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胃薬がつなぐ俺と私とあたしと

作者: アンサズ

某氏の要望にお応えして筆を取らせていただきました。

キャラをまんべんなく動かすべく、全編三人称でお送りします。どうか楽しんでください!

 それは春の陽気が心地よい日のことだった。


「腹が痛い……」


 ある一軒家で少年のうめき声が響く。


 声の主は草木明(くさきあきら)。何の特徴もない黒髪に黒い瞳の少年である。


 一見すると凡庸そのものの少年だが、彼は時代をさかのぼって歴史を変え、世界を救ったというとんでもない経歴を持つ少年なのだ。


 しかし、その世界を救った英雄である少年は今、自宅で腹を抱えてうずくまっていた。


「そ、その、ごめんね? ちょっと張り切り過ぎちゃった」


 そんな明に対し、申し訳なさそうに謝るのは金髪碧眼の美少女だ。名をキリエ・マルトリッツといい、明の恋人でもある。


 現在、明が腹痛で苦しんでいるのは彼女が原因なのだ。


 平たく言ってしまえば、キリエの作った料理を明が食べたのだ。


 キリエの名誉のために言っておくが、彼女の作った料理は決して不味くなかった。むしろ明の主観でそれは十二分に美味しいレベルだった。


 しかし、いかんせん量が多かった。ざっと見積もっても五人前近くあったのだ。


 キリエは明に喜んでもらいたくて作ったのであり、明自身もそのことは痛いくらい感じていた。だからこそ全て食べ切ったのだが……。そのツケを今、こうして払わされている。


「薬を……、胃薬を……」


 明はすでに強がる余裕もなくし、パタパタと手を振ってキリエに胃薬を要求する。キリエもそれを受けてすぐさま草木家の薬箱を取りに行く。すでに半同棲の二人だ。薬箱の位置ぐらい把握している。


「あ……、薬がないわ」


「…………間の悪い」


 胃薬だけがピンポイントにないことに明は頭を抱えたい気持ちになった。腹が痛くてそれどころではないのだが。


「……しょうがない。明日、買いに行こう。所詮は食い過ぎ。しばらく寝てれば治る……はず」


「自信がないのはなぜかしら……? ……まあ、悪いのはあたしだしね。もう寝る? 毛布持ってくるけど」


「頼む」


 どうやらロクに動けないらしく、明はリビングのカーペットにうつぶせで寝たままキリエにお願いをした。


 キリエはパタパタと二階から毛布を持ってきて、明の体にかける。そして自分の体もそこに滑り込ませた。


「……キリエ?」


「えへへ。今日はあたしもここで寝るね」


 はにかんだような笑顔に甘えた声音。自分の恋人にそこまでやられて、それを邪険にできるほど明は冷たくなれない。


「……風邪引くなよ。ほら、もうちょっとこっち来い」


「うん!」


 一枚の毛布にくるまり、寄り添うようにして二人は眠りについた。






「……薬が切れた」


 場所は変わり、明たちのいた場所とは世界自体が違う――異世界に変わる。


 そこにある木造の大きな家の中で、青年の絶望したような声が聞こえた。


「ん? 麻薬でもヤッてたのか?」


 その声に反応するように、濡れた鴉の羽のような艶やかな長髪を伸ばした、絶世の美女と言っても過言ではない女性が悲しみに打ちひしがれる男の背中に声をかける。


「違う! 胃薬だ!」


 青年である秋月静(あきづきしずる)は怒ったように突っ込みを女性――冬月薫(ふゆつきかおる)に入れる。


 絶世の美女と形容された薫とは対照的に、静の方は人目を引く容姿をしているわけではなかった。明と同じく黒髪と黒目の顔で、明との違いは瞳が何もかもを肯定するかのような輝きに溢れていることと、口元が皮肉げな笑みを湛えていることくらいだ。


