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花園瑞姫

どうしてこうなった……




今ボクはベッドの上で、左手首とベッドの柵を繋ぐように手錠を掛けられていた。

さっきから全力で引き千切ろうとしているが、残念なことに手錠はびくともしない。


(くっ! どうにか外れろ!)


ボクがなんとか手錠を壊そうとしていると、この部屋のドアがゆっくりと開けられた。


ドアの奥から現れたのは、銀色の髪を腰のあたりまで伸ばした、(はかな)げな美少女。

しかしながら、その瞳は深い闇に染まっており、明らかに普通の状態ではないことが(うかが)える。


紅茶らしき液体の入ったガラス製のポットと、2つのカップを乗せたトレーを持っている彼女は、ゆっくりとボクの方に近付いてきた。


仁音(きみね)様、ご機嫌いかが? 今日()()せっかくのお泊まりですので、(わたくし)が日頃から愛飲しているお紅茶を持ってきましたわ」


トレーをテーブルの上に置いた彼女は、ボクの方を見てにっこりと微笑んだ。

まるでお泊まりが楽しみな()()の少女のように見える彼女の様子に、ボクは背筋が凍るような恐怖を覚える。


ボクの名前は花園仁音(はなぞのきみね)、私立霞ヶ坂(かすみがざか)(さくら)高校に通う、ピッチピチの女子高生だ。

そんなボクはどうしてか、今日転校してきたばかりの美少女に、同意無しで無理やり監禁されている。


もう1度言っておこう………………




ど う し て こ う な っ た !?






