波
「Ready to go。 Ready to go。 For flying~」
アップテンポなEDMの曲が流れてきた。
ステージ上では先程の五人が歌っている。
そのリズムに合わせるように敵が押し寄せてきた。
『人形遣い』、金塔はそう名乗った。
ならばこの押し寄せる敵は、あいつの『人形』という事か。
確かにこいつらは人間ではない。
のっぺらぼうのような風貌だけでなく、動き自体が人間と違った。
まず、正面も見ずに攻撃してくる。
そもそも目が見当たらないので、正面を見ずというのが不適当ではある。
それでも何某かの感覚器官はある筈で、それが対象物を正面に捉えるのはセオリーだ。
だがこいつらは訳が分からない。
思い思いの方向を向いている。上下左右、ひどい奴は背中越しに攻撃してくる。
また関節が無いように腕や足が曲がるので攻撃が届き、始末に負えない。
そして、こいつ等の連携だ。
まるで五本の指が連動するみたいに、一つの動きとなって襲って来る。
チームプレイの域を超えている。
一つ一つは大したことはないが、一塊となった時、厄介な相手だと言わざるを得ない。
どうしたもんか、俺は思案に暮れた。
「うーん」
そんな俺の横で、水瀬が眉間に皺を寄せ考えこんでいた。
そして「うんっ!」とふっ切れた表情を浮べ、懐から何かを取り出す。
「ほいっ」という言葉と共に、それを三個ばかり床に投げ捨てる。
安全ピンが抜かれた手榴弾であった。
コロコロと俺の方に向かって転がって来る。
ばか野郎! なにしやがる。
手榴弾は炸裂し、破片が飛散する。
俺は急いで回避する。
身を躱し、槍で弾き返し、事なきを得る。
「水瀬、てめえ何考えていやがる!」
俺は感情を爆発させた。……当然だろう。
「やっぱりそうか!」
水瀬はそんな俺の怒りを気にも止めず、得心した顔をしていた。
俺はその表情に只ならぬ物を感じ、問うた。
「どういう事だ。」
「……樹さん、今の爆発どうやって認識し、防ぎましたか?」
質問に質問で返された。だが水瀬の表情は真剣そのもので、その返答に意味があるように思えた。
「どこかのアホがパイナップルをこぼし、その汁が飛び散るを見て、躱し、払いのけた」
「そうですよね。普通はそうですよね。……けど、あいつらは違いました」
水瀬は顎で敵を指す。
そこには爆発に巻き込まれながら、無傷であった人形たちがいた。
「あいつらは手榴弾が転がっている時は無反応でした。そして爆発した瞬間から回避行動にでました。
それも正確に。まるで全ての破片の軌道を理解している様に。陰に隠れた破片を捉え、ぶつかり合う跳弾も予測している様に」
「……どういう事だ」
俺は水瀬の言う意味を計りかね、問う。
「うまくは言えません。けど、こう感じました。……こいつらは『音を見て、光を聴いている』と」
『音を見て、光を聴いている』? どういう意味だ。
こいつの物言いは感覚的で、理解に苦しむ。
「ああ、そういう事なのね!」
隣で聞いていたつぐみが、突然大きな声をあげた。
「つぐみ?」
訝しがる俺に、つぐみは晴れやかな顔をする。
ずっと思い出せなかった名前が、ようやっと頭に浮かんだようなスッキリとした表情だ。
「兄さん、音も光も波動の一種だとは知っていますよね。突き詰めれば同じものです。けど私たちは、音をあまりにも大雑把に捉えています。振幅の大きさで音の大きさを。振動数の多さで音の高さを。波形で音の音色を。……私たちの耳は、その位の情報処理しかできていません」
言われてみれば確かにそうだ。考えてみた事もなかった。
「それに比べて、光の情報量は莫大です。様々な色、輝き、数に表せない程のものがあります」
改めて自分の目に写るものを意識する。
俺の目に写る光景は、全てを読み取るには膨大で、刻々と移り変わってゆく。
「けれどもし音を視覚化出来るとすれば、それはどんな世界でしょうか。
まず、全ての物が見通せるようになります。光は障害物があると、届くことはありません。物の影に隠れると、見えなくなります。それに対して音は、障害物があっても届きます。光は直線にしか進みませんが、音は障害物を回り込み、回折して届きます。360度、いえ全ての空間を見通せるようになるんです。それはどんな映像なんでしょうか、想像もつきません」
全ての情報を立体化し、運動を予測し演算化された世界。それは、俺たちが見ている世界とは違うのだろう。人間は二つの目で物を捉え、立体視し、距離感を計る。それをあらゆる角度、位置から把握する。もはやモノクロとか3Dとかの違いではない。言葉通り、見ているものが違う。
だが一つの疑念が浮かぶ。なら俺たちは進化の過程で、何故その道を選ばなかった。
「兄さんの疑問は想像がつきます。これはとてもピーキーで、危険を含んだ選択なんです。音は、遠くまで届きません。遠方からの脅威には無防備です。種としての発展は厳しいでしょう。……けれど近接の闘いだけに限れば、無類の強さを発揮します。誰かの指揮に従い、限られた戦場に生きるのならば。……哀れな人形なんですよ。こいつらは」
憐れむようにつぐみは言った。
こいつらに意思はあるのだろうか。
