ヒーロー登場
「剣斗さんが居れば、俺たち要らなくねえ?」
思わずそんな言葉が出た。
戦いを忌避するつもりはない。だがあの難敵を一蹴する姿を見たら、そう思っても仕方がないだろう。
そんな俺に、ナギは困ったような顔をして、ハァと溜息をつく。
「まあ、そう言うな。そう思う気持ちは分からんでもないが……」
「でもこれで形勢逆転だな。剣斗さんの力があれば、あいつ等を倒せる!」
俺の言葉にナギはぎゅっと唇を噛みしめ、言った。
「……剣斗は戦わせん。こちらに到着次第、拘束する」
「何故!」
俺は大声をあげる。なんでそんな事をするのだ。せっかくの起死回生の一手を。
「剣斗に戦わせれば、確かにいま対峙している敵には勝てるじゃろう。だがその後、どうなる。その姿はこれからやって来るテレビ局によって全国に放送されるじゃろう。剣斗と敵が戦いそれを屠る光景を目にした者は、どう捉えると思う? 怪物が民衆を蹂躙している、人類を守れ、そう思うじゃろう。……先程横断歩道を手をあげて渡る剣斗を見て、アナウンサーが戸惑っていたのを覚えておるか。あれは剣斗の行動が、自分の思い描く姿とかけ離れていたから起きたのじゃ。その圧倒的な力で人間を蹂躙する、そう思い期待していたのじゃろう。それは仕方ないことかもしれん……。お主も最初会った時には言っておったろう。剣斗のことを、『怪異』だと!」
俺は言葉を失った。確かにあの時の俺はそう思っていた。あの優しい剣斗さんを、化物のように思っていた。
「……責めているのではない。そう思うのは、やむを得ないんじゃ。この情報に溢れた現代では、物事をその要素から類型化せざるを得ない。その存在をじっくり吟味するには、今の世は忙し過ぎる。必然限られた項目からカテゴライズする事となる。異形、巨大、絶大なる力……導かれる先は、推して知るべしじゃろう」
哀しそうにナギは言う。
「わかっておるよ、今のお主はそんな事を微塵も思っていないことは。だからこそ責めれぬのじゃ。何も知らない奴らが、剣斗の事をそう思う事を。……時間をかけて、理解してもらうしかない」
切ない声だった。
あの島で剣斗さんは慕われていた。
多分、長い時間がかかったのだろう。偏見を払い除け、本当の姿を見てもらうのに。
「じゃから剣斗には戦わせん。そんな目に会わせたくはない。それにもし剣斗の力であいつ等に勝てたとしても、その後に控えているのは自衛隊、在日米軍との戦いじゃ。いかに剣斗といえども、戦術核兵器には勝てんよ」
そりゃそうだ。どんなヒーローだって、核兵器相手にバトルしているところ見たことない。
「わかった、剣斗さんには頼らない。俺たちだけの力で、あいつ等に勝つ!」
俺は拳を握り、ぐっと肘を引き寄せる。
ナギが晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「悲観することはないわ。剣斗さんを抑えコントロール下に置き、私たちが人類の味方、善良な市民だと印象づければこっちのものよ。そうすればあいつ等は世界の敵、凶悪なテロリストに貶めれるわ。ここから先の戦いは単純な武力だけの戦いじゃない。どちらが世間を味方につけるかの戦いよ」
西條がフフフと邪悪な笑みを浮かべる。
自分の本領を発揮できる状況に、目が活き活きとしていた。
「お、おぅ……」
ナギは若干引いた声をあげる。
追い詰められた状況であるはずなのに、部屋には暖かい空気が流れていた。
「……ナギさんも西條さんも、いい人ですね」
隣でつぐみが眩しそうに見つめながら呟く。
「ああ、そうだな」
俺は心の底から同意した。
「お二人とも、信頼できる人たちですね」
「ああ、そうだな」
「お二人と、寝てみますか」
「ああ、そうだ……。ちょっと待て、いま何て言った?」
疲れのせいか、おかしな言葉が聞こえた。
「お二人とエッチしてみますかと言いました。3〇してみますか、と言った方が分かりやすいですか?」
聞き間違えじゃなかった。
慌ててナギと西條の方を見る。
二人とも顎をカクーンと落とし大口を開け、驚愕の表情を浮べている。
ナギは顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
西條は僅かに頬を染め、頭の中で何かを反芻しているようだ。
このあたりは経験の差か。
「3〇ってなんだ。なんでそんな話になるんだ!」
「だって男の人にとって憧れなんでしょう、3〇は。西條さんが言ってましたよ。友達と組んで『3〇しませんか?』って迫って堕ちなかった男はいないって」
諸悪の根源はてめえか、西條! 俺は西條を睨めつける。
西條に視線を飛ばすのは、俺だけではなかった。
指令室の男たちの視線が西條に集中していた。
西條はその視線をビシビシと感じ、羞恥に悶え身を震わせ、顔を手で覆い、へたり込む。
