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敵味方

敵が雲霞(うんか)のごとく押し寄せていた。

全員がボディーアーマー を着用し、アサルトライフルを携えている。

一般人を薙ぎ払い、武装を隠そうともしない。

これまでの襲撃は表立って行われることは無かった。数も少数だった。

明らかにこれまでとは違う。

まるで明日の事など考えない、自暴自棄のような総力戦だった。



だが俺には敵の思惑など、どうでもいい。

つぐみを取り返す、それだけだ。それを邪魔する者は、消えてもらう。


「どけ!俺の邪魔をするな。阻むならば、容赦はせん」


身勝手な素直な感情に従い、俺は敵を屠ってゆく。




「『プリンス』を排除しろ。『スリーピング・ビューティー』の許へ行かせるな。殺してもかまわん。殺せなくとも、奪取までの時間を稼げ!」


趣味の悪いコードネームと、奴らの行動目標が聞こえる。

奴らの目標は『つぐみの奪取』だ。殺害ではない。俺は少しほっとした。

俺を殺す気でも、つぐみにはそうじゃない。その事実は、俺に落ち着きと時間の余裕を与えた。

俺は改めて敵の陣容を見る。


敵は密集した方陣を組み、攻撃というよりも地点確保を行っている。

地下へと向かうルートの死守だ。

つぐみは検査を行っていた。検査室は地下一階に集約されている。

つぐみはまだそこにいる。

俺は地下へと続く階段目指し、敵陣へと飛び込んだ。



異世界で様々な戦場を経験し、何千年もの研鑽を重ねた俺の敵ではなかった。

だが、数が多すぎる。

いくら倒しても次から次へと押し寄せて来る。

深い新雪に足を取られ前に進めないように、俺とつぐみの距離は遅々として狭まらない。

俺は焦りを感じ始めた。




そんな時である。後方から戦闘スーツを着込んだ100名ほどの部隊がやって来た。

中央が飛び出し、両翼が下がった隊形で突撃して来る。


「陣形、『偃月(えんげつ)』!第一隊から三隊は正面突破。四隊から六隊は左方敵の排除。七隊から九隊は右方敵の排除。十隊は中央にて待機し、援軍に臨め」


聴こえて来るのは、西條の勇ましい声だ。


「樹くん、先陣に合流して。あなたが切り開いた道は、私たちが守る!」


部隊先頭が俺に向かって進んで来た。

彼らは押し寄せる波のような敵を押し返し、俺の進む道を死守してくれた。

いつの間にか俺の横に、戦闘服に身を包んだ西條が立っていた。


「もう、先走り過ぎ! つぐみさんが心配なのは解るけど、ちょっとは冷静になりなさい」


怒ったような、それでも好ましいものを見るような顔で西條は言った。


「悪かった。……で、こいつらは?」


俺は敵を排除していく兵を見つめ、訊ねる。


「比丘尼さま直属の保安部隊よ。島出身者で構成されて小さい頃から一緒だから、連携も練度もばっちりよ」


西條は誇らし気に小さな胸を張り言う。


「勝てるのか、敵に?」


俺は遠慮会釈もなく訊ねる。


「並の相手ならばね。数だけなら四、五倍の敵にも勝てるわ。けど水瀬ちゃんや柚月ちゃんクラスの、規格外の敵が出てくると正直厳しい。こっちにはそんな戦力は居ないの。そんな相手には今のあなたが立ち往生してたみたいに、物量作戦で押すのが最適解なんだけど、そこまでの兵力も無い。そういう状況になったら、詰みね」


悔しそうに西條は唇を噛む。


「その時は、俺が出る」


昔の俺ならいざ知らず、今の俺には水瀬や柚月に近い力があるはずだ。


「目的をはき違わないで。私たちの目標はつぐみさんの救出。あなたが出て膠着状態になったら、誰がつぐみさんを助け出すの。局所的な勝利に意味はないのよ」


その通りだ。西條の言葉に俺は頷く。


「あなたを必ず、つぐみさんの許に届けてあげる。どんなことをしても。それは、私たちの未来にも繋がっているの。それを守る為に、私たちはにここにいる。いい、あなたはただ前に進みなさい。私たちが死のうが生きようが、振り向くことは許さない。私たちは信じる物の為に命を懸けているの。その想いを無駄にしないで」


