知らぬまま、鍵が導く、己が罪
時は2時間前に遡る…………
「あちゃ~、反重力装置の出力が弱かったみたいですね」
「それなら、私が改良しましょうか?」
私が車椅子に乗るために反重力装置を起動したが、元々の出力が弱かったためか全開にしても少し体が浮かぶくらいの微妙な結果だった。
「お願いします、奥にメンテナンス室があるのでそちらを使って下さい」
「ありがとう」
エルミアとアヤメさんが一緒にメンテナンス室に向かうと……
「アンタは私と来るのよ」
「俺がお前に着いて行くメリットが分からんのだが?」
「私はアンタに完全に負けたとは思ってない……これから私と勝負よ!」
星彩さんは負けたのが相当悔しかったようで、ナイフをルミナリスの首に当てている。しかしルミナリスにとっては、脅威じゃなさそう...…余裕そうな表情してるし
「まあ良いだろう……だが、何度も毒を喰らうと後遺症が強く残るぞ」
「さっきアンタが言ってたやつ?」
星彩は白衣を脱ぐと、自分の腕を指した。
「これ、コンプレックスになりそうなんだけど?」
星彩の腕には、鮮やかな小さい血飛沫の模様が浮かんでいた。
「お前が話を聞けば、無かった事だ」
「それはそれ、これはこれよ。アンタが私に注射した薬なら、いつでも解毒できるんじゃないの?」
「それはそうだが、医者としては自分の体も大事にしないとダメじゃないか?」
確かに……
「まあ、それでも良いと言うなら俺は止めないがな」
「決まりね、もう一度水晶聖域に行きましょう」
エルミアとアヤメさんがメンテナンス室に、ルミナリスと星彩が水晶聖域に行ったことで、病室は私とセレスティアだけになった。
「え……え〜っと……?」
実はさっきから、セレスティアは黙ったままだった。なんて言うんだろう……こう……椅子に座ったと思ったら、微動だにしなくなった。
「よいっしょ……!」
私はベッドから降りようとしたが、背中に鋭い痛みが走った。するとその瞬間……
「動かなくても大丈夫よ」
と言う聞き覚えのある声が聞こえた
「セレスティア、やっと喋ってくれた。どうして今まで黙ってたの?」
「………………」
「セレスティア?」
私が呼ぶと、セレスティアは顔を上げた。でもその容姿は、驚くほど様変わりしていた。
「……!あなた誰!?」
私の前にいるのは、純白の髪に両目が金色だったいつものセレスティアではなかった。
私の前にいるのは、漆黒の髪に真紅の目を持った、全く別の人間だった。
「あなた……セレスティアじゃないね」
「……………」
「ねえ、なんか言ってよ」
「…………貴女はΑ銀河の崩壊はどうして起こったと思う?」
「やっと喋ったと思えば、いきなり何?Α銀河の崩壊の原因?分かんないよ」
「じゃあ、神鍵が開く楽園について。あれは本当だと思う?」
「そういうのは良いから、私の質問に答えて」
「……何かしら?」
「あなたは誰?セレスティアはどうなったの?神鍵の話をしたって事はあなたに何か関係があるの?」
「そう矢継ぎ早に質問しないで欲しいけど……良いわ、答えてあげる」
「セレスティアに何かしたら、ただじゃ置かないよ」
「約束するわ……それじゃあ1つ目の質問、わたくしの名は『ノクス』、今は名前しか教えられないわ……2つ目の質問ね。セレスティアは今、わたくしの中で眠っているわ……3つ目の質問は黙秘するわ」
とりあえず名前とセレスティアの安否は分かったけど、神鍵については話すつもりはないか……
「じゃあ次は、わたくしの質問に答えてくれる?」
ノクスというセレスティアの別人格?の質問は非常にシンプルだった。
「貴女達は銀河の崩壊を知ってどうするつもり?」
この質問は、宇宙船の乗組員になる時も聞かれた。だから今回も同じ理由で……
「また同じ事が起きないように、神鍵を回収する」
「そう……それじゃあ最後の質問……神鍵って何だと思う?」
神鍵は何って……そんなのは分かりっこない
「ウェルトロム〜、もう一回車椅子に座ってみてくれないかしら〜」
「……!」
奥のメンテナンス室からカツカツと足音が聞こえてきた。
「そろそろ2人が戻ってくるけど……あなたはどうするの?」
「心配しなくても大丈夫よ。反重力装置……だったかしら?あれはもう少し時間がかかるわね、反重力の拡張はそう簡単にいかないのよ」
そう言い終わったと同時に、エルミアとアヤメさんが病室に戻ってきた。
さっきと同じように反重力装置を起動してみたけど、ノクスの言った通りあまり変化が見られなかった。
「ふっ……ふふっ……面白いじゃない。反重力の仕組みは未だに解明されてないけど、私の科学力で最大まで拡張してみせるわ」
そう言ってエルミアは恐ろしい笑みを浮かべながら、戻って行った。
アヤメさんがそんなエルミアを見て、若干怖がってるように見えたのは気のせいかな…………
「ノクス、もう行ったよ」
「…………ふぇ!」
「あれ……セレスティア?」
セレスティアはまるで寝起きみたいな反応をした。
