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第11話 『はぐれ魔導士』


翌日。ギルドの酒場にて――


まだ陽が高いうちだというのに、その場にいた誰もが呆然としていた。


「………………」

「………………」


無言のまま、サイラスとガロが並んで棒立ちになっている。

その横で、シャイアが肩を震わせ、テーブルに顔を伏せて笑いを堪えていた。


その中心には、カガリが両手を前に突き出した姿で立っていた。

まるで何かの儀式でもしているような、真剣な表情。

目の前にいるのは、赤面しながら壁際に追い詰められたリュカと――


――そのすぐ横で、うっとりとした表情でリュカの腕にすがっている、ディルの姿だった。


「……なあ、リュカ。そんなに剣が強いなんて、もっと早く言ってくれよ……。

 いい体してるし、顔も悪くないし……お前、結構オレ好みかも……」

「…………」


リュカの眉がピクリと動き、明らかに動揺していた。

肩を引き、手をかわし、じりじりと壁に押し付けられながら、ぎこちない動きでディルの手を避けていく。


「……カ、カガリ。もう……いいか?」


その声には、いつもの落ち着いた冷静さがなかった。

どちらかといえば――ひどく切実な懇願に近い。


カガリは、ぴくりと手を止めた。


「……うん。やっぱりダメみたい。協力してくれてありがとう」


小さくため息をつきながら、カガリは手をおろす。


リュカはその言葉を受けると、すぐに足元に咲いていた花をすっと見つめた。

淡い桃色の薔薇。その花びらが、静かに、そして一斉に散り始めた。


花粉の舞う気配が薄れ、空気の中に漂っていたきらめきが徐々に消えていく。


「……ん? あれ? オレ、何してたんだっけ……?」


ディルがぱちぱちと瞬きをしながら、腕にすがっていた状態から自ら離れた。

何が起きていたのか全く把握できていない様子で、手のひらを見つめて首を傾げる。


その姿を見たシャイアが、ついに堪えきれなくなったように声を上げて笑った。


「ぶぁーーーはっはっはっはっは!! もうだめ無理死ぬ!!! ひゃーーーーーははははは!!!」


「……笑いごとじゃない」


リュカはいつになく真面目な顔で返したが、その頬がかすかに紅潮しているのを、誰もが見逃さなかった。


カガリは申し訳なさそうに肩を落とす。


「……解除できなかった。やっぱり、あれがないと、ダメみたい……」


《繚乱》の状態異常を解除できるか――その検証のために、リュカたちに相談して仕掛けた模擬演習だったが、

結果は、芳しくなかった。


ルシェリアに壊されてしまった、あの謎の装置。


カウンターの上には、細かな破片となって砕けたそれが並べられていた。


その傍らで、サイラスが腕を組み、眉をひそめながらじっとそれを見つめている。


「……カガリさんが使っているのを初めて見たときから、少し気になってはいたんですが。そういう性能があったんですね」


カガリは頷きながら、壊れた装置の破片をそっと指で撫でた。


「……今まで、スキルの発動って、ずっとうまくいかなくて……

 でも、これがあると、スキルの波動……みたいなものが、視覚的に見えるんです。

 そこに向かってスキルを打ち込むと、きちんと発動する。まさに照準が合う、って感じで……」


その言葉に、サイラスはふむ、と静かに頷いた。


「なるほど……。それでようやく、使えるようになったスキルだったんですね」


シャイアが、少し身を乗り出してカガリに尋ねる。


「街の魔法ショップとかに持ってってみたの? これ、ルーン文字あるし……魔導具なんだろ?」


「見せたんですけど、お店の魔法士さんも、初めて見る道具らしくて。

 壊れてなければ、解析して何か分かったかもしれないって言ってたけど……

 この状態じゃ、もうどうにも……。修理も難しいって……」


最後の方は、声が小さくなっていた。


カガリは唇を噛んで俯いた。

肩に落ちる髪が揺れて、小さな影を作る。


「せっかく……やっとこの力が使えるようになったのに……」


その呟きがあまりにも寂しげで、見ていたシャイアが思わず声を上げた。


「サイラス。あんたの知り合いとか、協会関連にいないの? こういうのに詳しそうな奴、さ」


サイラスは少し考えてから、「いないことはないんですが……」と、慎重に口を開いた。


「ギルド協会の本部に、魔法系の道具や遺物に詳しい役員がいます。

 ただ、今は調査案件が立て込んでいて、緊急性が高いものと判断されない限り……すぐに動いてもらうのは難しいかもしれません……」


「……どのくらい?」

「早くても、二、三か月。場合によってはそれ以上になるかと」

「……二、三か月……?」


カガリの顔がみるみるうちに曇る。

先ほどまでの落ち込みが、さらに深い色を帯びていった。


その様子を見ていたリュカが、ゆっくりと顎に手をあて、何かを思い出すように目を伏せた。


「昔、このあたりに……知り合いの魔導士が構えていた研究施設があった。

 ここから、それほど遠くない……リラノスという場所に」


「リラノス……ああ、聞いたことあるわ」

シャイアが腕を組み、記憶を手繰るように呟く。


「南の方だろ。変わり者のはぐれ魔導士が住んでるって噂の。

 たまーに、自作のアイテムを街に卸しに来るって、誰かが言ってたな」


リュカは頷き、視線をカガリへと向けた。


「前に話しただろう。知り合いの魔導士が似た装置を持っていた気がすると。

 その人がいた館が、そこにあった。……もう生きてはいないと思うが。

 行けば、もしかしたら、この装置について、何か分かるかもしれない」


言いながら、壊れた装置の欠片をそっと見つめた。


