一心同体
確信していた勝利を覆された瞬間、その者の在り様が問われる。
「なんだ、その槍は。何故この髭切の攻撃を受け止められる!」
「神器はな、何千何万と有るんだ。お前が知らないだけでな。神器同士の闘いの経験はどの位ある? その闘いでは、神器をどの位理解しているかが勝敗を分けるぞ。……負ける気がしねえな!」
「舐めるなっ!何があろうと私たちは負けん!」
絶対の自信を持っていた攻撃が跳ね返される。その事実に衝撃を受けつつ、田辺は怯むことなく剣を振るう。
水瀬はつぐみの援護に向かい、木羽との闘いを行っていた。
「なんで貴方がここにいるの、芽衣! 貴方はあの島にいた筈でしょう。なんでこんなに早く駆けつけられたのっ!」
「愛のなせるわざでしょうかね、私のつぐみお姉さまへの。愛は時間を超えますの。さあ、お姉さま。やっちゃいましょう。このコスプレおばさんをやっつけて、ゆーっくりお話しましょう。お話したい事が山ほどあるんです……何千年ぶんも」
「ふざけんなよ、クソガキ。てめえがどんな経験をしてきたが知らないが、私が技を磨いてきた日々はそんなに軽かねぇ。みんながキャッキャウフフ青春してんのを尻目にやってきたんだ。ぜってぇ負けねえっ!」
「……水瀬、あんまり煽るのはやめなさい。なんか、憐れになってきた」
「ざけんな! 同情されるような人生は送ってねぇ!」
……あちらはあちらで、女の闘いが繰り広げられていた。
流れは完全にこちらのものだった。
水瀬が参戦し、三対二になっただけじゃない。
つぐみにはちづが、俺にはモードレッドが付いているんだ。負ける訳がない。
だが、油断は禁物だ。
勝利の目前こそが一番危険な場所である事を、俺はこれまでの経験で知っている。
田辺は攻撃をやめた。
俺の槍をただ剣でいなし、何かをじっと待っている。
嫌な空気が漂ってきた。
俺の連撃の息継ぎの瞬間、それは行われた。
時間にして刹那の間だったろう。
その瞬間、田辺は次元の刃を飛ばしてきた。
力のこもった、重い一撃だった。
俺は必死で槍で受け止める。そこに間髪入れず二撃、三撃と次元の刃が追い打ちをかける。
流石に防御に集中せざるを得ない。
俺の攻撃が一瞬途絶えた。それは奴に自由を与えた事に他ならない。
仕方ない。先手は諦める。だが後の先、カウンターは俺の得意とする所だ。
こい! 俺はあらゆる攻撃に備え、身構える。
だが、奴はその得られた優位を攻撃に使う事はなかった。
田辺は俺には目もくれず、つぐみ達の方向に駆けて行く。
しまった、あいつらの目的はつぐみだったというのに、俺は何をしていたんだ。
「お姉さま、あぶない!」
いち早く気が付いた水瀬が、木羽と交戦中のつぐみを抱え、退避する。
頼む! 避けてくれ。祈るように見守った。
「木羽ぁ――」
田辺は大声をあげて木羽に突進してゆく。そして木羽を抱きかかえ、俺たちと距離をとる。
どういう事だ。あいつの狙いはつぐみじゃなかったのか。
「あんた、どういうつもりなの。戦いの最中にこんな真似をして」
木羽も戸惑っている。予定していた作戦とは違うのか。
「俺を使え。俺と髭切の力を、お前が使え。お前なら出来るはずだ。意味は……わかるな」
澄んだ、迷いのない目で田辺は言う。
「なに……言ってんの。なに馬鹿なことを言ってんの。それがどういう事か、わかってんの」
木羽は動揺し、上擦った声で言う。
「承知のうえ!」
「なんでそんな事言うの。なんでそんな事、あんたがすんのよ!」
涙を浮かべ、声をかすらせ、慟哭のような呻きを木羽はあげる。
「お前は、女王だ。挫けず、跪かず、何者にも屈しない誇り高い存在だ。常に尊大で、常に傲慢で……。女王に尽くすのが騎士だろう。ただ、それだけだ」
細く、儚い月光のような笑みを浮かべ田辺は笑う。
「バカね。ホントにあんたは、救いようのない大馬鹿者よ……」
木羽は涙をぬぐい、目尻を下げ、か細い声でそう呟いた。
二人はじっと見つめ合う。言葉は、もう無かった。
お互いに歩み寄る。二人の間に距離は無くなる。
