第7話『迷いの森調査②』
しばらく歩き続けると、森の中に差し込む光は少しずつ細く、そして陰りが深くなっていた。
濃く茂った草を掻き分けながら進み、やがて一行は、倒れた巨木の幹を見つけた。
「ここで一旦、休憩しよう」
シャイアが声をかけ、みな思い思いに荷物を下ろす。
カガリも息をつき、幹に腰を下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
(……ふう……こんなに歩いたの、いつぶりだろう)
靴の中で火照った足に意識を向けながら、彼女はそっと水筒の口を開けた。
その隣で、シャイアとディルが地図を広げて話し合っている。
「今どの辺?」
「そこそこ奥まで来てる。直近で薔薇の花が確認された場所のすぐ手前ってとこだ」
「……にしては、ぜんぜん薔薇見てないけど」
顎を掻きながら、ディルが地図に指を走らせる。
「もしかすると、ずっと同じ場所で咲いてるわけじゃないのかもな。スキルで出てるなら、発現させている本体に合わせて移動している可能性はある」
「ってことは、薔薇を追っていれば、発現者に会えるってわけだね。ロマンチックじゃない」
シャイアが肩をすくめたとき、低く重い声が会話に割って入った。
「……ボスの情報」
「あ? 教えただろ、事前に」
ガロは、ディルに向けていた視線をカガリに移した。
「……あー、そういうことか。そうだな。カガリはまだ知らなかったか」
ディルが立ち上がり、手に取った枝で地面に円を描く。
「“迷いの森”のダンジョンの深部には、長年“ボス”とされる存在が確認されてる。ただ、これまでの記録じゃ……めったに姿を現さない。遭遇報告も数えるほどしかねぇ。
で、その数少ない報告に、名前がついてた。――“薔薇の騎士”だ」
「薔薇の……騎士?」
カガリは聞き返す。
その響きは美しくさえあったが、同時に、どこか不吉な重みを含んでいるようにも感じた。
「姿は、全身を黒鉄の鎧で覆った人型に近い。顔は見えず、ただ周囲に異様な薔薇と蔦を生やしながら現れる。
その薔薇からは毒や幻覚、麻痺といった状態異常が発生する……って話だ。実際に対面したやつは、皆まともに動けなかったらしい」
ディルがが軽く肩をすくめる。
「ただし、これらの報告は、“二百年前から、四十年くらい前”にかけてのものだ。報告件数も片手で数えるほどしかいねえ。見間違い、幻覚、錯乱……証言の信憑性は不明ってところ。」
「……でも、記録に残ってるということは、少なくとも、二百年前から、ずっとそのボスが存在していたのは確かなんですよね」
「そうだな。だからギルドも、森の“最奥”には侵入禁止の勧告を出してる。今までは、ボスの行動範囲が狭いから問題なしって判断されてたけど……今回、中層での遭遇事件が起きたせいで、状況が変わってきてる」
ディルが地図の一部を指で叩く。
「ここだ。直近で、ボスとの遭遇が確認された地点。ここは、以前は“安全圏”とされてた層だ」
「薔薇の発生が確認がされてる地点に近い……」
「ああ。だから、薔薇の調査を進めていけば、ボスと遭遇する可能性がある」
「……どちらも同じ、状態異常をばらまく薔薇ってわけだし、普通に考えたら、この薔薇の発生ってボスの仕業だと思いますよね……」
「そうだな……。けど、薔薇がスキルで発現されているなら、それが疑わしくなる。
ダンジョンのボスは、“人ならざるもの”とされてる。魔物でも精霊でも、どんな異形であれ――人間ではない。
だが、スキルを持つのは人間だけ……それが定説だ」
「もともとスキル自体が、“世界にとって異常な存在”だっていうのに、それに対して定説なんて……考えてみればおかしな話だけどね」
シャイアがウイスキーの小瓶を飲み干しながら、話に加わる。
おい、酒飲むなよ!とディルが怒るが、シャイアはベッと舌を出した。
「世界にとって異常な存在……」
「そう。≪スキルは≫あり得ない事を、世界にねじ込む力だ」
「あり得ない事を、世界にねじ込む……」
カガリはシャイアの言葉を、静かに反復した。
「それでもまあ、この定説は、何千年もの間、ずっと“そうだった事”だからなあ」
ディルが肩をすくめて言う。
「もし、スキルの発現者は――“ダンジョンボス”で、
でも、定説は――“正しいと”したら、
……そのボスは――“人間だった”ってことになるな」
「もはやカオス!」
シャイアが即座に吐き捨て、二人の軽口に場がわずかに和んだ。
「まあ、今わかってるのは、薔薇は“スキル”であることと、薔薇の広がりには、確実に誰かの“意志”があるってことだ。
その意志がボスのものだろうが、人間のものだろうが、対処するのみさ」
ディルが言いながら立ち上がる。
「行こうぜ。ここまで来たら、あとは進むだけだ」
手を払って草を踏みしめる。
その言葉に、ガロが無言で応じるように斧を持ち上げ、動き出した。
カガリも、小さく息を吐くと、そっと立ち上がる。
腰のポーチに手を添える。
そこには、あの夜見つけた小さな装置が収められていた。
緊張と不安が、背筋を這うように降りてくる。
けれど、それでも――
(私はここで、役に立つんだ……)
拳に力を込め、心に言い聞かせた。
※こちらの作品は、『カクヨム』でも連載しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818622177469889409
カクヨムの近況ノートにて、キャラクターのラフスケッチを描いていくので、
もしビジュアルのイメージに興味がある方は覗いていってください。