レゾンデートル
「あ~あ、無茶するわね―。ステージが台無しになっちゃった」
不機嫌な顔をした金塔が、散乱した舞台上から言葉を投げかける。
横には一緒に踊っていた四人がいた。
いつの間に着替えたのか、みんな黒い皮のノースリーブのシャツとショートパンツになっている。
「けどまあいいかっ。お陰で貴方達の特性も分かったことだし」
ニコッと金塔は微笑む。
「直感に優れた水瀬 芽衣。分析力に秀でた早川 つぐみ。奇抜な戦術眼を持つ神代 樹。……貴方達、いいチームね。さっきの対応はお見事でしたっ」
パチパチと手を叩く。自分の手駒を潰されたのに、彼女の表情には余裕があった。
「けどお馬鹿さん。自分達の手の内を晒しちゃって。パスの出しどころが分かっていれば、攻撃は無力化できるのよ。……こんな風にねッ」
金塔の言葉を合図に二つの影が飛び出した。
影は烈風のごとく俺たちに襲い掛かって来る。
「あぶないっ!」
いち早く反応したのは水瀬だった。
神速の速さで突出し、防御壁を出し敵をくい止める。
「なかなかええ反応やな、芽衣」
「柚月ちゃん、なんで!」
影の一つ、柚月がニヤリと笑う。
その姿に水瀬は戸惑いを隠せない。
「芽衣、ちょっとお話しましょうか。姉妹水入らずで」
もう一つの影が姿を現す。水瀬そっくりな顔をした、『羽月』と呼ばれる女性だった。
羽月は右手を高く掲げる。その掌からエネルギーが迸り、直径30メートルのドームが築かれてゆく。
三人はそのドームの内側に収まり、俺たちから完全に隔離された。
「さあ、これで貴方達の情報収集手段は失われた。情報のパスが届かなければ、攻撃もそれなりにしか出来ないものよ」
蟻の巣に水を流し込み、右往左往する様を眺める子供みたいな酷薄な笑みを金塔は浮かべた。
◇◇◇◇◇
「はっ」 私は張られた結界を力を込め拳で殴る。
結界はびくともしない。さすが水瀬家一の防御力を誇る羽月姉さまだ。
「無駄な事はおよしなさい。あなたの力ではこの結界を破れない事は、嫌という程知っている筈でしょう」
土煙のなか燐光を放ち、ひとつの白い影が近づいて来る。
言ってる言葉は険があるはずなのに、その声は穏やかで優しく愛情に溢れていた。
「……羽月姉さま」
私は震えるか細い声を出す。
「芽衣、あんまり私を困らせないで」
やるせないような悲しい声で羽月姉さまは呟く。
「世界の存続のためには、土蜘蛛の存在は危険すぎる。不安要素は取り除かなければいけないのよ」
「私に……つぐみお姉さまを見捨てろというのですか」
あまりの物言いに、私は拳を握りしめる。
「五行家の本分を思い出して頂戴。『陰陽互根』、世界の調和をとり、万物の生成消滅を見守るのが私たちの使命でしょう。そこには私情を挟む余地はないの。……世界のためには切り捨てなければいけないのよ」
めらめらと怒りの炎が燃え上がる。
羽月姉さまの言っていることは正しい。五行家の存在意義そのものだ。
昔の私なら納得しただろう。
だが、今は違う。
「なんでですか。なんでそんな風にして世界を守らなくちゃいけないんですか」
私の全身は、憤怒の炎に包まれていた。
これまで浴びてきた、世界を焼き尽くす劫火が乗り移っていた。
「姉さま。世界はね、脆く壊れるものなんですよ。どんなに一生懸命防ごうとしても、どんなに犠牲を払おうと、滅びるときはあっけない物です。どんな貢物を供えようと、願いは届かないんですよ」
私はこれまで見てきた何千という世界の最期を思い浮かべる。
