18.邪教
「ありがとうございましたー! 今日は豪華でしたね」
「最近ちょっと、思わぬ臨時収入があってね」
まあ、カニ漁の報酬なんだけど。
「……あれ、それは?」
目についたのは、店の片隅に並べられた鉢植え。
そこには、小さな葉が生えている。
「料理に使うハーブです。栽培がすごく簡単なので、お店でも作ってるんですよ」
「なるほど……」
「よかったら一つ、持っていかれますか?」
「え、いいの?」
「はいっ。水をあげるだけでいいので、簡単ですよ」
鉢植えを抱えた俺は、すっかり常連になってきた酒場の看板娘に見送られて店を出る。
魔法薬用の植物を自分で育てるのも、いいかもしれない。
自室の片隅にハーブを植えて、毎日水やりをしながらその成長を感じる。
「帝国スローライフ……悪くないな」
やっぱり、気ままな帝国暮らしはいい。
カニ漁は正直ヤバかったけど、普段と違う仕事を短期アルバイト感覚でやるっていうのは、意外と楽しかった。
ああいうのも、時々ならいい刺激になるのかもしれない。
聖女は稼いだ金を目の前で徴収されて、白目をむいてたけど。
「さて、この後はいつも通り食後の運動を兼ねての、帝国散歩といきますか」
俺は思う。
自由に散歩をできるくらいの生活が、一番なんだよなぁ。
正直、帝国での生活はかなり気に入っている。
そんなことを考えながら、街をフラフラと歩いていると――。
「止まれぇぇぇぇ!」
駆けてくるのは数人の見知らぬ騎士団員と、追われるローブ姿の男たち。
「ふん、帝国の犬どもめ。せいぜい偽りの経典に踊らされるがいい」
男は振り返り、その手を騎士団員たちに向ける。
「【エクスプロジア】!」
「「っ!!」」
放たれた魔法は地を弾き、巻き起こる爆発が砂煙をあげた。
足が止まった騎士団員たちを置き去りに、ローブの男たちは路地裏へと逃げ込んでいく。
「チッ! 逃げられたか!」
「追うぞ! まだそう遠くには行っていないはずだ!」
「「おう!」」
するとそれを見た騎士団員たちも、急いで男たちの後を追って行った。
ああいう荒っぽいやつらの相手も、帝国を守る仕事の内なんだろう。
「……騎士団員たちも、大変だなぁ」
そんなことをつぶやきながら、俺は自室へ帰る。
「お帰りなさいませ、シャルル様……ッ!?」
すると部屋の片づけをしてくれていたメイドちゃんが、ビクリと身体を震わせた。
その視線の先にあるのは、俺が手にした一つの鉢植え。
「……ま、麻薬ですか?」
「ちげえわ!」
「では、その草は一体……」
「ハーブだよ」
「麻薬じゃないですかぁぁぁぁっ!」
「麻薬じゃねえよ! 育てようと思ってもらってきたハーブだって!」
「そ、育ててどうするつもりなんですか……?」
「……粉末にして使うんだよ」
「やっぱり麻薬じゃないですかぁぁぁぁ!!」
「だから違うんだって!」
メイドちゃんを説得するのには、そこから一時間が必要だった。
◆
「「「うおおおおおおおお――――っ!!」」」
突然上がった叫び声に、思わず視線を向ける。
今日も今日とて酒場での昼飯を終えた俺が振り返ると、町の一角から煙がもくもくと立ち昇っていた。
するとすぐに、ローブ姿の男たちが駆けてくる。
そしてその後を、数人の騎士団員が粉まみれになって追ってきた。
「うわっ、なんだこれ!」
鼻を突く薬品のようなにおいに、通行人たちが慌てて鼻を抑える。
「愚かな貴様たちには、その格好がお似合いだ!」
逃げるローブ姿の男たちは、慣れた動きで逃走。
追ってくる騎士団員を、おちょくるようにしながら去っていく。
「待て!」
「止まれ! 卑しき教えの信徒共め!!」
必死の様相で、後を追う騎士団員たち。
「なんでも、騎士団の駐在所が襲撃にあったみたい。煙幕弾を放り込まれたらしい」
その姿を見て、街行く人がつぶやく。
なるほどなぁ、凶暴なやつらがいるもんだ。
「魔導士シャルル」
「ん?」
呼ばれて振り返ると、やってきたのはアテナ。
「今逃げて行ったのは、邪教徒の連中だ」
「邪教……!」
いたなぁ、そんなやつら。
邪教は本編でも、世界各地に登場する。
世界が崩壊に近づくにつれて、勢力を拡大していくのが恐ろしかったんだよなぁ。
特に帝国は、邪教の聖地みたいな感じになってたし。
「邪教は世界の様々な問題の元凶は聖教にあるとし、破壊活動も辞さない過激な集団だ。聖霊祭の最中にも暗躍していて、騎士団はその警備にかなりの人材を割くことになった」
なるほどね。
聖霊祭の時に騎士団員がずっと忙しそうにしてたのには、そんな背景もあったのか。
「そこで我ら騎士団は、過激派の摘発に乗り出すことにした。だが相手は武力を持って反抗してくる可能性が高い。そこでだ……魔導士シャルルにも参加を要請する」
「……え、俺?」
「魔族を打倒し、先の聖霊祭では聖女様を守ったと聞く。お前は色々と怪しいが、怪しいが、その能力は間違いない」
「二度も怪しいって言わなくていいよ」
「邪教との争い。その働きに期待するぞ」
そう言って、踵を返そうとするアテナ。
その口調には、以前のような威圧感がない。
「……もしかして、ビビってる?」
「な、なにがだ? 私は何も恐れてなどいない」
「前みたいに無理やり連れて行こうとすると、放尿未遂とかおっぱいパリィみたいなことになるから――」
「知らん知らん! 何も知らん! いいから頼むぞ!」
顔を真っ赤にしながら、逃げるように去っていくアテナ。
世界の終わりを望む邪教は、各地で『主人公』たちとぶつかるんだよな。
そして、堕ちた帝国を象徴する集団であることも確かだ。
これは帝国の自由気まま生活に、黄信号を灯すことになりかねない事態。
「……戦いは嫌だけど、この生活を守るためだ」
相手が邪教なら、悪のイメージを払しょくするチャンスにもなるだろうし、ここは手伝いの一つもしておこう。
こうして俺は、騎士団の『過激派邪教徒の摘発作戦』に、参加することにしたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。
下の【ブックマーク】・【★★★】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!




