第5話 過去からの追跡者
闘技場の空気が震えていた。
ペルナが展開した巨大な重力魔術。
重力を受けた王学の四人は、あっけなく膝をついていた。
王学トップの実力者と言われている、アルディオが歯を食いしばる。
「くっ……!」
身体が重い。
立ち上がることはおろか、腕一本すら上がらない。
ミルティナの顔色が悪い。
「この重力……学生レベルじゃない!」
だが。
一人だけ、立っている男がいた。
銀髪を煌めかせた青年、ロイゼンだ。
彼は雷を纏い、ゆっくりと歩く。
黒のローブが舞い上がり、パチパチと光る。
ペルナを見る。
「……変わらないな」
ペルナは岩柱の上に座っていた。
「よっ! 骨は大丈夫?」
ロイゼンの目が鋭くなる。
「大会でも、寝るつもりか」
ペルナは欠伸をした。
「眠いし」
観客席がざわつく。
実況が叫ぶ。
「なんと! 王学は、ロイゼン選手だけが動けています!」
「重力魔術を突破した!」
ロイゼンが言う。
「雷は筋力を強化する。だから、この程度の重力なら動ける」
ペルナは肩をすくめる。
「へえ」
瞬間。
雷が爆発した。
金色の光と、木が裂けるような音。
ロイゼンが消える。
同時に。
彼はペルナの目の前に現れた。
息つく暇もなく、ロイゼンが繰り出す雷拳。
轟音と共に、岩柱が吹き飛ぶ。
観客が悲鳴を上げた。
岩柱のあった場所に、もくもくと上がる土煙。
しかし。
ロイゼンの目は冷静に、戦況を見ている。
「……避けたか」
ロイゼンの視線は、上へ向かう。
空中に、ペルナが浮いていた。
何事もなかったように、ふわりと。
猫のように軽い動きで。
「相変わらずだね、ロイゼン」
ロイゼンが応える。
「お前が、遅いのだ」
◇◇◇その昔のこと。
ロイゼンが初めてペルナを見たのは、まだ互いに十歳の頃だった。
王都の貴族子弟が集まる、魔術適性測定の日。
魔術学院に入学する前の、いわば通過儀礼のようなものだ。
貴族の子どもたちは皆、派手な魔術を披露したがった。
炎を上げ、水を操り、風を起こす。所謂、属性魔術のオンパレード。
その中で、ペルナの魔術だけは、あまりにも地味だった。
小さな魔法陣。
ほんのわずかな魔力操作。
観客席からは、くすくすと笑い声が漏れた。
「名門の娘なのに、あれだけか」
「期待外れだな」
だが。
ロイゼンだけは、その魔術に息を呑んだ。
(なんだ……今の)
彼女は魔力を放ったわけではない。
だが、周囲の魔力の流れが、一瞬だけ変わった。
まるで「場」そのものを、操ったかのように。
理解できたのは、彼だけだった。
彼自身もまた、優れた魔術師だったからだ。
(この子は……)
化け物だ。
そう思った。
同時に、胸の奥に奇妙な感情が生まれた。
羨望。
恐れ。
そして、独占したい、という感情。
だからロイゼンは、父に言った。
「婚約者は、ペルナがいい」
家同士の釣り合いは悪くない。
話は驚くほど、早くまとまった。
ペルナは驚いた顔をしていたが、拒まなかった。
それから何年も、ロイゼンは彼女を見続けた。
だが――。
学園に入ってから、状況が変わる。
ペルナの魔術は、相変わらず地味だった。
地味な割に、時々無謀なことをやる。
教室の窓を吹き飛ばしたり、嫌味な教師を凍らせたり……。
「落ちこぼれ」
「問題児」
「アブネー女」
そんな言葉が、いつの間にか彼女の周りに、まとわりつくようになった。
ロイゼンは何度も思った。
(違う)
彼女は、落ちこぼれでも問題児でもない。
ただ、周囲が理解出来ないだけだ。
ペルナの座学の成績が悪いのは、彼女に必要性がないものだからなのだ。
確かに、貴族の子女らしからぬ、言動はあるにせよ……。
ただ。
王立学園では、理解されない。
友人たちは言う。
「お前の婚約者、外れだな」
家からも圧力が来た。
「もっと有望な相手がいる」
それでも彼は、何度もペルナを見た。
静かに本を読み、寝落ちする姿を。
一人静かに、物体の落下と浮遊を確かめる瞳を。
彼女は何も言わない。
何も弁明しない。
ロイゼンには、たまらなく腹立たしかった。
(どうしてだ)
どうして、言わない。
どうして、見せない。
あの魔術を。
あの日見た、場を支配するような魔術を。
本当は、誰より強いくせに。
それなのに。
何も言わない。言い訳もしない。
まるで……。
自分など、必要ないと言うかのように。
ペルナの才能への羨望は、いつしか苛立ちに変わった。
(どうして何も言わない。俺に、頼らないのだ!)
