表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/98

ホワイトナイト

()()く、焦燥に駆られ、地下へと向かう。

目の前には敵が待ち構えていた。射撃体勢をとり、銃口がこちらを向いている。


「撃て!」


合図と共に、無数の銃弾が飛んで来た。

一階では一般人がいたので自粛していたみたいだが、ここは検査専用の階で俺たち以外いない為、遠慮なく発砲してきた。

だが、問題は無い。俺の目には、銃弾の軌跡がしっかりと見えている。

身を(よじ)(かわ)し、刀で逸らし、前へ前へと進んでゆく。

敵との距離が縮まった。すると跳弾やフレンドリーファイアで、逆に敵の被害が出始めた。


「射ち方待て!」


堪らず敵は銃撃を中止する。


「密集隊形をとれ。奴を通すな。近接武器で対応しろ」


やっかいな指令が飛ぶ。

正直こいつらは、俺の敵ではない。

だが生い茂った深い草が足をとるように、俺の時間を奪ってゆく。

一刻も早くつぐみの許に行かなくてはいけないのに。

苛立ちをぶつけるように、力任せに雑兵を刈ってゆく。


「どけ!邪魔だ!」

何度目かわからない咆哮をあげ、刀を振るう。

血しぶきがあがり、ねっとりとした赤い霧がかかる。

死と怨嗟に塗れた匂いがしていた。


おぞましい血の海を掻き分け進むと、突き刺すような殺意が飛んできた。

俺の動きを舐めまわすように見つめ、その何処に(くさび)を打ち込めば崩壊させれるかを探るような視線だった。重厚で冷徹な殺意だった。


視線の先を見やる。

巨大な男がそびえていた。

二メートル近い巨漢だった。

鍛えられた筋肉は、隆々というよりしなやかで、張り詰めた弓のようだった。

周りにそいつより大柄な奴は何人もいたが、ひときわ巨大に見えた。



「比丘尼に囲われた小僧か……」


男は俺を睨みつけ、吐き捨てるように言う。


「あの時に、殺しておけばよかった。たった数か月で、とんでもない化物に育ったもんだ」


俺は記憶を掘り起こす。

遥かなる昔、島から帰って来た時、俺たちを人里離れた施設に隔離しようと主張してきた奴だ。

名を碓井(うすい) 定道(さだみち)雷豪(らいごう) 皆人(みなと)派閥の幹部だ。


「オレのことを忘れたか」


忌々し気に碓井は問う。


「いま思い出した。悪いな、なにしろ恐ろしく昔のことだったんでね」


「……たった数か月前のことだぞ」


「直線距離では数か月なんだが、途中に何千年もの深い崖があってね。俺にとっては大昔なんだよ」


「訳の分らんことを」


碓井の真っ当な反論に、俺は思わず肩をすくめる。



「こんな所で無駄話をしていいのか?オレにとっては願ったりかなったりだが、急いでいるんじゃなかったのか」


挑発するように碓井は言う。


「急いでいるよ。だから話をしている。状況把握と最速の突破方法を探るために」


「ほほぅ」


碓井は見定めるような視線を俺に向ける。


「あんた、偉い人なんだろ」


「それが?」


胡乱気(うろんげ)な目を俺に向ける。


「だけど全軍の司令官という風じゃない。前線の指揮官といったところだ。そのあんたがここに居るという事は、ある事実を物語っている。……まず、つぐみの身柄は確保出来ていない」


碓井の口元がぴくっと動く。


「そしてそれを阻害しているのは、軍事的問題じゃない。何か技術的問題だ。軍事的問題なら、あんたが前面にでて排除するだろう。だがあんたはここに居る。ここで時間を稼ぎ、俺を押しとどめようとしている。それはあんたの得意分野以外の所で問題が発生していることに他ならない。武力以外の何かがあんた達を阻んでいる。……違うかい?」


碓井はぺっと床に唾を吐く。


「可愛げのねえガキだ」


「同感だね」


俺は心の底から同意した。


「で、その賢いお坊ちゃまはどうなされるんで?」


忌々しいものを見る目付きで言い放つ。


「取りあえず恐いおじさんに、ご退場頂く。その後でお姫様を迎えに行く。そろそろ食事時なんでね」


「……出来るかな?」


不敵な笑みを、碓井は浮かべる。


「もう戦いは終わっている。分析もシュミレーションも完了済だ。……未来は、決まった」


俺は淡々と事実を述べる。碓井は俺の言葉に口を引き攣らせる。


「ふざけんなよ。戦いはな、やってみなければ分からないんだ。絶対の勝利も敗北もねえ。どっちに転ぶか分からねえんだ。だから全力を尽くす。どんな強い敵にも、弱い敵にも。……戦いを、舐めるな!」


「舐めちゃいない。だから俺は全ての事象を分析する。何通りもの未来を予測する。そして望むべく未来を手繰り寄せる。その為の努力を、俺は惜しまない」


碓井が、おぞましいモノを見るような視線を俺に投げかける。


「てめえは、神にでもなったつもりか!」


俺はその言葉に目を細め、睨みつける。


「神だと、あんなモンと一緒にするな。あんな無慈悲で、自分勝手で、傲慢な存在と一緒にするな!」


感情が昂り、思わず大声を出す。


「俺は、人間だ。どんな存在になろうと、心は人間だ」


自分に言い聞かすように、俺は呟いた。



「神だか悪魔だかは知らん。だが、貴様は化物だ。自分がどう思おうとな。心は、脆いもんだ。自分がどう在ろうと思おうと、周りがそれを許さないことがある。それに抗える程、心は強くない。人として留まることは、至難の業だ。化物は流されて、神にも悪魔にもなるんだよ」


