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10.模擬戦と下剋上

「や、やっと終わった……」


 鎧入り木箱を抱えて、往復すること五回。

 ようやく荷運び仕事が片付いて、息をつく。


「それではこれから模擬戦を始める。魔導士シャルル、お前はしっかり見ておくように」


 そう言って、俺に見学を求めるアテナ。

 どうやら荷物運びの後は、訓練が始まるようだ。

 まあどうせ暇だし、見学くらいならいいか。


「サニーとレインは、木剣を持って前へ」


 騎士団宿舎前。

 アテナの指示で『お馬鹿力』の副団長サニーは大型、レインは細型の木剣を手に取った。


「……勝てば副団長の座を奪える。そうすればアテナ様の隣は……私のもの」


 ぼそぼそと、つぶやき始めるレイン。


「ここで下克上を起こしてみせる……必ず、絶対」


 その目をギラギラさせながら、妖しい笑みを浮かべる。

 おい、ここにヤバいやつがいるぞ。


「ルールはいつも通り、先に一本決めた方の勝ちだ。武器を奪っても勝利となる。誉ある帝国の騎士として、正々堂々戦うように」

「負けないよーっ!」

「もちろんです、正々堂々戦うことを誓います」


 そう言ってレインは細剣を華麗に構え、サニーの前に立つ。

 その顔は、真剣そのものだ。

 物騒なことを言ってたけど、そこは騎士。

 戦いを前にすれば、邪な感情などなくなるものなんだろう。


「始めるぞ」


 アテナは右手をゆっくり持ち上げると、力強く振り下ろす。


「勝負――――始め!」

「【痺れ針】!」

「少しも正々堂々じゃねえ!」


 レインはいきなりの吹き矢で、先手を取った。

【痺れ針】は、虚を突かれたサニーの肩口に突き刺さる。

 こんなの、剣技じゃなくて暗殺術だろ!

 レインのやつ、ガチで下克上を狙ってやがった!

 これは勝負あり。

 呆気ない幕切れに、俺は息をつくが――。


「それっ!」


 サニーは意にも介さず、大きな踏み込みから木剣を振り払う。


「っ!!」


 これをレインは、長いバックステップでかわす。


「まだだよっ!」


 さらに踏み込んだサニーは、返しの払いから振り降ろしへとつなぐ。

 その馬鹿力で、地面に深々と突き刺さる木剣。

 これをレインは、軽やかな足の運びでかわしてみせる。


「見事な回避だ。やはり名門騎士の名は伊達ではない」

「名門騎士が、いきなり【痺れ針】を放ってたんだけど……?」


 ていうかサニーも、なんで全然効いてないんだよ。


「やはりこの程度では効かない。さすが副団長、それならここでっ!」

「お!? 必殺剣の登場か!?」

「――――【像も倒れる猛毒針】!」

「像も倒れる猛毒針……!?」


 まさかの二本目。

 放つ吹き矢は今回も、しっかりサニーの腕に刺さった。


「決まった……!」


 いやいや「決まった!」じゃないだろ、事件だろ。

 思わず心の中で、ツッコミを入れてしまう。

 騎士団が、毒針を使った攻撃とか認めるなよ。


「これで決まりです! 副団長になるのは、この私――っ!」


【像も倒れる猛毒針】が決まり、レインは一転攻勢に出る。しかし。


「っ!?」


 サニーは大きな振り上げを放ち、迫るレインの足を止めた。そして。


「やあああああああ――――っ!!」


 そのまま剣を両手でしっかり握り直し、力強く振り下ろす。

 豪快な風切り音を鳴らす、木剣の叩きつけ。


「っ!!」


 その勢いを前に、レインは大慌てで回避に入る。


「かわした!」


 見事な身のこなしに、アテナが思わず声をあげた。

 レインはこの隙を逃さず、反撃の体勢に入るが――。

 サニーの振り降ろした剣から生まれた衝撃波が、一瞬遅れて吹き荒れる。


「きゃああああっ!」


 これを受けたレインは、吹き飛ばされて転がった。


「勝負あり! そこまで!」


 それを見たアテナが踏み出し、両者の間に入る。

 この戦い、勝ったのは副団長サニー。


「やったー!」


 拳を突き上げながら、ピョンピョン飛び跳ねて勝利を喜ぶ。

 いや、毒針の効果は?

 もしかして『アホ』の状態異常がかかっているから、重複はしないって事?


「くっ……」


 一方負けたレインは、その場に伏せたまま。


「次こそ、次こそは必ず……っ」


 悔しそうに細剣を握り、無念そうに目を閉じる。


「もっと強力な毒で……」

「剣で勝てよ」


 名門騎士なんだろ。

 まあ、当たってもいない剣の衝撃で負けたわけだし、何とも言えない部分はあるけど。


「……それにしても、とんでもない戦いだったな」


 あらためて、二人の戦いを振り返る。

 怪力の副団長と、暗殺針の騎士団員。

 格闘技の番組くらいなら見たことあるけど、武器を使った立ち合いの迫力は異常だった。


「ていうか、木剣が床に深々とめり込んでるじゃねえか……」


 サニーが放った、最後の一撃。

 大剣と呼べるほどの木剣が、その刀身のほとんどを地面に埋め込んでいる光景は恐ろしい。

 さらに石畳の一部が、えぐり飛ばされてしまっている。


「石床が消し飛ぶって、どんだけのパワーなんだよ……」


 その異常な威力に、さすがにちょっと引く。

 するとサニーの腕力に震える俺のところに、アテナがやってきた。


「さあ次は――――お前の番だ」

「できるかぁ!!」


 冗談じゃねえ! こんなの、どっちと戦っても即死だろ!


「ていうか、サニーとか帝国最強だろ!?」

「あたしなんかより、アテナちゃんの方が強いよ!」


 いや、設定上はそうなんだろうけどさ。

 アテナって、このリミッターの壊れたゴリラより強いのかよ……。

 そりゃ本編でも、最強の魔導士シャルル相手に一歩も引かない戦いを繰り広げるわけだ。


「おつかれっした」

「どこに行く。次はお前の番だと言っているだろう」

「無理だって! お馬鹿力娘の剣なんて、くらったら即死だぞ!」

「サニーが嫌なら、レインにするか?」

「毒アサシン娘の相手とか、もっときついんだけど! どう考えても毒と麻痺に悶え苦しんでから死ぬことになるだろ!」


 そもそも俺は、戦いたいわけじゃないんだよ!


「……分かった、いいだろう」

「え、いいの……?」


 思ったよりあっさり許されて、呆気にとられる。

 でも見逃してもらえるんなら、それにこしたことは――。


「お前の相手は、私がしてやろう」

「…………は?」


 そう言って、木剣を取るアテナ。


「お、おい! 団長が魔導士殿と模擬戦をするみたいだぞ!」

「マジかよ!」


 するとこの会話を聞きつけた騎士たちが、駆け寄ってきた。

 それどころか、城内にいた貴族なんかも集まり始める。


「ええ……なにこれ」


 こうして俺たちは、あっという間に観客に囲まれてしまった。

お読みいただき、ありがとうございました!

少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。


下の【ブックマーク】・【★★★】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!

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