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策謀の迷宮と師の導き

『魂喰らいの呪印』。

魔王軍の知将、インテリオが仕掛けた、最初の、そして、最大の罠。

それが、何の前触れもなく、まるで電源を切られたかのように、沈黙した。

その、あまりにも、現実離れした奇跡。

それを、勇者アレクサンダー、聖女セラフィーナ、賢者レオナルドの三人は、遠く離れた師、『サイレントキラー』による、遠隔支援だと、信じて、疑わなかった。


「……行こう」

アレクサンダーが、短い言葉に、決意を込めた。

「サイレントキラー様が、我々のために、道を開いてくださった。この好機を、無駄にはできない」


三人は、頷き合うと、もはや、ただの鉄格子と化した、通気口を、静かに、取り外した。

その先は、闇。

ひんやりとした、埃っぽい空気が、彼らの肌を撫でる。

ここから先は、もう、師の、直接の助けは、望めないかもしれない。

自分たちの、知恵と、勇気だけが、頼りだ。


三人は、猫のように、しなやかに、通気口の中へと、その身を、滑り込ませた。

目指すは、蛇の巣の、心臓部。

伝説のアイテム、『賢者の石』が、眠る場所。



その頃。

『沈黙の宮』の、厨房。

俺、相川静は、床に座り込み、一つの、不思議な現象に、夢中になっていた。

手の中にある、スマートフォン。

そして、その画面に、ぴったりと、くっつけられた、アーティファクトの『欠片』。


この二つが、合わさることで、スマホの画面には、まるで、どこかの、防犯カメラの映像のような、奇妙な、ライブ映像が、映し出されていたのだ。

今は、薄暗く、狭い、通路のような場所が、映っている。時折、黒い影が、その通路を、進んでいくのが見えた。


(……面白い。これ、どういう仕組みなんだろ)


俺は、すっかり、夢中だった。

この、異世界で、初めて見つけた、ハイテクな、おもちゃ。

退屈という、名の、大敵を、倒してくれる、最高の、暇つぶしだった。

俺は、ポケットから、取り出した、最後の一片の、チョコレートを、口に放り込むと、再び、その、不思議な映像に、意識を、集中させた。



通気口の、中は、想像以上に、狭く、そして、複雑だった。

いくつもの、分岐点。

時折、聞こえてくる、下の階の、喧騒。

三人は、レオナルドが、記憶した、地図を頼りに、息を殺しながら、慎重に、進んでいく。


やがて、彼らは、目的の、ポイントへと、たどり着いた。

真下から、ひときわ、大きな、ざわめきが、聞こえてくる。

カジノの、メインフロアの、真上に、位置する、換気口だった。


レオナルドが、合図する。

アレクサンダーは、音もなく、換気口の、格子を、外した。

眼下には、きらびやかな、シャンデリアの光と、欲望に、目をぎらつかせた、人々の、渦。

そして、その、喧騒を、見下ろすように、配置された、いくつもの、監視用の、魔法水晶。


「……すごい、警備体制ですね」

セラフィーナが、息を呑む。

「あれでは、ネズミ一匹、入り込むことは、できませんわ」


「ええ」

レオナルドが、頷く。

「ですが、我々の、ルートは、ここではない。サイレントキラー様の、教え通り、敵の、意識の、死角を、突くのです」


彼らは、メインフロアには、降りなかった。

通気口を、さらに、進み、彼らが、目指したのは、カジノの、VIPルームへと続く、従業員専用の、通路だった。


通路に、舞い降りた、三人。

そこは、メインフロアの、喧騒が、嘘のように、静まり返っていた。

壁には、高価な、絵画が飾られ、床には、足音を、吸収する、分厚い、絨毯が、敷かれている。


そして、その通路の、一番奥。

ひときわ、豪華な、装飾の施された、扉があった。

インテリオの、執務室、兼、プライベートルーム。

そして、おそらくは、『賢者の石』が、隠されている、場所。


だが、その扉の前には、最後の、関門が、待ち受けていた。

扉そのものには、鍵穴がない。

その代わり、扉の、左右の壁に、それぞれ、五つずつ、合計、十個の、魔石が、埋め込まれていたのだ。

それぞれの、魔石は、違う色に、輝いている。


「……『十色の鍵』……!」

レオナルドが、苦々しげに、呟いた。

「古代の、文献でしか、見たことのない、極めて、高度な、解錠パズルです。この、十個の魔石を、正しい、順番で、押さなければ、扉は、開かない。そして、一度でも、順番を間違えれば、我々は、この通路ごと、強力な、結界に、閉じ込められてしまう……」


「正しい、順番だと? ヒントは、あるのか?」

アレクサンダーが、問いかける。


「ありません」

レオナルドは、きっぱりと、言った。

「完全に、ランダム。あるいは、術者の、気まぐれで、毎日、順番が、変わる可能性すら、ある。これを、解くのは、不可能に、近いです。これこそが、インテリオの、最後の、悪趣味な、罠……!」