碓井は、哀れむような目で俺を見た。

俺の向こうに居る何かを見るような顔だった。




「さて、問答はここまでだ。てめえもこれ以上、時間を掛けたくは無いんだろう」


碓井は切先(きっさき)を俺の左目に真っすぐに向け、中段に構える。平晴眼(ひらせいがん)の構えだ。

なるほどね。この高さの無い屋内では、大振りの攻撃は厳禁だ。

狙いは、突きか。

だが刺突は(かわ)された場合、無防備となる。

一撃に全てを懸けようというのか、この男は。

俺はじっと碓井を見る。息づかいを、筋肉の張りを、俺の小さな動きへの反応を。……なるほど。


じりじりと、刺すような殺気が飛んでくる。

張り詰めた、一瞬の爆発に神経を尖らせる空気が充満していた。


ゆらり、碓井の姿が陽炎のように揺れる。

来る!俺は自分の身体に命じる。奴を倒せと。


碓井の姿が消えた。

俺は自分に言い聞かせる。『慌てるな、奴はあそこにいる。落ち着いて、確実に仕留めろ』


俺は右手で(つか)を持ったまま、素早く左手を動かし、刀身の(みね)を持つ。

そして刀身を縦に立て、正中線に沿うように構えた。


ガガガガガンと鋭い音が響いた。

頭、喉、鳩尾(みぞおち)付近の三か所から、同時にだ。

そこに、碓井の姿があった。奴は驚愕の表情を浮べ、立ちすくんでいた。


今だ!俺は左手で刀身を押し出し、右手でしっかりと握り、滑らすように刀を薙ぐ。

綺麗な軌跡を描き、舞うように刀が走る。

刃は碓井の胴に喰い込み、鮮血が(ほとばし)った。


「ぐおおっ」


悲鳴をあげ、碓井は倒れ込む。


「なぜだ、なぜ防げた。この三段突きをっ!」


納得のいかない、理不尽な現実に抗議するように声をあげる。


「空間を歪め、同一時間に複数存在させる多段攻撃か。残念ながらこれが出来るのは、あんただけじゃなかったんだよ。……俺がむかし京都の尊王攘夷派に身を寄せていた頃、敵にこれと同じ技を使う奴がいてな。その時の予備動作、発動予兆、みんなそっくりだった。ならば対処は簡単だ。……悪いな、若造。これは、経験の差だ」


俺の言葉に碓井は目を見開き、愕然とした表情を浮べる。


「ふざ……けん……な……」


途切れ途切れに、それでもしっかりとした声で、碓井は最期の言葉を残した。





最大の障壁は取り除いた。

もはや俺を阻むものは無い。


絶対的な強さを誇る自分たちの将があっけなく倒されたのだ。

勝てるというビジョンを描けるはずがない。

自分の任を放り出さず立ち向かってはくるが、そこに勝利への執念は無い。敗北を受け入れてしまっている。そんな兵は、脅威とはなり得ない。俺は無人の野を行くが如く、前へ前へと進んで行った。



一番奥の、MRI室まで辿り着いた。

兵が部屋の前を固めていた。


「プリンスを入れるな!スリーピング・ビューティーを渡すな!」


……ここに、つぐみがいる。待ってろ、すぐ行くからな。

俺は最後の力を振り絞る。



「ぐふっ」


最後の敵が倒れた。

俺はよろよろと歩を進め、べっとりと血の付いたドアを開く。

部屋は暗闇に覆われていた。

その中に、キラキラと光るものがあった。


蒼く輝く、砂だった。

砂は宙を水平に、ぐるぐると旋回していた。

猛烈な速度で旋回し、触れるもの全てを切り裂く勢いだった。

床から2メートルの高さまで隙間なく密集し、半円形のドームを形作っていた。

中からつぐみの気配がする。

これが、奴らがつぐみを奪えなかった理由か。



この砂は一体?俺はドームに近づいて行く。

俺が近づくと砂は旋回のスピードを徐々に落とし、そしてピタリと止まった。

砂からは、懐かしい匂いがした。草原の匂いだった。


「……ジョチなのか」


俺は砂に近づき、優しく手を触れる。

砂は小さく頷いたようだった。


「つぐみを、守ってくれたのか……」


遠い遠い、(タッキリ)(マカン)から、大陸を駆け、海を渡り、ここまで……。


「……ありがとう」


俺は涙した。感謝した。安堵した。


砂は力尽きたように、さあっと床に落ち、輝きを失ってゆく。

砂からは、もう懐かしい匂いはしなかった。

俺は跪き、砂を握り、目を瞑り、もう一度呟いた。


「ありがとう……」




もうもうと舞う砂煙(すなけむり)の中から、一人の姿が現れた。


「兄さん……」


愛しい声が木霊する。俺の最愛の人が、そこにいた。


「ジョチが……守ってくれました。『父上が来るまで、母上は私が守る』と言って。こんな姿になっても、あんな世界に行っても……あの子は……」


つぐみは膝を付き、砂を撫でるように触り、涙を流す。


「俺たちには、過ぎた子だな」


俺は右腕でつぐみの肩を抱き、左手で優しく砂に触れる。



さらさらと、優しい時間が流れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