「違うの、違うから。たった二回しかそんな事してないもん……」
いらん事言うな。妙にリアリティのある数字をだすんじゃねえ。
打ちひしがれている西條を見て、死体蹴りをする気は失せた。
そして攻撃目標を、このテロの実行犯に移した。
「つぐみ、何でそんな事を言うんだ。俺を愛していないのか。俺が他の女と寝ても平気なのか!」
言ってて、これは違うかなと思ってしまった。
これではまるで、寝取られ趣味のあるクズ男に抗議する彼女の台詞だ。
「他の女の人ならイヤですけど、あの二人なら許せます」
「いや、だから俺はそんな事求めてないから!」
「求めたじゃないですか、昨日あんなに激しく。もうやめて下さいって言っても聞いてくれなくて。初めてだったんですよ、私……」
つぐみの声が静まり返った指令室に響き渡る。
やめてくれ――――。
西條に向けられていた視線が俺に集中する。
「ケダモノ……」という女性職員の声も聞こえてくる。
これまでバケモノとは散々言われてきたが、ケダモノと罵られたのは初めてだ。
「兄さんの望みは出来るだけ叶えてあげたいと思います。多少痛くても、お相手します」
だからそういう話は二人きりの時にしようねっ。
「……ですがこれから先、それも出来なくなります。多分私、子どもが出来たと思うんです。昨日の今日で何を言うんだと思われるかもしれませんが、感じるんです、命の存在を」
これ以上ないというくらい真剣な表情で、つぐみは俺を見つめる。
常識的に考えて、一日で妊娠したかどうか分かるわけがない。
だがつぐみがそう感じるのなら、それは真実なのだろう。
「だから私がお相手出来ない間、代わりにシテ頂ける方がいらっしゃるならばお願いしたいと思いまして」
だから何でそうなる。相変わらず、こいつの愛情はどこかずれている。
俺はつぐみの前に立ち、身をかがめ、目線を合わす。
「兄さん?」
俺は両手をつぐみの口にそえる。
ぴくりと電気に触れたかのように唇が震える。
花弁が開くようにゆっくりと口が開き、白い歯が覗く。
指で頬を掴み、びろーんと口を横に広げる。
「ひらい、ひらい、兄はん」
つぐみは抗議の声をあげる。
「おまえ、前にも同じようなこと言ってたな。いい加減学習しやがれ、俺にはおまえだけだってこと」
俺は口を摘まんでいた手をはずす。つぐみはじっと俺の目を見つめる。
「どこにも行くな。何もしなくていい。ただ俺のそばにいてくれ。それだけだ……あとは、何もいらない」
俺はつぐみの胸に顔を埋める。
つぐみの鼓動が高鳴るのが聴こえる。
つぐみはそっと俺の頭に手を乗せ、幼子にするように優しく撫でた。
「兄さん、もし、もしですよ。……私が死んだら……どうするんですか?」
静かな、怯えたような口調で俺に訊ねる。自分が死ぬことよりも、俺がどうなるかを恐れるように。
「くだらん質問をするな。おまえが死ぬという前提が間違っている。俺が生きている以上、お前が死ぬことはない。俺がそんなことを許さん。だからおまえが死ぬ時は、既に俺が死んだ後だ。よってそんな質問は成り立たん!」
「おちおち死ぬことも出来ませんね、私」
くすっとつぐみは微笑う。
「やっと分かったか。せいぜい長生きしろよ」
「――はい!」
俺たちは見つめ合い、笑い合う。
そしてお互いの指を絡め、慈しむように撫で合った。
「いい加減にしろ、このバカップル!こっちはとんだ貰い事故だわ!」
西條が阿修羅の形相で仁王立ちしている。
人の幸せと云うのは、誰かの不幸せの上に成り立っているのかな。
なごやかな空気は、長くは続かなかった。
突然轟音が響き、建物全体が揺れる。
「敵、襲撃。本部棟入口を攻撃中。数約二千。後方待機の部隊まで合流しています」
保安員が張り詰めた声をあげる。これまで後方で戦闘現場を封鎖していた部隊まで投入してきたようだ。
「奴らも報道機関がやってくる事、自衛隊の出動が決定した事を知ったのじゃろう。そいつらが駆けつける前に片をつける。そういう事じゃ」
ナギが苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「清原、本部棟に戻れる?敵主力が本部棟入口に総攻撃を仕掛けてきたわ。そっちの指揮は副官に任せて、帰ってきて!」
「了解、ただちに帰還する。それまで何とか持ち堪えてくれ」
西條と清原が無線でやり取りをしていた。
「保安部隊『ジュリエット』は本部棟入口に援軍。私が指揮を取ります。今すぐ待機室に向かいます。一分後に合流!」
西條は無線で指示を出し、ヘルメットを着用し、出撃準備を整える。
「西條、俺もゆく」
俺は刀を握り、西條の前に出る。
西條は戸惑った顔をした。
「入口を突破され、建物への侵入を許したら、もう防ぎ切れない。あそこが最終防衛ラインだ、何としても死守する」