「私はこれまで、数え切れない世界の最期をみとってきました。そこには滅びを助長さすものがありました。怨嗟です。世界を呪う負の心です。世界は何者かによって滅びるのではありません。滅びを望む者を作り出す事によって滅びるのです。あなたのやろうとしている事は、その怪物を産みだそうとしている事に他なりません!」
ちづの咆哮を、モードレッドの慟哭を、ジョチの渇望を、私は忘れることが出来ない。
「私は、つぐみお姉さまを守ります。あなた達から、そして魔の囁きから。決してお姉さまを魔に引き渡しません!」
私は揺るぎない気持ちで羽月姉さまに対峙した。
「芽衣~、聞きわけのないこと言うとったらあきまへんで」
もう一つの影が近づいて来る。
大太刀を肩に乗せ、長い黒髪をたなびかせ姿を現した。
「ええ子やから、うちらと一緒に行こ。つぐみはんの事も、悪い様にせえへんから。世界があってこそ、うちらも生きていけるんとちゃうの。そこんところ、取り違えたらあかへんで」
私の記憶通りの柚月がそこにいた。
力強く生命力に溢れた柚月だった。
私は唇を噛み、涙を堪え、言った。
「羽月姉さま、柚月ちゃん。あなた達、自分が何者か知っているの……」
二人は怪訝な顔をする。
ああ、やはり解ってないんだ。
私は二人に哀れみを、こんな事態を引き起こした黒幕に憎しみを覚えた。
「羽月姉さまは今S病院で水瀬家の司令官として戦っている。柚月ちゃんは力を使い果たし、戦闘が出来る状態じゃない。そもそも何か月も寝たきりで、痩せ細っている。そんな姿じゃないのよ。……あなた達は、何者なの?」
私の言葉に、二人は雷を受けたように固まる。
「金塔家によって造られた『人工生命体』じゃないんですか、二人とも」
先程の人形とは系統が違うのだろう。
既存の細胞を増殖させ、記憶を移植させた人工生命体。
ここはバイオ工学の研究所といっていた。多分その研究の一環だ。
むかつく気持ちを抑えられなかった。
この二人は、本物の二人と何ら変わらない。
私に対する思いやりも愛情も、すべて本物だ。
その上で製作者の都合のいいように思考を誘導し、自分たちの駒として使っている。
反吐がでそうだ。
「芽衣、何を言っているの。落ち着いて!」
羽月姉さまは狼狽しつつも、自分の存在に疑問を抱いていない。……そうでしょうね。そういった安全装置は施しているでしょう。ならばっ。
私は剣を虚空から取り出し両手に握る。
「破っ!」
気合一閃、剣を振り下ろす。
「何を……しているの」
羽月姉さまが当惑の声をあげる。
私が斬りつけた場所は、二人のいる所とはまるで見当違いの場所だからだ。
だがこれでいいんです。
私が斬りつけた空間が、べろりと剝がれる。
そしてある光景がそこに現れた。
「防御壁展開!三秒後に消失させます。カウント終了後、総攻撃。スリー、ツー、ワン、攻撃開始!」
味方を守りつつ、指揮をする羽月姉さまがいた。
「チャーリーはB2ポイントへ、ブラボーはF7ポイントへ向かえ!」
車椅子に乗りながら部隊配置を行う柚月ちゃんがいた。
「今現在、本物の二人が行っている戦闘の映像です。周りにいるのは火野家・水瀬家・八百比丘尼の連合軍。敵は木羽家と雷豪派。……見覚えあるでしょう。兵も、そしてあそこにいるあなた達の戦い方も。あなた達ならわかるはずです。あれは自分だと。ならば、あなた達は一体何者なのですか?」
残酷な質問を私はする。……答えは決まっているのだから。
二人は蒼白となり、言葉を失う。
「ある意味、あなた達も本物の羽月姉さまであり、柚月ちゃんです。けれど、私はあなた達を倒さなくてはなりません。……ごめんなさい」
私は涙を流しながら剣を構える。
「水瀬家 第三席、水瀬 芽衣。参る!」
こんな哀しい名乗りは、初めてだった。