集結
何百もの戦場を共にした者には、一体感というか信頼というか、お互いがしたい事、して欲しい事が伝わるものだ。
俺と柚月は敵に向けて並走する。
地面から巨大なツタが現れ襲ってくる。
俺は刀を振るう。刃には柚月が付与した炎が纏っている。
刃はツタを鋭く切るだけでなく、切口を焼き、再生を阻害する。
研ぎ澄まされた木の葉が、猛烈な速さで迫ってくる。
柚月は焔を飛ばし勢いを殺す。
俺はその燃え盛る葉を薙ぎ払う。
お互いがなすべき事を行う。
一つの存在となり、敵に立ち向かった。
「ずるいわね、二対一なんて。柚月、貴方いつからパートナーに頼る様になったの。『己の力だけで打ち倒すのが、五行家の在り方やおまへんか』って言っていたのは誰かしら?」
木羽はバックステップして後方に退避し、忌々し気に言う。
「戦場を知らんかった大昔の話や。勝つためには、使えるもんは何でも使うもんとちゃいますか。嫌やな、年寄りは。昔の思い出からアップデートでけへん。そんなんやからアラサーになっても、そんなコスプレみたいな恰好されはるんどすな。いや、えらい勇者はんやこと!」
柚月の煽りに、木羽のこめかみに青筋が浮かぶ。
「あ”、ころっすぞ、クソガキ!」
どうやら逆鱗に触れたようだ。後退しようとしていた木羽が、鬼の形相で向かって来る。
流石は柚月だ。このあたりの神経戦は到底敵わない。
「木羽、そこまでだ。ここからは私も戦う」
後方の軍勢から一人の男が出てきた。
俺はその男に見覚えがあった。
俺たちの里を襲い、ちづをあんな目に合わせた男、『渡辺 綱』だった。
「田辺、ここは私に任せる約束でしょう!」
「相手が手に負えない時はその限りでは無いとも約束したな。……そのお嬢さんは火野家次期当主『火野 柚月』だろう。君と同格だ。そいつに加えて『神代 樹』が相手というなら私も出ざるを得ない」
田辺というのか、この男は。ではこいつが『雷豪 四柱』の一人『田辺 綱一』か。だがその声も姿も、『渡辺 綱』と瓜二つだ。どういう事だ。
「我々の目的は『早川つぐみ』の奪取。個人の思惑は二の次だ。……あの方の望みを叶えることが、何よりも優先されるべきではないのか!」
田辺の叱責に、木羽は「う”っ」と声をあげる。
「わかったわ。前衛は任せる。私は支援に回るわ、いつも通りに」
「承知っ!」
田辺が閃光のように駆けてくる。手には一振りの刀が握られている。
柚月は焔を田辺に向けて飛ばす。
田辺の足元からツタが飛び出し、焔から守る。
見る見るうちに田辺が近づいて来た。
見事な連携だ。田辺の動きを先読みし、その前方にツタを出現させている。
これは付け焼き刃の動きではない。何度も重ねた戦い方だ。
こいつらは何時から共闘しているのか。
「ふんっ」
荒い鼻息と共に刀が振り落とされる。
俺は刃を当て食い止める。
嫌な手応えがした。
シュルッ。まるで林檎の皮を剥くように刀が喰い込んでくる。
「やべぇ」
俺はありったけの魔力を刀に込め、刃をはじき返す。
危なかった。記憶を呼び起こすのが遅ければ、一刀のもとに斬り伏せられる所だった。
「よく防いだな。その反応、普通は出来んぞ」
訝し気に田辺は言う。手にする刀は、妖しく光っていた。
その光には見覚えがある。
次元を断ち切る揺らぎの光。魔剣『髭切』が放つ光だった。
「だが、どこまで耐えれるかなっ」
そう言いながら田辺は、鋭く細かい斬撃を繰り出す。
嫌らしい、老練な戦い方だ。
力を込めた一撃より、よっぽどタチが悪い。
「なかなか粘るな。だが、その刀はもう限界だろう」
哀れむように田辺は言う。
魔力を纏い、なんとか防いではいるが限界は近い。
俺の刀は次元の刃に切り刻まれ、無数の切り込みが入れられていた。
「武器の差は実力の差ではないと言うかもしれんが、武器の調達も実力の内だ」
勝者の笑みで田辺は語った。
戦局は、あちらに傾いている。
「樹はん、加勢するで!」
柚月はいつの間にか取り出した太刀を構え走って来る。
「貴方のお相手は私よ」
木羽が手をかざすとツタがシュルシュルと伸び柚月に迫る。
「邪魔や!」
柚月の一振りでツタは両断される。
するとその陰から、隠れていた木の葉が飛び出し柚月を襲う。
「ぐっ」
柚月は刀を引き戻し、木の葉を防ぐ。
「これが本来の影葉の使い方。……貴方、なにか焦っているわね。いつもの冷静な貴方らしくもない。味方が傷つこうと一顧だにしない『冷酷人形』、それが貴方だったはずよ。どうしたというのかしら?」
怪訝な表情で木羽は問いかける。
「年頃の乙女は移り変わり易いモンや。青春時代が遠い昔のオバハンには、分からへんかもしれへんけどなぁ」
「……口の減らない」
木羽はなおも攻撃を続ける。
ツタと木の葉を見事に連動させ、柚月を追い詰める。
柚月の動きが段々と鈍くなってゆく。
「どうやら魔力が残り少なかったようね。そりゃそうか。……貴方、意識を取り戻して間もないんでしょう。何か月も意識不明で、起き抜けで勝てる程、私は甘くないわよ」
柚月は悔しそうに歯噛みをする。
攻撃をなんとか太刀で防いではいるが、それでも傷を重ね血を流してゆく。
このままでは押しきられるのは時間の問題だった。
だが戦局というものは、ちょっとした切っ掛けで大きく変わる。
その分岐点が、いま俺たちの許に駆け寄ってきた。
「兄さん、大丈夫ですか!」
本部棟入口から、一人の影が走って来る。
敵も味方もすべての人間が、信じられないという顔をして一瞬動きを止める。
ここに居るはずの無い、居てはいけない女性が現れたのだ。
将棋の王将が敵陣深く突っ込むような真似だ。
ばかやろう! なんでここに来た! 奴らの狙いはお前なんだぞ!
