プロローグ
人はなぜ、生きるのか?
生そのものには、あまり意味はないのかも知れない。
ある聡明な少年は、そう言った。
人生とは、目の前のただ一歩、ただ一呼吸に全てを捧げること、そしてその繰り返し。
それは真理だと思う。
一方で、かつて彼女を突き動かした情熱の炎は、別の記憶に光を当てようとする。
否、記憶というよりは、体感・・・今こそ生きていると感じる、その瞬間。
それこそが生だ。
その魂が熱く燃えるかのような特別なときを、彼女は長い人生のなかで何度か経験した。勇気を振り絞り、恐怖を乗り越え、新たな地平をのぞき込んだときの、研ぎ澄まされた充実。
そして、人生の晩秋をむかえた彼女が、最近よく思い出すのはあのときのこと・・・人生の夏はまだ遠い未来だと思っていた、青く若いとき。
何者でもなかった自分が、何者かになりえた瞬間。
ラザラ・ポーリン、23歳の新緑の季節。
新緑のまぶしい季節、ついこのまえまでの新芽は、瞬く間にみずみずしい若葉となり、その背を伸ばしていく。雨露に濡れた新緑は、内に秘めた生命の力を解き放つかのように、まばゆい輝きを発する。それは、成長の輝きでもある。
イザヴェル歴452年にも、新緑の季節はやってきた。
ラザラ・ポーリンは、遙かサントエルマの森を離れ、リノンの街に降り立った。
ここは、自然が美しく生命力は輝かせる季節にあっても、雑多で混沌としたほこりっぽい街である。無垢なる自然とは対照的に、人間の欲望が渦巻く世界・・・
しかし、ここには、希望もあった。
腕を磨きたい者、仕事を得たい者、一攫千金を狙いたい者、そして故郷を追われ行く当てのないものたちにとっての、希望の地である。
通称、<冒険者の街>リノン。
ポーリンは、選ばれし魔法使いとしてサントエルマの森で学んでいたが、ある目的のため、自ら森を出た。父が追い求めたとされる、失われた魔法の探求のためだ。けれども、その魔法を得るための道のりは長く、険しい。
彼女はこの街で腕を磨き、資金を貯め、できれば有能な仲間も得たかった。
彼女もまたいるべき場所を失い、機会を求めてこの地を訪れたのであった。