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英雄の凱旋と王国の騎士

『汚染水晶』が木っ端微塵に砕け散った後、『迷いの森』は、その名が嘘だったかのように、穏やかで清浄な空気に満たされていた。邪悪な気配は完全に消え去り、木々の間からは小鳥のさえずりが聞こえ、温かな陽光がキラキラと木漏れ日を作っている。


俺、相川静は、そんな平和を取り戻した森の広場で、ただ一人、抜け殻のようになっていた。自分が引き起こした(と仲間たちが信じている)一連の超常現象。地形を兵器に変え、睨むだけで巨大な水晶を粉砕する。そんなSF映画やファンタジー小説の中でしかありえない出来事が、現実に起こってしまった。


(なんで……? 俺のスキルは、『気配希釈』のはずだ。人混みで気配を薄くするだけの、地味なスキル……。なのに、なんだよ、アレは……。石柱が倒れたのも、岩盤が落ちたのも、偶然だとしても……水晶が砕けたのは? 俺が『なくなれ』って願った途端に……? まさか……俺のスキル、本当は……)


そこまで考えたところで、俺はぶんぶんと頭を振った。


(いや、ないないない! そんな都合のいい話があるか! あれもきっと、何かの偶然だ! 水晶が、もともと耐久度の限界だったとか、そういうことだ! そうに決まってる!)


俺は、必死に自己完結しようとする。自分の身に起きた不可解な現象を認めてしまえば、この世界の常識も、日本の常識も、何もかもが崩壊してしまう気がしたからだ。俺は、ただのコミュ障な大学生。それ以上でも、それ以下でもない。そうでなければ、俺の精神が持たなかった。


俺が一人で葛藤していると、仲間たちが、恐る恐る、といった様子で俺に近づいてきた。その目は、もはや俺という個人ではなく、その背後にいる計り知れない何かを畏怖するような色を帯びている。


「サ、サイレントキラー殿……」

勇者アレクサンダーが、代表して口を開いた。

「……お見事でした。貴殿の御力、我々の想像を遥かに超えておりました。もはや、我々が何かを申し上げるのも、おこがましい……」


彼は、そこで言葉を切ると、セラフィーナ、レオナルドと共に、俺に向かって、最も丁寧な騎士の礼をした。それは、王や、神に捧げるものと同等の、最大級の敬意の表れだった。


(やめて! 本当にやめて! 俺は、そんな崇め奉られるような存在じゃないんだって!)


俺は、その重すぎる敬意に耐えきれず、後ずさりしそうになる。そして、何かを言おうとして、口から漏れ出たのは、いつもの、あの音だけだった。


「…………うす」


その一言が、彼らにどう受け取られたのか。もはや、俺には知る由もなかった。



森は完全に浄化され、俺たちの任務は完了した。帰り道は、行きとは打って変わって、平和そのものだった。時折すれ違う動物たちも、以前のような凶暴さはなく、俺たちを見ると、森の奥へと駆け去っていくだけだった。


しかし、俺の心は、全く晴れなかった。仲間たちの、俺に対する態度が、明らかに変わってしまったからだ。以前は、まだ「伝説の暗殺者」という、理解の範疇にある存在として接してくれていた。だが、今は違う。彼らは、俺の一挙手一投足に、神の御業の片鱗を見出そうとし、俺がただ黙って歩いているだけで、「なんと静謐な佇まいだ……」「世界の理と対話しておられるのかもしれない……」などと、ひそひそと囁き合っている。


(居心地が悪い! 居心地が悪すぎる! このパーティー、俺の精神を殺しに来てるのか!?)


そんな地獄のような道中を経て、俺たちはようやく、街の城壁が見える場所まで戻ってきた。

すると、街の入り口付近が、やけに騒がしいことに気づいた。大勢の人が集まり、何かを待ちわびるように、こちらを見ている。


「なんだろう、あの人だかりは……」

アレクサンダーが、不思議そうに呟く。


俺たちが近づくにつれて、その人だかりの正体が判明した。その中心にいたのは、俺の(勝手な)舎弟であるダリオと、その仲間たちだった。彼らは、いつの間にか『サイレントキラー様親衛隊』と書かれた、手作りの腕章までつけている。


俺たちの姿を認めるやいなや、ダリオが、メガホン代わりに両手を口に当てて、大声で叫んだ。


「おーっ! 英雄のご帰還だァーッ! 『迷いの森』を、たった半日で浄化された、生ける伝説! サイレントキラー様が、お戻りになられたぞーッ!」


その声に、集まっていた群衆が、ワアアアアアッ! と、割れんばかりの歓声を上げた。


(は!? なんで!? なんで俺たちの活躍が、もう街中に広まってるんだよ!?)


俺が呆然としていると、レオナルドが冷静に分析した。

「……なるほど。斥候か。おそらく、ギルドか、あるいは王国の息がかかった者が、我々の動向を監視していたのだろう。そして、森での一連の出来事を、魔法か何かでリアルタイムに報告していた……。でなければ、この情報の伝達速度はありえない」


(監視されてたの!? 怖っ! プライバシーの侵害で訴えられないのかこの世界は!)


