第3話 ネコマタと民学の連中
学院長室の床に沈み込んだゴーレムを、四人は黙って見下ろしていた。
ゴーレムはぴくりとも動かない。
石の巨体が床にめり込んでいる。
沈黙を破ったのは学院長だった。
「……今のは、何だ?」
ペルナは欠伸をしながら答える。
「簡易重力魔術です」
「いや、それは分かる」
学院長は額を押さえた。
「学生が使うレベルではない」
ヴェキシムが目を輝かせる。
「さすがネコマタ!」
「だからネコマタやめて」
ペルナは机に寄りかかった。
「いささか疲れました」
ラウジーが恐る恐る聞く。
「その……魔術って、普通に習うものなんですか?」
「習わない」
学院長が即答した。
「上位魔術だ」
ペルナは肩をすくめる。
「王学では普通でしたよ」
学院長はため息をついた。
「やはり王学の落ちこぼれは、民学では化け物だな」
「落ちこぼれじゃないです」
「問題児だった」
「それも違います」
ペルナは腕を組む。
「ただ、寝てただけです。授業とかでは」
学院長は、薄く笑いながら言う。
「教師を凍らせたそうだな」
ペルナは黙った。
「実験室を半壊させたとか」
「事故です」
「決闘で上級生を三人倒したとか」
「向こうが先に撃ってきた」
学院長は爽やかに言う。
「やはり問題児だ」
ペルナは小さく舌打ちした。
「さて」
学院長は杖を鳴らす。
「次は君たちだ」
視線が三人に向いた。
ラウジーがびくっとする。
「え、僕?」
「そうだ、ラウジー。まずは君の魔力量を見る」
学院長が床に魔法陣を描いた。
「この陣に魔力を流しなさい」
ラウジーは、おそるおそる手を置く。
「えっと……」
水色の光がゆっくり広がる。
普通の学生なら、陣の半分ほどで止まる。
しかし。
光は止まらない。
陣全体が輝き、さらに床全体が光った。
学院長の眉が上がる。
「……ほう」
ラウジー本人が一番驚いている。
「え?」
ペルナが覗き込む。
「すご」
光はまだ増えていた。
学院長が杖を振り、魔法陣が消えた。
「十分だ」
ラウジーは青ざめている。
「ぼ、僕そんなに魔力ありました?」
学院長は言う。
「多い。べらぼうに多い。王学でも上位だろう」
ラウジーは完全に固まった。
「でも僕、生活魔法しか……」
ペルナは言う。
「制御が、下手なんですね」
ラウジーは落ち込んだ。
「やっぱり……」
「違う違う」
ペルナは指を振る。
「制御が弱いだけで、魔力は化け物」
学院長が頷く。
「その通り。鍛えれば化ける」
ラウジーは呆然としていた。
「次」
学院長はサジェンヌを見る。
「君だ」
サジェンヌは、ウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
「ララちゃん、行こう」
ペルナがサジェンヌに尋ねる。
「そのウサちゃん、魔道具?」
サジェンヌは首を振る。
「友達」
サジェンヌが魔法陣に手を置き、魔力を流す。
光。
淡い桃色と黄色の光が、魔法陣から立ち上がる。
すると、突然、ぬいぐるみの目が光った。
ラウジーが叫ぶ。
「動いた!?」
ウサギのぬいぐるみが、ふわりと浮いた。
「ララちゃん、挨拶」
ぬいぐるみがぺこりと頭を下げた。
ウサギの耳が垂れ、両手を交差して……。
学院長が呟く。
「……人形魔術」
ペルナが目を細める。
「それもかなり高度」
サジェンヌは微笑む。
「ララちゃん、強いよ」
ぬいぐるみが胸を張った。
ヴェキシムが言う。
「可愛い」
学院長がヴェキシムを見る。
「では、最後。君は魔術剣士だったな」
「はい!」
ヴェキシムは剣を抜いた。
「我が魔剣――」
ペルナが冷静に言う。
「長い」
「……はい」
ヴェキシムは咳払いする。
剣に魔力を流す。
刃が光る。
それは炎のように、赤く揺らめく光。
学院長が頷く。
「付与魔術」
ペルナが言う。
「しかも持続型だ」
ヴェキシムは嬉しそうだ。
「剣が好きなんです、でも魔術も好き」
ヴェキシムは剣を納めた。
「だから、俺は両方やる」
学院長は満足そうに頷く。
「なるほど、面白い」
そして言う。
「お前たちは強い。民学史上、指折りとも言える」
ペルナは壁にもたれる。
「でも王学は、もっと強いですよ」
学院長は笑う。
「だからこそ、面白いのだよ」
◇◇◇
その頃。
王立魔術学園。
広大な訓練場で、五人の学生が立っていた。
制服は深い紺色。
胸には王学の紋章。
一人の男が腕を組んでいる。
長身で、銀色の髪と青みがかった鋭い目を持つ男だ。
名はロイゼン・カーディル。
王学次席の実力者。
彼の前に、炎の魔女レイティアが立つ。
「聞いた?」
「何を」
「今年の民学」
ロイゼンは興味なさそうに言う。
「毎年弱い」
レイティアが笑う。
「でも、今年は違うらしいよ。強力な問題児がいるって」
ロイゼンの眉が動く。
「へえ、名前は?」
「ペルナ・アビエス」
ロイゼンの片頬が、ピクリと動いた。
氷結の令嬢ミルティナが言う。
「勿論、知ってる名前よね」
ロイゼンは答えない。
ただ空を見た。
ペルナ。
その名は、記憶の片隅に追いやった。
ありきたりの婚約。貴族同士の家のため。
ふわふわの金髪は、輝いて見えた。
いつも、眠そうな目をしていた。
婚約破棄を告げた日。
彼女、ペルナ・アビエスは……。
まったく気にしていなかった。
普通なら泣く。
怒る。
叫ぶ。
だが彼女は一言。
「眠い」
そしてその場で欠伸をした――。
ロイゼンは歯を食いしばる。
ペルナの瞳は、淡いブラウンだった。
その瞳が、ひときわ大きく輝く時は……。
レイティアが言う。
「元婚約者なんでしょ?」
「……昔の話だ」
ロイゼンは短く答える。
「興味はない」
だが。
彼の拳は強く握られていた。
「大会で会うかもね」
レイティアが笑う。
ロイゼンは静かに言う。
彼の指先は、ピリピリ振動する。
「来るなら」
雷がロイゼンの指先に走る。
「叩き潰す!」
◇◇◇
同時刻。
民学の訓練場。
ペルナは芝生に寝転がっていた。
空が青い。
雲が流れる。
「眠い」
ラウジーが問う。
「訓練は?」
「任せた」
ヴェキシムが剣を振っている。
サジェンヌはララちゃんと遊んでいる。
学院長が来た。
「寝ているのか」
「考えてます」
「嘘だな」
ペルナは起き上がる。
「学院長」
「なんだ」
「強いですよ、王学の連中」
学院長は笑う。
「分かっているさ。勝てるか?」
ペルナは少し考えた。
「無理。私一人では」
学院長は腕を組む。
ペルナは三人を見る。
ラウジー。
サジェンヌ。
ヴェキシム。
「でも」
ペルナは笑う。猫みたいに。
「四人なら、ね」
風が吹く。
ペルナの髪が、ふわりと風に乗る。
「面白いかも」
大会まで。
あと二週間。
お読みくださいまして、ありがとうございました!!