ジリリリリ……ジリリリリ……


耳元で鳴り響く目覚まし時計をぶっ叩いて止めたボクは、もう1度寝ようと布団を頭まで被った。

少しして、ドタバタと階段を駆け上がるような足音が聞こえてくると、ドアが勢いよく開かれるのと同時にボクのお腹あたりに凄まじい衝撃が加わる。


「グハッ!?」


「お姉ちゃん! 朝だから起きて!」


瀕死になったボクの耳に聞こえてくるのは、まるで天使のささやきのような可愛らしい声。

次の瞬間、掛け布団を『バサッ!』とめくられると、目の前にいたのは我が天使(マイエンジェル)だった。


ボクと同じ黒髪をツインテールに結んだ、甘く可愛い顔立ちをした美よう……美少女。

そう、彼女はボクの最愛の妹である、花園瑞姫(みずき)だ。


「ほら、もう朝ごはん出来てるから。冷めちゃう前に起きてよね」


「ふわぁ……おはよう瑞姫、今日も可愛いね」


ボクがそう言いながら頭を撫でると、彼女の表情がいつものように赤く染まっていく。

瑞姫は凄い勢いでベッドから飛び降りると、「そ、それじゃあ早く降りてきてね!」と言い放って部屋から出ていった。


「さすがボクのマイエンジェル、今日も最高にキュートだ」


そんな様子の彼女を見届けると、ボクはベッドからそっと降りながら心から呟く。


こうして、ボクのいつも通り……にはならなかった特別な1日が幕を開けた。






自分の部屋を出て1階に降りたボクは、朝のルーティーンである洗顔をしていく。


「……よし、今日もボクは完璧だ」


肩のあたりで短く揃えられた黒髪に、とても綺麗に整った中性的な顔立ち、そして数多のお嬢様を魅了する甘い笑顔。

いつも通り、洗面所の鏡で自分のカッコよさを確認したボクは、マイエンジェルが用意してくれた朝食を食べるべくリビングに向かった。


部屋に入って最初に視界に捉えたのは、キッチンでせかせかと動く可愛らしいエプロンを身につけた瑞姫だった。


「あ、お姉ちゃんやっと起きてきた。ほら、もうすぐ運び終わるからイスに座ってて」


リビングに入ってきたボクに瑞姫は気がつくと、視線をイスの方に向けながらそう言ってくる。

彼女に言われた通りに座って待っていると、瑞姫がトレーに乗った料理たちを運んできた。


花園家は両親共に海外で働いているため、我が家の朝食はいつも瑞姫が作ってくれる。

他にも、掃除に洗濯、あとは買い出しなど……ボクは家事全般が苦手だから、必然的に彼女がやることになるのだ。


もちろん、一方的に(ほどこ)しを受けることにはならないよう、ボクは瑞姫のためにバイトをしてお金を稼いでいる。

妹にだけ負担をさせるなど、姉として恥ずかしい行為であり、王子としても相応しくない行動だ。


「今日の朝ごはんは、シュガートーストとレタスのサラダ、それとコーンスープだよ」


瑞姫はボクのためにバランスを考えて作ってくれているが、ボクと彼女の好みが洋食なため、朝食の主役はいつもパンである。

そのような理由もあって、少し前の瑞姫の誕生日のとき、彼女に最新のトースターをプレゼントしたことは記憶に新しい。


『いただきます』


ボクはシュガートーストに手を伸ばすと、両手で持ち上げてかじりついた。

程よく焼けたパンの食感と、まぶされた砂糖の食感の相性がとても良い。

そんなベストマッチな2つの食感が、バターと砂糖、そして食パン本来の甘さを引き立てている。


「さすがはマイエンジェル、焼き加減も砂糖のかけ具合完璧だよ。瑞姫は本当に良いお嫁さんになりそうだね」


ボクの褒め言葉を聞いた瑞姫は、頬を赤く染めながらサラダを頬張った。

しかし「お嫁さん」の話を出した瞬間、彼女はボクのことを強く睨みつけてくる。


(ヒッ……な、なにかマイエンジェルの地雷を踏んでしまったのか? ボクは……)


ボクが瑞姫の咎めるような眼付きに恐怖を覚えると、彼女はレタスを飲み込んでから口を開いた。


「……お姉ちゃん。あたしが『お嫁さん』になるだなんて、もしかして……この家から早く出ていけ、って言いたいの? そんなことを言うお姉ちゃんなんーー」


「そんなわけないじゃないか! 瑞姫が家から居なくなるだなんて、ボクには到底考えられないよ。もしもこの世界が妹との結婚を認めてくれるなら、ボクは今すぐ瑞姫にプロポーズしていただろうね」


勢いあまって瑞姫の話を遮ってしまったが、最愛の妹にそう思われてしまうなんて、ボクは心から許せなかった。

ボクは両手をまっすぐ伸ばすと、フォークを持ったままの瑞姫の両手を優しく握る。


「………………、ッ!? て、ててて、お姉ちゃんがあたしの手を!?」


次の瞬間、瑞姫の顔が発火したかのように真っ赤に染まり上がった。

そんな彼女の様子を、ボクは微笑ましく思いながらゆっくりと手を離す。


(ふっ、やはりボクの妹は世界で1番可愛いな)


「これってもうゴールで良いよね? これってもうゴールインに決まってるよね? よし……お姉ちゃん今すぐこの紙に名前をーー」


『ピーンポーン』


マイエンジェルが慌てた様子でエプロンのポッケから何かを取り出そうとしていると、我が家のインターホンがリビングに鳴り響いた。

壁に掛かった時計を見てみると、時刻はすでに7時30分を指し示している。

この時間に我が家を訪れるということは、来客の正体はーー


『ピーンポー、ピピーンポーン、ピピピピーンポーン、ピピーー』


次の瞬間、インターホンが壊れたかのように途切れながら何度も鳴り響く。

ボクの想像通り、来客はやはり()()のようだ。


急いでイスから立ち上がると、インターホンが鳴り止まない中ボクは駆け足で玄関に向かう。

そして入り口の鍵をガチャリと瞬間、凄まじい速度でドアが開いて、目にも止まらぬ速さで彼女は飛びついてきた。


「きみねーーーーーーーーーー!」


「おはよう絆奈(はんな)、今日も朝から凄く元気だね」


ボクが彼女にそう挨拶をすると、彼女は淡く美しい笑顔を浮かべながらボクから離れた。


胸に当たりまで伸びた、絹にように綺麗な茶髪に、儚げであり陶器のような青白い肌。

そしてそれとは対照的に、野原で咲き誇る花々のような印象を与える元気さ。

ボクの周りを飛び回るかのように着いてくる彼女の姿は、まさに御伽話に出てくる妖精のよう。


彼女こそが、ボクがこの世に生まれた時からの幼馴染である、西咲絆奈(にしざきはんな)だ。


「ほら仁音っ。急がないと学校遅刻しちゃうから、早く一緒にいこ?」


「少しだけ待っててくれ絆奈………………10秒で仕度してくる」


ボクはそう言い残すと、光の速さで動き出した。






「………………チッ、お姉ちゃんを奪おうとする泥棒猫が」


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