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勘違いの報酬と最初の信者

ゴブリン討伐からの帰り道、俺の心は鉛のように重かった。自分のスマートフォンが引き起こした偶然の産物が、「神がかり的な戦術」として仲間たちの脳内に刻み込まれてしまったからだ。もはや、訂正する術も、その気力も残ってはいない。


先頭を歩く勇者アレクサンダーは、興奮冷めやらぬといった様子で、俺の「武勇伝」を熱く語っていた。


「いやはや、何度思い出しても見事な手際だった! 太陽の位置、敵の配置、そして我々の動き出すタイミング、そのすべてを計算し尽くした上での、あの完璧な一閃! まさに神業だ!」


(だから事故だって言ってるだろ! 計算じゃなくて偶然! 神業じゃなくてスマホの反射! あと、一閃もしてない! ただ持ってただけ!)


俺が内心で必死にツッコミを入れていると、聖女セラフィーナがうっとりとしたため息をついた。


「ええ、本当に……。サイレントキラー様は、ご自身が危険に身を晒すことなく、最も効率的な方法で私たちを勝利に導いてくださいました。その知略の深さもさることながら、無益な殺生を好まないという、彼の慈悲深さの表れでもあるのでしょう」


(慈悲深さじゃなくて、単純に戦えないだけです! 俺が前線に出たら、開始3秒でゴブリンの棍棒の餌食になってゲームオーバーですよ!)


極めつけは、賢者レオナルドだ。彼は、いつの間にか取り出した手帳に何やらメモを取りながら、分析結果を披露し始めた。


「今回の件で、一つの仮説が確信に変わった。サイレントキラー殿の戦闘スタイルは、直接的な戦闘能力に依存するものではない。彼の本質は『戦場の支配者バトルフィールド・ルーラー』だ。天候、地形、光、そして敵味方の心理すらも読み解き、最小限の行動で因果を操り、勝利という結果のみを確定させる。我々が剣を振るう前に、戦いはすでに終わっているのだ」


(戦場の支配者!? なんだその大層な二つ名は! 俺は六畳一間の支配者ですらないのに! 因果を操るって、そんな大それたことできるわけないだろ! 俺にできるのは、カップ麺の待ち時間を正確に3分計ることくらいだよ!)


三者三様の、あらぬ方向へと飛躍していく勘違い。その会話を聞いているだけで、俺の胃はギリギリと悲鳴を上げた。フードの奥で、俺はただただ青い顔をして俯くことしかできなかった。


街に戻った俺たちは、まっすぐに冒険者ギルドへと向かった。依頼完了の報告と、報酬の受け取りのためだ。ギルドの扉を開けると、昼間ということもあってか、中には多くの冒険者たちが集い、酒を飲んだり、依頼書を眺めたりしていた。


俺たち――というより、高名な勇者アレクサンダーのパーティーが入ってきたことで、ギルド内の視線が一斉にこちらへ集まる。そして、その視線はすぐに、アレクサンダーの隣でフードを目深にかぶった、怪しさ満点の俺へと注がれた。


(うわ、まただ……。この、値踏みするような視線……。もうやだ、帰りたい。俺のパーソナルスペースに土足で踏み込んでくるな……)


俺が入り口で石化していると、アレクサンダーが俺の背中を軽く叩き、奥のカウンターへと促した。カウンターの向こうでは、いかついドワーフの男性――このギルドのマスターであろう人物が、片眉を上げて俺たちを見ていた。


「おお、勇者様一行か。ゴブリン討伐の依頼、ご苦労だったな。……して、そちらの御仁は?」


ギルドマスターの鋭い目が、俺のフードの奥を覗き込もうとする。その視線に射抜かれ、俺の体は完全にフリーズした。


アレクサンダーは、待ってましたとばかりに胸を張った。

「紹介しよう、マスター! 我がパーティーに新たに加わった、心強き仲間! その名を、サイレントキラー!」


「なっ……!?」


ギルドマスターの顔色が変わった。それだけではない。聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちからも、「サイレントキラーだと!?」「あの伝説の暗殺者が実在したのか!」「勇者様のパーティーに入ったって、本当かよ……」という驚愕と興奮の囁きが、波のように広がっていく。


(だから、なんでそうなるんだよ! アレクさん、頼むからもう黙ってくれ! 俺のライフはもうゼロだよ!)


