第一幕:謎の依頼者
やあ、君。
今回の物語は、ファウストが天に召された後の話だ。
彼の壊れた魂は、
次の誰かに受け継がれた。
もしかして、君の時代にも彼の魂を持つ者がいるかもしれない。
ボクが誰かって?
語り部ファウストさ。
ヨハン・ゲオルク・ファウスト。
君と共に物語を見つめる者であり、
君の友だ。
今度のファウストの魂を引き継ぐ者がわかった。19世紀後半のロンドンのベーカー街の下宿の一つ、221Bにいる彼を、ファウストを見に行かなきゃいけない。
物語は進むんだ。
いつも通りさ。
夕方の221Bのリビングルーム。
そこに二人の紳士がいた。
中年の男がソファに腰かけていた。
体つきは頑健として、首周りは筋肉によって膨張していた。口髭は整えられており、目は知性にあふれていたが、今は悩み事があるのか光が暗くかげっていた。
彼の名はジョン・F・ワトソン。
Fとはファウストだ。
この秘密の名はボクらだけが、
知っている。
本当は「ヘイミッシュ」だって?
そんなのーーまあいいさ。
もう一人の男は窓際に立っていた。
黒髪短髪に灰色の瞳、顔つきはワシ鼻に角ばった顎が目立った。かなり痩せて身長は高い。彼は少し前のめりになってた。彼はシャーロック・ホームズ。ワトソンの相棒で、ものすごくイヤな男だ。
「金のことは気にするな」
ワトソンは、ホームズを睨む。
そして下唇を噛んだ。
「そうはいかない。ボクらは対等なんだ。君が支払いを肩代わりしていたら、ボクは君の側にはいられない。」
彼らは家賃の件で話し合ってた。
ワトソンはーー数カ月分、ホームズに肩代わりをさせていた。
なぜかって?
無職だからさーー医師としての仕事はまだできない。戦争で負った心の傷は目には見えない。
「ーーそういうものかな」とホームズは、せせら笑う。
「こう言う時には、ワトソン君、得したと喜ぶべきなんだ。君に好意を持つ男が、君に支払う」そう言いながら、彼は目を細めた。口の端が片方だけ吊り上がった。
「ーー悪くないだろ」
その時、ワトソンの目がギラっと輝く。
「いいか、ボクを、娼婦みたいに、言うな!」
ホームズは肩をすくめて、窓の方へと注意を向けた。毎月、このやりとりだ。彼もウンザリしてたーー。
「おい、来いよ、ワトソン」とホームズは突然に声をあげてた。ワトソンは、のそりのそりと窓に近づく。
彼も外を覗き込んだ。
「あちらの年配の女性が見えるかい。ダークブラウンの髪の白いベルベットドレスの女だ。瞳は灰色。周囲を見まわしてる。もの珍しいのかーーずいぶんと小柄だ。こども?いや、年配の女性だ。間違いない。
歩き方が活発ーーしかも優雅だぜ。こんな街中に来るような格好じゃないーーなんだ?よく分からない。彼女はくたびれてるーーまるで遠くから来た旅人のようにーーそれにしては服がキレイだ。」
やがて彼女は彼らの視界から外れた。ーーしばらくすると、彼らの前に彼女が依頼者として現れた。
ホームズとワトソンはソファに腰かけて、彼女を見つめた。白いベルベットドレスを着た女性の言葉を待っていた。
「あの子は悪いとは思っちゃいないんです。ただーー昔からガンコなところがーーお恥ずかしながらーー」と、女性は口を開いた。
「わたしはメアリー・ジョセフィン・エリザベス・フォイラー。ある歴史作家の母親です。避けられない出来事があり、わたしとあの子は会えない状況になりました。詳しくは話せない決まりとなっています。
どうか、あなた方もーー詳しく知ろうとはなさらないでくださいーー」
ホームズはーーそれを聞くと、より彼女に興味を持ったのか、ジロジロと無遠慮に観察しようとした。
「よすんだ、ホームズ。彼女はさぐられたがってないーー」とワトソンはホームズに耳打ちした。
「失礼、メアリーさん。
職業柄、人の秘密を知るのが僕の仕事でしてーーで、依頼内容を詳しくお聞きしたいーー」
すると彼女は困った顔をした。
「ホームズさんに、相談したくてーーその息子がーーあの子が大変なのでーー」
「ーー大変ね。
ふむーー、相談内容はーーある程度は、なんでも。
僕の鋭い知性が役立つならね。
ーーただし占いや降霊術、妖精に関する相談は受け付けない。
あれは知性のない遊びだ。
ーー夢中になるヤツの気が知れないーー頭が飾りでなきゃ、くだらないお遊びだと、わかりますよーー」
すると女性は、困ったように俯いた。
「ホームズさん。
頼みたいのは、まさしく降霊術や妖精の類いなんですーー」
ホームズの目が険しくなった。
「息子の、アーサーに交霊会をやめさせてほしいんです。
それもーーなるべく早くーー」
窓にかすかに差し込んでた太陽の光が完全に途絶えた。
部屋の暖炉の火はゆらめき、
影は静かに踊っていた。
(こうして、第一幕は交霊会によって幕を閉じる。)