いや、実際寝起きなんだろうけど……
でもなんでだろう?さっきまでノクスだったのに……
そう思っていると、私の脳内に直接語りかけるように声が聞こえた。
『…………これで繋がったわね』
『え?何これ?』
『今、わたくしと貴女の意識を繋げたの。勝手にやったことは許してちょうだい』
『それは良いけど…………どうしてこんな事を?』
『わたくしの意識がセレスティアの中で眠ってる間でも、話せるようにするにはこうするしかなかったのよ。これは私の能力の一つである「眠りの通信領域」って言うのよ』
『へぇ〜………』
『あまり興味無さそうね…………まあ良いわ。とりあえず、水晶聖域まではこの状態を維持するつもりよ』
『っていうか、まだ私はあなたを味方って思ってないんだけど?』
『………………それじゃあ、本題に入りましょうか』
逃げたな…………
『さっきわたくしは『神鍵は何だと思う?』って聞いたわよね。その答えには、少しだけ貴女が関わってるのよ』
『ん……?んんんんん???!!!』
え?どういう事??私が関わってる???
言ってる事がよく分からない、ノクスは一体何を知ってるの。
『いきなりこんな事を言われて、驚かないのも無理はないわ。だってこれに関しては、数千年前の六銀河の統治神が貴女の記憶を封じ込めてる事で、混乱を招くのを防いでるのよ』
数千年前の六銀河…………
銀河の統治神…………
なんかすごく壮大な話になってきたような………
『あ、ごめんなさいね。分かりやすく説明するわ』
ノクスが言っていた『分かりやすい説明』というのは、全然分かりやすくなかった。
でもある程度の説明は、ノクスが解説も交えて伝えたくれたからそこそこ理解できた……ふふ、私じゃなかったら聞き逃しちゃうね。
ノクスが言った説明を整理するとこんな感じだ
・世界は、生命力を宿した一つの粒子から始まった。
・その粒子はヒトの形となり、自分の事を「無垢なる個」と名乗った。
・「無垢なる個」は六つの銀河を創造し、自らの一部から六柱の統治神を生み出した。
・これが世界における最初の「統治神」である
・六柱の統治神は、それぞれの銀河を守護する使命を与えられた。
・長い時間の中で、銀河の統治神たちは「暇つぶし」として、一人の神造人間と各銀河に星を創造した。
・その際、自分達の一部から星の統治神達を創り出し、星々の守護を命じた。
・星の統治神達は、それぞれの星にふさわしい生命を創造した。
・この時に誕生したのが、「始まりの人類」 である。
『自分なりにまとめたのね、偉いわ』
『なんで思考も読めるの……!?』
『わたくしにとって、そんなのは造作もない事なのよ』
『………まあ、それは良いとして。今の説明の中に、私が関わったって事は一つも無かったんだけど?』
『まだ気づかないの?』
『え……?』
今の説明に、私は何も引っ掛からなかった。
強いて言うとすれば、統治神が創った始まりの人類の名前が始まりの人類で、無駄にカッコいい事くらいだけど……
『本当に何も記憶がないのね…………』
『え?何か言った?』
『何でもないわ……何も分からない事が無いなら、それで良いわ。時間もちょうど良いし』
『ちょうど良いって?』
『貴女は分からないかもしれないけど、この精神世界は現実よりも数百倍遅く時間が進んでるのよ。だからさっきまでまだ昼間だった現実も、もう夕方なのよ』
『そんなに時間が経ってたんだ……』
『今ちょうど貴女の仲間が2人とも戻ってきたから、一度貴女をここから返すわね』
『いきなりだね、まあ良いけど』
私がそう答えると同時に、ノクスは眠りの通信領域を解除した。
『あ、最後に一つだけ聞くわ……神鍵を封印したら世界がどうなると思う?』
その問いは現実に戻る直前にギリギリ聞こえたけど、考える余裕はなかった。
現実に戻った私は「ようやくある程度の拡張に成功したわ…………」と疲れた様子で戻って来たエルミアと、余裕で勝ったっぽいルミナリスと再会した。
「そういえば、反重力装置はどうなったんだ?」
「ええ。かなり時間がかかったけど、なんとか拡張が終わったわ」
エルミアが言うには、あくまで「仕組み」が解明されていないだけで「拡張技術」に関してはある程度進んでいるらしい。
でも最後はやっぱり、その人の「腕」が必要になってくる。
それが出来たエルミアは、称号を剥奪された今でも科学者から尊敬される事がよく分かった。
「あ、そうそう。蒼鷲が『統治神に会いに行くなら、ついでに持っていけ』って言ってたわ。アヤメ、持って来てくれる?」
「分かりました!」
しばらく待っていると、アヤメさんが何やら一升瓶のような物を持って来た。
「こちらをどうぞ」
「え〜っと、これは確か……………叔父貴?」
「違うぞ、ウェルトロム。叔父貴じゃなくて御神酒だ」
「ふふっ……」
なんか今、アヤメさんが軽く笑った気がした。
まあ確かに御神酒と叔父貴を間違えたけど……そんなに面白かったのかな……?