俺の悲痛な願いも虚しく、アレクサンダーの自慢話は止まらない。

「ああ、そうだ! 今日のゴブリン討伐も、彼の神がかり的な戦術がなければ、こうもあっさりとはいかなかっただろう! 太陽光を利用して敵将の目を眩ませ、一瞬で指揮系統を麻痺させるなど、常人には到底思いもつかぬ策だ!」


アレクサンダーの言葉に、ギルド内はさらにどよめいた。「太陽光を……?」「そんな戦い方、聞いたこともないぞ」「やはり、伝説は本物だったか……!」


俺は、降り注ぐ好奇と畏怖の視線に耐えきれず、ただただその場で小さくなることしかできなかった。その様子が、周囲には「自らの功績を誇示することなく、ただ静かに佇む達人の風格」と映っていることなど、知る由もなかった。


ギルドマスターは、ゴクリと唾を飲み込むと、カウンターの下から報酬の入った革袋を取り出した。

「……こいつが、今回の報酬の金貨だ。確かに受け取ってくれ」


アレクサンダーがそれを受け取り、中身を四等分しようとする。そして、その一束を俺の前に差し出した。


「サイレントキラー殿、これが貴殿の取り分だ」


目の前に置かれた、ずしりと重い金貨の袋。俺は、それをどうしていいか分からなかった。そもそも、この世界のお金の価値が全く分からない。それに、今回の件で俺は何もしていない。ただ隠れていただけだ。こんなもの、受け取れるはずがない。


(いらない、いらない! 俺、何もしてないし! こんなのもらっても、使い方も分からないし!)


俺は、全力で首を横に振り、両手で「いやいや」とジェスチャーをした。そして、何か言わなければと焦った結果、口から出たのは、いつものあの言葉だった。


「…………うす」


(なんでここで肯定するんだよ俺の口はァァァ! 断ってるんだよ! 全力で拒否の意思表示をしてるんだよ!)


しかし、俺の渾身の拒絶は、パーティーの面々にはまったく違う意味で伝わったようだった。


アレクサンダーは、俺の行動を見て、ハッとしたように目を見開いた。

「そうか……! 貴殿ほどの御方が、ゴブリン討伐程度の報酬に興味などない、ということか! 失礼した! 我々と同じ物差しで測るべきではなかったな!」


セラフィーナは、胸に手を当てて、感嘆のため息を漏らした。

「まあ……。地位も名誉も、そして報酬すらも求めない……。ただ、世界を救うという大義のためだけに、その力をお貸しくださるというのですね。なんという、気高いお心なのでしょう……」


レオナルドは、手元のメモ帳にペンを走らせながら、深く頷いた。

「なるほど。『報酬は受け取る(うす)。だが、それは俺のためではない。この世界の民のために使え』という、無言のメッセージか。彼の行動原理は、常に利他主義に基づいている。記録しておく必要があるな」


(違う! 全然違うから! 俺の意思、誰か正しく翻訳してくれよ!)


