第7話 それぞれの戦い2
ラウジーが全力を尽くして、アルディオを沈めた頃。
◇民学サジョンヌ対王学炎の魔女レイティア&氷結のミルティナ◇
別の場所では、ウサギが跳ねていた。
百体のぬいぐるみ軍団だ。
レイティアが炎を連続で放つ。
あちこちで起こる爆発。
だが。
ぬいぐるみは止まらない。
ミルティナが氷魔術を撃つ。
金属音を反響させ、一帯が凍る。
しかし、増える。
また増える。
レイティアが叫ぶ。
「きりがない!」
サジェンヌが静かに言った。
「ララちゃん、いいよ」
ぬいぐるみが光る。
次の瞬間。
ウサギが巨大化した。
三メートルはあろうかという、バカでかいウサギ。
表情はきゅるんとしているが、デカくて可愛くない。
観客席が凍りつく。
実況が絶叫する。
「きょっ巨大ウサギです!!」
巨大ララが、後ろ足を地面に落とす。
ダ――――ン!
レイティアが吹き飛ぶ。
ミルティナが氷壁を作る。
軽々と。
ウサギは氷壁を突破する。
サジェンヌが言う。
「これが本体」
ぬいぐるみ軍団は分身。
サジェンヌの本当の魔術は、この巨大ウサギを作り上げることだった。
――――サジェンヌは、人と話すのが得意ではなかった。
幼い頃から、言葉がうまく出てこない。
相手の表情を見ても、どう返せばいいのか分からない。
だから大人たちはよく言った。
「この子は変わっている」
「子爵家の令嬢なのに、困ったものだ」
サジェンヌは、ただ黙っていた。
言い返す言葉一つ、思いつかなかったからだ。
一つだけ、彼女には一つだけ、好きなものがあった。
人形。
布で作られた、小さなぬいぐるみ。
母が昔、作ってくれたものだった。
母が最後に残したのは、ウサギのぬいぐるみだった。
サジェンヌは、ウサギのぬいぐるみに名を付けた。
ウサギのララを中心に、それ以外のぬいぐるみを並べて遊ぶ。
順番に並び替え、向きを変える。
誰にも分からない小さな世界。
そこでは、誰も怒らない。
誰も困った顔をしない。
ぬいぐるみは、死んだりしない……。
ただ静かに存在してくれる。
それがサジェンヌを落ち着かせる。
いつまでも、このまま人形とだけ、暮らせたらいいのに……。
ある日。
サジェンヌは人形を持ったまま、庭に座っていた。
父の書斎の窓が開いている。
中から話し声が聞こえた。
「……あの子はどうするつもりだ」
父の声だった。
「社交界では難しいでしょう」
執事が答える。
「貴族の娘としては……」
少しの沈黙。
父がため息をついた。
「せめて魔術の才能でもあればな」
それを聞いた時、サジェンヌは胸がチクチク痛んだ。
自分でも分かっていた。
普通じゃない。
普通じゃない自分が、父を困らせている。
その時だった。
サジェンヌの膝の上にあった人形が、ふわりと浮いた。
「え?」
サジェンヌは瞬きをした。
もう一度見る。
人形は宙に浮いたまま、ゆっくり回っている。
サジェンヌは手を動かした。
すると人形も同じように動いた。
糸で繋いでいないのに。
確かに、動いている。
それが、サジェンヌの魔術だった。
魔術の才能が認められ、サジェンヌは民学に進んだ。
だが、そこでもサジェンヌの気質は変わらない。
人と話すのが苦手。
友達もできない。
生徒たちは囁く。
「ぬいぐるみ持ってるぞ」
「気味が悪い」
サジェンヌは、努めて気にしないように過ごした。
人と話すより、人形といる方が楽だもの。
だが魔術の授業だけは違った。
人形を動かす魔術。
それは想像以上に難しい。
普通の操作魔術では足りない。
繊細な魔力制御。
複雑な同時操作。
人形が一体、二体、三体と増えるたびに、
魔術は指数のように難しくなる。
だがサジェンヌは苦ではなかった。
むしろ落ち着いた。
人形は言葉を要求しない。
ただ、動かしてほしいだけだ。
一緒に遊ぼうよと、彼らは囁いている。
サジェンヌは一人で、人形との魔術を磨いた。
ぬいぐるみの腕に小さな魔術式を仕込む。
糸のような魔力を繋ぐ。
複数同時に操作する。
すると、人形は小さな兵士のように動く。
学院の教師が目を丸くした。
「……これは稀有な魔術だ」
サジェンヌは、何が「稀有」なのか分からなかった。
ただ人形を、動かしているだけだから。
でも、一人で動かすだけじゃなく、もっといろいろなことをしてみたい。
誰かと一緒にしてみたい……。
そんな頃だった。
王学から転入生がやってきたのは。
ある日の座学の講義中のこと。
サジェンヌは、いつもの如く、人形を机の上に並べていた。
寝言のような声が聞こえた。
「その魔力接続だと、三体目で乱れるよ」
顔を上げると、机の上に顔を乗せている転入生と目があった。
もちろん、ペルナだった。
彼女はサジェンヌに、紙切れを渡す。
魔術式が書かれている。
短い式だったが、サジェンヌはすぐに理解した。
(あ……これって)
魔力の流れが綺麗につながる。
無駄がない。
人形の動きが、驚くほど滑らかになる。
(この人、凄い……)
サジェンヌは初めてペルナを見つめた。
ペルナは……。
しっかり瞼を閉じていた。
サジェンヌはその時、少しだけ思った。
もし。
もし機会があれば、この人と、一緒に……。
――――大会会場。
さすがに王学の代表であるレイティアとミルティナは、互いの魔術を駆使して、巨大ウサギを攻略していた。巨大ララちゃんは、半身が削られて、攻撃力がめっきり落ちている。
二人の王学女性魔術師は、勝ったと思った。
崩れていく巨大ウサギからは、新しいウサギが生まれてこない。
荒い息を吐きながらも、 レイティアとミルティナは立ち上がる。
「あらあ、ララちゃん怪我しちゃったね。二人のお姉さんたち、強いね」
サジェンヌには、焦りも恐れもない。
「でもね、お姉さんたち」
サジェンヌはレイティアとミルティナに、にっこり微笑みかけた。
「ウサギさんだけじゃないよ、わたしの友達は」
瞬間。
レイティアとミルティナは、目の前の物体に驚愕した。
「ば、化け猫!」
巨大な猫のぬいぐるみが、二人の体を押さえつけている。
「ペルちゃん、やっていいよ」
巨大猫が爪を振り上げる。
レイティアとミルティナの意識は途切れた。
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