表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/71

勇者の覚醒と達人のカード

王城の演習場。

澄み渡った青空の下で、二つの鋼が、激しく火花を散らしていた。

王国最強の騎士、アルフレッド・シュタイナー。

世界を救う運命を背負った勇者、アレクサンダー。

二人の手合わせは、もはや、ただの試合ではなかった。互いの、魂と、信念を、削り合う、真剣勝負そのものだった。


「はあっ!」

アレクサンダーの聖剣が、太陽の光を反射し、鋭い軌跡を描く。

だが、その一撃は、アルフレッドの、鉄壁の防御に、阻まれた。

キィン、という、甲高い金属音。

衝撃に、アレクサンダーの手が、わずかに痺れる。


(……強い。これが、王国最強……!)


アレクサンダーは、焦りを、感じていた。

力では、互角。

だが、経験、技術、そして、何より、その精神的な、揺るぎなさ。

そのすべてにおいて、目の前の男は、自分を、遥かに、上回っていた。


だが、彼は、決して、諦めなかった。

彼の、脳裏には、師である、サイレントキラーの、姿が、焼き付いていたからだ。

壁を、歩き、風を、読み、ただ、そこにいるだけで、世界の理を、捻じ曲げる、あの、絶対的な、存在。


(……師ならば、どうする?)


アレクサンダーは、一度、大きく、後ろへ跳躍し、アルフレッドと、距離を取った。

そして、剣を、下段に構え、呼吸を、整える。

彼は、ただ、闇雲に、攻撃することを、やめた。

師の、教えを、思い出す。


『力で、超えられない壁は、知恵で、迂回せよ』

『敵の、思考を、読め』

『その場の、風を、読め』


アレクサンダーは、目を、閉じた。

そして、五感を、研ぎ澄ませる。

風の音。

地面の、感触。

アルフレッドの、わずかな、呼吸の、乱れ。

その、すべてが、彼にとっての、情報となった。


アルフレッドは、その、アレクサンダーの、変化に、わずかに、眉をひそめた。

(……ほう。迷いが、消えたか。面白い)


彼は、静かに、一歩、踏み出した。

その、一歩が、戦いの、流れを、再び、動かす。



その頃。

『沈黙の宮』の、俺の部屋。

俺、相川静は、人生で、最大級の、挑戦に、挑んでいた。


(……くそっ。あと、一段、なのに……)


俺の目の前には、テーブルの上に、かろうじて、その形を、保っている、トランプの、城があった。

高さ、五段。

それは、俺が、この、三日間、不眠不休(というのは、嘘だが)で、築き上げてきた、血と、涙の、結晶だった。


部屋の、掃除に来たメイドが、気を利かせて、置いていってくれた、古い、トランプ。

それが、今の、俺にとって、唯一の、友であり、そして、最大の、敵だった。

わずかな、息遣い、わずかな、手の震えが、この、繊細な、芸術品を、一瞬にして、崩壊させてしまう。


俺は、息を、止めた。

そして、震える指先で、二枚の、カードを、つまみ上げる。

最後の一段。

これを、乗せれば、俺の、城は、完成するのだ。


俺は、ゆっくりと、ゆっくりと、その二枚のカードを、城の、頂上へと、運んでいく。

その、集中力は、おそらく、生まれてから、今までの、人生の中で、最大のものだった。



演習場では、戦いが、佳境を、迎えていた。

アレクサンダーは、もはや、アルフレッドの、攻撃を、ただ、受け止めては、いなかった。

彼は、流れるように、その剣を、受け流し、時には、地面を、蹴り、壁を、足場にし、予測不可能な、角度から、反撃を、繰り出す。

その動きは、まさしく、サイレントキラーが、見せた、『立体機動』の、片鱗だった。


「やるな、勇者殿!」

アルフレッドの、声に、初めて、賞賛の色が、浮かぶ。

「貴殿の、その動き……。まさしく、あの御方の、教えの、賜物か!」


「ええ!」

アレクサンダーが、叫ぶ。

「師の、名に、懸けて、俺は、負けるわけには、いかない!」


二人の、闘気が、ぶつかり合い、周囲の、空気を、ビリビリと、震わせる。

戦いは、完全に、互角。

どちらが、勝っても、おかしくない。

だが、その、均衡は、あまりにも、唐突に、破られることになった。


アレクサンダーが、渾身の、一撃を、放とうと、聖剣を、振り上げた、その瞬間。

彼の、脳裏に、まるで、天啓のように、一つの、光景が、浮かんだのだ。


(……今だ!)


それは、言葉には、ならない。

理屈でも、ない。

ただ、絶対的な、確信だけが、彼の、体を、突き動かした。

彼は、振り上げた剣を、そのまま、振り下ろすことを、やめた。

代わりに、彼は、その場で、一回転し、剣の、柄の部分で、アルフレッドの、足元を、薙ぎ払ったのだ。


それは、あまりにも、意表を突いた、一撃だった。

アルフレッドは、その、奇襲に、反応することが、できなかった。

彼の、鉄壁の、体勢が、わずかに、崩れる。


その、ほんの、一瞬の、隙。

アレクサンダーは、それを見逃さなかった。

彼の、聖剣の、切っ先が、アルフレッドの、喉元、寸前で、ぴたりと、止まっていた。


静寂。

勝負は、決した。


アルフレッドは、信じられない、という表情で、アレクサンダーを、見つめた。

「……なぜだ。なぜ、あの、タイミングで、足払いを……。俺の、次の、動きを、完全に、読んでいたとでも、いうのか……」


アレクサンダーも、分からなかった。

ただ、そうしなければならないと、魂が、叫んだのだ。

まるで、遠く、離れた、師が、彼に、そう、囁いたかのように。


その頃。

俺の部屋では、悲劇が、起こっていた。

俺が、最後の一枚を、乗せようとした、その瞬間。

開いていた、窓から、一陣の、気まぐれな風が、吹き込んだのだ。


そして、俺の、三日間の、努力の結晶である、トランプの城は、あまりにも、あっけなく、その形を、失い、テーブルの上に、散らばった。

ぱらぱらぱら……。


「…………」


俺は、呆然と、その光景を、見つめていた。

そして、込み上げてくる、虚しさと、怒りに、俺は、近くにあった、クッションを、掴むと、床に、叩きつけた。

ぽすっ、という、情けない音。


そして、俺は、力なく、いつものように、呟いた。


「…………うす」


それは、俺の、敗北宣言。

そして、もう二度と、こんな、不毛なことは、やるものか、という、固い、誓いの、一言だった。


演習場では、アルフレッドが、ゆっくりと、剣を、鞘に、納めていた。

「……見事だ、勇者アレクサンダー。完敗だ。貴殿は、師の、期待に、見事、応えてみせた」

彼は、アレクサンダーに、深く、頭を下げた。

「約束通り、『始まりの聖杯』は、貴殿に、託そう。どうか、その力で、世界を、救ってくれ」


アレクサンダーは、その言葉に、深く、頷いた。

彼は、師の、偉大さを、改めて、噛み締めていた。

あの、最後の、天啓。

あれこそが、師が、与えてくださった、勝利への、道筋だったのだ、と。


俺が、ただ、トランプの城を、崩されて、八つ当たりを、していただけだとは、彼は、知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