怪獣王女
左腕でつぐみを抱え、右手だけで剣を振るい、敵兵をなぎ倒し、俺は進む。
「兄さん、離してください。自分の身ぐらい自分で守れます。私を庇っていては、十分に戦えないでしょう。離して!」
「誰が離すものか!もうお前を失うのは真っ平だ。お前の手を離したら気もそぞろになって、絶対今より戦闘力はダウンするぞ。それでもいいのか」
つぐみは呆れたような顔をする。
「仕方ないですね、この人は」
そう呟くつぐみの表情は、どこか嬉しそうだった。
階段を上り、一階に出た。
清原と西條が、押し寄せる大軍をくい止めていた。
「おう、やったな樹くん。お姫様を救出できたか。ここは僕に任せて、君たちは安全な場所に退避したまえ」
清原は白い歯をキラリと光らせ微笑む。そして横にいる西條に呼びかけた。
「西條、君は樹くん達と一緒に行け。指揮は僕が引き継ぐ。脱出ルートは、君が一番詳しいはずだ」
西條は清原の言葉に躊躇する。自分だけが戦列を離脱するのに抵抗があるのだろう。
「……ここからの戦いは、戦術や戦略ではなく政略の戦いになる。西條、その分野では君が最強だ。僕は自分の戦場で最善を尽くす。君も自分の戦場で最善を尽くしてくれ」
西條は一瞬目を瞑り、何かを飲み込むように小さく頷いた。
「分かったわ。ただし、勝手にくたばるんじゃないわよ。あなたは貴重な対抗兵器なんだからね」
イエス、マム。清原はおどけてそう答える。
俺たち三人は隔離病棟に向かって走った。
相変わらずつぐみを腕から離さない俺を見て、背後を守る西條が呆れた顔をする。
「あんまり束縛すると、嫌われるわよ」と不吉なことを言ってきた。知るもんか。
俺はいま幸せなんだ。失いかけた宝物を取り返した喜びに。もう二度と手放さない。
隔離病棟の入口まで来た。
敵の襲撃を受けていたが、侵入は許していなかった。
「アルファ・リーダー、帰還。保護対象二名同行」
西條が名乗りをあげる。それを聞いた味方が俺たちを取り囲み、盾となり、病棟内部へと引き入れる。
敵も必死に猛追しようとするが、味方の士気がそれを上回り、敵は俺たちをなす術なく見送った。
「無事か? 怪我はないか? 救護班!」
隔離病棟の指令室に帰還した俺たちを、ナギが涙まみれの顔で出迎えた。
「大丈夫だ。つぐみには、かすり傷ひとつ付けさせてちゃいない。西條も、大した怪我はしていない」
やっと安全地帯に着いた。安堵した俺は壁に寄りかかり、ずるずるとずり落ち、床に尻を着いた。
「あほう。お主が傷だらけではないか。……無茶をしおって」
優しい声でナギは俺を叱責する。俺の頬に触れる手は、温かかった。
「現状報告書して頂戴!」
手当てを受ける俺の横で、西條は部下から報告を受けていた。
「10 17時に一般病棟A-10区画で爆発発生。それを陽動として襲撃開始。敵兵三千、病院を包囲し波状攻撃を仕掛けています。急進派『雷豪 皆人』の配下が中心。しかしそれ以外に、外部勢力が加わっています。……五行家と思われる兵が確認できました」
俺はがたんと椅子から立ち上がる。
「水瀬や柚月の家が敵に回ったのか!」
「そうとも限らないわ。……どこの一門か、分る?」
西條は落ち着いて部下に問いかける。
「木羽の一門だと思われます」
うん、と西條は小さく頷く。
「五行家とは火・水・木・金・土の集合体。柚月さんの『火野家』、芽衣さんの『水瀬家』、それと対立しているのが『木羽家』と『金塔家』よ。『土御門家』は中立。五行家全部が敵に回った訳じゃないと思う」
俺は少しほっとした。あの二人の家を敵に回すのは、正直気が進まない。
「……勝てるのか」
俺の質問に、西條は苦笑する。
「勝利条件によるわね。敵を殲滅する、というのなら絶対無理。兵力が違いすぎる。でも活動基盤を破壊する、というのなら十分に勝機がある。あちらは軍事、こちらは経済に特化しているの。あちらの狙いはつぐみさんの身柄確保。それを阻止し、ここを脱出すれば、あとはこっちのもの。物資の補給もままならないあっちは、すぐに先細りするわ」
「要はつぐみを守り切れるかどうかか……。数だけの敵なら問題ない。俺が守ってみせる。だが、規格外の敵だと、やっかいだ。さっき、碓井とかいう奴と戦った。一対一で、相手の手の内が読めたんで勝てたが、あんなのが集団でやって来たら、やっかいだ。……敵にあのクラスは、どの位いる?」
敵を過剰に恐れはしないが、見くびりもしない。冷静な判断が必要だ。
