身の自己認識が揺らげば、存在も揺らぐ。……坂井、お前がやってみろ」


冴島が顎でしゃくる。


俺は足元に転がった金属キューブを拾い上げると、震えている透子の前に立った。


彼女は今にも消えてしまいそうなくらい、頼りなく揺らめいている。


コンビニで肉まんを半分こした時の、あの確かな熱量が失われつつある。


(俺が見えているだけじゃ、駄目なのか?)


いや、違う。


あの時、俺はただ見ていただけじゃない。


彼女の言葉を聞き、その存在を「当たり前のもの」


として扱った。


肉まんを割り、箸を渡し、そこにいることを疑わなかった。


「透子、手を出せ」


「でも、またすり抜けちゃうかも……」


「いいから」


俺は透子の、輪郭の曖昧な右手を、自分の左手で強く握りしめた。


ひやりとした感触がある。


まだ、触れられる。


俺は彼女の手を握ったまま、その上に金属キューブを乗せた。


「俺がお前を観測する。お前は確かにここにいて、この鉄の塊を持てる質量がある。そう信じろ」


俺の意識を、指先の感触に集中させる。


彼女は幽霊でもバグでもない。


真白透子という人間だ。


俺の体温が伝わったのか、透子の瞳に微かな光が戻る。


「……うん」


彼女が指に力を込める。


俺が支え手を離しても――金属キューブは、透子の掌の上に留まっていた。


落下しない。


透過しない。


確かな重みを持って、彼女の手に収まっている。


「よし……! 持てた、持てたよ湊くん!」


透子が歓声を上げ、キューブを掲げて見せる。


その瞬間、彼女の揺らいでいた輪郭が、パチリと焦点を合わせたように鮮明になった。


「ほう。接触による『定義の補強』か」


冴島がモニターの数値を横目に見ながら、わずかに口角を上げた。


「坂井、お前はただの目撃者じゃないらしい。お前が認識のリソースを割くことで、彼女の存在強度スタビリティが回復する。……言うなれば、お前が彼女を世界に繋ぎ止める『アンカー』だ」


「錨……」


俺は自分の手を見つめた。


不眠症で、世界からズレていると感じていた俺が、誰かを繋ぎ止める存在になるなんて。


だが、悪くない気分だった。


少なくとも、ただ逃げ惑うだけの無力な時間は終わりだ。


「戦術が見えたな。二人が離れない限り、物理的な干渉力は維持できる。……反撃の準備をするぞ」


冴島が作業台の奥から、さらに重厚なケースを取り出す。


深夜の倉庫街。


俺たちは小さな成功体験を共有し、見えない敵への反撃の糸口を掴み取った。



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【場所】

- 湾岸倉庫街: 巨大なクレーンが立ち並ぶ、ひと気のない海沿いの工業地帯。錆と潮の匂いがする。


- 第九セーフハウス: 倉庫の一つを改装して作られた冴島の拠点。サーバーや工具、武器のメンテナンス機材が揃っている。


【アイテム・用語】

- 金属製の立方体: 冴島が実験に使用した、手のひらサイズの重い金属ブロック。透子の物理干渉力を測るために使われた。


- 存在強度スタビリティ: 透子が世界に留まるための安定性を示す数値。湊の観測によって回復することが判明した。


- 定義の補強: 不安定な存在である透子を、湊が強く認識・接触することで、その存在を世界に再定義し固定化する現象。

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