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伝承

フィナーレまで、今回を含め残り2話です。

最後までお付き合い、お願い致します。

「水瀬、本気なの? 私たちを、裏切るの?」


つぐみはヨロヨロと水瀬に駆け寄ろうとする。

俺はそんなつぐみの腕をがしっと掴む。

つぐみは吃驚した顔で振り返り、俺を見つめる。

俺は何も言わず、(かぶり)を振った。

つぐみは口を震わせ嗚咽を漏らし、涙ぐんだ目でじっと俺を見た。

やるせなかった。



「水瀬、どうすれば戻って来てくれる? 頼む、教えてくれ!」


俺は縋るように問いかけた。


「……無理ですよ。あなた達はまおを殺さないといけないんでしょう。私はそれを認めることは出来ない。話し合いの余地は、ありません」


冷たく、突き放すような口調だった。

袂は別れた。そう感じさせる言い方だった。


「解ってくれ。世界の終焉を防ぐには、仕方がないんだ」


一縷の望みをかけ、説得を試みる。


「そうですね、貴方はそうやって何千もの我が子を殺めてきたんですよね。……よく、あんな真似が出来ましたね。愛しい子どもを手にかけるなんて。私には……出来ません」


刺すような視線が俺に向けられる。


「軽蔑、するか……?」


「軽蔑はしません。けど、尊敬もしません」


こいつから怒りを向けられるのには慣れている。

けれどこんな拒絶を向けられるのは、例えようもなく辛かった。




「貴方の戦い方は、『後の先』。相手の攻撃を見極め、その不備を突く。反撃の余地の無い波状攻撃こそ、貴方が最も苦手とするものでしょう」


水瀬は威嚇するでもなく、煽るのでもなく、まるで稽古で課題を言い渡すみたいに冷静に語る。

それだけに凄みがあった。


(つど)え、戦乙女(ヴァルキリー)!」


水瀬の呼びかけに、九人の戦装束を纏った乙女が現れる。


「ゲイレルル――『槍を持って進む者』、敵の正面を穿(うが)け。

スケッギォルド――『斧の時代』、敵の脇腹を(えぐ)れ」


前衛二人が突出してくる。


「シグルーン――『勝利のルーン』、魔力を注げ。

ラーズグリーズ――『計画を壊すもの』、敵の反撃を妨害せよ」


後方支援も抜かりはない。


「スルーズ――『強きもの』、力を解放せよ。

ブリュンヒルデ――『輝く戦い』、…………とどめを刺せ」


水瀬の指示は的確で、一切の容赦がなかった。

確実に俺たちを葬りにきている。

敵に回すと、こんなに恐ろしい奴だったのか。


このヴァルキリーたちは見たことがある。

北欧神話の世界に行った時に、水瀬がオーディンから掠め取った式神だ。

だがこいつらは神力の消費が激しく、同時に一体しか使役出来なかったはずだ。

使用用途で使い分け、一体ずつ乗り換えるのが定石だったと覚えている。

そして長時間の使役は不可能のはずだ。


俺の考えを見抜いたみたいに、水瀬はニヤッと笑う。


「甘いですね。ガス欠対策は万全。まおの溜めたエネルギーが、どれだけあると思ってるんです」


厄介な奴らが合体しやがった。

半神九体相手に消耗戦かよ。絶望が色濃く落ちてきた。



ヴァルキリー達が連携して攻撃を仕掛けてくる。

まるで群体だ。九人が一つの生命体に思えてきた。

水瀬の指示で動いているんだから当然といえば当然なんだが、それでも同時に複数のタスクをこなすのは至難の業の筈だ。


「なんです、信じられないものを見る目をして。もしかして複数処理に驚いてます? こんなモン、師匠の10本攻撃への対応に比べたら楽なモンですよ」


どうやら剣斗さんは化物を育てていたようだ。はた迷惑な。



旗色は、悪い。劣勢だ。

だが悲観することはない。

なにか、ヒントがあるはずだ。この窮地を覆す道筋の。

情報を、精査しろ。どんな小さな事でもいい。

勝利に繋がる道筋を探れ。

細くても、脆くても、必ずひとつは有るはずだ。

脳を、焼ききれんばかりに稼働する。



チカ、チカっと何かが点滅した。

引っかかっていた何かが。

そしてそれは――――ひとつにつながる。




天上界を破壊する、(すさ)ぶる神。

太陽神が隠れ、闇となる世界。

芸能の神に誘われ、剛力の神に引きずりだされる太陽神。



黄泉国にその身を捉われ、『一日に1000人殺す』と呪いの言葉をかけるイザナミ。

イザナミの言葉に、『一日に1500人の命を誕生させる』と返すイザナギ。

イザナミと別れ、三貴神をはじめ数多くの神々を生んだイザナギ。



そうか、そういうことか!