西條は鋭く意思の強い目で俺を見る。だがその瞳には、優しい光が灯っていた。

人類存亡の為につぐみを取り返そうというのは事実だろう。

だがその中に、つぐみに対する愛情が確かに含まれていた。


「ありがとう」


俺は西條の手を握り、引き寄せた手を自分の額に押し当て、感謝の意を述べた。


「ば――か」


西條はそう言って、嬉しそうに笑った。

俺もつられて笑った。




ひとしきり笑ったあと、どうしても気になる事があり、訊ねた。


「水瀬や柚月クラスが居ないと言ったな。清原は、どうなんだ。俺は一度あいつの戦いを見たことがある。正直、化物レベルだった。あいつは、どうなった?」


数々の人外を見てきた俺には分る。あいつも立派な人外だ。あいつが加われば、戦局は一気に傾く。


「清原は……来ないわ。もう味方じゃない。敵に回ったの」


俺の問いに、西條は哀しそうに答えた。


「何を言ってる。あいつはナギの側近じゃなかったのか」


俺はその言葉の意味は分かっても、何故そうなるのかが解らなかった。


「厳密には違う。幹部の一人、『藤崎(ふじさき) 正人(まさと)』の腹心よ、清原は。幼い時に両親を亡くし、藤崎に育てられ、その恩に報いる為にこの組織に入ったと聞いているわ。藤崎が比丘尼さまの穏健派だったから味方だっただけ。その藤崎が、急進派に寝返った。……いま私たちが戦っているのは、藤崎の兵よ」


俺は清原の顔を思い出す。明るく、いつも笑顔で、太陽みたいな筋肉馬鹿。真っすぐで、誠実で、融通のきかない馬鹿正直な奴。きっと悩みぬいた末の結論だったのだろう。


「いまでも信じられない、藤崎が寝返ったなんて。あの人は急進派のリーダー『雷豪(らいごう) 皆人(みなと)』とは不倶戴天の仲で、決して相容れることは無いと言われていたわ。……でも現実はこうやって(くつわ)を並べ、私たちに弓引いている。一体何があったというの」


西條は自らに問いかけるように言葉をこぼす。

人は自分の力の及ばないものに流されてゆく。そんな悲哀に満ちた声だった。






戦局は、俺たちが優勢だった。

俺が中央部を切り裂き、その後ろを錘状(すいじょう)の隊形をとる西條の部隊が押し広げてゆく。

順調に前進し地下一階へ続く階段の踊り場まで着た時、戦局が一変した。


鶴翼(かくよく)の陣をとれ。包囲し、殲滅せよ。あの化物は、儂が引き受ける」


中央部がへこみ、Vの字に両翼を広げて敵が待ち構えていた。

指示を出しているのは、五十代の大柄で、赤銅色の逞しい筋肉を纏った男だった。


「藤崎 正人……」


睨みつけるような目を、西條が向ける。


「久しいな、西條の小娘。懐かしいのう。どうだ、積もる話もある。ちょっと小休止といかんか」


目を細め、まるで親戚の子どもに呼びかけるような気安さで話しかける。

西條はそんな呼びかけを一顧だにせず、俺の顔を見つめ言った。


「行って。ここは私たちが引き受ける。あいつの目的は私たちをここに留める事。時間稼ぎに付き合う事はないわ」


「可愛げがないのう、この娘は。……だが、行かせはせんよ。その化物には儂が、小娘とその部隊には儂が鍛えたこいつらがお相手する。勝てんかもしれん、だが負けはせん。千日手となれば、それは儂らの勝利だ。さあ、やろうか!」


細めた目をかっと見開き、獰猛な野獣のような声をあげた。

どうする。俺は追い込まれた。

このまま乱戦になれば、こいつの言う通りになるだろう。

この状況を打破するには、どうすればいい。

俺は考えをめぐらせた。




天祐は、突然訪れた。

ブツっという音と共に、不意に周りが闇に覆われたのだ。


「電源破壊。照明消失」


焦ったような声が敵からあがる。

チャンスだ。闇での戦いは慣れている。

俺は敵へと突進した。


「やらせはせんよ」


暗闇の中、野獣の咆哮が轟いた。

ひゅっうと風を切る音がする。武器が迫る音だ。

俺は音を正確に認識し、斬撃に備える。

がしゃんと刃が交錯する音が鳴る。


「サーチライト、灯せ」


その言葉と共に光の束が照射され、周りの景色が浮かびあがった。


「残念だったな」


そう笑う野獣の顔と、交差した二本の刀があった。

好機は、逸した。


そう思った時である。敵陣からおびただしい悲鳴があがってきた。

そして次々と敵兵が吹き飛ばされ、宙に舞ってゆく。何が起きている。

俺と野獣は、敵陣を見やる。


兵が吹き飛び、人波が割れ、モーセの十戒のように一人の男が進んで来る。

鎧のような筋肉を纏い、短い黒髪はピンと天に向かって立っている。

サーチライトの逆光で、その顔は見えない。

だがその歯だけは白く光り、爽やかな空気を発していた。


「いけないな、裏切りは」


男は澄んだ濁りのない声で呼びかける。


「いけませんよ、裏切りは。信頼を失う行動をするなと教えてくれたのは、貴方じゃないですか、正人さん」


男の姿が段々見えてきた。


助太刀(すけだち)、いるかい?」


そう俺に呼びかけるのは、眩しい真夏の空みたいな笑顔を浮かべる、あの島の頃と変わらぬ清原だった。


いよいよ最終章開始です。最後までお付き合いください。


ラストまで頑張りますので、応援よろしくお願いします。

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