◇◇◇再び魔術大会会場
地上では、別の戦いが始まっていた。
民学の魔法剣士、ヴェキシムが叫ぶ。
「いくぞ!」
魔剣が燃える。
炎のような魔力。
王学のアルディオが雷を撃つ。
だが。
ラウジーの水の壁が、ヴェキシムを守る。
「はあああ!」
ヴェキシムが突撃する。
剣と雷が衝突する。
ヴェキシムの身体が吹き飛ぶ。
「ぐあ!」
ヴェキシムは転がるが、すぐに立ちあがり、剣を構える。
「もう一回!」
アルディオが笑う。
「根性だけか?」
アルディオの笑いが止まる。
彼の足元で、水が動いた。
「何だ?」
水が渦になる。
それはラウジーの魔術。
巨大な水柱がアルディオを突き飛ばした。
観客席がざわめく。
実況が叫ぶ。
「民学のラウジー選手! 巨大な水魔術です!」
ラウジーは震えていた。
「やるしか……ない」
ペルナの言葉が頭にある。
『君の魔術は、化け物だ。制御は弱いけどね』
なら、全部出す。
「いけ!」
水柱が落ちた。
アルディオがその場しのぎで売った雷が、水柱に当たる。
水と雷が爆発する。
水蒸気が闘技場を覆った。
その間に。
サジェンヌが、ぬいぐるみに呟く。
「ララちゃん、いくよ」
ぬいぐるみが光る。
増える。
十体。
二十体。
五十体。
そして、百体。
観客席がどよめく。
実況が絶叫する。
「増えすぎです!!」
ウサギのぬいぐるみ軍団が、王学チームを囲む。
レイティアが炎を放つ。
だが。
ぬいぐるみは止まらない。
「なにこれ!?」
ミルティナが氷魔術を撃つ。
ぬいぐるみは凍る。
しかし、また増える。
サジェンヌが微笑む。
「遊ぼうね、ララちゃん」
空中では、ペルナとロイゼンが対峙していた。
雷と重力。
空気が歪む。
ロイゼンが言う。
「なぜ民学にいる。王学を辞めさせるつもりは、なかった」
ペルナは首を傾げて答えた。
「眠かったから」
ロイゼンが呟く。
「……それだけか」
「それだけ」
ペルナは少し笑う。
「あと、自由だから」
ロイゼンの雷が強くなる。
「ふざけるな」
空が光る。
巨大な雷。
それはアルディオよりも強力な、雷の魔術。
観客が悲鳴を上げる。
ペルナは空を見上げる。
「綺麗だあ」
雷が落ちる。
闘技場が揺れる。
煙。
土。
破壊。
実況が叫ぶ。
「直撃!」
しかし、煙の中から声がする。
「痛いよ、ちょっと」
ペルナが立っていた。
自ら作り上げた、重力障壁の中に。
ロイゼンが息を吐く。
「やはり、化け物だ」
ペルナが笑う。
猫のように。
「ネコマタって呼ぶ人もいる」
ロイゼンが構える。
雷が暴れる。
「倒す!」
ペルナが指を上げる。
重力が集まる。
「じゃあ、やってみて」
会場の空気が、さざ波のように震える。
民学 vs 王学。
戦いはまだ終わらない。
お読みくださいまして、ありがとうございました!!