三人の間に、重い、沈黙が、落ちた。

ここまで来て、最後の、最後で、運任せの、パズル。

あまりにも、残酷な、仕打ちだった。



その頃。

賭博場の、最上階。

監視室で、インテリオは、優雅に、ワイングラスを、傾けていた。

彼の目の前には、巨大な、監視水晶が、いくつも、浮かんでいる。

その、一つが、今、まさに、アレクサンダーたちが、いる、VIP通路を、映し出していた。


「くくく……。来たか、勇者一行。ご苦労なことだ」

彼は、楽しそうに、笑った。

屋上の、呪印が、破られたことには、驚いた。

おそらくは、あの、サイレントキラーとかいう、得体の知れない男が、何か、規格外の、術を、使ったのだろう。


だが、それも、ここまでだ。

この、『十色の鍵』は、外部からの、魔力干渉を、一切、受け付けない。

解く方法は、ただ一つ。

この、俺の、頭の中にある、正解の、順番を、当てることだけ。

確率にして、三百六十二万八千八百通り分の一。

不可能だ。


「さあ、どうする? 英雄様たち。君たちの、その、ちっぽけな、知恵と、運で、この、私の、芸術品を、超えられるかな?」

インテリオは、これから始まる、絶望の、ショーを、心待ちにしていた。



「……どうする、レオ」

アレクサンダーの、声には、焦りの色が、滲んでいた。


レオナルドは、ただ、唇を、噛み締めるだけだった。

その時だった。

セラフィーナが、懐から、一つの、小さな、水晶玉を、取り出した。

それは、仲間同士の、緊急連絡用の、魔法の道具だった。


「……サイレントキラー様に、お伺いを、立ててみましょう。彼ならば、あるいは……」


だが、レオナルドは、静かに、首を振った。

「……ダメです。彼は、我々に、試練を、与えられた。『自分たちの、力で、切り開け』と。ここで、彼に、頼ってしまっては、我々は、永遠に、彼の、期待に、応えることはできない」


その、レオナルドの、言葉。

それが、皮肉にも、彼らを、救うことになる。


彼らが、議論を、交わしている、まさに、その瞬間。

『沈黙の宮』の、厨房で、俺は、一つの、問題に、直面していた。

スマホの、画面に、映し出されていた、不思議な映像。

その、通路の、先に、豪華な、扉が、現れたのだ。

そして、その扉の、周りには、カラフルな、光が、十個、点滅している。


(……なんだ、これ。ゲームの、ボーナスステージみたいだ)


俺は、興味津々だった。

そして、思った。

この、光る、ボタンみたいなやつ、押せるんじゃないか、と。


俺は、スマホの、画面の上で、その、光る、魔石の、部分を、指で、なぞってみた。

すると、指の動きに、合わせて、画面の中の、魔石が、順番に、明るく、点滅したのだ。


(……お、やっぱり。これ、なんか、遊べるやつだ)


俺は、夢中になった。

特に、意味は、ない。

ただ、子供が、おもちゃの、ボタンを、適当に、押して、遊ぶように。

俺は、その、十個の、光を、気の向くままに、順番に、押していった。

赤、青、黄色、緑、紫……。


その、俺の、何気ない、暇つぶし。

それが、遠く、離れた、賭博場で、絶望していた、仲間たちの、運命を、決定づけた。


VIP通路で、立ち尽くしていた、三人の目の前。

壁に、埋め込まれた、十個の、魔石が、何の、前触れもなく、勝手に、光り始めたのだ。

赤、青、黄色、緑、紫……。

まるで、誰かが、遠隔操作しているかのように、一つずつ、順番に、点滅していく。


そして、最後の、十個目の、魔石が、光った、その瞬間。


ゴゴゴゴゴ……。


重々しい、音と共に、目の前の、豪華な扉が、ゆっくりと、内側へと、開かれていった。


「「「…………」」」


三人は、ただ、呆然と、その光景を、見つめていた。

不可能と、思われた、パズルが、勝手に、解かれたのだ。


監視室で、その光景を見ていた、インテリオは、持っていた、ワイングラスを、床に、落としていた。

ガシャン! という、派手な音。

だが、彼の耳には、届いていなかった。


「……ば、馬鹿な……。ありえない……。なぜだ……? なぜ、正解の、順番を、知っている……? 私の、頭の中を、読んだとでも、いうのか……!?」


彼の、顔から、血の気が、引いていく。

サイレントキラー。

その、得体の知れない、存在に対する、恐怖が、彼の、策謀家の、自信を、粉々に、砕き始めていた。


通路では、アレクサンダーが、ハッと、我に返り、天を仰いだ。

「……サイレントキラー様……。やはり、貴方様は、我々を、見ていてくださったのですね……」


俺は、その頃、厨房で、スマホの、画面に、飽きてしまっていた。

(……なんだ、これ。ボタン押しても、何も、起こらないじゃないか。つまんないの)


俺は、スマホと、『欠片』を、ポケットに、しまうと、食べかけの、チョコレートを、口に放り込み、満足げに、呟いた。


「…………うす」


そして、今度こそ、本当に、眠るために、自室へと、戻っていった。

自分が、今、この瞬間、魔王軍、最強の、知将の、心を、完全に、へし折ってしまったことなど、全く、気づかないまま。

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