神の子
瓦礫と化した戦場跡は、先程までの爆音が嘘のように沈黙を守っていた。
地に伏す坂口も、金塔のモニターシステムも、物言わぬ残骸となっていた。
俺とつぐみも、言葉を発する事が出来なかった。
そんな世界に、壊れた入口から誰かが入ってきた。
「ただいま戻りました。そちらはどうなりました?」
疲れた顔をした水瀬だった。こいつがこんな顔をするのは珍しい。
「終わった。金塔 操、坂口 金児、木羽 茨姫、みんな葬った。……そっちは?」
「水瀬 羽月と火野 柚月、消滅させました……」
「そうか……」
……みんな、疲れていた。
コツーン、コツーン。革靴の音が暗闇に響く。
三人は揃って音の方向を見る。音は壁の中からしていた。
何もなかった壁がギィっと開く。隠し扉か。
執事服に身を包んだ、一人の男が現れた。
中央から分けた長い黒髪を垂らし、切れ長の目をした長身痩躯の男だった。
「ようこそおいで下さいました、皆さま方。主人の命によりお迎えに参りました。雷豪 皆人と申します」
男はそう言うと右足を引き、右手を体に添え、優雅に一礼する。
そしてゆっくりと頭を垂れた。
「……お見知りおきを」
男の目は、赤く輝いていた。
雷豪 皆人、敵の首魁じゃないか。何でこんな奴が一人で出張ってきやがる。
俺たちは警戒を最大限にまで高めた。
「信用頂けないようですね、悲しいことです。このままでは主人の命を果たすことは難しそうです。……やむを得ません。私の腕を千切り、お納め下さい。それをもって赤心の証とさせて頂きたく存じます」
雷豪はそう言うとすっと両腕を前に突き出した。
「右腕にしますか? 左腕にしますか?」
何の気負いもなく、そう問いかけてくる。
背筋が凍った。その行為にではなく、その心情に。人間のものでは、ない。
「もういい。そっちの思惑に乗るのはまっぴらだ。……なにがしたい。貴様の目的は、何だ」
「これは異なことを。私の目的は主人の望みを叶えること。そして主人が望んでいらっしゃるのです、『皆さまに会いたい……』と」
陶酔に浸るような笑顔だった。世界を、そして自分自身も欺くような。
「樹さん、行きましょう。行かなければ、先に進めません。どの道ラスボス部屋には行かなけりゃあならないんです。案内してくれるんなら、渡りに船です」
水瀬が重い空気を吹き飛ばすように、明るい声で言う。
くすっとつぐみが笑う。
「そうね、どのルートを辿っても罠はてんこ盛りでしょうからね。だったらこいつに付いて行くのが手っ取り早いわ」
女性陣の二票が入ったようだ。力なき男性陣の一票は意味をなさない。
「行くぞ、案内しろ」
雷豪の先導で、俺たちは隠し扉から奥深くへと進んで行った。
細長い洞窟だった。上は3メートル、横は2メートルといったところか。
俺たちは縦一列となって進んで行く。前から水瀬、つぐみ、俺の並びだ。
雷豪が襲いかかってきた場合一番頼りになるのは水瀬の防御力だし、後方からの奇襲は俺が防ぐ。
俺たちは暗闇の中、静かに進んで行った。
「ねえあなた、『みー坊』でしょう」
前を進む雷豪の背を眺めながら、水瀬は唐突に話しかける。
「何のことですか……」
つかみどころの無かった冷静な雷豪が、僅かな動揺をみせた。
「ししょー、『剣斗』さんっていった方がいいのかな。あの人から伝言を預かっているの。『この十年、顔を見せない薄情な弟子がいる。もし会ったらそのどてっぱらに一発喰らわせて、手土産持って顔見せに来いと伝えてくれ』って。あなた『みー坊』こと『皆斗』でしょう。剣斗さんから『斗』の一字を与えられた」
「『皆斗』ですか、その名はお返ししました。穢れなく人々を導く北斗の星を表す『斗』……私には相応しくありません。今の私は『皆人』です」
ふっと、吐き捨てるように雷豪は言う。
俺たちは、そのまま無言で歩き続けた。
「……正人は、どうなりました」
暫くの沈黙のあと、雷豪はぼそりと洩らした。
「『藤崎 正人』です、S病院を襲った。彼も剣斗さんの弟子でした。私と同じく『斗』の一字を与えられ、かっては『正斗』と名乗っていた。……どうなりましたか」
苛立ちと不安を混ぜ合わせたような声で来迎尋ねる。
水瀬はきょとんとした顔で聞き返す。
「正斗? 『まー坊』のこと?」
どうやらそいつの事も、水瀬は剣斗さんから聞かされていたようだ。
だが水瀬は、そいつの最期を知らない。
ならば、俺が答えるしかないか……。
「……死んだ。清原に倒されて……」
俺は重い口調で言った。
「清原? 『清原 宗信』ですか? あの正人の養い子の!」
雷豪は目を吊り上げ、俺を見る。まるで宇宙の真理を崩されたかのように。
「そう……ですか」
なにか納得したような声をあげ、目を閉じる。
「うらやましい……」
天を仰ぎ、聞こえない位の小さい声で呟いた。
足元が岩から均された石畳へと変わった。
壁にはランプが灯されている。
通路も5メートル四方の広いものになった。
「あちらで、我が主人がお待ちしています」
荘厳な、意匠を凝らした扉が突き当りに見えた。
「どうぞお入りください」
うやうやしく身をかがめ、雷豪が取っ手を持つ。
ギィ―と重い音を出し、扉が開いた。
眩い光が飛び込んでくる。
その中に、10歳くらいの少女が立っていた。
真っ白な、平安貴族みたいな狩衣を纏って。
「お久しぶりです、皆さまがた。お会いしとうございました」
少女は透き通るような声で挨拶し、涙ぐむ。
邪気は、まったく感じられない。
だが彼女は戸惑う俺を見て、さみしそうに言う。
「お忘れですか……。まあ仕方ありません。最後にお会いしてから、私の面立ちも変わりましたから」
俺は必死に記憶の扉を開ける。なにか引っ掛かるものはあるが、思い出せない。
「『まお』です。覚えていらっしゃいませんか? この名はあなたが付けてくれたんですよ、タツキさん」
何故タツキの名を。その名は俺たち三人と柚月以外は知らないはずだ。
「ミクさんもナミさんも、そんな所に立ってないでお掛けください。お話したいことが、いっぱいあるんですよ」
すらすらと、あの世界のつぐみと水瀬の名まで紡ぎだす。こいつは、何者だ。
天真爛漫な笑顔で『まお』は俺を覗き込む。
「まだ思い出せませんか、タツキさん。ちづ様にあやかって、『ちづが千年の都ならば、この子は万年も咲く桜のように』と『万桜』と名付けてくれたのを。ちづ様が初めてされた『お務め』の日に」
思い出した! その日のことが、頭に甦る。
代を継いだ神子が最初にする『お務め』は、産まれたばかりの次代の神子への祝福だ。
そこで次代神子は先達から名を与えられる。
ならばこの子は――。
「改めまして、皆さまがた。当代神子――『まお』です!」
神々しく、妖しい笑顔で、彼女は嬉しそうに言った。
ついにラスボス登場です。ラストまであとちょっと。最後までお付き合い下さい。
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