「雷豪派には『雷豪 四柱』と呼ばれる者がいるわ。一人があなたが戦った『碓井 定道』。残り三人が『浦部 武』、『坂口 金児』、『田辺 綱一』。雷豪自身も彼等と同等か、それ以上の実力者よ。……そして芽衣さんや柚月さんのことを考えると、そのレベルの実力者が五行家にも居ると考えた方がいいわね」
「最低でも残り四名。プラス五行家か。こちらは俺と清原。……芽衣は、味方と思っていいのか?」
俺は怖ろしくて聞けなかった質問をする。
「あの娘が、つぐみさんを裏切ると思う? 全世界を敵に回しても、つぐみさんの側につくわよ、あの娘」
西條は、くすっと笑う。そりゃそうだ。
「けどね、問題は時間。あの娘、いま島にいるの。大急ぎでこちらに向かっているけど、船だから八時間かかるわ」
「遅すぎる!ヘリとかで迎えに行けないのか」
俺は思わず大声をあげる。
「航続距離が足りないの。『一時間で到着する』と伝言があったそうだけど……無理よ。空を飛ばない限り、物理的に無理。多分、私たちに希望を持たせる為にそう言ったんでしょう。……やさしい、嘘ね」
重い空気が部屋に満ちる。
パンっと手を叩く音がその空気を切り裂く。
「やめじゃ、やめ。マイナス面から逃げぬのは大切じゃが、可能性を潰してどうする。一時間は無理としても、一分でも早くあの娘は駆けつけるであろう。ならば儂らは一分でも長く持ち堪えるのみ。それに戦いは単純な武力だけではない。奈那子、お主の得意とする戦いはそうゆう物じゃなかろう」
にかっと、いつもと変わらぬ笑顔をナギは浮かべる。
その脳天気な言いぶりに、西條は口を押え笑う。
「そうですね、私の底意地の悪さ、見せてあげます。経理や外部折衝なんかの面倒事を全部私に押しつけて、そのツケを払ってもらいます」
笑いながら冷たく光る目で、戦局を写すモニターを見詰める。
「あいつら暴れ放題暴れて、それでも自衛隊や機動隊の出動を気にしていない。多分、関係機関に手回しをしているんでしょう。けどね、組織全体を押えるのは無理よ。報道機関や政治家を動かせば、治安部隊も出動せざるを得なくなります。見てなさい、政略は戦略を凌駕すること見せてあげるわ」
西條はつかつかとデスクに向かい、複数の電話を取り、同時に何人かと通話を始めた。
「〇〇先生ですか、S社の西條です。いつぞやの借りをお返し頂きたくお電話しました。国防族の先生にしか出来ないことです……」
「✕✕局長、実は現在わが社のS病院がテロリストの襲撃を受けていまして。――――ええそれが不思議な事に、治安部隊の出動がまるっきり無し。――――政治の闇を感じますわね。――――報道機関の動きもないんです。お宅の報道局も。――――いえいえ御社がどうこう思っておりませんわ。ただ、事が治まった後いらぬ誤解を招いてはいけないと愚考し……」
次々と脅しだかなんだか分からない事を始めた。
「……清濁併せ吞む奴は、恐ろしいぞ。お主も肝に銘じることじゃな」
ナギはぶるっと身を震わせ言った。
「もう少し、もう少しよ。テレビ局を動かし、機動隊や自衛隊を動かしてみせる」
西條が爛々とした目で呟く。
その時である。テレビモニターを見ていた男が大声をあげた。
「西條さん、大変です。あれを……」
「なによ、今忙しいのよ。一体なに……が……」
西條の表情が凍った。
「大変です。11時5分、T京湾に巨大怪獣が出現しました。全長約30メートル、巨大な白いイカのような姿です。怪獣はY浜港から上陸し、現在馬車通りを西進しています。これは、映画やドラマではありません。現実です。付近の方は避難してください。繰り返します。これは映画やドラマではありません……」
テレビから女性アナウンサーの悲鳴のような声が響く。
見たことがある顔だ。お昼の情報番組のレポーターをやっている人だ。
おそらく観光スポットの取材に来て出くわしたのだろう。
「怪獣の頭の上に、何か乗っているようです。カメラさん、ズームに出来ますか」
画面がぐぐっとアップになる。
そこに見知った顔が写された。
「師匠、このまま真っすぐ。S病院まであと少しです」
水瀬であった。あのアホ、なにしてやがる。
集音マイクの性能のせいか、水瀬のセリフもバッチリ聞こえる。
「怪獣の上に、少女が乗っています。少女は怪獣に指示を出しているようです。一体何をしようとしているのでしょう。私も報道機関の一員として、真実を追おうと思います」
アナウンサーのお姉さんが生き生きとしている。
こんな特ダネ、逃すものか。歴史に名を刻んでやるといった顔をしている。