あるのならば、何を望んでいるのだろうか。
俺は、やるせなくなった。
俺たちの気持ちをよそに、人形たちは攻撃を再開してきた。
その動きは予想しづらいものだった。
からくりが解ったといえど、こちらの呼吸や筋肉の変化まで読まれているようで、対応に苦慮した。
俺もよく使う手なので、それを敵に集団で使われるとこんなに厄介なものなのかと痛感した。
「どうします、兄さん。打つ手はありますか?」
つぐみが敵の攻撃を剣でいなしながら聞いてくる。
「ああ、シンプルな話だ。海の怪獣相手に、馬鹿正直に水中で戦う間抜けはいない。得意なフィールドに引き上げる、それだけだ」
「なに悪だくみしてるんです……」
俺の悪人面に、横で聞いていた水瀬が怪訝な目つきで呟いた。
「水瀬、この会場全体をドームで覆えるか? そんなに強力でなくていい、一層でもいい。そしてつぐみとぴったりとくっ付いて、防御の膜を張ってくれ。……出来るか?」
「出来ます! やります! やらせてください! 仕方ないですね、お姉さま。樹さんの指示です。わたしに息がかかるくらい、熱が伝わるくらい、しっかりとくっ付いて離れないでくださいね!」
水瀬は嬉々としてつぐみの手を握る。こんなに素直に俺の言葉に従うのを、初めて見た。
「兄さん、何をしようというんです……」
「ごく簡単な、理科の実験だ。中学生レベルの、化学とも呼べないものだ。」
俺はにっと笑った。
「さあ水瀬、やってくれ」
「待ってました!」
水瀬はそう言うとつぐみにしっかりとつぐみに抱きつく。
喜色満面でつぐみに頬ずりする。
「天国だ~ぁ」
幸せを反芻する水瀬に、俺は「コホン」と咳払いをする。
「チッ、ここまでか」水瀬は悪役みたいな台詞を吐く。
こいつ目的と手段が逆転しやがったな。
「ほいなっ」
水瀬の言葉に、部屋が青いドームに覆われる。
つぐみと水瀬が七色の厚い層の球体に包まれた。
相変わらずこいつの防御層は一級品だな。
さて、仕上げといこうか。
俺は槍を宙にかざし、叫ぶ。
「吸え、ロンゴミニアド!」
俺の言葉に槍は震え、大気が蠢いた。
大きな唸りをあげ、空気が駆けてゆく。
嵐のような突風が起きる。
敵は吹き飛ばされないように四肢を地に着け、必死に踏みとどまる。
風は床にある物を巻き上げながら吹き荒れる。
そしてそれは全て、俺に向かって進んできた。
四方八方から無数の弾丸となって押し寄せる。
俺は周囲に網のような防御網を張り、物体を撥ね返す。
その網を空気だけが抜け、聖槍がごうごうと吸いあげていた。
狙い通り。俺は歓呼の声をあげる。
さて、仕上げといくか。
俺は展開していた防御の網を解除する。もう嵐は治まっていた。
人形はのろのろと起き上がる。
だが奴らはそこから一歩も動けない。
自分が何をしたらいいのか分からないみたいに、途方に暮れていた。
俺は脚を踏み出し、駆け、人形を一つずつ斬ってゆく。
人形は何の抵抗も出来ず、あっけなく倒れてゆく。
あれ程手こずったのが嘘のようだった。
最後の一体を倒した。
「もういいぞ。先ずは会場を覆ったドームを解除してくれ」
俺は思念で水瀬に合図を送る。
ドームが消える。途端に外からゴゥッと風が吹いてきた。
「よし、お前たちの周りの膜も取り払っていいぞ」
二人の周りの七色の層も消えた。
「兄さん、大丈夫ですか!」
つぐみが駆け寄り、俺にしがみつく。
「心配ご無用。かすり傷一つない」
つぐみは俺の身体を撫でまわす。
「……よかった」
納得ゆくまで確認したあと、つぐみはほっと安堵の息をもらす。
「どんなペテンを使ったんですか。あれだけ攻撃を当てるのが難しかった奴らを、あんなにあっさり倒すなんて」
人形たちの残骸の山を眺めながら水瀬がやって来た。
「言ったろう、理科の実験だって。お前に会場を覆うドームを張ってもらい密室にして、その中の空気をロンゴミニアドに異次元に吸い出してもらい、この会場内を真空にした。知ってるだろう、真空では音は伝わらないって。音の無い世界は、あいつらにとっては暗闇も同じだ。案の定右往左往して、あっけなく倒せた」
種明かししてみれば、なんてことはない。実に簡単なことだ。
ただ付け加えるならば、あいつ等が画一的すぎたのが敗因だ。
多分あいつ等は自然発生したのでは無く、人工的に造られたものなのだろう。
だからこそ脆かった。
イレギュラーな事態に、同じようなアクションしかできなかった。
多種多様な反応から、正解を探ることが出来なかった。
集団として、弱かった。
俺のように異質な考えを持つ者がいれば、勝負はどう転んだか分からなかった。
俺の言葉につぐみと水瀬は顔を見合わせる。
「よくそんなアホな事思いつきますね……」
水瀬が冷たい目つきで睨み付ける。
あれ、おかしいな。そこは俺の叡智を褒め称える流れじゃないのか。
「兄さん、聖槍をダ〇ソンの掃除機みたいに扱うのは止めてください……」
「……モードレッドちゃん、泣いてるよ」
女性陣のバッシングを受ける。何故だっ。
箒が飛行装置になる世界があるんだ。聖槍が掃除機になる世界があって、いいじゃないか。
『ロマンチスト』と『実利主義者』の間には、越え難い高さの壁があった。