「まあ、それは良いとして……なんで酒なんだ?」
「蒼鷲先輩曰く『白雲の統治神は酒好きだから、持って行ったら喜ぶと思うぞ』だそうです」
「ふむ……あいつにしては気が利くな」
ルミナリスは、酒瓶を少し物欲しそうに見ながらそう呟いた。
「それじゃあ……準備も整った事だし、行きましょうか」
とまあそんな事があって今に至る訳だけど………
「あ、あの……ウェルトロムさん?私は何も質問はしてませんけど…………?」
まあ、いきなりこんなこと言われても流石に混乱するか。
『じゃあ、そろそろ私達3人の意識を繋げましょうか』
と、ノクスが間髪入れずに眠りの通信領域を発動させた。
『え?こ、これはなんですか!?』
『セレスティア、初めまして。わたくしは貴女の中に眠っているノクスよ』
『ちょ、ちょっとノクス。いきなり言っても、セレスティアにはまだ理解が追いつかないよ』
私とノクスは、セレスティアに分かりやすいように病院で待ってた間に起きた事を説明した。
セレスティアは最初、なんのこっちゃとばかりに目を丸くしていたけど、少しずつ理解していってくれた。
『そうだったんですね……でも、どうしてノクスさんは私の中にいたんですか?』
『別に敬語じゃなくて良いし、呼び方もノクスで良いわよ』
『わ、分かりました。じゃあノクスちゃんで』
『ノクスちゃん……まあそれでも良いわ。それじゃあここからは、セレスティアにも聞くとするわね』
『は、はい!私が答えられる事ならなんでも!』
『じゃあ…………ウェルトロム、セレスティア。貴女達は神鍵を封印すると何が起こるか分かった?』
『……………え?』
やばい、セレスティアの目が丸くなってる。
『あら?ウェルトロムから聞いてないのかしら……?』
『いやいや、流石にセレスティアに話すと混乱しそうだし言ってるわけないじゃん』
『………………………』
『………………………』
『…………あの〜?』
私とノクスの間には流れるしばらくの静寂が流れたが、セレスティアの言葉で打ち切られた。
『はあ……まあ良いわ。じゃあウェルトロム、貴女はどう思う?』
『私は神鍵を封印したら、崩壊する所が減ると思うよ?』
『残念、40点ね』
『え〜……ツッコミづらい点数はやめてよ』
『しょうがないじゃない、実際微妙な回答なんだもの』
『じゃあノクスは分かるの?』
『ええ、もちろん。正解はね…………!?』
ノクスが正解を貯めて言おうとした瞬間、大きな爆発が私達の体を揺さぶった。
その影響か私とセレスティアは、強制的に精神世界から追い出されてしまった。
「い、一体何が起きたんですか!?」
「分からない……けど、攻撃されてる。セレスティア、今すぐ安全なところに……!」
「「「キヒャヒャヒャヒャヒャ!!」」」
セレスティアを誘導しようとした時、半魚人のような化け物が空中から甲高い鳴き声を発しながら襲ってきた。
「っ!なにこれ、数が多すぎる……!エルミアとルミナリスは!?」
「……!ウェルトロムさん、あれを見て下さい!」
「…………な、なにあれ!」
水晶聖域の闘技場の中心ではエルミアとルミナリスの2人が、翼のある誰かと一緒に化け物と戦っていた。
けどそこにいる化け物の数は、こっちの倍以上あった。しかもより大きな化け物もいる。
こうなった原因は30分前に遡る