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35.サキュバス

「はい、確かに大きな疲れを感じている方が増えています」


 聖女は、心配そうな表情で答えた。


「やはり、日ごとに衰弱者が増加している……聖女様、ありがとうございます」

「いえ、私で役に立てることがあるのなら」


 聖女仕事をしている時の聖女、マジ聖女。

 これがギャンブルの借金で、カニ漁に放り込まれた女とは思えん。

 アテナは礼を言って、教会を出て行く。


「……ねえシャルル、絶対に勝てるギャンブルの話があるんだけど乗らない?」

「やめとけ。絶対勝てるなんて情報をもってくるやつは、間違いなく詐欺師だぞ」


 いや、やっぱりこいつは聖女だ。

 しかも、全然懲りてない。


「シャルル、行くぞ」

「はいはい」


 俺は聖女に「やめとけよ」と釘を刺し、教会をあとにする。

 なぜか増え続けている体調不良者。

 今日はアテナに、聞き込みに連れ出されていた。


「……魔導士シャルル」


 あらためて町人から、聞き込みを始めたアテナ。

 その視線から隠れるようにしてやってきたのは、変装した怪盗だ。


「新作、楽しみにしている」

「ああ、任せておけ」


 俺は短く答えて、問いかける。


「ところで最近、帝国が騒がしいみたいだけど何か知っているか?」

「何かが起きているような気配はある。だが、それが何かはまだ分からない」


 怪盗は短く答えると、一瞬で姿を消した。


「おい、シャルル」

「っ! な、なんだ?」

「街でも衰弱者や体調不良を訴える者が増えているようだが、これは一体何が原因なんだ……?」

「今の状態じゃ、何も分からん」


 そう応えて、まとめて製作しておいた元気の出る魔法薬を差し出す。

 するとアテナは、嫌そうな顔で手を背中に隠した。


「ま、魔法薬の提供は、お前がやってくれ」


 ……なるほど。

 魔法や魔法薬が苦手なアテナは、このために俺を連れ歩いてるんだな。



   ◆



 帝国の夜。

 貴族の屋敷に潜り込んだサキュバスは、今日も圧倒的な愛らしさを誇っている。

 やや幼さを残した顔つき、小柄ながらに豊満なスタイル。


「天才サキュバスちゃんの、登場だよぉ」


 男を虜にするための甘い声でつぶやくと、そのまま屋敷の主人のもとへ。

 黒のセパレート水着に、ショートパンツをはいたような格好で迫る。


「っ!?」


 部屋のソファでくつろいでいた男は、突然やってきた美少女に思わず驚愕。


「んふふ、可愛すぎちゃってごめんね?」


 その驚き様に気を良くしたサキュバスは男の隣に座り、身体を寄せる。

 そして腕を取り、肩にしなだれかかればロックオン完了。


「おじさま、見て。何だか私……身体が火照っちゃってるみたいなのぉ」


 そう言って大きな目で見上げると、さらに強く身を寄せる。


「熱いから……脱がせてほしいなぁ」


 すると男は我慢できず、立ち上がった。

 決まった。

 完璧な流れだ。

 これで落ちない男など、存在しない。

 思わずこぼれる笑み。

 サキュバスは勝利を確信して、男の精気を奪いに――。


「こんな時間に君のような女の子が出歩いちゃダメだ。危ないよ」

「……あれ?」


 しかし貴族の男はソファの前にヒザを突き、少女の手を取って心配の視線を向ける。


「これ、少ないけど取っておいてくれ」


 そしてサキュバス少女の手に、そこそこの小遣いを握らせた。


「あれええええーっ!?」


 そのまま屋敷の前まで丁重に送り届けられたサキュバスは、小遣いを手に震え出す。


「な、なんでよぉぉぉぉ! 今夜もう四度目の『お断り』なんだけど! なんで!? こんなに可愛いのにおかしいよっ!」


 サキュバスの予定では、圧倒的な速度で男たちを陥落し、三日で帝国の四割。

