第1話 民官激突大魔術大会
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マルティス王国は南方に海が広がり、海洋交易の盛んな国である。
されど東には砂漠の連合国、西には拡張を続ける軍事帝国。東には砂漠の連合国。
そして北には――深い森。
その森には魔獣が棲む。
夜になれば狼の遠吠えが城壁まで響き、時には魔獣が森を越えて人里へ降りてくる。
国境の小村が一夜で消えたことも、珍しい話ではない。
そんな環境の中で、マルティス王国は一つの力を磨いてきた。
魔術。
魔術によって森を押し返し、
魔術によって軍事帝国に対抗し、
魔術によって海洋交易を守ってきた。
ゆえにこの国では、魔術師は特別な存在である。
そんなマルティス王国の王都フラーヴェンには、二つの魔術師養成学校がある。
一つは王都の城門内にある王立魔術学園。
通称――王学。
もう一つは北城門の外側にある民営の魔術学院。
通称――民学。
王学は、貴族の子息令嬢が通う学校だ。
学費は高く、施設も豪華。
魔術の才能が多少足りなくとも、金さえ払えれば入学できる。
もちろん、優秀な者は王国魔法省や魔術研究所へ進む道が開かれている。
対して民学は、冒険者ギルドや商会が出資する学校である。
低位貴族や平民でも通える学費だが、入学には条件がある。
魔力量。
魔術適性。
そして実戦能力。
王学は、基本貴族の子息や令嬢が通う。
学費が高いので、平民には敷居が高い。
逆に言えば、魔術の才能の有無を問わず、学費が払えるならば入学出来る学園だ。
もちろん、極めて優秀な生徒は卒業後、王国魔法省や魔術研究所に入る道筋もある。
民学の卒業生は、冒険者として各地へ派遣される。
つまり王学が「身分の魔術師」を育てる学校なら、
民学は「戦う魔術師」を育てる学校だった。
そして稀に。
本当に稀にだが。
民学に、高位貴族の子女が紛れ込むことがある。
たいてい、訳アリの者たちだ。
そして今、そんな訳アリ生徒の一人が――
机に突っ伏していた。
ペルナ・アビエス。
ふわふわした薄い金色の髪が机に広がっている。
毛並みの柔らかそうなそれは、まるで猫の背中のようだ。
本人の表情もまた猫だった。
春の日差しを浴びて満足そうに眠る猫。
座学は嫌いだ。
必要なのは分かっている。
分かってはいるのだが……。
今、教壇に立っているディレクス先生の声は低く、ぼそぼそと小さい。
何を言っているのか、よく分からない。
つまり――
最高の子守歌だった。
「……魔術理論において重要なのは……魔力循環の……」
ぼそぼそぼそぼそ。
うん。これは無理!
寝ていいかなあ……。いいよね。
ペルナの意識がゆっくり沈んでいく。
猫のように丸くなりながら、静かに、微睡みの底へ落ちていった。
『ペルナ・アビエス! お前との婚約を破棄する!』
うるさい声だなあ。誰だろう。
『お前との婚約を破棄する!』
ああ。そんなこと言ってた人がいた気がする。
顔は覚えていない。
というか覚える気もなかった。
甲高い声だったし、たぶん身分も高かった。
『お前は!#$%&を虐め、淑女にあるまじき言動が――』
何言ってるんだろう。他人を虐める暇があったら寝る。
間違いなく寝る。
淑女の言動?
そんなものに構えって言うなら、もう、魔術なんかやらないわ!
好きな魔術しか……。
「魔術、やんない!」
ペルナは勢いよく顔を上げた。
教室は静まり返っていた。
ディレクス先生が、上から彼女を見下ろしている。
その目は、可哀想な生き物を見る目だった。
「……ええと」
ぼそぼそ。
「やらなくても良いから……授業の邪魔は……しないで欲しい……」
ペルナは深々と頭を下げた。
「すみませんでした」
教室の空気がゆるむ。
誰かが笑いを堪えている。
ディレクスはため息をついた。
「あと……ペルナ」
「はい」
「それにラウジー、サジェンヌ、ヴェキシム」
名指しされた三人がびくりとする。
「放課後、残るように。学院長から呼び出しだ」
その瞬間、教室がざわついた。
民学の学院長といえば、滅多に姿を見せない人物だ。
しかも呼び出し?
