ウィズ・ユー
気品のある青に、絢爛な金色を散りばめた門が見えてきた。
威厳漂わすその門は、まさに青龍が宿るに相応しい姿であった。
日は暮れはじめ、闇が一層おごそかな佇まいを引き立てる。
ライトアップが始まった。
ランタンが星のように輝く。
黄色、赤色、極彩色のランタンが空いっぱいに広がっていた。
通りには異国情緒あふれる二胡の伸びやかな音色が響いている。
観光客で道路は一杯だ。なかなか前に進めない。
つぐみは俺の腕に両手を巻きつけ、ぎゅっと抱きしめた。
「おい!」
俺は批難の声をあげる。
「いいじゃないですか。はぐれたら困るでしょ。不可抗力、不可抗力」
こいつ計算ずくか、と疑念の目でつぐみを見る。
つぐみは溢れる人混みに困惑しているようだった。確かにいつもより人が多い。
違うなこれ。こいつ、そこまでの策士じゃない。
しかし、これはよろしくない。
俺は抱きしめるつぐみから腕を引き抜いた。
つぐみは絶望の表情を浮かべる。
俺は引き抜いた腕をつぐみの肩に回し、彼女をぐっと引き寄せた。
隙間がないぐらいに俺たちは密着する。
「さあ行くぞ。はぐれるなよ」
「……はい!」
つぐみの笑顔がこぼれる。
俺たちは比翼の鳥のように人波を進んだ。
「まずはお参りに行きましょう」
つぐみが最初に提案したのがそれだった。若いのに、と思ったが、よく考えるとこいつ受験生だったんだ。合格祈願のお礼にということだろうか。
「いいけど、関帝廟に学問の神様っていたっけ」
「いくのは媽祖廟です。学問の神様、文昌帝君が祀られていますよ」
そうか、あそこは媽祖以外にもいろいろな神様が祀られていたっけ。……まてよ確かあそこには……。
「おい、あそこには『註生娘娘』と『臨水夫人』も祀られていたよな」
つぐみはさっと顔をそらす。
子宝の神様と安産の神様じゃねえか。こいつしれっと俺にも願わすつもりだったな。
「却下!いくなら一人でいけ」
「ちぇっー。だめだったか」
油断も隙もないな、こいつ。
大通りにでた俺たちは、美味しそうな匂いを漂わす店々を見て歩いた。
「これ食べましょうよ」
行列が出来ている、俺でも知っている小籠包の有名店をつぐみは指さす。
「テイクアウトだぞ、これ。ちゃんと店の中で食べたらどうだ」
「いいんですよ、これで。あそこの公園で食べましょう」
つぐみが指さしたのは、海に面した広大な公園だった。
「美味しそう。彩りきれい。いただきまーす」
小籠包のセットを購入した俺たちは、海風が吹く公園のベンチでふうふうと吹きながら口に入れた。
「おいしー。このフカヒレ、コリコリして最高ー」
つぐみは至福の表情を浮かべる。どれ、俺も……。
「あちっ、熱っ、水っ」
「あはは。兄さんあいかわらず猫舌なんですね。かわいー」
「うっせい。子供あつかいするな、このぐらいで」
この間まで子供だったつぐみに言われると、なんかムカつく。
「子供あつかいですか。……兄さん、もしかしてキス下手なんじゃないですか?」
なんでそんな話になるんだ。相変わらずこいつの思考のつながり方がよくわからん。
「猫舌は、舌先の神経の集中するところに熱いものが当たるんで熱く感じるんです。舌を上手く使えば熱いのは平気なんですよ。……兄さん、キス上手なんですか?」
そういうことを科学的に分析するな。答えづらいだろう。
「お前はどうなんだ。さぞお上手なんでしょうね」
悔しいので拗ねたように言った。
「知りません。処女の私はファーストキスもまだですから」
いらんとこつついてしまった。
「私のキスが上手かどうか、……教えてくれますか……」
つぐみは唇を舌でゆっくりと舐める。
光沢を帯びた唇をくいと突き出す。
ねっとりとした視線が絡んできた。
俺は片手でつぐみの頭を軽く押さえる。
ゆっくりとつぐみに近づき、……脳天にチョップを食らわせた。
「いたーい。なにするんですか。か弱い乙女にチョップを食らわすなんて。そこはキスする流れでしょうが」
「うるせえ!か弱い乙女はそんなあこぎな真似はしません。おかしな誘惑ごっこしてないで、さっさと食え」
「はーい!」
屈託のない声でつぐみは答える。
そうだよな、俺たちはこうでなくちゃ。
海風が火照った俺の顔を撫でる。
俺の顔が赤みを帯びているのは、この熱い小籠包のせいだ。
俺はつぐみを守らなければいけないんだ。
つぐみに害をなす外なるものから。つぐみを蝕む誤った内なるものから。
俺は強くあらねばならないんだ。
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