腕を互いの腰に巻き付け、ぐっと引き寄せる。
頬と頬を擦らせ切なげな表情を浮べる。
田辺は涼やかな、満足気な表情をしている。
木羽は愛おしそうに、切なさそうな顔をしていた。
そして唇を重ね……熱い口づけをした。
力強い口づけだった。お互いの存在をぶつけるような。
じゅるじゅるという音がする。貪り合うような音だった。
音が、突然変わった。
グワッシャという砕けるような音がした。
田辺の顎がひしゃげ、ズルズルと木羽の口に吸い込まれてゆく。
鼻が、額が、頭が次々に砕け、飲み込まれてゆく。
大きく開かれた木羽の口は、胸を、腕を、足を、田辺の全てを喰らいつくした。
「なにを……している」
俺はその悍ましい光景に、吐きそうになる。
木羽は冷たい目つきで俺たちを睨んでいた。
ビリッ、木羽の服が音を立て裂ける。
腹から何かが生えてきた。
胴ほどの太さもあるツタだった。もはや幹と言ってもいい。
先端は剣のように鋭く、硬質な光を放っている。
シュルシュルとツタは伸び、10メートルもの長さとなった。
木羽の足は体に飲み込まれ、無くなった。
そこに存在するのは上半身は妖艶な美女。下半身は巨大な蛇。
伝説の『ラミア』がそこにいた。
俺たちは、石のように固まってしまった。
「死ね」
端的に、強い意志を込めて、木羽は言い放つ。
鋭い剣のような尾が飛んで来た。
俺は自分を取り戻し、槍で防ぐ。
それは魔力を帯びた槍を両断するかのような斬撃だった。
「この攻撃は……」
俺は思わず口にする。
「田辺の次元切断よ。あいつは死んだんじゃない。私の中で生きているのよ、文字通りね」
木羽は凪いだ湖のように静かに言った。
「その力が田辺にあろうが、お前にあろうが、切ってしまえば関係ない!」
俺は槍でツタを刻む。長大な分、全てを防御する事は不可能だ。
槍はスパリと切り裂き、蛇身は両断される。
こんなものなのか? 俺は違和感を感じた。
「無意味なことを……」
木羽は少しも慌てていない。
どういう事だ。その意を捉えかね、木羽を見やる。そこには信じがたい光景があった。
無傷の木羽がそこにいた。
切断された蛇身もしっかりあり、そこには切り傷もなかった。
「なんの意味もなく、田辺がこれを私に託す訳がないでしょう。私の再生能力、田辺の次元干渉能力、それが一体化した時、それは不滅の存在となる。どんな攻撃を受けようと、他次元から再生を行えばそれは無かった事になる。根っこを残して草を刈っても、すぐ生えてくるようなものよ。……この力を渡す為に田辺は私に喰われた。それを、無駄にはしない。必ず貴様たちに勝つ。そうじゃなければ、あいつが浮かばれない……」
木羽は勝ち誇るのでもなく、涙を堪えるように滔々と話す。
「ならばっ!」
俺は攻撃目標を木羽本体に切り替える。
大元を潰せば、無限の再生も関係ない。
「もらった!」
穂先が木羽の心臓を貫き、背中を突き抜けた。
これで無事な生物はいない。
「甘いわね」
木羽はニタリと嗤い、刺さった槍の柄を掴み、勢いよく引き抜く。
血は噴き出るどころか傷口に吸い込まれ、抉られた肉も動画が逆送りされるみたいに、見る見る元に戻ってゆく。
「私たちは死なない、傷つかない、負けない。……そうでなければ、いけない」
木羽は、哀しそうに言った。
どうすればいい。どうすればこいつを倒せる。
途方に暮れている時だった。
「樹はん……」
俺を呼ぶ声がした。
柚月だ。柚月が西條に支えられ身を起こし、俺に呼びかけている。
立つことも叶わぬようだ。それでも力を振り絞り、呼びかけていた。
「『カムランの戦い』で、芽衣がパーシヴァルを倒したのを覚えてはりますか。あれや、あれならそいつを倒せる!」
柚月の言葉に、俺の脳裏に鮮烈な映像が浮かんできた。
あれか! エクスカリバーとアロンダイトを使い、次元の切断とその固定化を行ったあれか。