「つぐみさんと離れても、いいの?」
「やばくなったら、直ぐつぐみの許に駆けつける。……悪いがそういう位置づけで戦いに加わらせてくれないか」
西條はくすっと笑い俺を見る。
「スポット参戦ってわけね。いいわ、ついて来て。清原が帰ってくるまででもいい。それだけでも助かるわ」
西條はバンッと俺の肩を叩き、駆け出す。
俺も続いて駆け出した。
「ご武運を!」
つぐみの声に見送られ、俺たちは前線へと向かった。
「なんだ、これは!」
前線は、魔境と化していた。
味方はなんとか入口を死守しようとしていたが、劣勢を強いられていた。
兵の瞳には、恐怖の色がありありと浮かんでいた。
地面から、何十本もの茨のツタのような物が生えていた。
太さは30センチ、長さは20メートルにもなり、びっしりと鋭い棘が付いていた。
それがうねうねと動き、鋭い速さで味方を切り刻んでゆく。
この世の光景とは思えなかった。
「王子様のお出ましかしら」
ねっとりとした、妖艶な声が響いた。
コツコツと靴の音を鳴らし、一人の女性が近づいてくる。
モスグリーンのコートのような軍服を身に着け、制帽をかぶっている。
長身で、長い髪を後ろで束ね、剃刀のような印象だった。
顔は微笑をたたえているが、その目は鋭く、冷徹であった。
「はじめまして、王子様。五行家が一つ、木羽家当主『木羽 茨姫』よ。『いばらひめ』って呼んでくれてもいいわ。けどそれだと貴方のお姫様と被っちゃうかしら」
口元に人差し指を当て、凄艶に微笑む。
ぞっとするような美しさだった。
「狙いは、つぐみか」
「だいせいかーい。……大人しくお姫様を渡してくれる? 勝ち目がないのは分かっているんでしょう。どれだけ抵抗しようと、結果は同じよ。違うのはその過程でどれだけ人が死ぬかだけ。私も無闇な殺生をしたくはないわ」
俺はふっと笑う。
「返事は、分かっているんだろう」
木羽は肩をすくめ、両手をあげる。
「まあね、一応警告をしただけ。じゃ、始めるわよ!」
その言葉と共に地面が盛り上がり、次々と巨大なツタが現れる。
俺は刀を素早く振るい、押し寄せるツタを切ってゆく。
「ほらほら、これで終わりじゃないわよ」
切られたツタはすぐさま伸び始め、元の長さに戻ってゆく。
厄介だな。どうすればこの成長を止められる。
俺はツタの攻撃を躱しながら思案する。
「足元ばっかりに気を取られては駄目よ。頭がお留守よ」
頭上を見上げる。夥しい数の木の葉が舞っていた。
木の葉は俺を取り囲むように回転を始めた。
「グッバイ!」
木の葉が鋭い刃となって押し寄せる。
多少の怪我は仕方ない。致命傷を避け、これを全部切り刻む。
そう思い柄を握る。
だがその瞬間である。俺はある事に気付く。そして硬直し、その場に佇んだ。
木の葉は見る見るうちに近づいて来る。
「あっけなかったわね」
木羽は呟く。その次の瞬間、木の葉は紅蓮の炎に包まれ、燃え始めた。
木の葉は勢いを失い、メラメラと燃えながら空を舞う。
幾千もの焔が鬼火のように浮かんでいた。
ゆらゆらと炎が揺れる。
空気が歪み、景色が滲む。
陽炎のようにかすれる世界から、一人の少女が姿を現した。
「お待たせしましたな、真打登場や」
長い黒髪をたなびかせ、透き通る声で彼女は言った。
凛としたその声は、俺の遠い記憶を呼び覚まし、強く心を揺さぶった。
「柚月、なんであんたがここに!」
木羽は叫ぶ。その声に、さっきまでの余裕はない。
俺と柚月はそんな声を一顧だにしない。
何も言わず、ただじっと二人は見つめ合った。
静寂が、永遠にも感じられた。
「柚月……なのか。本当の、柚月なのか?」
静寂を破り、俺は語りかけた。
外見が一緒だから柚月とは限らない。
魂が異なるもう一人の柚月を、俺はこれまで何千回も見てきた。
もう、失望したくない。もう、裏切られたくない。
縋るように、俺は問いかけた。
「正真正銘の『火野 柚月』や。こんなええ女、他に二人といてはりまへんで」
不敵に不遜に言う姿は、まさしく柚月であった。
間違いない、こいつは柚月だ。
俺の目は涙を流し垂れ下がり、口は歓喜に吊り上がった。
「来るのが遅いわ、ボケっ。……ヒーローみたいな真似してんじゃねぇ!」
俺は涙をすすりながら、喜びを噛みしめ、言った。
「……かんにんな。あんたはんと芽衣だけにすべてを押し付けて……ほんまかんにんえ」
振り絞るような、心からの声だった。
血が吹き出すような声だった。
「さあ、こっから先はうちのターンや。樹はん、いきますで!」
「おう!」
何千年かぶりの、柚月との共闘だった。
久々のつぐみ暴走回でした。
ついに柚月も帰ってきました。
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作者が舞い上がり、パワーアップします。