 この二人、どこまでも凸凹コンビのように思われがちだが、彼らも異世界の危機を救ってみせた勇者である。


 彼らは世界に危機をもたらしていた元凶である魔王を討伐してから一度は帰還したものの、彼らは魔王と交わした約束を果たすべく、再び戻って来ていた。


 そして現在、彼らは孤児院を開いて子供たち相手に悪戦苦闘する日々を送っていた。


「胃薬? 静、腹でも壊したのか?」


「壊したのは胃だっての……。主にお前らを相手にするストレスでな」


 静は目いっぱいの皮肉を利かせてみるが、薫は伊達に静の幼馴染をやっておらず、あっさりとそれを受け流す。


「ふむ、明日買いに行くか。地球に戻るのも久々だ」


「ねえ、人の話聞いてくれない? お前らが自重すれば俺の負担減るんだけど」


「明日は早いぞ。寝坊したら朝食抜きだからな」


 静の懇願に近い声も無視した薫はさっさと自室に戻ってしまう。静はそれを呆然と見送ってから、思いっ切り肩を落としてため息をつく。


「……ん? どうしたのじゃ、主?」


 世の理不尽を嘆いていた静に声がかけられる。静がその方向に目を向けると、静の相棒である精霊のメイが浮いていた。


「いや……、胃薬がなくなってさ。明日買いに行くことになったんだ――」


「ふむ、別に悪いことではないように見えるが、何がそんなに悲しいんじゃ?」


「――薫と一緒に」


「武運を祈る。妾から言えるのはこれだけじゃ」


 静が薫という名前を持ち出した瞬間、メイの静に対して向ける瞳は特攻隊の兵士を見送る目になっていた。しかもメイの気持ちが静にもわかってしまうから泣きたくなる。


「……うん。メイも一緒に――」


「妾は子供たちの面倒を見なければならぬ。おまけにクレアの面倒を見るにも大人が必要じゃろう? というわけで、二人で行ってきてほしいのう」


 すがるように伸ばされた手はすげなく払われてしまった。


 静の心に絶望と諦観が広がり、肩を今まで以上に落として自室へ戻る。その様子をメイは見送って、


「やれやれ……、主も素直じゃないのう……」


 苦笑しながら、つぶやいた。






 その日、空は快晴だった。


「よし、行くか」


 明はだいぶ調子の良くなった腹を撫でながら、自転車のキーを外す。


「久しぶりのデートね!」


 白いワンピースに春らしい暖かな色合いのカーディガンを羽織ったキリエは、自転車の荷台に腰を下ろした。


「薬局行って胃薬買うなんて、色気もへったくれもないがな」


 明はキリエの様子に苦笑しながら、自転車に乗ってペダルを踏む。


 二人を乗せた自転車はゆっくりと動き出し、すぐに滑らかな動きになって地面を走り出す。キリエは頬に当たる風の感触を楽しみながら明の腰に手を回し、明はそれに応えるように力強くペダルを踏んだ。






