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ヒルガエル  作者: 駄犬
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緊急脱出

 彼を一人残したことに関して後ろ髪を引かれつつも、直ぐにトイレを飛び出て助け舟を出すような殊勝な心掛けは一切なかった。彼には何度も頭を下げ、真心を込めて謝ろう。そして、今回の件は見逃してもらい、「カナイ」とは袂を分かつ。今一度深く呼吸をすると、大きく胸を膨らませ、心を入れ替える為の挙措とした。おずおずと担任教師と向き合った先刻の態度を梅雨払いし、神妙な面差しにお暇願う。これは、彼が苦手にする仮面を被る行為にあたり、俺はケロリと虚飾の表情を拵えた。この上なく退廃的な気分にさせられるが、あの状況を乗り越えようと思うなら、大いに俺を助けることになるはずだ。


 窓から差し込む日溜まりに催す微睡みを払い除けるように、両手で頬を叩く。「パチン」と鳴った頬の太鼓は、トイレの外に漏れ出ないように配慮をした結果、中途半端な力加減になったものの、精悍さを取り戻した顔付きに俺は独り納得する。トイレのドアノブを一気呵成に回して外へ出ると、絵に描いたような軽やかな足取りを演じる。大仰さを伴う行動ではあった。だがしかし、後ろ向きな心根を騙すのに必要な動作である為、一切の妥協なく打ち込んだ。そんな俺の姿を目にした担任教師は、幾ばくか目を大きく開いたのち、賢しら顔を浮かべて顔を縦に小さく振った。


 トイレに駆け込んで新たな心構えを携えた俺の姿を見聞きしたかのような担任教師の態度は、鼻について仕方なかった。だがしかし、不満に思うこの心情をあけすけにして、軋轢を拾い上げるような真似はしないつもりだ。あくまでも、この場を上手く切り抜けるのが、目下の命題である。


「おかえり」


 値踏みする担任教師の視線を前にしても、俺は狼狽えることなくこう返す。


「調子はどうですか?」


 軽佻浮薄な舌先三寸で担任教師とのやりとりを乗りこなすつもりでいた俺は、出揃った手札の案配を担任教師に尋ねて、会話の主導権を握ろうとした。


「こんな感じだよ」


 そう言って、担任教師はカードの絵と数字をコソリと俺に覗かせる。撥ね付けもせずに、率先して手札を見せてくるだけの役が見えた。俺ならば、弱気な態度をチラつかせて、水を向けるだろう。


「……」


 大量の冷や汗を流した上、勃然と顔が赤くなりかけた身体の具合をつぶさに受け取った、プラスチックの白い椅子に残る温かみは、俺が居た堪れない思いに駆られて離席した証拠である。その横に座る彼の憮然とした様子は二目に見られなかった。不用意に声を掛ければ、鋭い牙が此方に向き、痛い目を見るのは推して知るべし。俺は閉口したまま、彼の横に座り直す。殺気立った雰囲気が、一挙手一投足に纏わり付き、一瞬の気の緩みが命取りになるような気配を感じざるを得ない。俺は獰猛な闘犬を相手に顔を近付かせるような緊張感を持って、彼の耳元まで接近する。そして、吐息混じりにこう吹き込むのである。


「ワンゲームやったら、ここを出よう」

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