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隠れた次元

剣を振り上げ、ドーム状の防御壁を斬りつける。

ぐにゃりとドームがたわみ、ぱんと押し返す。


掌を当て、魔力を流し込む。

力が拡散し、飛び散ってゆく。


厄介だな。術の分解をするしかない。

俺は溜息をつく。



「なかなかの物でしょ。羽月の防御結界は当代いちだからね」


金塔はにこやかに微笑みながら話しかける。

「よいしょっ」と勢いよく舞台から飛び降り、こちらに近づいて来た。



「あの二人、水瀬 羽月と火野 柚月は本物なのか?」


状況的には本物である筈がない。だがもし本物だとしたら、その可能性が僅かでもあるならば、水瀬は戦う事が出来るのだろうか。


「本物とか偽物とか、関係なくない? その在り方、力がそうであるならば、それは本物なのよ。誕生の経緯とかは関係ないんじゃないかな。パソコン上で、放置されたオリジナルと、加筆し改良されてゆくコピー品、どちらが本物と謂えるのかしら」


「身も蓋もない言い方だな。そこに到るまでの努力は、無視か」


「その想いも引き継げば問題ないでしょ。師から弟子へ、親から子へと引き継ぐのと何の違いがあるの。先達の知識・経験を流用したからといって、偽物とはならないでしょう。まあ、何の改善もせずに胡坐をかいて丸パクリするのは論外だけど」


温かみのない台詞に背筋が寒くなる。


「遺伝子操作……貴様がしているのは、それか」


俺は舞台に立っている木羽(きば) 茨姫(しき)に視線を向ける。

キャピッという効果音を背負った、小柄な中学生ぐらいの女の子だ。

数時間前まで戦っていた、長身で妖艶な美女の跡形もない。

だが纏う魔力は同質だ。巨大で生命力に溢れていた。

金塔は品質改良の感覚で、命を弄んでいるのか。



「うーん、半分正解、半分間違い。遺伝子操作は確かにしているけど、それだけだと芸が無いじゃない。もっと深い考察を求む。要再提出!」


「不出来な生徒にご教授願えますか、先生」


「あっま―い。教えてあげる義理はありません!」


そりゃそうだろうな。仕方がない、奥の手を使うか。あまり気は進まないが。

柚月と同門と云うなら、この手が通じるかもしれない。


「『淫乱ピンク』って知っているか?」


金塔の眉がぴくりと上がる。


「なにそれ。アニメとかである、女性の人格無視の設定? きっも!」


「そっちじゃない。同人作家で今度メジャーデビューする、アレだ」


金塔はこれまでもかという程、目を見開く。


「何故その名を! もしかして貴方は……同志!」


ちげーよ。断じて違う!


「俺の知り合いに『絶壁ブルー』という奴がいる。……情報交換といかないか。メジャーデビュー新刊の情報を教える。その代わり、俺の質問に答えてくれ」


「『絶壁ブルー』様! その名が出るという事は、貴方ホンモノね。……わかったわ、何でも答えてあげる。世界の内証でも、五行の枢密でも。あ、その代わり情報は先払いよ。その内容に応じて答えるから」


世界の秘事とBLの新刊情報が等価交換か。世界が軽いのかBLが重いのか。

自分で言っといてなんだが、やってられねえ。


「今度の新刊は、リーマン物。誘い受けで、ワンコ系後輩が登場する」


俺は身を切る思いで情報を開示する。


「く~う。やっぱりそうか。そのジャンルは先生の得意分野だからね。けどワンコ系か。そっちはこれまであんまり書いてなかったな。デレデレなのかな? アマアマなのかな? でへへ……」


お気に召したようだ。脳内でなにかがスパークしている。

ひとしきり堪能したあと、涎を拭き、俺に向き合う。


「今度はこっちの番ね。まずは世界の構造から説明するわ。この世界は三次元ではなく、九次元であるという事は知っているわね」


何を言っている。この世界は縦・横・高さの三次元じゃないのか。


「素粒子を分類するのに、素粒子の紐の振動状態で計算すると、三次元では辻褄が合わなくなる。九次元でなければ整合がとれなくなる。ここまでは一般知識として広く知られている常識ね」


