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魔窟

指揮官である田辺と木羽を亡くし、敵は勢い失いつつあった。


「東門、敵部隊を鎮圧」


「了解。敵反攻に備えつつ、北門に応援に向かえ」


このままいけば、敵を駆逐出来る。

希望の光が皆の顔に灯っていた。




「所属不明の軍勢、千。西門から押し寄せてきます」


新手か。弛緩し始めた気持ちを引き締め、身構える。



「心配あらへん。あれは味方や。火野家と水瀬家の軍勢や。お父はん、ようやっと来てくれはりましたんどすな」


柚月の言葉に、皆安堵する。

この状況で参戦するのが敵か味方かは、天国と地獄の違いだ。


「それ、本当に味方なのか。木羽は敵に回っていたんだぞ」


俺は最悪のパターンを考え、柚月に尋ねる。


「ここにうちらがおるのが、その答えやあらしまへんか。これでもうちらは火野家次期当主、水瀬家第三席や。そのうちらに真正面から戦いを仕掛ける事はあらへん。……もっとも芽衣にとっては、そうとも言えへんけどな」


柚月は意味ありげに水瀬を見ながら言う。


「どういう事? 柚月ちゃん」


キョトンとした顔で水瀬は問う。


「あんたんとこのお父はんと羽月(はづき)姉さま、えらい怒ってはったで。いつまで外をほっつき歩いているんだ、首に縄をつけても連れ帰るってな」


「ひぇ! 父さまはともかく、羽月姉さまはマズイ。あのヒト普段はおっとりとしているけど、その分怒らしたら手が付けられないんだから。柚月ちゃ~ん、何とかして」


水瀬はゴロニャーンと柚月にしなだれかかる。



「まったくこの子は調子のいい……。まあ今回は特別に助け船を出してあげまひょか」


「柚月ちゃん、大好き。愛してる――」


苦笑しつつも柚月は嬉しそうだ。

頼られるのが嬉しいのか、水瀬を助けてあげる事自体が嬉しいのか。



「ええか、芽衣。あんたはこれから樹はんとつぐみはんと一緒に、県境にある『足長山(あしながやま)』に行きなはれ。……そこに反乱分子の秘密施設がある。それをぶっ潰して来なはれ」


柚月の提案は、平穏とは対極に位置するものだった。

俺は思わず尋ねざるを得ない。


「こちらから仕掛けないといけないのか? それに秘密施設ってどういう事だ?」


「遺伝子工学、バイオ工学の研究施設や。そこでは陰陽道と現代化学を混ぜ合わせた研究をしてはるみたいや。敵はつぐみはんを生け捕りにしようとしてはりましたな。おそらくそこで実験体にしようとしてたんやと思います。ここを潰さんと、また同じことが繰り返されますで。総攻撃失敗で戦力が整っていない今が絶好のチャンスや。時間を置くと、態勢を整えられてしまいます」


……これは、行かざるを得ないな。

それに水瀬に行けと言ったのは、柚月の思いやりだろう。


この作戦は鎮圧ではなく破壊だ。

求められる戦力は量でなく質だ。

極端な話、核となる物を潰して、後は逃げ帰ってしまったらいいのだから。


奴らの目的であるつぐみが自ら出向くというのも危険が伴うが、そうも言っていられない。

神剣を扱えるつぐみは、敵幹部と渡り合える貴重な戦力なのだから。

柚月は力の全てをつぐみに渡し、動ける状態ではない。

清原も前線で深い傷を負い、治療を受けている。

他に戦力となるのは、俺と水瀬だけだ。

本来ならば俺とつぐみだけで襲撃しなければいけないのを、水瀬を回すと言っている。

切り札として水瀬は押えておきたい筈なのに。

……ありがたい事だ。



「いいのか、水瀬を回してもらって」


俺は申し訳ない気持ちで西條に聞く。


「何言ってんの。これからマスコミが押し寄せて来て、情報戦が始まるのよ。そこにあんな(アホ)がいてみなさい、何(しゃべ)られるか分かったもんじゃないわ。さっさとあの娘を連れて出発しなさい。ああ、それとこれもついでに持ってって。見つかると不味いから」


西條がそう言うと、奥から装甲車のような車が出て来た。


「防弾使用で、ロケットランチャーの攻撃も防げるわ。悪路走破性にも優れ、どんな急勾配でも、岩とか未舗装の道でも問題なく走行できるから、どんな所に行くかは知らないけど大丈夫でしょう。くれぐれも途中でマスコミとか……敵に摑まるんじゃないわよ」


その素っ気ない言葉の裏に隠された気持ちに、俺は思わず涙ぐむ。


「……ありがとう。なんて言ったらいいのか……」


言葉に詰まる俺に、西條は優しく微笑む。


「いい男っていうのはね、別れ際にこそ、その真価が問われるのよ。お礼も涙もいらない。ただ、『必ず帰ってくる』、そう言って安心させて、信じさせて」


澄んだ、清流のような声だった。


「何があろうと、必ず帰る!」


俺は迷いなく言い切った。




「西條はん、一緒に行かへんでよろしかったんどすか」


柚月は樹たちを見送りながら呟く。


「貴方も清原と同じような事を言うのね。私が行っても足手まといでしょう。私はあの子たちが帰ってくる場所を守るだけ……。さあ、あなたにも働いてもらうわよ。身体は動かなくても、頭と口は動くでしょう。頭脳労働する奴が足りないのよ、ここは。しっかりと働いてもらうからね」


