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第12話 『調律』


「俺を知っているのか……?」


青年の口から、自分の名前が出てきたことに、リュカは目を細める。


「例の、知り合いの人じゃないの?」

カガリが問いかける。


「いや、違う。カゼノアは俺より年上の男だ」


それを聞いた青年――カイロスは、ぱっと顔を輝かせた。


「やっぱり! 先生に会いに来てた、あの時の……おい、嘘だろ、何十年ぶり……いや、もっとか!?」


驚きのままに立ち上がったカイロスを見つめながら、リュカもまた、ゆっくりと記憶の底から名を呼ぶ。


「……お前、もしかして……カイロス……か?」


「そうそう! うわー、本物か? 幽霊とかじゃないよな……?」


冗談めかしたその声音に、リュカは小さく目を細めた。


青年の姿は、リュカと同じくらいの歳に見える。だが、それはあり得ない。

リュカが最後に彼を見たのは、遥か昔――二百年も前のことだったのだから。


「……二百年前だぞ。なぜ生きている」


「いや、それは俺もお前に聞きたい」



◇  ◇  ◇


 

館の奥。魔導装置や古びた書物が雑然と並ぶ研究室の一角。

その一室には生活の匂いがあり、今ではキッチン兼応接室のようになっていた。


カイロスが、やけに手慣れた様子でコーヒーを淹れてカップを差し出す。


「――なるほど。“時間の流れを鈍化させる研究室”か。相変わらず、とんでもないな」


「俺の研究室の中の時間は、外の世界の十分の一で流れてる。二十年が、一年になるんだ! すごいだろう?」


「……ということは、お前。その見た目ってことは、この二百年のほとんどをその中で引きこもってたのか」

「まあな」


「それって……人体に影響はないんですか?」


カガリが目を丸くする。カイロスは肩を竦めた。


「時間感覚がなくなるから、精神的におかしくなる奴は多い。

 昔、アシスタントを雇おうとしたんだけど、全員三日で逃げ出したよ」


ケロッと笑って言い放つ姿に、リュカは思わず小さく笑った。


「なんだよ、笑って」

「いや……“あの師匠にしてこの弟子あり”、と思ってな。懐かしいなと」

「ふふ、二百年ぶりの再会って、すごいね」


カガリがぽつりと呟いた。

リュカは、コーヒーの香りの中で遠い記憶を振り返るように答える。


「年の差もあったし、そう多く言葉を交わしたわけじゃないけどな。

 カイロスは、かつてこの館の主だった男――カゼノアに拾われて、魔導を学んでいた」


「当時はまだ、俺……八つとか、だったかな?」

「カゼノアについていける弟子などいるのかと思っていたが……お前もすっかり、“異端の魔導士”を継いだようだな」


「異端?」


カガリが小首をかしげると、リュカはわずかに目を細める。


「魔法社会での地位や権力に興味を持たず、非常識なものばかりを作る……根っからの研究バカ」

「それ、褒めてるのか?」

「普通は、時間の流れを鈍化させてまで、研究に人生を捧げようなんて思わない」


軽口を交わすリュカの顔は、どこか柔らかく。

カガリは、そんなリュカを見つめながら思う。


――これが、時の流れから外れる前の、ほんとうのリュカの姿なのかもしれない、と。


「やりたいことが多すぎて、時間がいくらあっても足りないんだよな。

 むしろ、みんなどうやって普通の一生で満足してるのか、不思議なくらいだ」


カイロスが、冗談めかして笑う。


「――とはいえ、研究室に籠もったところで、寿命が延びるわけじゃないだろう。

 それでも、時の流れからはみ出す必要があるのか?」


カイロスはふっと笑い、目を伏せた。


「……移り変わっていく世界を、少しでも長く見届けられるってのは、悪くない。

 そのおかげで、またお前に会えたわけだしな」


「……カゼノアは、もういないのか」