「『超ひも理論』ですね。限りなくその量が0に近い『隠れた次元』が存在するという」


つぐみが事もなげに答える。


「そう。私たちが畳の上を歩いていても、それは平面的な二次元にしか感じない。けれど小さなノミが歩いた場合、起伏に富んだ森のような三次元に見える。アレよ」


ああ、アレね。知っているよ、もちろん。……ホントだよ。


「私たち五行家は、その『隠れた次元』―『余剰次元』を解明するのを命題としているの。そこに内包された力を解放するために。私がしているのは、その一端よ」


これまで俺は魔術とか、この世界に存在しない力を使ってきた。

だがこの世界も、認識できないだけでそれに類する力が存在するのか。


「さっきの情報に対する見返りはこの位かなっ。さあ、次の情報をちょうだい!」


……この流れでBLの話をするのか。落差がひどい。


「作品のモデルだが、攻めは『藤崎(ふじさき) 正人(まさと)』配下の『清原(きよはら) 宗信(むねのぶ)』。受けは……俺だ」


言っちまった。本当に身を切った。


「清原って、あれよね。あのガチムチで、()っぱいの! やべっ、私の脳内変換()ィルターがフル稼働。()ェニックスの血がたぎるわー。神()さま、ありがとう!」


両手の指を重ね、手を握り、目をキラキラ輝かせて金塔は言う。

言ってる漢字を変換できる自分が、恨めしい。


「見返りを返さなくちゃね。何が聞きたいのかなっ」


「さっき貴様は『遺伝子操作だけじゃない』と言ったな。ならばそこに五行家の秘技を加えているのか。それは一体、なんだ?」


上気していた金塔の表情が凍りつく。


「流石にそれは教えられないよ。ネタバレ禁止!」


冷たい言葉が返ってくる。


「でも貰いっ放しというのもダメだよね。その代わり、貴方たちが知りたかった事を教えてあげる」


見透かすような視線を投げかけて来る。


「貴方たち、何千年も異世界を彷徨っていたそうね。水瀬のアホ娘が言っていたわ。普通なら中二病もいい加減にしろって言うところだけど、私はそうは思わない。……『ブレーンワールド』って聞いた事がある? 私たちがいる三次元空間は、高次元空間に浮かぶ一つの大きな(ブレーン)にすぎない。そして高次元空間には、私たちがいる三次元空間以外に別の世界(ブレーン)が存在するというやつ。そこにはこの世界と違う物理法則が働いている」


淡々と、表情の無い、一種の薄気味悪い声で語り続ける。


「そこに迷い込んだというのなら、説明がつくんじゃない。歪な時間の流れも、この世界には存在しない力も。(ちな)みにそれは私たちが追い求めている物と同質でもあるわ」


彼女の言う事は理路整然としていた。

だが俺の心には、疑念の泡がぽこぽこと湧いてきた。


「じゃあこの槍はどう説明するんだ。明らかに異質な力を放っている。この世界に存在しない筈のものだろう」


俺は聖槍を前に突き出す。

穂先の周りの空気はゆらゆらと陽炎のように揺れている。


「知らないわよ、そんなこと。大体貴方たち自体が行き来することがおかしいでしょう。何か抜け道があるのよ。ひもにも二種類あって、糸みたいな『開いたひも』はこの世界のブレーンにくっついて別のブレーンに行けないけれど、『重力子』の様に輪ゴムみたいに『閉じたひも』はブレーンを離れて高次元空間を行き来できると聞くわ。何か違う存在に変換されたんじゃない」


あの六角のパネルと暗闇の空間を思い出す。

あれはそういうシステムだったのだろうか。



「まっ、こんなところかな。これで貰った分の情報は返せたかな」


金塔は両指を絡め、掌を天に突き出すように腕を伸ばし、一仕事終えたような顔をする。


「足りないな、もう一つだけ答えて貰おうか。……五行家の『火』、『水』、『木』、それを複製して何を望む。真理への探究か? 神へと至ろうとしているのか?」


「……それこそ、トップシークレットだよ」


冷ややかな笑顔で素っ気なく答える。


「さあ、お話はこれまで。後はそれぞれのやるべき事を果たしましょ」


金塔の後ろに二人の人影が近づいて来る。

影は金塔の両横に立つ。

三人は並び、俺たちに鋭い視線を向けた。



雷豪(らいごう) 四柱(しちゅう)が一人、坂口(さかぐち) 金児(きんじ)!」


華奢な躰に不釣り合いな巨大な斧を持ち、名乗りをあげる


「木羽家当主、木羽(きば) 茨姫(しき)!」


15歳ぐらいのあどけない少女が、透き通るような声を出す。


「そして金塔家当主、金塔(かねとう) (みさお)。……貴方たちを消滅させます!」


迷いのない決意に満ちた声で、突き立てるように言い放った。

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