「人使いが荒うおますな」


柚月はどこか嬉しそうだ。


「その代わり、ご褒美ははずむわよ。『淫乱ピンク』新作、『清原✕樹』の誘い受けワンコ系後輩モノ。それを発売前に進呈するわ。取材はバッチリ。これは、淫乱ピンクの代表作になるわよ」


「リアリィ? ほんまどすか! そらおちおち死んどる場合やあらしまへんな」


柚月の目がギラリと光る。西條はそんな彼女を見て苦笑する。

二人はがっしりと手を握り合った。






太陽が沈み始め、鈴をかき鳴らす様にひぐらしが泣いている。

人気のない林道を、俺たちは車を走らせていた。

K県とS県の県境にある『足長山(あしながやま)』、俺たちはそこにいた。

長く険しい峰が幾つも続いている。これが長い足に見立てられ、そう呼ばれているのだろう。


「目的地まで、あとどの位だ?」


俺はナビゲーターをしている水瀬に尋ねる。


「直線距離で約二キロ。そろそろ敵の索敵範囲内です」


「了解。これより車を降り、徒行(とこう)に切りかえる」


敵陣まであと僅かだ。

俺たちは緊張の面持ちで前に進む。




古びた、神社のような建物が見えてきた。

周囲に人はいない。スコープで確認したが、赤外線探知装置もなさそうだ。

俺たちは用心しながら塀を飛び越え、敷地内に侵入する。

大きな(やしろ)があった。

人がいない事を確認し、忍び足で近づいてゆく。

俺は二人に目くばせをし、重い扉を開いた。




扉を開けた瞬間、俺たちは光と音の氾濫に襲われた。


「みんな――、今日は私たちのシークレットライブに来てくれて、ありがとう――。さあ、一曲目いっくよ――。『流星群の下で』、みんなついて来て――!」


暗闇の中、光の浮島のようなステージがあった。

そこから光の帯が照射されている。

ドラムの固い音がかき鳴らされ、ベースの低い振動が響いてきた。


「夏の草むらに横たわり、僕たちは空を見上げていた。陽に焼けた草の匂い。流れてゆく風の音。そして満天の星だけが~世界の全てだった……」


ステージ上で一人の少女が歌っている。

黒地に金色の刺繍をあしらったショート丈のドレスを着ていた。

栗色の明るく長い髪、射るような鋭い目、一見すると冷たい印象を受ける。

しかしその口から紡がれる歌は、熱く、情熱に溢れていた。



ウオーと客席から歓声があがる。

赤、青、黄色……色とりどりのサイリウムが振られていた。


観客は(オーバー)(アクション)(ドルフィン)で 両手を左右に勢いよく振り、円を描きながら手を叩く。


「オイ、オイ、オイオイオイオイ……」野太い声が鳴り響く。



「星が流れた。幾筋もの光が走る」


Bメロに入った。

腕を高く上に突き刺す。そしてぐるぐる腕を回し、地面に突き刺す。

ロザリオだ。



「時よ止まれ。星よ流れるな。君よ何時までもこのまま傍にいて。これが僕の~ささやかな願い――」


サビに入った。観客たちのボルテージは最高潮。

手を勢いよく突き出す。突き出す位置を、下から上へと上げてゆく。

手首をくるくると回しながら、腕をぐるぐると何回転もさせる。

サンダースネイクだ。



ここは魔窟。ヲタ芸が暗闇に炸裂していた。



「……水瀬……」


「あれ、おっかしいな。確かにここの筈なんですけど」


確かにここは人外魔境だけどなっ。



曲が終わった。


「みんな――ありがとう――」


ステージ上の少女が手を振って叫ぶ。

そこにさっきまで横で踊っていた少女たちが集まってきた。



「さあ、メンバー紹介するよ――。癒し担当、羽月(はづき)――!」


スポットライトが一人の少女に当たる。

映し出されたのは、水瀬にそっくりな少女だった。

髪が水瀬より少し長く、大人びて、優雅な物腰だが、驚くほど似ていた。


「羽月姉さま!」


水瀬が驚愕の声をあげる。

やはりあれは水瀬の姉か。だがなんでここに?



次の少女にスポットライトが当たる。


「クールビューティー担当、柚月(ゆづき)――!」


俺たちは声も出せなかった。

柚月がここにいる筈がないのだ。何かがおかしい。



「キュート担当、茨姫(しき)――!」


先程倒したはずの木羽(きば)がそこにいた。

それもさっきまでの姿ではない。

身長は150センチぐらいで、どう見ても中学生にしか見えない。

指を頬に当て、キャピッという音を出している。

色んな意味でおかしい。



「そして――私たちのファイナルウェポン、男の娘(おとこのこ)担当、キンちゃーん!」


黒髪のおかっぱボブの少女にスポットが当たる。

恥ずかしそうに、照れながらペコリとお辞儀をする。

男の娘?



「最後に私、人形遣い(パペット・マスター)金塔(かねとう)家当主、金塔(かねとう) (みさお)――」


ウォーと一際大きな歓声があがる。

金塔はキッと目つきを鋭くし、俺たちに視線を向ける。


「そして今回の特別ゲスト、『樹&つぐみwith芽衣』――。みんな~歓迎してあげて――!」


観客たちがこちらを振り返る。

その顔には、何もなかった。

デッサン人形のように、つるつるとした顔しかなかった。


観客たちが持っていたサイリウムの光が消える。

現れたのは50センチ程の長さの短刀だった。



三百人の観衆が、俺たちに襲い掛かってきた。

『流星群の下で』という曲は、自作の歌詞です。

著作権の関係で素人が適当に作った歌詞ですので、お見苦しいかもしれませんがご容赦ください。


いよいよ最終ステージに入りました。最後まで書き上げるよう、応援よろしくお願いします

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