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ホムンクルス

二人が突進してくる。金塔(かねとう) (みさお)坂口(さかぐち) 金児(きんじ)だ。

一人が後方で待機している。木羽(きば) 茨姫(しき)だ。


意外だった。『パペット・マスター』、その名から金塔が後方で指示を出すものと思っていた。


俺とつぐみは半身(はんみ)に構え、お互いの背を重ねる。

金塔と坂口が左右から攻撃をしてきた。


ぶん、と重い音を鳴らしながら、坂口の斧が横なぎに斬りつける。

つぐみはそれを剣に当て、するりと剣の向きを変え、力を受け流す。


鋭い光を放ちながら、金塔の剣が迫る。

俺は槍の穂先で剣を絡めとり、はじき返す。


敵の初撃は(しの)いだ。だが金塔の口元は、にたりと吊り上がる。


「今よ、茨姫!」 金塔が呼びかける。

合図と共に、床から大木ぐらいの太さがあるツタが無数にとび出してきた。

予想の内だ。俺は冷静に待ち構える。

だがツタ達は俺たちを遠巻きにするだけで、接近してこない。


どういうつもりだ。嫌な予感がする。


ツタから、むくむくと蕾みたいな物が持ち上がってきた。


蒴果(さくか)!」


木羽の(さけ)びに、蕾が弾ける。鳳仙花(ホウセンカ)が弾けるように。

誘爆するみたいに、次々と弾けた。あらゆる方向から、無数の弾丸が飛んできた。


やばい! 俺はつぐみを抱きしめ、庇い、弾丸を撥ね返す。

数が多すぎる。俺は致命傷は避けること、つぐみに当たらないことを優先し、迎撃する。


長い攻撃が終わった。

なんとか凌ぎ切った。

つぐみは無事だ。俺がかすり傷を少し負っただけだった。


「こんなもんか、お前らの力は」


俺は挑発するように金塔に言う。


「こんなもんよ」


勝ち誇った顔で彼女は答える。

その瞬間、俺は身体中から刺すような痛みを感じた。


一体なんだ。痛みの元に視線を向ける。

痛みは、蕾の弾丸で負った傷口から生じていた。

そんなに深い傷ではなかった筈だ。こんなダメージを受ける事はあり得ない。

不審に思う俺の目に、異様な光景が飛び込んで来た。


確かに傷は大した事はなかった。

だがその傷口から、ニュルニュルとした物が何本も生えてきていた。

おびただしい数のツタであった。



「過去の成功体験って厄介なものね。また同じ成功を収める事が出来ると思い込んでしまう。茨姫の持ち味は『後方からの奇襲』。真っ正面からの勝負は本分じゃないのよ。S病院での戦いは、完璧に茨姫の戦略ミス。それを相手の実力だと認識した貴方の負~け。後悔の涙に埋もれながら苗床になりなさい」


酷薄な笑みを浮かべながら金塔は語る。

罠にかかった獲物を見る目だ。


「成程、ご教授痛み入る。それではこちらからもお返しに一つ。……止めを刺さず勝ち誇ってんじゃねえぞ、間抜け。殺せる時に殺せ! 後悔の涙をまき散らしながらハンカチでも噛んでろ」


「はァ”?」


泣き喚く、恨み言を述べる、そういう反応を予想していたのだろう。

金塔は乙女には相応しくないドスの効いた声をあげた。


「つぐみ、ちょっとだけ離れていてくれ。何があっても合図するまで近づくんじゃないぞ。……俺を信じろ」


つぐみは心配そうな顔をしながらもコクリと頷き、俺から離れる。

さてと、俺は神経を集中する。この技を使うのは久々だ。

はぁ―ぁ。気が全身に巡る。

点火(イグニッション)!」 俺の叫びと共に、身体中から炎が立ち昇った。


「自爆でもするつもり!」


金塔は警戒し、距離をとる。……そうじゃない。


俺の全身が燃えてゆく。めらめらと、全ての物を巻き込んで。

傷口から生えていたツタも、悲鳴をあげる様に踊り狂っていた。

灰と化し、黒煙を舞い上げ消えてゆく。

燃えろ、根こそぎ、跡形も無く。

浄化の炎は冥府に還す送り火のように、無情に燃え盛る。


俺に巣食っていた物は、消滅した。


「ざっと、こんなものだ。耐火使用の服にしておいて良かった。危うく真っ裸(まっぱ)になる所だった」


金塔は呆れた顔をする。「心配するとこは、そこ?」って顔だ。


「まったく兄さんは……。シャワーで汗を流す感覚で、あの技を使わないで下さい。見ているこっちが気が気じゃありません。ビジュアル的に心臓に悪いんですよ、あの技は」


つぐみがジト目で睨めつける。


「悪かったな。けどあれは、防御だけじゃないんだ。……見ろ」


俺は顎でそれを指し示す。そこには苦痛に悶える木羽がいた。


「ぐぁぁぁぁぁ―」 目を見開き、喉を掻きむしり、断末魔のような悲鳴をあげていた。


「俺の傷口から生えていたツタは、木羽と繋がっていた。だからこそあんな力を発揮出来たんだ。けどそれは諸刃の剣だ。ダメージを負えば、本体へと逆流する」


俺は冷たい声で言い放つ。勝利の高揚も気負いもない。


「そしてそれに、あいつは耐えられない。覚えているか、異世界での人工生命体(ホムンクルス)たちを。あいつらは、優れた力を持っていた。だが短命で、生命力に乏しかった。……あいつも、一緒だ。ゲノム編集され、造られた存在。脆く、儚い存在だ……」


俺たちの視線の先に、木羽がいた。

可憐な少女だった彼女は、どんどんと干からびてゆく。

まるで映画の早送りのように、老婆みたいな風貌に変わっていった。


「茨姫っ!」


そんな彼女に、金塔が駆け寄って行く。

金塔は横たわる木羽の手を取り、涙を流す。


「マスター、わたし……お役に……立てましたか……」


かすれかすれ、木羽はこぼす。


「……よくやったわ。あなたは自分の務めを立派に果たした。誇りなさい!」


木羽の手を握り締め、金塔は言う。


「……よかった。あっちに行ったら、オリジナルに自慢してやります……」


最後の力を振り絞り言葉を紡ぎ、目を閉じた。

その顔は、満ち足りた、幸せそうな顔だった。



「茨姫が作ったこのチャンス、無駄にしないで!」


金塔の叫びと同時に、上空から黒い稲妻が降って来る。

斧を振りかざす、坂口だった。


坂口は俺とつぐみの間に、斧を振り下ろす。

空間が、断裂した。


「上出来よ、キンちゃん。これで二人は切り離された。……茨姫のためにも、私たちは必ず勝つ!」




涙を流しながら口角をあげ、泣いているのか笑っているのか分からない表情で、金塔は迫ってきた。

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