「ほら、準備できたか?」


「誰か……胃薬を……」


 静と薫は地球の服を着て、孤児院の外に立っていた。だが、爽やかな晴れ空とは対照的に静の顔はどんよりと暗くなっていた。


 比較的平穏な生活を送れるようになったとはいえ、静主観での平穏な生活は一般人の視点で見れば十二分に波乱万丈な生き方と言える。


 そのため、感じるストレスも常人の比ではないのだ。


 静はたった一日、胃薬の服用を怠っただけでここまで消耗し、すでに息も絶え絶えだ。


「その胃薬を買いに行くんだろう。地球に戻ったら真っ先に行くからそれまで我慢しろ」


「誰のせいだと……」


 静の拳が怒りに震えるが、すぐに落ち着きを取り戻す。ここで感情任せに殴りかかるより、まずは胃薬の調達を優先させたのだろう。


「では行ってくる。今日中には帰るから、留守は頼むぞ」


 薫が地球への転移門を開き、静と二人で踏み出そうとする。


「ええ、任せてちょうだい」


「うむ。子供たちなら妾とクレアに任せておけ。立派にこなしてみせよう」


「静、なるべく早く戻ろう」


「奇遇だな。その意見には同意しよう」


「妾たちはそこまで信頼されておらぬのか!?」


 いや、ネガティブエルフとちびっこ精霊に任せて安心できるほど楽観的じゃないから、とは静と薫両名の内心。


「行ってくるけど……。いいな、絶対にクレアから目を離すな! それと朝食と昼食はすでに作ってあるから、温めて食べてくれ。それと、おやつは少なめに――」


「行くぞ過保護パパ」


 静はまだ言い足りなさそうだったが、薫が首根っこを掴んで強制的に話を切り上げる。


 じたばたと暴れる静を片手に薫は転移門に飛び込み、二人は地球へと向かった。






 明たちは商店街の中で真っ先に薬局に足を向けた。今日の目的はデートではなく、薬の補充なのだ。


「んじゃ、ちょっと薬見てくる。キリエは待っててくれ」


「ん? あたしに後ろめたいものも一緒に買うつもり?」


 明はキリエに休んでいてほしいという善意で言ったつもりなのだが、思いっ切り曲解されてしまい顔をしかめる。


「違う。この際だから風邪薬とかの補充も済ませたいと思ってるんだ。荷物持ちになってくれるなら別に構わないけど」


「なるべく早く戻ってきてね」


 キリエに手伝おうというつもりはないようだ。明はそんなキリエの様子に苦笑しながら、手をひらひらと振って薬局の中に入っていった。


「まずは胃薬からだな……」






「よし、薬局到着! 胃薬買うぞ!」


「あ、おい!」


 静と薫の二人組は地球に戻ると同時、薬局に駆け込んでいた。薫は静の急ぎようを見て、やれやれと苦笑しながら薬局の入り口で待とうとする。


「……ん?」


 そんな薫の視界に金色の髪を風に泳がせた少女が映る。久しぶりの帰郷で見慣れない人間、しかも外国人らしき人を見かけた薫はその人に近寄り、声をかけたい衝動に駆られた。


「なあ、ちょっといいかい?」


「え? 何ですか?」


 薫の予想に反して返事は流暢な日本語だった。ますます好奇心をあおられた薫はそのまま話しかける。


「いや、用というわけじゃないんだが、この辺では見かけない人だったんでね。最近来たのかい?」


 少女は見慣れない女性に話しかけられたことに若干の戸惑いを見せたが、すぐに気を取り直して応対を始める。


「そうですね。あたしは留学生としてここに来てます。ここ半年ほどですね。日本にいるのは」


「なるほど……、私はなかなか帰ってこれなくてな、つい興味が出てしまったんだ。何分、娯楽の少ない街だからね」


「あはは、確かにその通りですね。でも、あたしはこの街が好きですよ」


 少女は薫の言葉にコロコロと鈴を転がしたような笑い声を上げながら、この寂れて何もない街を好きだと言う。


「この街の人間として嬉しいよ。ところで、君の名前は? 私は冬月薫だ」


「キリエです。キリエ・マルトリッツ。ドイツ人です」


 ここに二人の人間が邂逅を果たした。






「えっと、胃薬胃薬、と……」


 明はメモ帳片手に薬を探していた。薬箱を見ると、風邪薬などが減っていたのでそちらの補充も済ませてきたところである。


「お、あったあった」


 明がよく使うのは丸薬タイプの昔から服用されているアレだ。少し臭うのだが、あの薬っぽい感じが効果が高いと思わせるのだ。


 見つけた胃薬に向かって手を伸ばそうとして――




 ――横から伸ばされた手とぶつかってしまった。




「あ、すみません」


 明は反射的に腕を引っ込めながら、横から手を伸ばしてきた人に謝罪する。


「あ、いや、こちらこそ……」


 明の謝罪に対し、青年も顔の前で手を振って自分も悪いと言う。


 両者が謝ってしまい、何となく居心地の悪い気持ちになりながらも明は胃薬に手を伸ばそうとする。


「えっと……差し出がましいようですが、その薬を譲ってもらえませんでしょうか……」


 その時、青年の方から礼儀正しい言葉で薬を譲るよう頼まれる。


「あ、良いですよ」


 別段、いつもの薬でなくても構わない明としては譲ることに否やはなく、あっさりと引き下がり青年に譲る。


「ありがとうございます……!」


 普通の人っぽい、しかしどこか切実な響きの含まれるお礼の言葉を聞きながら、明は青年の姿を観察した。


(隙がない……)