つぐみはそんな俺の表情を見て、申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい、兄さん。こんな所にまで来て。けど兄さんが死んだら、私も生きていけません。……死ぬときは、一緒です!」
ばかやろう……。お前は俺に、死ぬことも許さないのか。
……生き延びてやる。絶対お前を死なせるものか。
俺は力を振り絞り、敵を押し返す。
「兄さん、頑張って!」
つぐみの応援が、俺に力をくれた。
「つぐみはん、会いたかったで!」
その声と共に、戦局が柚月サイドで変わった。
柚月は夥しい数の焔を作り出す。まるで最後の力を出し尽くすように。
焔は一斉に木羽に襲い掛かる。
「くっ」
木羽は堪らず後方に下がる。
柚月はその隙を逃さなかった。
一瞬のうちにつぐみに駆け寄る。
「よかった、柚月ちゃん。あなたも戻って来れたのね」
つぐみは嬉しそうに柚月を見つめる。
二人とも永い時を魂の牢獄に囚われていたのだ。その苦しみはお互いにしか解らないだろう。
「つぐみはん、話したい事は山ほどおます。けどそれは後回しや。今は何も言わず、唯うちを受け入れておくれやす……」
柚月は真剣な顔で、静かにに告げる。
そしてその顔をそっとつぐみに近づける。
「柚月ちゃん?」
つぐみは戸惑った声を零す。
「そのままじっとしていて……」
潤んだ震える声で柚月は呟く。
左手でつぐみの頭を抱え、右手を頬に添え、優しく引き寄せる。
柚月は少し顔を傾け、ゆっくりと近づけてゆく。
二つの陰は一つとなり、唇が重なり合う湿った音がした。
こいつ、なにをしやがるんだ。
「なひを、ふんを!」
つぐみが「訳がわからないよ」という意の悲鳴をあげる。
「感じてくなはれ、わかるはずや」とまた訳のわからんことを柚月は言う。
「むごごごご」という、もはや意味をなさない言葉をつぐみは漏らす。
柚月の赤い舌が伸び、つぐみの口の中に入ってゆく。
ちゅぷっ、ちゅぷっ、という淫靡な水音がする。
頑なだったつぐみの表情が、溶けだしたチョコレートの様に甘くとろけたものに変わってゆく。
オーマイゴッド!
