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世界の図と達人の一粒

俺が、ただ故郷を懐かしみ、羊皮紙に描いた、一枚の落書き。

いびつな形の、日本の地図と、猫とタコを足して二で割ったような、謎のゆるキャラ。

それが、仲間たちの間では、「世界の龍脈の乱れと、次なる災厄の姿を示した、深遠なる予言図」として、絶対的な意味を持ってしまった。


その日以来、『沈黙の宮』の作戦室は、王立大図書館の、特別閲覧室と化していた。

賢者レオナルドを中心に、勇者アレクサンダーと聖女セラフィーナも加わり、三人は、俺が描いた、あの奇妙な地図の解読に、全ての時間を、費やしていたのだ。


「……やはり、この、中央の、最も大きな陸地。これは、我々が住む、この大陸の、古代の姿に、酷似している」

レオナルドが、羊皮紙の上に、いくつもの、半透明な古地図を重ねながら、興奮した声で、言った。

「そして、この、東方に記された、『東京』という、二つの文字……。これは、古代魔導語で、『光の要塞』を意味する、言葉と、完全に、一致する!」


(してません。ただの、日本の首都です)


俺、相川静は、その、あまりにも、熱心な、研究風景を、部屋のドアの隙間から、こっそりと、眺めていた。

部屋に、引きこもる生活にも、飽きた。

だが、外に出れば、また、何か、とんでもない勘違いを、生んでしまうかもしれない。

俺は、彼らの、邪魔にならないように、ただ、息を殺して、様子を、窺うことしかできなかった。


アレクサンダーが、俺が描いた、ゆるキャラの絵を、指さした。

「では、レオ。この、異形の、化け物こそが、その、『光の要塞』を、脅かす、存在だと、いうのか」


「断定は、できません」

レオナルドは、慎重に、言葉を選んだ。

「ですが、彼が、これほどまでに、明確な、ビジョンを、我々に、示されたのだ。この、存在が、今後の、我々の戦いにおいて、重要な、鍵となることは、間違いないでしょう。問題は、それが、いつ、どこに、現れるか、ですが……」


三人の間に、重い、沈黙が、落ちた。

予言は、示された。

だが、その、あまりにも、抽象的な、神託を、どう、読み解けばいいのか。

彼らは、再び、壁に、ぶち当たっていた。


その、重苦しい、空気の中で、俺だけが、全く、別の、そして、あまりにも、現実的な問題と、戦っていた。


(……腹、減ったな)


朝から、何も、食べていない。

厨房に行けば、何か、あるだろうか。

だが、そのためには、この、作戦室の前を、通らなければならない。

彼らの、真剣な、議論の、邪魔をしたくはなかった。


俺は、ポケットを探った。

そして、指先に、一つの、固い、感触が、触れた。

それは、昨日、メイドが、おやつにと、部屋に、置いていってくれた、木の実だった。

アーモンドに、よく似た、香ばしい、木の実。


俺は、その木の実を、一つ、取り出すと、音を立てないように、そっと、口の中に、放り込んだ。

カリ、という、心地よい食感と、香ばしい風味が、口の中に、広がる。


(……うまい)


少しだけ、空腹が、満たされた。

俺は、もう一つ、木の実を、取り出した。

そして、ふと、いたずら心が、湧いた。


俺は、仲間たちが、真剣な顔で、睨みつけている、あの、俺の描いた、地図に、興味を、持った。

俺は、そっと、作戦室のドアを、開けた。

そして、誰にも、気づかれないように、その地図が、広げられた、テーブルへと、近づいていく。


三人は、議論に、夢中で、俺の存在に、全く、気づいていない。

俺は、テーブルの、すぐそばまで来ると、手にした、木の実を、地図の上に、ぽとり、と、落としてみた。

それは、俺の、住んでいた街。

東京の、少し、西。

俺の、大学が、あった、あたりに、正確に、着地した。


そして、俺は、その木の実を、指先で、軽く、弾いた。

かりかりかり……。

木の実は、乾いた音を立てて、地図の上を、転がっていく。

それは、俺にとって、ただの、気まぐれ。

ただの、暇つぶしだった。


だが。

その、俺の、あまりにも、無邪気な、行動。

それが、行き詰まっていた、仲間たちに、どれほどの、衝撃を、与えたか。


最初に、気づいたのは、セラフィーナだった。

彼女は、地図の上に、突如として、現れた、一粒の、木の実と、それを、楽しそうに、弾いている、俺の指先を、見て、息を呑んだ。


「……サイレントキラー様……」


彼女の、囁きに、アレクサンダーとレオナルドが、ハッと、顔を上げる。

そして、彼らもまた、その光景を、目の当たりにした。

伝説の暗殺者が、自ら、描いた、予言図の上に、一つの、木の実を、転がしている。

その、あまりにも、謎めいた、光景に、三人は、ただ、固唾を飲んで、見守るしかなかった。


やがて、木の実は、転がるのを、やめ、地図の、ある一点で、ぴたりと、止まった。

それは、俺が、最初に、木の実を落とした、場所。

『光の要塞』、東京の、西に位置する、何もない、平原だった。


レオナルドの、顔から、血の気が、引いていく。

彼は、震える声で、言った。

「……まさか……。これか……。これこそが、我々が、見落としていた、最後の、神託……」


彼は、俺が、転がしていた、木の実を、指さした。

「あの、木の実は、『生命』の象徴。そして、それが、転がり、止まった、あの場所……。あれこそが、次なる災厄が、産声を上げる、場所……! 『始まりの地』を、彼が、我々に、示してくださっているのだ!」


(してません。ただ、遊んでただけです)


アレクサンダーが、ゴクリと、唾を飲む。

「では、あの、異形の、化け物は、あの場所に、現れると、いうのか……」


「間違いありません!」

レオナルドは、断言した。

「そして、彼が、木の実を、指で、弾いた、あの行為……。あれは、『時は、満ちた』という、合図! 我々に、行動を、促しておられるのです!」


俺が、ただ、退屈で、暇つぶしを、していただけの、行為。

それが、仲間たちにとっては、「次なる、災厄の、出現地点と、その、時期を、指し示す、伝説の暗殺者の、最終警告」として、完璧に、誤解されてしまった。


三人は、もはや、迷わなかった。

彼らの、進むべき道は、示されたのだ。


俺は、自分の、いたずらが、彼らの、真剣な、議論の、邪魔をしてしまったことに、気づき、気まずくなった。

俺は、そっと、その場を、離れようとした。

そして、いつものように、力なく、呟いた。


「…………うす」


それは、「すみません、お邪魔しました」という、謝罪の、一言。

だが、仲間たちには、こう、聞こえた。

「その通りだ。我が、示す、道に、間違いはない。速やかに、準備を、整えよ」と。


三人は、その、あまりにも、重い、一言を、胸に、新たな、決意を、固めた。

目指すは、予言の地。

光の要塞、東京の西。

そこに、待ち受ける、未知なる、災厄との、戦いのために。


俺は、その頃、自室に戻り、残りの、木の実を、ポリポリと、食べながら、考えていた。

(……明日は、何を、して、暇を、潰そうかな)


俺の、あまりにも、人間的な、悩みと、仲間たちの、あまりにも、英雄的な、勘違い。

その、二つの、物語は、ついに、交わることなく、新たな、戦いの、舞台へと、その駒を、進めようとしていた。

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