 特にこれと言って印象のない凡庸な顔立ちのように見えたのだが、なぜか明の頭に強烈に焼き付いて離れない妙な印象を残す。そして、何よりも明の注意を引いたのが立ち居振る舞いにおける隙のなさだ。


 ただの一般人にこのような芸当はできない。明はわずかに眉をひそめながら、青年が薬を持ってレジに並ぶ様子を見つめた。


(……まあ、俺と敵対するような奴はいないか)


 明が戦っていた鬼はこの世界に存在せず、今の明はちょっと他より運動神経の良い高校生止まりだ。なので、警戒する必要はないと判断する。


 別の胃薬をかごに入れ、明は青年と同じレジへ並ぶ。そこが一番空いていたのだ。


「あ、さっきはどうも」


「いえいえ、こっちは何でもよかったですから。……それ、ずっと使ってるんですか?」


 青年との会話に良い切っ掛けだと判断した明は、青年のかごに入ってる胃薬を指差してみる。


「ええ……。ずっと昔から自分とともにあった、例えるなら相棒です」


「そ、そうですか……」


 予想以上にぶっ飛んだ答えが返ってきたため、明は冷や汗をかきながらうなずくことしかできなかった。しかも青年の瞳が妙に虚ろなのが恐怖をあおる。


「……失礼。お見苦しいところをお見せしました」


「い、いえ……。ところで、あなたはこの辺では見かけませんよね? 俺――私はこの街が地元ですから、いない人ってすぐわかるんですよ。狭いですから」


 明は話題を変えるべく、青年が見かけない存在であることを指摘する。


 青年は頭をガリガリとかきながら、少しだけ視線をそらしながら説明し始めた。


「それだったら……、私は住んでいる場所がこの街から少し離れてますからね。知らないのも無理はないですよ。あ、ちなみに名前は秋月静です。静と呼んでいいですよ。何というか――」




「――あなたと私は似た者同士な気がしますから」




 明は静の言葉に電流が走ったような衝撃を感じた。


(そうだ……。俺がこの人に感じた何か。それは――)




 ――親近感(シンパシー)に違いない!