俺の心の叫びも虚しく、俺が受け取りを拒否した報酬は、「サイレントキラー様の御意志により、戦災孤児のために寄付される」という美談として、ギルドマスターに伝えられてしまった。ギルド内が、感動と賞賛の拍手に包まれる。その中心で、俺はただ一人、顔面蒼白で立ち尽くしていた。



地獄のような報告会を終え、俺たちはようやくギルドを後にした。外の空気が、これほど美味しいと感じたことはない。


「いやあ、サイレントキラー殿の気高さには、改めて感服した! 俺も、もっと精進せねばな!」

「ええ。私も、もっと彼の心を癒せるよう、努めなければ……」


隣でキラキラした目を向けてくるアレクサンダーとセラフィーナから逃れるように、俺は一歩後ろを歩いていた。その時だった。


「お、お待ちください、アニキ!」


切羽詰まったような声が、背後から聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。昨日、俺に絡んできたチンピラ三人組のリーダー格だ。他の二人は、少し離れた場所でオドオドしている。


(うわ、出た……。なんでまた……)


俺の体は、条件反射で硬直する。また絡まれるのか。そう思って身構えていると、チンピラは俺の目の前まで駆け寄ってくると、なんと、その場で勢いよく土下座をしたのだ。


「アニキ! 昨日は、本当に申し訳ありませんでしたッ!」


「……え?」


予想外の展開に、俺だけでなく、アレクサンダーたちも目を丸くしている。


チンピラ――ダリオという名前らしい――は、地面に額をこすりつけながら、必死に言葉を続けた。

「俺、アニキのあの、静かなる威圧感を目の当たりにして、目が覚めやした! 今まで、力こそが全てだと思って、くだらねえ悪さばっかりしてやした。でも、違ったんすね! 真の強さってのは、アニキみてえに、ただそこにいるだけで、相手を屈服させるもんなんだって!」


(威圧感じゃなくて、恐怖でフリーズしてただけだって、何回言えば……いや、一回も言ってないけど!)


ダリオは、ガバッと顔を上げた。その目は、恐怖ではなく、狂信的なまでの尊敬と憧れに満ちていた。


「俺、決めたんす! もうチンケな悪さからは足を洗って、アニキの背中を追いかけやす! どうか、この俺を! アニキの舎弟にしてください! 一生ついていきやす!」


そう言って、彼は再び深く頭を下げた。


(舎弟!? 無理無理無理! 俺、後輩とかできたことないし! 指導とか絶対無理だから! そもそも、あんた誰だよ!)


突然の弟子入り志願に、俺の脳は完全に処理能力を超えた。パニックになった俺は、ただただその場で固まり、何も言えずにダリオを見下ろすことしかできなかった。


俺の沈黙を、ダリオは「弟子入りの覚悟を試している」と解釈したらしい。彼は、ごくりと唾を飲むと、さらに必死に訴えかけた。


「アニキの邪魔は、絶対にしやせん! 掃除でも洗濯でも、何でもしやす! だから、どうか……!」


その時、俺の喉から、か細い音が漏れた。


「…………うす」


それは、肯定ではない。恐怖と混乱の果てに、ただ空気が漏れただけの音。


しかし、その音は、ダリオにとって、天からの啓示に等しかった。


「! あ、ありがとうございますッ! アニキ! このダリオ、一生アニキにお仕えしやす!」


ダリオは感極まったように叫ぶと、何度も頭を下げ、仲間たちのもとへ駆け戻っていった。「聞いたかお前ら! アニキが俺を認めてくださったぞ!」と、彼は仲間たちに自慢している。


こうして、俺の意思とは全く無関係に、「サイレントキラー様心酔者」第一号が、ここに爆誕してしまった。


その一部始終を見ていたアレクサンダーは、腕を組んで深く頷いた。

「なるほどな。悪の道に堕ちた者すらも、その圧倒的な器で受け入れ、更生の道を与える……。サイレントキラー殿、貴殿の懐の深さ、底が知れんな」


俺は、もう、何も言えなかった。

ただ、夕日に染まる空を見上げ、日本にいるであろう母の顔を、ぼんやりと思い浮かべることしかできなかった。


(お母さん……。俺、異世界で、なんかすごいことになってます……)


平穏を求める俺の願いとは裏腹に、俺の周りには、勘違いした仲間たちと、勘違いした信者が集い始めていた。俺の伝説は、まだ始まったばかりらしい。迷惑千万である。

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