俺はすべてを、理解した。

太古の昔から仕組まれた、からくりに。

この日のために、ひたすら待ち続けた想いに。




人類史上最高峰の言の葉(ことのは)使い、『清原の少納言』が紡ぎし言霊。

その兄である『独り武者』が磨きし力。

暗黒に隠れし太陽を解き放つモノ。

千年前に非業の死を遂げた、愛しい我が子の魂が宿る剣。



数多の命を産み、生きとし生ける者の父祖となった『イザ()()』。

つぐみと胎児が繋がっていた肉片。それを喰らいし者。

その残滓に引かれ、集まる無数の魂たち。

モードレッド、ジョチ、…………。『ナギ』という灯台を目印に、幾千もの子どもが集う。

そしてそれは、この神槍に宿っている。




回りくどい真似をしやがって。

運命の神さまという奴は、悪戯好きの子どもに違いない。



「つぐみ、剣の柄に巻いてある布をほどけ。言霊を解放しろ!」


俺の呼びかけに、つぐみは巻かれた布を凝視する。

これは、力の源泉ではないのか。それを切り離すとはどういう事なの?

そんな当惑がありありと見てとれた。

だがそれも一瞬のこと。つぐみはすぐに晴れやかな顔となり、俺に向かって言った。


「兄さんを信用します。他の人が言ったなら『なに馬鹿な事言ってんの』って一蹴しますけど、兄さんなら別です。この剣を私の胸に突き刺せと言われても、私は迷わず突き刺します」


つぐみはきっぱりと言い放ち、布をシュルシュルとほどいていく。

その瞳には、絶対の信頼が溢れていた。


ほどかれた布に、異変が現れた。

布から、書かれていた文字が浮かび上がる。

文字は宙に浮き、漂い、光り始めた。

蛍のような光は、つぐみの周囲を廻りだす。

そして光はつぐみの身体に入り、体内から金色の光を発し始める。


「なんなんです、これは」


つぐみは戸惑いの声をあげる。



「『天の岩戸』を知っているな。不思議に思わなかったか、何故神は仲間を見捨て、暗い洞窟に閉じこもたのか。……あまりに無責任すぎる」


つぐみは俺の意図を測ろうと、真剣な顔で聞いている。


「だがそうじゃなかった。神は愛する者の絶望に飲み込まれ、暗闇に引きずり込まれたんだ。……つぐみ、お前がタクラマカンの砂漠で煉獄に囚われたことを表していたんだ」


つぐみは目を見開く。

『まさか自分が伝承となっているなんて』という顔だ。


「その『天の岩戸』から太陽神を引き出したのが『芸能の神』と『剛力の神』――その剣だ。ちづの魂が宿りし、その剣だ」


運命とは絡み合った糸だ。

幾重にも複雑に交差し、過去・現在・未来、縦横無尽に飛び交っている。


「西條と清原の前世が生み出し、ちづの魂が宿る神剣。その柄に巻かれし霊符は、力を吐き出すだけじゃない。力を溜め込んでいたんだ、まおの蜘蛛のように。……それが今解放された。本当の神剣となったんだ」


蛹から蝶に生まれ変わるように、剣は新たな姿を現し始めた。

黄金の光を帯び、輝く太陽のように。


「そしてこの槍だ。ここに宿っているのはモードレッドだけじゃない。ジョチをはじめ、幾千もの子供たちの魂が宿っている。剣斗さんが槍に導かれ、あの島へと辿り着いた話は聞いたな。あれは必然だったんだ。ナギに、お前と子どもが繋がっていた肉片に引き寄せられ、やって来たんだ。故郷に還るように」


槍は青白い光を放ち始める。

その光は異世界の揺らぎを思わせた。幻想郷である月の如く。


「この槍は、数十万の軍勢にも匹敵する」


槍を高く掲げる。誇らしげに。


「俺たちの力は、ブラックホールを内包するあいつらにも、引けは取らない!」


高らかに、自信に満ちて、声をはりあげる。



「決着を…………つけよう」




俺は決意を口にする。

自分自身に言い聞かせるように。怯む気持ちを打ち消すように。

ついに、次回最終回です。長かった旅も、ようやく終わりを告げます。

是非この物語の最後をご覧ください。お願い致します。


最終話、8月16日(金)に投稿予定です。

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