第八幕:メアリーの怒りとワトソンの絶望
やあ、君。ホームズという男を、君は名探偵だというが、彼一人だととんでもない事が起こる。だから、ワトソンは欠かせないのさ。そうだねーー?
第七幕は、ホームズとワトソンはメアリーの息子を怒らせてしまった。
彼の妻を目の前で、ワトソンは誘惑してた。
彼らは交霊会云々よりも、
名士に訴訟される事を恐れた。
しばらく二人は黙ったまま、
数日があっという間に過ぎた。
しばらくしてーーホームズは、機嫌が良くなり始めた。
交霊会の悪夢が、彼の頭の屋根裏部屋から弾かれ、永遠に廃棄されそうだからだ。あの冒険を忘れるつもりだった。それに誰からも文句を言われなかった。スコットランドヤードの連中も、何も言わない。
言われなきゃ、考える必要なんてない。
ヴァイオリンを弾きまくり、美しい音楽に浸り出した。安楽椅子に座りながら。
さてワトソンは、彼女の事を思い出してため息を吐いた。
夜のベールに覆われた神秘の女。
それだけでも、ロマンチックな気分になれる。だが彼女とは、永遠に引き裂かれたんだ。
「君は今も泣いているのだろうかーー」とワトソンが呟いた。
すると安楽椅子に腰かけたホームズは、立ち上がると悲しい曲を弾いた。
ささやかなプレゼントのつもりだった。
二人はジッと曲の中に入っていくーー。ーー仲直りだ。
すると、外から誰か部屋に入ってきた。それはメアリーだった。
「ホームズさん、ワトソンさん、どうでしたか?」と白いベルベットドレスが部屋に入ってきて、空気が重くなった。ワトソンは何か謝らなきゃいけないと思った。
でもーーなんと説明すれば?
おたくの息子さんに訴訟されるかもしれない、と?
到底、言えなかった。
息子さんの妻に横恋慕してますと?
これも言えない。
ホームズの方を見た。
彼もワトソンを見た。
そして、ホームズはヴァイオリンを弾くのをやめた。
そしてーー口を開いた。
「自分でバカ息子にビンタをかませばいいじゃないか」
しばらく彼女は何を言われたのか分からずに、ワトソンとホームズを交互に眺めた。
ホームズは微笑んだ。
「あのガンコなバカを今までビンタしてこなかったメアリー、君の落ち度だろ。僕らに育児放棄するなよ。旦那に頼めばいい。僕らは君の男じゃないぜ。」
彼女の顔から血の気が引いていく。
白から青く、やがて真っ赤になって、
まるで息子と同じ怒り方をした。
「ーー二度と頼まない!この人でなし!お金を返してほしい!今すぐ!何しに行ったのよ!何日も、何日も!」
ホームズは肩をすくめた。
「息子さんが救いようもないバカで、マヌケで、トーストやコーヒーも奢ってくれないケチンボだと分かっただけでも、充分でしょう。
それでは、レディ。お引き取りください。聖母のようにーーね」
ホームズは丁寧にお辞儀をして、
微笑むヴァイオリンを弾き出した。
陽気なメロディが部屋に流れる。
ワトソンはメアリーと目が合わせられなかった。この部屋から飛び出して、馬車に轢いて欲しかったかもしれない。
ワトソンにとって、長い時間が流れた。
メアリーは去った。永遠にーー。
そして、ホームズのヴァイオリンの曲は優しく響いたーー。
うつむいたワトソンを包み込むようにーー。
(こうして、物語は幕を閉じる。)