「……行ってみるか?」


リュカが静かに問う。


カウンターの上の金属の破片が、わずかに光を返す。


それを見つめながら、カガリは小さく息を吸い込む。


もしかしたら、直せるかもしれない。

ほんの少しだけ――胸の奥に、希望の火が灯った。


「うん。行きたい」


カガリは、こくりと頷いた。

その答えに、リュカはほんのわずかに笑って――「なら、行こう」とわずかに笑う。


その横で、ようやく正気に戻ったディルが、ぼんやりとした顔でぽつりと呟いた。


「……なんか夢見てた気がするんだけどさ……

 リュカに押し倒されてたような……あれって、幻覚だった? それとも願望……?」

「やめろ」


即座に、リュカが冷たく言い放った。


それを聞いたシャイアがまた大きな笑い声をあげる。

あのガロまでが、たまらず吹き出していた。


カガリも、ふっと笑って――

壊れた装置の欠片を、そっと袋の中へとしまった。



◇  ◇  ◇



リラノスへの道を、カガリとリュカは並んで歩いていた。

風が強くもなく、陽射しはやわらか。穏やかな旅路だった。


森を抜け、小川を渡る途中で、カガリがふと口を開いた。


「ねえ、今から会いに行く人って、魔法士……じゃなくて、魔導士、なんだよね?」

「ああ、そうだ」


「魔法士と魔導士って、わたし、いまいち違いが分かってないんだけど……」


少し恥ずかしそうに眉を寄せながら、カガリはリュカを見上げる。

するとリュカは足を止め、歩調をあわせながら穏やかに言葉を紡ぎ出した。


「魔法ってのは、この世界にある“魔力”というエネルギーを読み解いて、いろんな現象を起こす術だ。

 火を灯したり、風を操ったり、治癒の光を生んだり……それらを“使う”のが魔法士」

「ふむふむ……」


「一方で、魔導ってのは、その魔力エネルギーを“研究する”学問だ。

 どうして火が灯るのか。魔力の流れはどうなっているのか。

 式の組み方、発動条件、触媒の研究……そういったものを扱うのが魔導士」


「なるほど……魔法士は“使う人”で、魔導士は“調べる人”って感じなんだね」


「大まかには、それで合ってる。

 まあ、両方の技術を持ってる者もいるから、まとめて“魔法士”と呼ぶこともあるが……」


リュカは少し口元をゆるめて続けた。


「俺の知り合いは、そうやって混同されるのをひどく嫌っていた。

 “魔導士”は学者で、“魔法士”は術者。――自分は後者じゃない、って。

 ……まあ、俺たちからすればどっちもすごい職業には違いないんだけどな」


カガリは楽しそうに笑った。


「リュカって、何でも知ってるね。ありがとう、わかりやすかった」

「……そんなこと……俺の方こそ、いつも、教わってばかりじゃないか」


「……でも」と、リュカは少しだけ、照れたように目をそらす。


「ありがとうって言われると、……嬉しくなる」


リュカは、口元を抑えて、小さな声で呟いた。


その横顔を見て、カガリの頬も自然とほころんだ。



◇  ◇  ◇



旅の果てにたどり着いたのは――

森の奥、うっすらと魔力の瘴気が立ち上る、石造りの古びた研究館だった。


外界との接触を断ち切るように、深い森の奥にひっそりと佇む石造りの研究館。

厚い蔦が壁に絡みつき、窓には布が張られていて、内側の様子はまるで窺えなかった。


カガリは、館の前で立ち止まると、小さく声をかけた。


「……ここ、だよね?」

「間違いない。記憶にある通りなら」


リュカはそう言いながら、扉の前に立つ。

打ちつけられた鉄の板が重たそうな音をたてて風に揺れる。


コン、コン――


リュカが節度ある強さで、扉をノックした。

しばし、沈黙が続く。


返事はない。


「……留守、かな?」

「いや。たぶん、中にいる」


そう答えたリュカは、少しだけため息をついた。


「魔導士ってのは、研究に集中しすぎて、来訪者がいても気づかないか、気づいても無視するんだ」

「……そんなこと、あるの?」

「ある」


短く言って、リュカは扉の下の隙間を見やる。


「だからこうする」


空気がわずかに震える。


リュカの足元から、艶やかな深緑の薔薇の蔓が伸びた。

扉の下の隙間から、蔓がするすると這い入り、静かに館の内部へと忍び込んでいく。


「えっ、それ大丈夫……?」

「目に入れば気づくだろ」


――その時だった。


「うわぁあああ!? なんだこの蔓!? え、え、ちょっと! やめろやめろやめろーーーー!!」


中から、けたたましい叫び声が響いた。


「……気づいたな」

「いや、絶対気づいたどころじゃない……」


直後、バタン! という勢いのある音とともに、重たい扉が開かれた。


「おいこらぁー! どこのどいつの仕業だ! 人の家めちゃくちゃにするつもりかー!!」


現れたのは、白衣姿の青年だった。

髪は乱れ、手には工具を握ったまま。

どうやら作業中だったらしい。


相当慌てて走ってきたようで、肩を大きく上下させながら、ゼェハァ、と息をしている。

そんな彼の目が、リュカの顔を見た瞬間、止まった。


「……は?」


あまりにあからさまな、素っ頓狂な反応だった。

目を見開いたまま、青年が言葉を失う。


「……お前……もしや、……リュカか?」



※こちらの作品は、『カクヨム』でも連載しています。

 https://kakuyomu.jp/works/16818622177469889409


カクヨムの近況ノートにて、キャラクターのラフスケッチを描いていくので、

もしビジュアルのイメージに興味がある方は覗いていってください。

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