俺たちが人々の歓声に包まれる中、ダリオ率いる親衛隊が、道を開けるようにして俺たちの前に進み出た。そして、ダリオは、俺の目の前で、再び恭しく土下座をした。


「アニキ! この度のご活躍、誠におめでとうございやす! アニキが地形を操り、山を動かし、神の一撃で森の主を葬り去ったという武勇伝! すでに、この街の誰もが知るところでさァ!」


(話が! また話が盛られてる! 山は動かしてない! 神の一撃でもない!)


ダリオは、懐から何かを取り出すと、俺に捧げるように差し出した。それは、鈍く黒光りする、奇妙な形の石だった。

「こいつは、俺からのささやかな貢物でさァ! 『雷鳴石』って言って、叩き合わせると、雷を呼ぶって言い伝えがある、ありがてえ石なんでさァ!」


(雷鳴石!? そんな物騒なもの、いらないから! しかも、どうせまたガラクタだろ!)


俺が全力で首を横に振って拒絶していると、親衛隊の後ろから、一人の壮年の男性が、慌てた様子で駆け寄ってきた。その男は、いかついドワーフ――冒険者ギルドのマスターだった。


ギルドマスターは、ダリオが持っている石を見るなり、血相を変えて叫んだ。

「ば、馬鹿者! それは、本物の『雷鳴石』ではないか! 下手に衝撃を与えれば、この街一帯が雷雲に包まれて焦土と化すぞ! なぜお前のようなチンピラが、そんな危険物を!」


「へへっ、こいつは昔、ヤバい仕事で手に入れたお宝でして……。でも、サイレントキラーのアニキに捧げるなら、惜しくありやせん!」

ダリオは、悪びれもせずに笑う。


ギルドマスターは、青い顔で俺を見た。その目は「頼む、あんたがどうにかしてくれ」と、必死に訴えかけていた。


(俺に振るな! 俺にそんな物騒なもんの責任を押し付けるな!)


俺は、恐怖のあまり、その場から一歩、後ずさった。

その、ほんのわずかな動き。

しかし、それを見たレオナルドが、ハッとしたように呟いた。


「……そうか。理解したぞ。彼のその一歩は、『後退』ではない。『警告』だ。『その石を、これ以上、私の前に近づけるな。さもなくば、その石が持つ力を暴走させ、お前ごと消し飛ばすことになるぞ』……。なんと、恐ろしい……。彼は、一目見ただけで、あの石の危険性とその制御方法まで、完全に見抜いておられるのだ……」


レオナルドの解説(という名の妄想)を聞いたギルドマスターは、ヒッと悲鳴を上げると、ダリオから『雷鳴石』をひったくり、まるで爆弾でも扱うかのように、慎重にギルドの地下倉庫へと運んでいった。


俺は、またしても自分の意思とは無関係に、街を一つ救った(ことになった)英雄として、人々の賞賛と畏敬の視線を一身に浴びることになったのだった。



そんな大騒ぎの凱旋パレード(?)の最中だった。

群衆をかき分けるようにして、一人の男が、俺たちの前に進み出た。


その男は、歳は三十代半ばだろうか。精悍な顔つきに、鋭い眼光。体には、寸分の隙もなく磨き上げられた白銀の鎧を纏い、腰には、見事な装飾の長剣を下げている。その立ち姿からは、歴戦の猛者だけが持つ、鋼のような気配が漂っていた。


彼が現れた瞬間、周囲の喧騒が、ぴたりと止んだ。誰もが、その男がただ者ではないことを、肌で感じ取ったのだ。


男は、アレクサンダーたちには目もくれず、その鋭い視線を、まっすぐに俺へと向けた。そして、重々しい声で、言った。


「貴殿が、サイレントキラーか」


その声には、媚びも、へつらいも、畏敬もなかった。ただ、純粋な『評価』の色だけが、宿っていた。


アレクサンダーが、警戒するように一歩前に出た。

「貴公、何者だ。サイレントキラー殿に、何か用か」


男は、アレクサンダーを一瞥すると、懐から一つの紋章を取り出して見せた。それは、この国――グランツ王国の、王家に仕える騎士団の紋章だった。


「俺は、王国騎士団、第一騎士隊隊長、アルフレッド・シュタイナー。ギルドから、常軌を逸した報告を受け、事実確認のために参上した」


第一騎士隊隊長。それは、王国最強と謳われる騎士団の中でも、トップに立つ男であることを意味する。


アルフレッドと名乗った男は、再び俺に視線を戻した。

「報告によれば、貴殿は、地形を操り、山を動かし、ただ睨むだけで、魔王軍の『汚染水晶』を破壊した、とのことだ。にわかには信じがたい。まるで、神話の時代の、おとぎ話だ」


彼の言葉は、淡々としていた。だが、その瞳の奥には、燃えるような探究心と、わずかな疑念が渦巻いている。


「俺は、自分の目で見たものしか信じない。サイレントキラー……。貴殿が、本当に、その報告に値する力を持つのかどうか……」


アルフレッドは、腰の長剣に、ゆっくりと手をかけた。

その瞬間、彼から放たれる闘気が、周囲の空気をビリビリと震わせる。


「この場で、俺が、直々に試させてもらう」


王国最強の騎士が、俺に向かって、その牙を剥いた。

俺は、その圧倒的なプレッシャーの前に、ただ、固まることしかできなかった。


(嘘だろ……。なんで、俺が、こんな国のトップエリートと、戦わなきゃいけないんだよ……)


俺の平穏な日常は、もう、どこにもないらしい。

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