俺は何を見せられているんだ。
この百合シーンが延々と続くのかと思っていたその時である。
うっとりとした表情だったつぐみが、突然雷に打たれたように身体をびくんとした。
とろんと半目だったのが、かっと見開き驚愕の表情を浮べる。
柚月はゆっくりと唇を離し、泣きそうな顔で言う。
「お渡ししましたで、もう離れんといてな」
親指でつぐみの唇をなぞり、愛おしそうに呟く。
そして力尽きたように柚月はよろめき、倒れてゆく。
つぐみは素早い動きで柚月を捉まえ、抱きしめる。
「柚月ちゃん、あなた……」
つぐみは涙を湛えた瞳で柚月を見つめる。
ぽと、ぽとと涙が零れる。
するとその涙は金色の粒となり、二人の周りを飛び回った。
そしてその光は一つの形に変化してゆく。
それは、一振りの刀だった。
何か呪文のような物が書かれた布が、柄に巻かれていた。
そして切先には赤黒い血が付いたままだった。
間違いない。忘れる筈がない。
これは、ちづを殺めた刀だ。
「彷徨っていたうちを助けてくれたのが、ちづちゃんや。『ユキ姉ちゃん、いつまで寝てんの。早く起きて、おっかあの所に行ってあげて。そしてこれを渡してあげて。もう半分は、おっかあの所に置いてきてるから』ってな。この刀の半分を置いていきおった。……ほんま、人使いの荒い子や」
そういう柚月はいつもの柚月ではなく、ユキの顔をしていた。
「あとは……頼んますで」
柚月は力なく笑い、そっと目を閉じる。
命に別状はなさそうだ。単に力を失ったようだ。
つぐみに渡した力が柚月を支えていたのだろう。
よく考えれば、何か月も寝たきりで急に動ける筈がない。
その力を全てつぐみに渡したからには、こうなるのは必定だ。
つぐみはそっと柚月を寝かす。
そして宙に浮かぶ刀を握りしめ、ぶんっと振る。
「まかせて、柚月ちゃん。……いくわよ、ちづ!」
つぐみはそう言うと高く刀を掲げる。
天に何かを誓うように。
「鴨がネギしょって出てきたわ。田辺、そっちを抑えていて。ターゲットもボーナスも、私が頂く!」
喜色満面にあふれた顔で木羽はつぐみに向かってゆく。
「どけ!邪魔だ!」
俺はつぐみに駆けつけようとする。
「行かせると思うか。ここで貴様を足止めすれば、目標は確保。我らの勝利だ。さっきまでと勝利の前提条件が変わったのだよ」
ちくしょう。俺は口惜しい気持ちでつぐみの方を見る。
無数のツタがつぐみに襲い掛かる。
ツタでつぐみを生け捕りにするつもりだ。
つぐみは刀を振り下ろす。ツタは切り裂け先端は飛び散る。
だが二本目、三本目のツタがつぐみを襲う。伸びきった剣先は、それを防ぐことは出来ない。
「ターゲット、ゲーット」
木羽は大きく口を開き嗤った。
だがその嗤いはすぐに驚きに変わる。
つぐみはくるりと回転し、その勢いで剣も舞う。
円環を描くように、つぐみも剣も止まることなく舞い続ける。
まるで神に捧げる神楽のように。
「なんなの、その動き!」
木羽は目を見開き、叫ぶ。
「煉獄にいる間、何千年も頭の中で描いていたものです。私なりにどうすれば戦えるかを考えて。幸い仮想敵は腐る程サンプリング出来ていましたので」
事もなげにつぐみは言う。
だが俺にはわかる。それは孤独で出口の見えない辛いことだと。
「あっちにばかり気を取られていて、いいのか。貴様が倒れば、それはそれでゲームオーバーだぞ」
田辺が冷笑を浮かべ攻めてくる。
確かにこのままでは、こちらの方がヤバイ。
悲鳴をあげる刀を手に、俺は焦燥感に駆られる。
「おっとどっけもので――す」
敵陣から脳天気な声が響く。
声を追い越すように、雷鳴のような速さで何かが飛んできた。
俺は身を捩り躱し、それを掴む。
あぶねえ、危うく刺さるところだった。
「チッ、避けやがったか」
敵陣から舌打ちが聴こえる。
何者だ、新手か? 俺は声のする方向を見る。
すると敵陣から兵がポンポンと宙に吹き飛ばされながら道が開いてゆく。
開かれた道から、見知った顔が現れた。
「水瀬、何しやがる。殺す気か!」
俺は抗議の声をあげる。
「あれ位で死ぬのなら、お姉さまの傍にいる資格はありません。死んでしまいなさい!……それよりも、確かにお届けしましたよ、それ」
水瀬がいつもと違う真剣な表情で言う。
俺はその言葉にただならぬものを感じ、掴み取ったものを見る。
なんでこれがここにあるんだ。俺は混乱した。
俺が手にしているのは、聖槍『ロンゴミニアド』。カムランの戦いでアーサーとして使っていたものだ。
間違いない。穂先には赤黒い血が付いている。……モードレッドの血だ。
「師匠――剣斗さんから言付かってきました。……師匠が幼い頃、北の海でヴァイキングから攻撃を受けた時に打ち込まれ、ずっと体の中にあった物だそうです。師匠はこの槍の導きで、ナギさんの島まで辿り着いたと言ってました。そして何百年もの間、この槍は待ち続けていたそうです。愛しい人の魂と記憶を持つ者が現れるのを。……モードレッドちゃんですよね、この子」
静かに遠い目で水瀬は語る。
モードレッドの遠く永い旅を思い起こすように。
何百年も待ち続ける。
その意味を、辛さを一番知っているのは、多分こいつだろう。
そして俺は知っている。あの子の最期の言葉を、願いを。
生まれ変わっても、またあなたの子どもにして貰えますか。
あいつはどんな気持ちでここまで来て、今まで待っていたのだろう。
俺は流れる涙を抑えきれなかった。
涙がぽたりと槍に落ちる。
アラムの河のように流れていった。
槍がぷるりと、震えた気がした。
この槍の前で無様なとこは見せれない。
お前の父は誇り高く勇敢であると、こいつの為にも示さないといけない。
「ゆくぞ、つぐみ、水瀬……ちづ、モードレッド。俺たちは、決して挫けない!」
槍を握りしめ、俺は敵に向かう。
この槍がある限り、俺は決して負けない。