プロローグ★
王都の空は、陽光にきらめく万国旗と、花びらの舞う風で彩られていた。
街の隅々までが祝福に包まれ、夜には王宮での盛大な舞踏会が予定されている――王国建国の記念日だ。
その午後、カガリは屋敷のサロンでひと息ついていた。
テーブルには香り高いハーブティーと焼き菓子。そして目の前には、ティーポットを傾ける、彼女の従者――ユエルの姿。
「それで……結局、パートナーはどなたを選ばれるのですか?」
いつものように完璧な所作で茶を注ぎながら、ユエルが静かに尋ねる。
その佇まいは、どの貴族にも引けを取らぬ気品と風格を帯びている。
「それを……いま考えてたところなんだけど……」
と、カガリが小さくため息をついた、そのとき――
「――俺を選んではくれないのか?」
柔らかな声とともに姿を現したのは、リュカだった。
薔薇色の髪と瞳を持つ青年。穏やかな笑みを浮かべながら、彼はすっと手を差し出す。
「舞踏会は何度か経験がある。しっかりエスコートできるはずだ」
「……そっか。リュカは王国騎士だったもんね。こういうのは慣れっこなんだ……」
「まあな。だから安心してくれ。うまくやってみせる」
彼は、なんでもそつなくこなす器用な男だ。
カガリの小さな変化にも気づき、そっと気遣ってくれる――そんな彼になら、すべてを任せられるかもしれない。
「お願いしようかな……」そう思いかけた矢先、
「――その選択肢、却下。俺が行く」
静かに、しかし鋭く割って入ってきたのは、白金の髪と月光のような瞳を持つ青年――セラフィ。
彼の姿は、まるで神殿に祀られた彫像のようだった。
整いすぎた顔立ちは感情を寄せつけず、どこか現実離れして見えるほど美しい。
若き天才剣士であり、誰も抗うことはできない絶対的なスキルを持つ。そんな彼に付けられた異名は“最強の剣聖”
「ドレス姿は人目を引く。護衛は必須だ。……君より強い俺が一番適任」
「セラフィ、これはお祝いの場であって、戦場じゃないよ?」
「でも、もし君に何かあったら、俺は――生きていけない」
そう言ってカガリの頬にそっと手を添え、銀の瞳がまっすぐに見つめてくる。
その深い光に吸い込まれそうになって、思わず顔に熱が集まる。
逃げるように視線を逸らした。
「――いやいや、そんな重苦しいムードで行くもんじゃないだろ、舞踏会ってのは」
くつろいだ口調で現れたのは、コーヒー片手にやって来たカイロス。
研究一筋の天才魔導師で、スキルと魔導を自在に操る稀有な存在。
その無造作な銀髪と夜のような瞳が、どこか不思議な落ち着きを漂わせていた。
「身分とか形式とか関係ないんだろ? なら俺が行っても問題ない」
「カイロス、ダンス踊れるの?」
「昔はそれなりに社交界にも出てたし、踊れなくはないさ。……まあ、今は覚えてるか怪しいけどな」
カイロスはそう言って、肩をすくめながらいたずらっぽく笑った。
どこか子どもみたいな、からかうようなその笑みに――カガリも、つい、くすりと笑ってしまう。
真面目すぎるリュカや、一直線なセラフィとはまた違う、
どこか気が抜けていて、それでいて安心できる余裕――
それが、カイロスの魅力だとカガリは思っていた。
「――待った。そもそもカガリちゃんは公爵令嬢なんだから、パートナーはちゃんと貴族であるべきじゃない?」
ふわりとした声とともに現れたのは、空色の髪と瞳、そして軽薄な笑みをたたえた青年――フェリオ。
ミレアドール侯爵家の嫡男で、人好きのする美貌の持ち主。
その飄々とした態度の裏には、人の心を読み解く鋭さと策略家の顔を持っている。
「顔の良さは黙ってても武器になるって、自覚あるからさ。いい置物になるよ?」
「フェリオは、私以外にもたくさんお誘いがきてるでしょ?」
「でも俺が一緒に行きたいのは君だけなんだよね。……ね、カガリちゃん?」
フェリオはそう言って、なめらかな仕草でカガリの手を取る。
そのまま、手の甲に唇を寄せようとして――カガリの手が、誰かの手によって引かれる。
「そもそも、お前はなんでここに居座ってるんだ。実家に帰れ」
リュカだった。
穏やかだった表情は消え、代わりに騎士然とした凛とした目がフェリオを見据えていた。
「別にいいじゃん、家遠いし。帰るの面倒なんだよね」
「この奔放貴族……」
言い争いが始まった。いつもの光景だ。
「また始まっちゃった……」
思わず大きくため息をついたカガリは、目の前のカップに視線を落とす。
「うーん……でも、どうしよう、誰かひとりなんて選べないよ……」
「なら、僕が行きましょうか?」
静かに差し出されたハーブティーの湯気越しに、ユエルがやさしく微笑んだ。
アッシュカラーの髪が光を受けてやわらかく揺れ、翡翠を思わせる緑の瞳が、まっすぐカガリを見つめている。
顔立ちは、まだどこか少年の面影を残していたが、ある一件から、ずいぶんと大人びた。
背丈も伸びて、声も少し低くなり――まるで、少年と青年の狭間に立つ今だけの、一瞬の美しさ。
それでも変わらないのは、カガリを見つめるその瞳の、揺るぎない忠誠と想いだった。
「お嬢様の身の安全も考慮して、最も信頼できる者が隣にいるべきかと」
「お前! どさくさに紛れて何言ってんだ!」と叫ぶカイロスに、
「ばれちゃいましたか」と、ユエルは屈託なく笑う。
今ここに立候補しているのは5人だけ。
けれど――実は、それだけではない。
カガリはそっと、手元に置かれた煌びやかな封筒に視線を落とす。
その裏には、見覚えのある筆跡があった。
『私とともに踊ろう』
――アストレア・レーヴァティア
それは、この国の王からの、直々の誘い状だった。
(まるで夢みたいな話だけど……もう、現実なんだよね……)
貴族も、騎士も、魔導士も、従者も――
立場も性格もバラバラな彼ら全員が、私の前に並んで手を差し伸べてくる。
まるで、おとぎ話のヒロインにでもなったような気分だ。
「お願いだから……一斉に迫るの、やめて……!!」
そんなカガリの悲鳴がサロンに響いた。
――かつて追放された一人の少女が、
仲間たちとともに“この世界の歪み”に立ち向かい、
幾度の苦難を乗り越えながら、ようやく辿り着いた今――
王国の空には祝福の光が満ち、
彼女の隣には、確かに彼らが立っている。
これは、過去を背負い、運命を越えた少女カガリの、
長い長い旅路の果てに咲いた、
ひとつの“結末”の、ほんの序章。
――この物語が、誰かの心に残りますように。
数ある作品の中から見つけてくださり、本当にありがとうございます。
毎日更新を目指して、コツコツと執筆を続けています。
トキメキあり、戦闘あり、涙ありの、逆ハーレム長編ストーリーです。
物語の中から、“推し”を見つけていただけたら嬉しいです。
気になるキャラクターを見つけたら、是非コメントなどで教えてください。
ブックマーク、リアクション、コメント――
どれもとても励みになっています。本当にありがとうございます。
★2025/08/03追記★
第4章までの連載中に、あとがき欄で描きおろしていたメインヒーローたちのビジュアルラフスケッチ。
アストレアを除く5人のラフが揃ったので↓に掲載します。
※固定のビジュアルイメージを持ちたくない方は、閲覧ご注意ください。