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第3話 ゴブリンからの依頼

「ゴブリン?」


 ポーリンは驚いたが、とっさに戦いの構えをみせなかったのは、正面のテーブルに座る者が、色黒の人間の少年に見えたからだ。良家(りょうけ)の少年のような服を着て、灰色の髪も整えている。だがその瞳は緑色で、口元からは牙がのぞいていた。


 彼女以外に、室内にいるのはみなゴブリンのようだった。


 そして彼女が最も驚いたのは、品の良い少年のような姿のゴブリンが、熱心に本を読んでいたことであった。テーブルの上にも、何冊もの本が並べられている。


「・・・ゴ、ゴブリンが、本を読んでいる?」


 それは彼女が持つゴブリン族の印象とは、あまりにかけ離れたものだった。粗野(そや)で知性はなく、臆病なくせに時に残虐(ざんぎゃく)で、しばしば人間の敵となる種族・・・


 少年のようなゴブリンの右隣に立っている小柄なゴブリンが、口を開いた。


「おい、人間。無礼だぞ。こちらに、おわす・・・わす、ごじんを・・・誰と、ええと・・・ここ、ころえる?」


 威厳(いげん)のある風に言おうとする試みは失敗し、片言のような言葉であった。


 ポーリンは混乱して首をかしげた。


「やれやれ」


 少年のようなゴブリンがポーリンを見据(みす)えた。


偏見(へんけん)のない者をよこせと言っていたはずだが・・・」


 その声は落ち着いており、緑色の瞳には知性が宿っていた。


「まあ良い。だが人間、力を試させてもらうぞ」


 左隣に立つ鎧を着た大柄なゴブリンが、槍の(つか)で床をどんと叩いた。革のブーツを通じてその振動を感じたポーリンは、戸惑いながら一歩後ずさった。


「ちょっと待って・・・私は、雇い主に会いに来ただけーーー」


「おまえを雇うかどうかは、ここでの振る舞い如何(いかん)だ」


 少年のようなゴブリンが鋭く言うと、大柄なゴブリンが槍を構えてのしのしと歩み出てきた。


「ちょっと」


 戸惑いの感情が、苛立(いらだ)ちに上書きされる。ポーリンは舌打ちをしながら魔法の呪文を準備した。


 ゴブリンが槍を振りかぶり、たたきつけるようにそれを振り下ろす。細身のポーリンは、それを受けてひしゃげる・・・かと思いきや、槍は空を切った。槍がなぎ払ったのは、ポーリンの幻影であった。


 少年のようなゴブリンが目を見開く。


 ポーリンの姿は幾重(いくえ)にも分身しながら、華麗な仕草で大柄なゴブリンの後ろに回り込む。


 大柄なゴブリンは、とっさに何が起きたか理解できず、周囲を何度か見回した。そして背後にポーリンの姿を認めると、再び槍を構えて歩を進めようとした・・・が叶わず、強烈な睡魔(すいま)に襲われたゴブリンはその場に卒倒し、いびきをかいて眠り始めた。



 ポーリンはひとつ大きな息を吐き出した。分身の呪文から眠りの呪文の連唱。


『基本的な呪文でも、練度(れんど)を上げ、組み合わせることで上級魔法に比する力を発揮できる』


 サントエルマの森において<巨熊を倒す(あり)>の異名を持つアニー・ランサヴァール師の言葉を思い出していた。そして、その訓練が、実戦で役立ったことに、安堵を覚えていた。


「すごいな・・・デュラモが子ども扱いされた」


 少年のようなゴブリンは、緑色の瞳をきらきらと輝かせていた。


「おまえ、名は?」


「・・・いきなり襲いかかっておいて、まずは謝罪をするのが筋ではないかしら」


 ポーリンは不機嫌に言った。


「おお?」


 少年のようなゴブリンは首を捻り、(あご)に手をあててしばらく考えこんだが、納得したようにポンと手をたたき合わせた。


「それが人間の礼儀なのだな?ノト、覚えておけ」


 右隣に立つ小柄なゴブリンに命じる。しかし、ノトと呼ばれたゴブリンはポーリンの術を目にしてから驚きのあまり口をぽかんと開けて固まっていた。


「おい、しっかりしろ。まったく・・・」


 少年のようなゴブリンの叱責(しっせき)に、ノトははっと目を覚ましたように身震いした。


「わかった・・・いや、ぎょ、御意(ぎょい)にごご、ございますれば?で、殿下」


 少年のようなゴブリンはあきれたようにため息をつくと、椅子から立ち上がり優雅な仕草でお辞儀をした。


「大変、失礼をいたした、ご婦人。俺は人間のことを勉強している。なにか間違ったことがあれば、教えてほしい」


 ポーリンは首を斜めにしながら訝しげな表情で少年のようなゴブリンを見ていた。


「殿下?」


「俺の名はチーグ。放浪の、ゴブリン王国の王子だ」


 今度はポーリンが驚きに目を見張る番だった。


「ゴブリン王国の・・・王子?」


「いかにも」


「すごいじゃない!」


 その言葉に、チーグは複雑な表情を浮かべて肩を落とした。


「別に・・・すごくはないさ。王子といっても、王になることができなければ、いつ死ぬかも分

からぬ立場だ。まだ俺は、“何者”でもない」


 その言葉には、重苦しい影が尾を引いていた。


 ポーリンはチーグをじっと観察しつつ、その言葉の意味を噛みしめていたが、やがて着衣を正すと改めてチーグに向き直った。


「私はラザラ・ポーリン、魔法使いよ。サントエルマの森から来た」


「サントエルマ?」


 チーグは首をかしげ、となりのノトを見た。


「それは遠いのか?」


 ノトは全く分からないというようにかぶりを振った。


 ポーリンは自嘲(じちょう)気味に苦笑した。まだ見習いの立場に過ぎない彼女が、いったい何を期待してサントエルマの森の名を出したのだろう。


「・・・あなたはまだ”何者”でもない、と言った、チーグ殿下。そういう意味では、私もまだ“何者”でもない、ただの旅の魔法使いよ」


 ポーリンはため息交じりにいった。


 しかし、チーグはその言い回しが気に入ったようで、再び目を輝かせた。


「そうか・・・では気が合いそうだな、ラザラ・ポーリン」


 そうして、チーグは再びゆっくりと椅子に座った。


(つつし)んで失礼をお詫びしたのちに、あんたを正式に雇いたい。そして、チーグを呼んでくれてけっこうだ」

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