「あ、私は草木明です。明と呼んでください。あと、お互いタメ口でいきましょう。おそらく、俺とあなたは仲間です」


「そうです――だな。君とは話が合いそうだ」


 心の奥底から沸き上がる親近感に逆らわず、二人はガッチリと握手を交わした。


 そして静の順番になって胃薬をレジに持っていったとき、事件は起こった。




『誰か! そいつを捕まえとくれ! 引ったくりだよ!』




 薬局の中に響き渡るしわがれた老婆の声。明と静はとっさに声の方向に顔を向ける。


「――っ! あのバカ!」


 静は向けた視界の中に何か追いかけるべき何かを見出したのだろう。薬もお金も置いて走り出してしまった。


「あ、静!?」


 明は完全に出遅れてしまい、追いかけることもできずその場に立ちすくんでいた。


「ちょっとお客様!? お釣りがまだですよ!」


 走り出した静の姿を見た店員が慌てたように声をかけるのだが、すでに静には届いていないようで、店員の声は明の耳に虚しく響いた。


 そして居心地悪そうに店員が動かした視線と、目まぐるしく動く状況についていけない明の視線がぶつかる。


「……あの、お客様」


「え? あ、はい。何ですか?」


「先ほどまで、走り出したお客様と親しげに話していらっしゃいましたが……、お知り合いなのでしょうか? でしたら、大変恐縮なのですが、これを届けていただきたく……」


 そう言って店員はレジの上に置きっぱなしになっている胃薬とお釣りを指差す。


「あ、はい。わかりました。じゃあ、これも預かっておいてください」


 店員の頼みを断る理由もなく、むしろ引ったくりを追いかける格好の理由になると判断した明は喜んでその頼みを引き受けた。


「あ、アキラ! 引ったくり追いかけるの?」


 店の外に出ると、すでにキリエが明の心情を読み切った声をかけてくれる。


「ああ! 飛ばすぞ!」


 明はそれに力強くうなずき、自転車に乗って全力でペダルを漕ぎ始めた。


「あっちの方に行ったわ! 引ったくりはバイク使ってたけど、この先なら車の通りがあるから追いかけていった人たちの方が速いはずよ!」


「わかった! とにかく急ぐぞ!」


 鬼喰らいとしての身体能力も解放しながら、明はペダルが焼き切れるのではないかと錯覚するほどの速度で自転車を漕いだ。






「お前なあ……、その猪突猛進癖、どうにかしろよ!」


 結論から言ってしまえば、明たちが追いついた時には全て終わっていた。


 道の端にバイクが転がっており、その近くには顔面を原型がわからないほどに腫らした男が寝転がっており、男の近くには正座している薫とそれを見下ろす静がいた。どうやらお説教をしているらしい。


「し、しかしだな、あそこでは素早い判断が必要な場面で……」


「それでも一言言ってから行けっつってんだよ! それなら俺だってフォローできるんだから!」


「う、うぅ……」


 しかも静の方はすごい剣幕で怒鳴っており、明と話していた時とは別人のようだった。そして薫の方はキリエと話していた時の余裕は完全に消え、体を縮こまらせてお説教を受けていた。


「あれ……どうなってんの?」


「さあ……」


 状況がまったく理解できないキリエがうめくようにそう言うが、明としても何が何やらサッパリだった。


 だが、とりあえず引ったくりは捕まっているようなので、明は声をかけてお釣りと薬を渡してしまおうとした。


「あの……」


「大体だな! お前はあの子たちの母親なんだから、勝手な真似はするんじゃない! 何かあった時に一番悲しむのはあの子たちなんだぞ!」


「…………」


 声をかけたのだが、静の口から出た衝撃的な事実に押し黙ってしまう。


(え? 子供“たち”? 俺やキリエとそんなに歳は離れてないよな? え? もしかしてその年齢で子沢山?)