「ああ。俺がこの研究室を作ったのは、師匠がいなくなって、この館を引き継いでからだ。

 師匠は……――」


言いかけて、カイロスはふいに口をつぐんだ。

どこか、ぽつりと、胸の奥に穴が空いたような表情だった。


そして、話題を切り替えるように、問い返す。


「……ところで、この二百年。お前はどうやって生きていたんだ?」


「……迷いの森というダンジョンの中にいた」


リュカはこれまであったことを、ゆっくりと話しだす。

その声は静かだった。

幾重にも積み重ねられた、時間の重みが込められていた。


「へぇ……ダンジョン深層のボスとして、森の中を二百年間……さ迷っていた、か」


カイロスが顎に手を当てて、興味深そうに考え込む。


「人間がダンジョンの“ボス”になるなんて、そんな話は聞いたことがない。

 何か、覚えてることはあるか?」


「……直前に、迷いの森のダンジョンが肥大化しているという報告を受けて、調査に赴いたのは覚えている。

 当時の女王陛下の命令だった」


「戻ってきてから、王国騎士団には、確認に行ったのか?」

「いや……」


リュカはわずかに目を伏せた。


「ギルド協会の調査でわかったんだが、俺の情報が、騎士団の記録から抹消されていたらしくてな。

 協会が慎重に調査を進めてくれている」


「……何やら、きな臭い話だな」


「……抹消」


カガリの声が、小さく漏れた。

リュカはちらりと彼女を見て、少しだけ困ったように微笑む。


「ああ……カガリにはまだ、話していなかったな。前に、協会の役員に呼び出されたときに聞いた話だ」


記録を、存在ごと、消されるということ――

それが、どれほどの意味を持つか。

カガリはただ、リュカの横顔を見つめるしかできなかった。


「それで。そのボス化したお前を、そこのお嬢ちゃんが助けてくれて……そのまま拾われた、ってわけか」


「猫みたいに言うな。だが……まあ、そういうことだ」


カイロスは、ふとカガリを見る。


「《解除》のスキル、だったっけ?」

「は、はい」

「今、それ。見せてもらえたりする?」


「あ……えっと……それが……今は、できなくて……」


カガリは少し困ったように、懐から布に包んだ小さな金属の破片を取り出した。

それを、研究机の上にそっと置く。


「あの、これ……何かわかりますか?」


その瞬間。

カイロスの目が、大きく見開かれた。


「これがないと、私……スキルをうまく使えなくて。

 でも、壊れてしまって……それで、修理できないかと思って、ここへ来たんです」


無言で破片を手に取り、レンズを覗き込んだカイロスは、ふぅっと深く息を吐いた。


「これを、どこで……?」


カイロスの声が、かすかに震えていた。


カガリは、少し迷うようにしながらも、答える。


「……母から引き継いだ屋敷の奥で、見つけたんです。

 どうしてそこにあったのかは……私にも、わからなくて」


その答えを聞いたカイロスは、手の中の破片をじっと見つめた。


「……まさか、こいつの顔を見る日が、また来るなんてな」


カイロスは、目を細めて微笑した。

それは、どこか懐かしい友人に再会したときのような、やわらかい表情だった。


「……ご存知なんですか?」


カガリが、そっと問いかける。


「知ってるもなにも……これは、俺がガキの頃に作った試作品だ。

 “スキル”を視るために、魔導技術を使って作った――《スキルシアー》っていう」


言葉の端々に、ひとつひとつ思い出をなぞるような温度がにじんでいた。


カガリは、驚きに目を丸くする。


「……リュカが、似たようなものを見たことがあるって、言ってて……」


「じゃあ、それはやっぱり……お前の仕業だったか」


壁に寄りかかっていたリュカが、ぽつりと呟く。

どこか、納得するような声音だった。


カイロスは、壊れた装置の縁を、指先でやさしくなぞる。


「……理解したかったんだ」