絶対、ろくなことではない。
授業終了の鐘が鳴った。
ペルナは立ち上がりながら思う。
学院長って。あの白い髭の爺さんだったっけ。
また何かやらかしたかなあ。
そんなことを考えながら廊下へ出た。
放課後。
学院長室前の廊下で、四人は所在なく立っていた。
ペルナはさりげなく、他の三人を観察する。
まずラウジー。
洗濯屋の息子らしい。
魔術属性は水。
ただしレベルは生活魔法止まり。
十五歳男子としては小柄で華奢。
青黒い髪が顔を隠していて、表情はよく見えない。
ペルナは、一度も会話していない。
次。
サジェンヌ・リュエル。子爵令嬢だ。
栗色の髪を三つ編みにしている。
そして、ウサギのぬいぐるみを抱いている。
授業中も抱いている。
今も抱いている。
しかも小声で話しかけている。
「今日はね、ララちゃん、サジェは学院長に呼ばれちゃったの」
……人形使い?
膨大な魔力があるという噂だが、ペルナは見たことはない。
最後。
ヴェキシム。
冒険者の息子。
騎士か魔術師か迷った末、魔術剣士を目指すことにしたらしい。
剣を抜いてぶつぶつ唱えている。
「ふふふ……我が魔剣……今宵も血に飢えている……」
アブネー奴。
まだ昼間だよ。
ペルナは心の中でツッコミを入れる。
そのとき。
学院長室の扉が開いた。
「お待たせしました。どうぞ」
中から声がした。
四人は互いの顔を見合わせ、部屋へ入る。
学院長室は広かった。
大きな窓。
重厚な机。
本棚には魔術書がぎっしり並んでいる。
机の向こうに、学院長が座っていた。
豊かな白い髭。
丸い眼鏡。
そして、些か寂しい頭頂部。
「よく来たねえ、君たち。フォッホフォッホ」
笑い声も年寄りだ。
「君たちに、重要な任務を与えたい」
ペルナの眉がぴくりと動いた。
任務。
年上の人間が言う「任務」というものは。
だいたい碌なものではない。
学院長は続ける。
「もちろん受けるかどうかは自由だ」
自由?
「だが成功すれば、大きな見返りがある」
見返り……。
怪しさが増した。
だが他の三人はざわついている。
ペルナは手を上げた。
「質問いいですか」
「うむ」
「ここに呼ばれた理由は?」
学院長はニヤリと笑う。
「適性だ」
「何の?」
「任務の」
答えになっていない。
ペルナはさらに聞く。
「その任務、危険ですか?」
学院長は杖を持ち上げる。
「多少は」
絶対危険だと、ペルナは確信した。
学院長は続ける。
「君たちは、民学の中でも実践能力が高い」
「なぜそれを?」
「調べたからだ」
簡潔だった。
そして学院長は杖を高く掲げる。
「理由は一つ!」
ばしん!
杖が机に叩きつけられた。
「官民、いや!」
学院長は立ち上がる。
「民官激突大魔術大会に勝つためだ!」
部屋が静まり返る。
ペルナは瞬きをした。
あれ。
それって……。
「王学と民学の対抗戦ですか?」
「その通り!」
学院長は満面の笑みだった。
「今年は必ず勝つ!」
ペルナは思う。
面倒くさい。
すごく面倒くさい。
王学。
つまり貴族の学校。
ということは……。
昔の知り合いがいる可能性が高い。
特に。
婚約破棄してきた誰かとか。
ペルナはため息をつく。
「報酬は?」
学院長はにやりと笑う。
「王立魔術研究所への推薦」
三人が息を呑んだ。
ペルナの目も、わずかに細くなる。
王立魔術研究所とは、マルティス王国最高の研究機関。
魔術師なら、誰もが憧れる場所だ。
学院長は言う。
「どうだね」
ペルナは考える。
王学の連中は嫌いだ。
だが、研究所には興味がある。
さらに、魔術大会。面白そうだ。それならアレがいたとしても、なんとかなりそうである。
ペルナは口元を歪めた。
猫が獲物を見つけたような顔で。
「やります」
三人も続く。
「ぼ、僕も」
「サジェンヌも、ララちゃんと一緒に参加します」
「我が魔剣が血を求めている」
学院長は満足そうに頷いた。
「よろしい。すこぶるよろしい回答だ。では、まずチーム名を決めよう」
ペルナは思う。年よりの考えるチーム名とか、だいたいダサい。
学院長は高らかに宣言した。
「君たちは今日から――――
民学最強チームだ!」
ペルナは思った。
やっぱりダサい。
激突大魔術大会、断れば良かったかも。
だって絶対、ろくなことにならない。
そして、そんな予感は……。
たいてい当たるのだ。
お読みくださいまして、ありがとうございました!!




