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マッド・ティーパーティー


「うがぁ――――――――」


フラッシュバックする昨日の光景に耐えかねて、俺はオフィスで奇声をあげていた。ガンガンと頭を机に打ち付ける。だめだ消えねえ、この記憶。海岸で花火をバックに彼女を抱きしめる俺。

なんてことをしやがったんだ、昨日の俺。雰囲気に流されたなんて言い訳にもなりゃしねえ。

けどな、しょうがねえだろ。あのつぐみの想いを、哀しい願いを聞かされて突き放すなんて真似、俺には出来ない。

いかん、絡めとられていく。なんとかせねば。



「今晩付き合えよ。F社の受付嬢との合コン、仙道が急な出張で一人足りなくなったんだ」


小鳥遊の奴が男性社員に声をかける姿が目に入る。

俺の顔からすっと表情が抜け落ちる。

街灯に引き寄せられる蛾のようにゆらゆらと小鳥遊に近づき、がしっと肩に手をかける。


「お、おうどうした。悪いが今忙しいんだ。また後でな」


一瞬俺を振り返ったが、すぐ話しかけていた男性社員の方を向こうとする。


「……行く」


「は?」


小鳥遊は間抜けな顔で俺に振り向く。


「だからその合コン、俺も出る」


「……いいのか、昨日の彼女、大丈夫なのか」


胡乱な目で俺に訊ねる。


「彼女じゃねえ!断じて彼女じゃねえ!」


そう、そうなんだ。俺とあいつはそんな関係であってはいけないんだ。




「かんぱーい」


5対5の合コンが始まった。流石大手企業の受付嬢、女子のレベルは非常に高い。

その中でも群を抜いて可愛い子が二人いた。

楢崎(ならさき) (しのぶ) と 西條(さいじょう) 那奈子(ななこ)

夜陰のような黒髪に、とろけそうな甘い瞳の、「純情可憐」といった面持ちの楢崎さん。

刺すような鋭い目つきで、だがそれが冷たさではなく凛とした印象を与える西條さん。

どちらも違うカテゴリーで、最高峰に位置するともいえる存在であった。

この二人の争奪戦は熾烈を極めるであろう。……そう思っていた。最初は。


いまその一角「西條 那奈子」が俺の隣にいる。


特に俺がアプローチをかけた覚えはない。

なぜこうなったか、戦況を報告しよう。

猪突猛進の怖いもの知らずが楢崎さんに突撃。先陣争いに遅れまいともう一人が参戦。楢崎さんに対する挟撃が始まった。その横で、争いには縁遠そうな穏やかな二人の男女が交流を深め国交を樹立。そんな中、我が世の春を謳歌したのは小鳥遊である。女性陣が一人多くなった状況に乗っかかり、両手に花を侍らせ幸せの絶頂にあった。


結果、あぶれた俺と西條さんが隣り合い、杯を交わしている。




グラスをカランと鳴らし、西條さんは呟く。

「きみ、なんでまたこんな所に来たの?」


心の奥底まで見通すような目を俺に向ける。


「もちろん新たな出会いを求めてだよ。真剣で健全なお付き合いが出来ればなって」


嘘は言ってない。引き込まれそうな泥沼から這い出ようとしているのだ。このままではいけないんだ。、つぐみにとっても俺にとっても。俺がしっかりとしなければならない。その為にも俺をつなぎとめてくれる確かな繋がりが必要だ。それを求めて今日俺はここにいる。


「ふーん、嘘は言ってないみたいだけど、『彼女が欲しい!』て感じでもないわね。何かそういうギラギラしたものを感じない。どっちかっていうと厄介ごとに誰かを引き込もうとキョロキョロしてるみたい」


さすが受付嬢、人を見る目は確かだ。


「宗教とかマルチ商法とかじゃないでしょうね」


心外だ。えらい疑惑をかけられていた。


「断じてちがう!詳しくは言えないが、俺は幸せのため心の支えとなる彼女を必要としている。それだけだ、俺が求めているのは」


西條さんは俺の目を口を頬を手を、全ての感情が溢れ出す場所を見つめ、ふっと溜息を漏らし言った。


「わかった、変な下心は無いみたい。悪かったわ。お詫びに彼女を作るの協力してあげる。……楢崎の攻略法、教えてあげようか」


この西條さんに並ぶ美形の楢崎さん。その攻略法を伝授してくれるって?マジか。


「けど楢崎さん、いま二人と楽しそうに話してるだろ。あの中に入っていけるのか?」


楢崎さんはニコニコと男二人に挟まれて話をしている。


「ああ、ありゃ駄目よ。あんなんじゃ楢崎を堕とせっこない。やるだけ無駄」


「無駄ってことはないだろう。話していけばお互い打ち解けるんじゃないのか」


下心にまみれた熱愛だが、男としてあいつらの情熱がいじらしく感じる。


「断言出来るわ、あのやり方では楢崎に響かない。プールに釣り針を垂らすようなもの。戦争は戦力の多寡ではない、どう運用するかなの。戦いは始まる前に終わっているのよ」


確信に満ちた声できっぱりと西條さんは言う。ここまで言うのなら余程の裏付けがあるのだろう。



「それを実行するかどうかは別として、後学のためにその攻略法を教えてくれるか」


西條さんは邪悪な微笑みを浮かべ、語った。


「こう言えば一発よ。『3〇しよう』って」


俺は吹きだした。


「3〇っていっても、女2男1じゃないよ。男2女1の方」


「逆ハーレムが趣味なのか?」


「厳密には違うかな。『百合に挟まる男』って知ってる?」


「なんとなく」


「楢崎が憧れているのはその女性バージョン。『BLに挟まる女』ってとこ」


BLTサンドか。トマトはどこにいった。


「ちょっと待て。ならば楢崎さんとそういうことになるということは」


「うん、男同士の絡みも求められるだろうね」


なんてこった、リターンとリスクがえげつない。


「同人誌でその手の小説書いていて、今度リーマンもので商業デビューするって言っていたから、取材したい気持ちはMAX。今誘いをかければ楽勝よ」


「誰が誘うか。恐ろしすぎる」




「ま、みんな多かれ少なかれ、業を背負ったものなのよ」


「君もそっちの人なのか?」


「ううん。私はBLには興味なし。私が興味あるのは……」


西條は俺の耳に口を近づけ、潤んだ声で言った。


「ねえ、貴方の知り合いで、奥さんを亡くした50代の人はいない?」



またえらい死角からパンチが飛んできた。



「後妻業とかいうのなら協力できんぞ」


「ちがう、ちがう。後妻業ならもっと高齢を狙うでしょう。単に私の趣味。その年代の人って若い男みたいにがっつかないし、話も聞いてくれる。これまでの人生で刻まれた哀愁がまた堪らないのよ」


目をとろんとして、口からはよだれが垂れている。こいつマジもんだ。


「結婚相談所でもマッチングアプリでも後妻業って疑われて上手くいかないの。仕方ないから合コンにも出て、奥さん亡くしたおじさまがいないか聞いているんだけどね」


小鳥遊がこいつを俺に押し付けた理由がよく解った。そりゃあ不毛だわ。




皆の話す喧噪が、洞窟の中にいるようにこもっていく。

ここは色とりどりの欲望が溢れる、不思議の国のマッド・ティーパーティー。


「楢橋 忍」と「西條 那奈子」は現実世界[恋愛]で同時連載している「スノーホワイトは増殖する」に登場しているキャラクターです。よろしければそちらもご覧ください。


皆様の声援が連載継続への大きな力になります。ブックマーク、下段の星評価「いいね」をよろしくお願いいたします。

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