表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/86

第7話『迷いの森調査②』


しばらく歩き続けると、森の中に差し込む光は少しずつ細く、そして陰りが深くなっていた。

濃く茂った草を掻き分けながら進み、やがて一行は、倒れた巨木の幹を見つけた。


「ここで一旦、休憩しよう」


シャイアが声をかけ、みな思い思いに荷物を下ろす。

カガリも息をつき、幹に腰を下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せた。


(……ふう……こんなに歩いたの、いつぶりだろう)


靴の中で火照った足に意識を向けながら、彼女はそっと水筒の口を開けた。

その隣で、シャイアとディルが地図を広げて話し合っている。


「今どの辺?」

「そこそこ奥まで来てる。直近で薔薇の花が確認された場所のすぐ手前ってとこだ」

「……にしては、ぜんぜん薔薇見てないけど」


顎を掻きながら、ディルが地図に指を走らせる。


「もしかすると、ずっと同じ場所で咲いてるわけじゃないのかもな。スキルで出てるなら、発現させている本体に合わせて移動している可能性はある」


「ってことは、薔薇を追っていれば、発現者に会えるってわけだね。ロマンチックじゃない」


シャイアが肩をすくめたとき、低く重い声が会話に割って入った。


「……ボスの情報」

「あ? 教えただろ、事前に」


ガロは、ディルに向けていた視線をカガリに移した。


「……あー、そういうことか。そうだな。カガリはまだ知らなかったか」


ディルが立ち上がり、手に取った枝で地面に円を描く。


「“迷いの森”のダンジョンの深部には、長年“ボス”とされる存在が確認されてる。ただ、これまでの記録じゃ……めったに姿を現さない。遭遇報告も数えるほどしかねぇ。


で、その数少ない報告に、名前がついてた。――“薔薇の騎士”だ」


「薔薇の……騎士?」


カガリは聞き返す。

その響きは美しくさえあったが、同時に、どこか不吉な重みを含んでいるようにも感じた。


「姿は、全身を黒鉄の鎧で覆った人型に近い。顔は見えず、ただ周囲に異様な薔薇と蔦を生やしながら現れる。

その薔薇からは毒や幻覚、麻痺といった状態異常が発生する……って話だ。実際に対面したやつは、皆まともに動けなかったらしい」


ディルがが軽く肩をすくめる。


「ただし、これらの報告は、“二百年前から、四十年くらい前”にかけてのものだ。報告件数も片手で数えるほどしかいねえ。見間違い、幻覚、錯乱……証言の信憑性は不明ってところ。」


「……でも、記録に残ってるということは、少なくとも、二百年前から、ずっとそのボスが存在していたのは確かなんですよね」


「そうだな。だからギルドも、森の“最奥”には侵入禁止の勧告を出してる。今までは、ボスの行動範囲が狭いから問題なしって判断されてたけど……今回、中層での遭遇事件が起きたせいで、状況が変わってきてる」


ディルが地図の一部を指で叩く。


「ここだ。直近で、ボスとの遭遇が確認された地点。ここは、以前は“安全圏”とされてた層だ」


「薔薇の発生が確認がされてる地点に近い……」

「ああ。だから、薔薇の調査を進めていけば、ボスと遭遇する可能性がある」


「……どちらも同じ、状態異常をばらまく薔薇ってわけだし、普通に考えたら、この薔薇の発生ってボスの仕業だと思いますよね……」


「そうだな……。けど、薔薇がスキルで発現されているなら、それが疑わしくなる。

 ダンジョンのボスは、“人ならざるもの”とされてる。魔物でも精霊でも、どんな異形であれ――人間ではない。

 だが、スキルを持つのは人間だけ……それが定説だ」


「もともとスキル自体が、“世界にとって異常な存在”だっていうのに、それに対して定説なんて……考えてみればおかしな話だけどね」


シャイアがウイスキーの小瓶を飲み干しながら、話に加わる。

おい、酒飲むなよ!とディルが怒るが、シャイアはベッと舌を出した。


「世界にとって異常な存在……」


「そう。≪スキルは≫あり得ない事を、世界にねじ込む力だ」

「あり得ない事を、世界にねじ込む……」

カガリはシャイアの言葉を、静かに反復した。


「それでもまあ、この定説は、何千年もの間、ずっと“そうだった事”だからなあ」


ディルが肩をすくめて言う。


「もし、スキルの発現者は――“ダンジョンボス”で、

 でも、定説は――“正しいと”したら、

 ……そのボスは――“人間だった”ってことになるな」

「もはやカオス!」

 

シャイアが即座に吐き捨て、二人の軽口に場がわずかに和んだ。


「まあ、今わかってるのは、薔薇は“スキル”であることと、薔薇の広がりには、確実に誰かの“意志”があるってことだ。

その意志がボスのものだろうが、人間のものだろうが、対処するのみさ」


ディルが言いながら立ち上がる。


「行こうぜ。ここまで来たら、あとは進むだけだ」

手を払って草を踏みしめる。

その言葉に、ガロが無言で応じるように斧を持ち上げ、動き出した。


カガリも、小さく息を吐くと、そっと立ち上がる。


腰のポーチに手を添える。

そこには、あの夜見つけた小さな装置が収められていた。


緊張と不安が、背筋を這うように降りてくる。

けれど、それでも――


(私はここで、役に立つんだ……)


拳に力を込め、心に言い聞かせた。




※こちらの作品は、『カクヨム』でも連載しています。

 https://kakuyomu.jp/works/16818622177469889409


カクヨムの近況ノートにて、キャラクターのラフスケッチを描いていくので、

もしビジュアルのイメージに興味がある方は覗いていってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