「ちづちゃんの刀とロンゴミニアドがあれば、きっと出来る。けどそれが出来るのはつぐみはんと樹はんしかおらへん。ちづちゃんの刀の力を引き出せるのはつぐみはん、ロンゴミニアドの力を引き出せるのは樹はんしかおらへんからや。確かにどんだけ難儀なことか、わからしまへん。同じタイミング、同じ動きをトレースするのは至難の業やからな。……けど、あんたはんらなら、絶対出来る!」
信頼と希望に満ちた目で柚月は言う。
俺とつぐみは視線を合わせる。
何も言わず、お互いコクリと頷いた。
「お姉さま、援護射撃は任せて下さい。私がやったアレ、如何に次元の奥深くまで到達できるかがポイントです。お姉さまなら、きっと出来ます。……樹さん、お姉さまの足を引っ張ったら、ただじゃ置きませんよ」
水瀬はつぐみに砂糖菓子のような声を、俺にハバネロのような声をかける。
「よし、行くぞ!」
俺たちは知恵と力を合わせ、一体となって敵に向かって行った。
「いっけえ――」
水瀬は魔弾を打ち込む。
雨あられと惜しみなく打ち込み、木羽の動きを封じ、俺たちが近づく隙を作る。
つぐみと俺は、舞う。
あの日、タツキとミクが舞ったように。
吐く息も、目線も、心臓の鼓動も、すべて合わせ鏡みたいにして。
タンタンターン、タンタンターン、同じステップを踏む。
くるくると、同じ軌道で円を描く。
剣と槍。持つ武器は違うはずなのに、それを感じさせない動きをする。
双子というか、比翼の鳥というか、一体となって木羽に迫っていった。
「何をするつもりか知らないけれど、私たちの繋がりを断つ事は出来ない!」
そう言う木羽の両手は、尾と同じ刃に変わっている。
それは、髭切と同じ匂いがしていた。
両手の剣が、俺とつぐみに襲いかかる。
俺とつぐみは、それぞれの武器で払いのける。
「本命は、こっち!」
鋭い剣を持つ尾が、唸りをあげて迫ってきた。
「想定のうち!」
俺は穂先と逆の先端部分、石突で尾を薙ぎ払う。
両腕が流され、尾が弾き飛ばされた。
いまだ。
言葉を発することなく、つぐみと俺は同じ行動をとった。
つぐみは右から左へと胴を剣で切り裂く。
寸分たがわず同じ動きで、俺も槍の穂先でその切り口をなぞる。
巻藁が斬られるように、胴から二つに身体が別れてゆく。
どすっ。大きな音を立て、木羽は大地に叩きつけられた。
手から刃は消えている。
「なんの。さあ戻っておいで、私の半身。まだまだこれからよっ」
上半身だけとなった木羽は、分かれた蛇身に呼びかける。
しかし、蛇身は動かない。
「どうしたの、おいで」
不安を帯びた声で呼びかける。蛇身の反応は無い。
木羽の顔は蒼白となる。
そして、そこで初めて気が付いた。己の身体から血が流れ続けていることに。
「なんで、なんで、なんでぇぇ――――」
幼子のような絶叫をあげる。
「……次元の繋がりを切断し、固定化した。もう、元に戻ることはない」
俺の言葉に、木羽は絶望の表情を浮べる。
そして数舜の茫然自失のあと、はっとした顔をした。
すると腹這いとなり、手で土を掴み、ズルズルと這ってゆく。
その先には、切り捨てられた蛇身があった。
まだ合体しようというのか。
俺は槍を構え、とどめを刺そうとした。
だがそれをつぐみが止める。
槍を握る俺の手を掴み、かぶりを振った。
「よく、見てください……」
つぐみは辛そうに、切なげな声をあげた。
つぐみの言葉に、俺は木羽を見る。
木羽が這ったあとには、びっしりと血の跡がうねうねと描かれている。
もはやその進みは牛歩のようで、流された血の量からも長くない事が見て取れた。
それでも一歩一歩進んで行く。
そしてようやっと、分かれた蛇身に辿り着いた。
木羽は手を伸ばし、蛇身を引き寄せ、嬉しそうに頬ずりした。
「ごめんね、負けちゃった」
涙を流しながら、笑いながら木羽は言う。
「なんて言って謝ったらいいのかな。せっかくあんたがここまでしてくれたのに……」
蛇身を両手で抱きしめ、切なげに言う。
「……ごめんね」
聴く者を締め付けるような声だった。
「……今度は……わたしたち……うまく……やろう……ね……」
そう零すと力尽きたようにコトリと頭を落とし、蛇身と寄り添うように眠った。
二人は、何者にも切り裂けない何かで繋がっていた。