 五日で七割の男を虜にして、大量の精気を集めるつもりだった。

 それが現状、五日で一割にも届かない状況。

 今夜に至っては、早くも四連続でのお断りだ。


「ていうか皆やたらと紳士なんだけど! 帝国の男は修行僧か何かなの!?」


 しかも貴族ではない庶民の男にまで断られていて、天才美少女サキュバスのプライドはもうボロボロ。


「どうしてこのナタリアちゃんが、こんなにフラれなきゃいけないのよーっ!」


 思わず、頭を抱えて叫ぶ。


「……いいわ」


 しかし、すぐに意識を切り替える。


「少し早いけど、目をつけてた大物を先にオトして、景気づけといかせてもらっちゃうんだから!」


 頬をふくらませたサキュバスは翼を開き、夜空へと舞い上がる。


「うふふ。帝国に来てすぐに気づいちゃうほど強力な精気を発していた、本命の大物。瞬殺していーっぱい頂いちゃうからねっ」


 飛行でたどり着いたのは、一軒の屋敷。

 その男の名は、ベスケ・ド・ロエ。

 なかなかに脂ぎった中年貴族で、いつでも浮かべているイヤらしい笑みが特徴だ。

 この男なら、確実に大量の精気を頂ける。


「ベスケさま」


 家主の部屋の前まで難なく入り込んだサキュバスはドアを優しく叩き、そっと開く。

 そしてするりと中に入り込み、しずかに戸を閉じた。


「今夜は少し、冷えますね……」


 そして上目遣いで一言告げると、今度は自分の身体を抱くようにして自然と胸を強調。


「き、君は……?」


 驚きながらも目を奪われているベスケに、圧勝を確信しながら進む。そして。


「私、何だか寒くて……ベスケさまが、温めて?」

「っ!!」


 案の定、ベスケは即反応。

 間髪入れることもなく、サキュバス少女を抱きしめた。

「ほーら、チョロいチョロい」と、浮かべる余裕の笑み。

 あとは軽く、精気をいただくのみだ。

 サキュバスはさっそく、【吸精】の魔法を発動しようとして――。


「……あれ?」


 違和感に気づく。

 男を昂らせればすぐに炸裂するはずの魔法が、発動しない。

 しかもよく見ればサキュバスの肩には、高級なストールがかけられていた。


「大丈夫かい。もしかして道に迷ってしまった新入りのメイドかな? 今夜は冷えるから気をつけて」

「……う、うそでしょ? 大物変態貴族まで、なんでこんなに紳士なの!?」


 まさかの展開に、思わず息を飲むサキュバス。

 嫌な予感に、ベスケの腕に抱き着く。

 そして全力の、可愛いアピール。


「おねがい……ベスケさまぁ」

「すまない。僕は今、貴族として帝国にために、いや世界のために何ができるのか、自らの生き方を見直していたところなんだ」

「賢者の様に冷静!」


 ベスケの目は、湖面のように透き通っていた。


「さあ、今夜はもう帰るんだ」

「…………は、はい」

「何か困ったことがあれば、いつでも来てくれ」


 そういってサキュバスを廊下まで送ったベスケは、爽やかな笑みを残して立ち去っていった。


「邪な精気が全然なかった……確かに昨日まで大物変態貴族の気配だったのに! なんで……どうしてええええ――っ!?」


 大物の変態まで利用して、まさかの五連敗。


「どうして、こんなことに?」


 なぜ帝国ではこんなにも上手くいかないのか、その理由がまるで分からない。


「これじゃ、計画が……」


 サキュバスはもらったストールをはためかせながら、ベスケ邸をトボトボと後にした。

お読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
ああ、紳士の皆さんは賢者になる時間を過ごしておられるのですねw まさかの防御策w しかしこのサキュバスを魔眼で操って、上層部をずっと賢者にし続けられれば、帝国はもっと繁栄するのではww
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