 完全に混乱し、思わず明は助けを求めるようにキリエの方を見てしまう。しかし、キリエは明にゴーサインを出すばかり。


「あのっ!」


 仕方なく、明は腹をくくって大きな声で静と薫の二人を呼ぶ。


「ん……?」


 その声にはさすがに静も反応し、薫ともども視線が明の方に向く。


「明じゃないか。どうかしたのか? 悪いけど、こっちは今こいつの説教で忙しいから――」


「胃薬とお釣り届けに来ました」


「――本当にありがとう。お前がいなかったら俺はまた胃痛に悩まされるところだった」


 静は最初、明を追い払おうとしたのだが、明が胃薬を持ってきていることを伝えると手のひらを返して感謝し始めた。静の中で胃薬の優先順位はかなり上に位置しているようだ。


「し、静? その人は誰なんだ? ……ってキリエがいる?」


 薫はこれ幸いと話題を転換すべく声をかけるが、見知った顔がいることに気付いて驚いた声を上げる。


「ど、どうもです。薫さん……」


「え? 二人とも知り合いなの?」


 明とキリエは顔を見合わせ、静と薫も顔を見合わせて不思議そうな顔をした。


「……よし、ちょっとわかってることをまとめてみよう。俺もいい加減混乱してきた」


 全員の頭が混乱しかけていたため、静の提案は一も二もなくうなずかれた。






「なるほど……つまり静と明は、」


 全員が地べたに座り込んで事情を説明し終わったところで、薫は何度もうなずきながら静と明を指差した。


「薬局の中で知り合ったわけだな」


「その通りだ。んで、お前とキリエが外で待っている間に知り合った。……世間って狭いなあ」


 静がしみじみつぶやく一言には誰もが同意した。


「それにしても驚いたよ。かなり急いで追いかけたのに、二人ともすでに引ったくりを捕まえてたんだから」


 明の言葉には実感がこもっていた。鬼喰らいとしての身体能力をフル活用して追いかけたのに、追いついた時にはすでに終わっていたのだ。しかも後で追いかけた静までいた。


「ああ、あれならちょっとまほ――もがっ!?」


「まあ、運動神経には自信があるってことさ。俺としては二人の方が驚いたよ。俺よりちょっと年下くらいにしか見えないのに、その落ち着きはね」


 危ない発言をしようとした薫の口を塞ぎながら、静は追いかけてきた明たちを称賛する。運動能力の高さもだが、何よりあの場面で落ち着いて行動できるのは一種の才能だろう。


 こいつらが異世界に呼ばれていたらどうなっていたかな……、と静はあり得ないIFを想像しながら砂埃を払って立ち上がる。


「んじゃ、そろそろ戻るか。明がまだ支払いを済ませてないんだろ?」


「あ、そうだな。あんまり待たせ過ぎると悪いか」


 静の一言でみんなが立ち上がり、四人で固まって歩き出す。


「ところで、明とキリエはどういった関係なんだ?」


 歩き出してすぐに薫が特大の爆弾を落としてきた。


「え? 恋人ですよ。ねっ、アキラ!」


「……そうだな」


 キリエの方は特に恥じ入る様子もなく明の腕に抱き付いてみせる。明の方もそれが当然だと言わんばかりにうなずいた。


 暗中模索の長く苦しい戦いをともに駆け抜けた先で結ばれた二人なのだ。この程度の質問で揺らぐほどの絆ではない。


 ……ただ、いきなり腕に抱き付かれたのが恥ずかしかったのか、明の耳は赤くなっていたが。


「そっちこそどうなんですか? あたしから見ればすっごく良い雰囲気ですけど」


 次にキリエの方が意趣返しと言わんばかりに聞いてくる。事実、静と薫の間にはお互いがいるのが当たり前のような雰囲気があるのだ。余人が入れる隙間など一欠けらもない。


「うん? 私たちか? それはもちろん――」


「腐れ縁だっての」


「相棒! あ・い・ぼ・う! まったく、静はいつまで経っても強情だな……。二人もそう思わないか?」


 薫がやれやれと言わんばかりにため息をつき、明たちに同意を求める。明たちは二人の間に流れる空気を読んで、神妙にうなずいた。


「あれ? 何で俺が事実を認めないガキみたいな空気になってるの?」


 三対一になってしまい、静はそこはかとない虚しさを感じてしまう。それと同時にアリ地獄にはまってしまったアリのような、具体的に言うならもう何やっても無駄だから諦めなよ、というような空気が漂っていた。