報道陣は水瀬たちのあとを追う。
ずんずんと進んでいた水瀬たちが、突然ぴたりと止まった。
「歩みを止めました。周りには何もありません。どうしたのでしょう」
訝し気な声でアナウンサーは言う。
停止した水瀬たちが、また突然動き出した。
「怪獣が巨大な触手を高く持ち上げました。遂に、その暴威を振るう模様です!」
興奮したアナウンサーが叫ぶ。
だが怪獣はその手をあげたまま、ゆっくりと、ただ歩いていった。
「……赤信号で止まっていたようです。いま信号が青に変わり、手をあげて横断歩道を渡っていきます。……」
アナウンサーが、何とも言えない顔で実況する。
「…………おい」
俺はテレビを見つめるナギに呼びかける。
「アレを仕込んだのは、おまえか?」
ナギの顔は引き攣っている。
「公民館に『本土に行く前にこれだけは覚えよう。赤は止まれ、青は進め、黄色は注意』と標語を張ったことはあるが……。多分それを見たのじゃろう。……剣斗のやつ、真面目じゃからな」
真面目すぎるわ。シュール過ぎて、恐怖を感じるわ。
よく見ると、剣斗さんはずっと左車線を歩いている。
自分を車両扱いしているのだろう。
アナウンサーのお姉さんも、どう扱っていいのか途方に暮れている。
俺たちは呆然として画面を見つめていた。
「兄さん、あれは……」
一番最初に気づいたのは、つぐみだった。
剣斗さん達の進行方向から武装した一団が現れた。
30人ぐらいの小隊だ。
肩にはロケットランチャー『RPG―7』を担いでいる。
「喰らえ、剣斗!」
隊長らしき男の怒号と共に弾頭が何発も発射される。
ブシューという音をあげ、剣斗さんに向かって飛んでいく。
やばい!俺は思わず叫んだ。
煙をあげ弾頭が迫る。
だが剣斗さんは少しも慌てない。
その大きな脚を鞭のようにしならせ、弾頭の横に当てる。
RPG―7は先端部が激突しないと起爆せず不発弾となる。それを狙ったのか。
だが剣斗さんは一枚上手だった。
剣斗さんは沢山の脚で全ての弾頭をきゅるっと掴み、くるっと向きを変える。
弾頭は180度回転し、剣斗さんはぺいっと投げ飛ばす。
弾頭は来た方向に噴煙をあげ帰ってゆく。
来るな――来るな――と男たちが叫ぶ。
願いも虚しく弾頭は男たちの許へ帰り、轟音をあげ爆発した。
男たちは無残にも空に吹き飛ばされてゆく。
「ん?師匠なにかしました?」
携帯の地図アプリを見ていた水瀬が尋ねる。
「キュルルル」
「ふんふん、『うっとおしい纏わりつく虫がいたので追い払った』と。この辺り、虫が湧くんですかね」
水瀬は暢気に言う。
西條はツーと汗を垂らし、ボソッと言った。
「……あれ、雷豪 四柱の浦部 武……]
指令室はシーンと静まり返った。
「師匠、二つ目の交差点を右に曲がってください。あとちょっとでS病院。愛するつぐみお姉さま、いま会いに行きます!」
つぐみは頭を抱える。あのバカ、全国放送で愛の告白をしやがった。
「S病院に何があるのでしょう。私たちもあとを追いたいと思います」
アナウンサーは興奮し、駆け足で水瀬たちのあとを追う。
テレビが来るのか、ここに。俺は絶句した。
「あ、いま情報が入りました。巨大怪獣出現により、自衛隊の出動が決定しました。怪獣の目的地、S病院に向かう模様です。繰り返します、自衛隊の出動が決定しました……」
アナウンサーの甲高い声が、静まり返った指令室に鳴り響く。
誰も言葉を発せれなかった。
「うふふ」
「あはは」
西條が乾いた笑い声を出す。
俺も連れられ、乾いた笑いをする。
「うふふふふ」
「あはははは」
ピアノ線のような、ぴんと張り詰めた、西條と俺の笑い声が響く。
西條はがっと机を持ち、ばんっとその上の物を吹き飛ばす。
バサバサッと書類の山が宙に舞う。
「やっとれっか――――」
西條は天を仰ぎ、吼える。
「私の、これまでの苦労は、一体なんだったの! ふっざけんな――――」
髪を掻きむしり、ハアハアと息を荒げる。
うん、なんかごめん。
うちのアホが、申し訳ない。
俺はテレビのモニターを見やる。
「すっすっめ――」
怪獣の頭に乗り、我らが王女は、ビルの街を元気に闊歩していた。
西條さん、ドンマイ!
水瀬ちゃん、もっとアホしてください。
そう思う方、是非『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして下さいませ。
筆者が張り切り、もっとキャラが生き生きとします。