目線は、かつての自分が追いかけた夢の先に向けられていた。


「“魔法”じゃない、異質な力を。

 ――“スキルはどう存在しているのか”見てみたかった」


そう言ったカイロスの声は、かすかに遠い過去を振り返っていた。


「これを通すと、スキルの“揺らぎ”が視える。波紋のように。君はそれを見たんだろ?」


静かに差し出された問いに、カガリはこくりと頷いた。


「はい……。あの波紋はなんなんですか?」

「ふふふ、よくぞ訊いてくれた」


カイロスは得意げに笑うと、机の引き出しから古びたノートと図面を取り出した。紙の端は少し黄ばんでいて、長い時を経たことを物語っている。


「まずは基本から説明しよう。スキルってのは、魔法とはまったく成り立ちが違うんだ」


そう言って、白紙を二枚取り出し、それぞれの中央に太い文字で書き記す。


【魔法】=“世界の流れ”を読み、式によって変換・放出する技術。

【スキル】=世界の流れをねじ曲げる“例外”の力。


「魔法は、自然と“対話”する術だ。世界にある法則を読み取り、式と論理で世界を説得する。つまり――お願いするようなもの。


 でもスキルは違う。“ねじ込む”。無理やり、あるべき状態をねじ伏せて、違う結果を押しつけるんだ」


「……ねじ込む……」


カガリの唇から、呟きのような声が漏れる。


そういえば――

スキルは、世界にとって“異常”だと、シャイアも言っていた。


「実は、俺もスキルの持ち主なんだ。名前は≪融合メルティ・アクト≫。……見せてあげよう」


カイロスは、机の上に置かれていたリンゴとオレンジを手に取った。

そして、それらを重ねるように手をかざすと――ふっと光が走り、二つの果実が一つに変化した。


「食べてみて?」


手渡された果実を、カガリはおそるおそる齧る。


「……っ、オレンジの味……?」


「見た目はリンゴ、中身はオレンジ。

 素材の持つ情報を強制的に融合させる。

 非常識を、無理やりこの世界にねじ込む力。それが俺の《融合》だ」


にやりと笑ったカイロスが、指先で図面をとんと叩く。


「君がスキルシアーで見た波紋は……このねじ込むときに生じる“歪み”の名残だよ」


「……歪み……?」


「そう。スキルが発せられるとき、世界の均衡にさざ波のような乱れが生まれる。

 強いスキルほど、歪みは大きく、深く、広がる」


カイロスは、手元の革表紙の書物――スキル図鑑をカガリに手渡した。


それは、彼と、かつての師カゼノアが長い年月をかけて編纂した記録集だった。

中には、世界に現存するスキルの情報が丁寧に記されている。


「ちなみに、今確認されているスキルは全部で78種。

 その中でも《解除》は、ここ数百年まったく目撃されていないレアスキルだ。すごいよ」


驚きながらページをめくるカガリの指が、一つの項目で止まる。


《解除》


そう書かれたそのページには、ごく短い一文しかなかった。


「使用例:極めて少数。詳細不明」


「……全然、“すごい”なんて言われなかった。

 むしろ……《解除》なんて無能だって、ずっとそう言われてきて……」


ぽつりと、カガリは呟いた。


ふいに、あの冷たい視線。

価値のないものを見るような声。

家族の中で、自分だけが取り残されていた記憶が、胸の奥をかすめる。


「スキルシアーがないと……全然、発動もできなくて」


「発動できなかった?」


カイロスの眉が、ふっと動いた。


「スキルを解除しようとしても、うまく狙いが合わなくて……。

 どこに向ければいいのか、照準が合わないというか……」


「なるほど。なるほど……。

 シンプルだから制御しやすいと思いきや、実はそうじゃない……と」


カイロスは目を細めながら、突然立ち上がる。


「仮説を立ててみよう!!」


唐突に叫ぶと、隅の黒板に駆け寄り、すさまじい勢いでチョークを走らせる。


「始まった……」

リュカがぼそりと呟いた。