「……納得いかねえ」


 子供のように不貞腐れてしまった静を見て、三人は笑い合って薬局までの道を歩いた。






「じゃあ、またどこかで」


「ああ、絶対どこかで会おうな」


「きっと会えるわよ。何となくだけど」


「そうだな。何ていうか、見えない何かで繋がっている気がする」


 明、静、キリエに薫がそれぞれ別れの言葉を言い、薬局の前で手を振って別れる。


 明とキリエは静たちの連絡先を聞こうとしたのだが、静たちに教えるつもりはないらしく、わからずじまいのまま今に至る。


 静と薫は明たちが自転車に乗って見えなくなるのを待ってから、歩き出した。


「ずいぶんと長い買い物になったもんだ。まあ、目当ての物は手に入ったから良いか」


「ふふ、楽しい休日だったじゃないか。友人だってできたしな」


 やれやれと肩をすくめながら歩く静の隣を薫が楽しそうに歩く。その姿は第三者から見れば間違いようもなく恋人同士の姿だ。


「それもそうかもな……。だけど、どうにもあいつは他人の気がしない。何でだろう」


「お前と明の間にある何かはわからんが……、私とキリエの間にある何かならわかるぞ」


 明と静の間にあるのは間違いようもなく苦労人という同族に対する親近感だが、キリエと薫の間にあるのはそれとは別の物だった。


「ふーん、何なんだ?」


 興味を引かれた静が聞いてみるが、薫は笑みを深めるばかりで答える気配がない。


「ははっ、こればかりは言えないさ。そっちが察しないとな」


「? ああ……」


 薫の答えがわからなかった静は首をかしげ、薫はそんな静を楽しそうに見つめ、走り出す。


「ほらほら! 早く帰らないとみんなが心配するぞ!」


「あ、おい! 待てったら!」


 自分のことを追いかけてくる静を見て、薫は心の中で先ほどの質問に対する答えを言う。




 ――お互い、酔狂な奴に惚れた者同士ってことさ。






「あの二人……きっと仲良いよな」


「甘いわね。あれは仲が良いなんて言葉で済まされるものじゃないわ。あれはもう円満夫婦よ」


 自転車を漕ぐ明とキリエは先ほど知り合った二人のことを話していた。


 明は二人のことを当たり障りのない言葉で表現したが、キリエは容赦なく――静が聞いたら全力で否定するような言葉で二人の関係を言い表す。


「それにしても……あんなに気が合うとは思わなかったよ」


「そうね。それはあたしも思ったわ。まるで前世か何かで知り合った人みたい」


「面白い言い方だな」


 キリエの例えに明は苦笑しながらペダルを踏む力を強くする。


 しばしの間、無言が二人の間に流れる。キリエは何も言わずに明の背中に手を回し、顔を背中にくっつける。


「……ねえ、アキラ」


「……何だ?」


 明は背中に感じる暖かさを心地良く感じながら、キリエの声に応える。


「あたしたちもさ、いつかあんな風になれるのかな?」


「なれるさ」


 微かな羨望をにじませたキリエの言葉に明は即答してみせた。予想外の返事に驚いたキリエは明から体を離してしまう。


「……本当にそう思ってる?」


「もちろん。だって俺は――」




 ――これからもずっと、お前のモノだからな。




 キリエの方を振り向き、柔らかな笑顔で明はそう言ってのける。キリエはその言葉で呆けたように口を開けてしまうが、すぐに言われたことの内容に気付いて、満面の笑みになる。


「うん……! あんたはあたしのモノなんだから、絶対に離さないでよね!」


 そして、あたしはあんたのモノなんだから、と内心でつぶやいてキリエは明に抱きついた。


 ここに静と薫、そして明とキリエの出会いは終わりを迎える。だが、四人の間にできた繋がりは消えず、我々の知らない時でもどこかで会っているのだろう……。

というわけで書かせていただきました。アンサズです。


実は毎度のことなのですが作品を投稿する際、私はいつも結構ビビりながら投稿しております。

この内容で受けなかったらどうしよう、とか全く見向きもされなかったらどうしよう、とか思ってます。

まあ、それがある種の作者側の醍醐味なんでしょうが……(笑)


とにかく誤字脱字、内容についての感想、荒し以外何でもよろしいのでお待ちしております!

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 なんか「俺は彼女に・・・」を何度も読み返してると なぜかニセ〇イが頭の中でイメージされるのはなぜでしょう?教えてください。 そういえば連載してた小説はまだやってるんですか?…
2012/08/07 00:30 ウィッシュ
[良い点] 文章が良い [一言] 初めて書きます。 アンサズさんの作品はすべて読ませてもらってます。 毎回すごく良い作品ですね! エクセとのコラボも楽しみにしています!
[良い点] つい、また、読み返してしまいました。 続編を、と思ってしまいますが、これ以上胸一杯になってどうすんの、ってわけで。 また一つ、人生の楽しさを見つけ、また一つ人生の楽しさが減ってしまいました…
2010/09/28 19:06 退会済み
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