「まず……《解除》ってのは、“消す力”だ。だが、何をどう“消す”のかが不明だった。

 そこで俺はこう考える。――《解除》とは、世界の歪みに“再調律”をかける力だと」


くるりと振り返ったカイロスの目が、まっすぐにカガリを見据える。


「君のスキルは、“否定”じゃない。“戻す”んだ。

 スキルによって生じた歪みに、正しい波をぶつけて、本来あるべき状態に“調律”する力」


「調律……」


「そう。音楽の世界で、調律師が音の狂いを聴き取り、整えるように――

 君は、世界の歪みに触れて、正すことができる。

 だとすれば、照準精度や感覚的な操作性が重要になるのも納得がいく。

 スキルシアーは、君の“耳”の役割をしたんだ。歪みを見つけるための、唯一の聴覚器官」


カガリは、思わず喉を鳴らす。

カイロスは続けた。


「魔法が自然との対話であるように、君の《解除》は、歪んだ世界との“対話”なんだよ」


沈黙が降りた。


リュカは、やや呆れたように息を吐いて呟いた。


「……ロマンチックな解釈だな」

「いいだろ? 世界と話す少女。詩人受けしそうな肩書きだと思わない?」


カイロスは、いたずらっぽく笑った。


(このスキルを、そんな風に……考えたことなんてなかった……)


カガリは、しばらく黙っていたが――やがて、そっと視線を上げた。


「……もし、スキルシアーがなくても、

 私……自分の力で、その歪みを見つけること、できるかな……?」


その言葉に、カイロスは一瞬だけ黙し――やがて、肩をすくめた。


「……感じ取ろうとする“意識”があれば、もしかしたら。全部仮説だけどね」


「……感じ取ろうとする、意識……」


カガリは、そっと目を伏せた。


ふと、カイロスは、《スキルシアー》の破片に視線を向け、欠けたレンズを覗き込むようにして眉をひそめた。


「……それにしても、これ、よくここまでもったな」


その指先は慎重で、しかしどこか――惜しむような動きをしている。


「直せるの?」


不安げな声で問いかけたカガリに、カイロスは肩をすくめてみせた。


「正直、かなり難しい。……もともとが、ガキの頃に無理やり作った代物だからね。

 技術的には未熟そのもの。こんなガラクタが今まで使えてたのは奇跡だよ」


その言葉に、カガリの肩がふ、と落ちた。


大切にしていたもの――それが、もう二度と使えないかもしれない。


言葉はなかったけれど、沈黙が、その落胆を何よりも雄弁に語っていた。


しばしの間を置いて――リュカが、静かに口を開いた。


「スキルシアーって……ひとつしかないのか?」


その問いに、カイロスはほんのわずかに目を伏せる。


「……一つだけ、あるにはある。けどなぁ」


その声音には、どこか触れてほしくない記憶の棘があった。


カガリが、そっと問いかける。


「あるの? どこに?」


しばしの沈黙ののち、カイロスはゆっくりと答えた。


「……俺の師匠――カゼノアが持っていた。俺が作ったのとは比べものにならない完成型だ。

あの人自らが作り上げた、本物のスキル観測器」


その言葉に、空気が一変する。


「じゃあ……それを探しに行けば」

「簡単にはいかないよ」


カガリがかすかに希望をにじませて言うと、カイロスは、ひどく苦い笑みを浮かべた。


「……その装置は、SSランクダンジョン《静謐の神殿》に、今も置き去りにされている」


視線を逸らしながら、告げられた場所。


――静謐の神殿




※こちらの作品は、『カクヨム』でも連載しています。

 https://kakuyomu.jp/works/16818622177469889409


カクヨムの近況ノートにて、キャラクターのラフスケッチを描いていくので、

もしビジュアルのイメージに興味がある方は覗いていってください。

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