もしも願いが叶うなら
ちょっと長目ですが、出来れば一気にお読み下さい。
朱を溶かした光を放ちながら、夕陽が戦場に沈んでゆく。
血をくべて燃え立つ大釜のように煮えたぎっていた。
その光を浴び、一人の男が立っている。
輝く白銀の剣を地面に刺し、その柄を両手で握り、もたれかかるように佇んでいた。
周りに横たわる屍と、鎧にこびりつく返り血が、これまでの戦いの苛烈さを物語っていた。
「マーリン。ここから先は、俺一人で行く」
「相手が一人だからといって合わせる必要は無いのじゃぞ。これは決闘とは違う、合戦なのじゃ。一対一でなくとも、騎士道精神になんら恥じることは無い」
俺はかぶりを振り、「そうじゃないんだ」と訴える。
「騎士道精神など、どうでもいい。これは単純な剣の勝負じゃない。俺とあいつの本質を問う戦いなんだ」
マーリンは俺の言葉に声を詰まらせる。
ただ一言、「わかった」と重い声で力強く答えた。
「ずいぶんと殺したな」
俺は槍を肩にかけ、死体の山を見ながら悠々と近づいてゆく。
「おかげさまで。あなたに鍛えられた賜物ですよ」
平然と、気負うでもなく、こともなげに答えてきた。
冷血な反応だった。武勇を誇ったり、自分の正当性を主張する人間らしさの欠片も無い。
こいつの行った事を理解しようと足元を見る。
見知った顔が転がっていた。
「ケイを……殺したのか。お前はケイを慕っていたんじゃなかったのか」
俺の乳兄弟で、義兄とも言える騎士。こいつを自分の子供の様に可愛がっていた。小さい頃はこいつもよく懐いていたはずだ。
「ええ、私の行く手を阻みましたので。……この人のこと、私は好きでしたよ。しかし、何人たりとも王の道を塞ぐことは許されません。いえ許してはいけないのです。私はあなたの背中からそう教わりました」
「そうか……」
俺は一体何をやってきたのだろう。
こいつに何を教えてきたのだろう。
こいつを、この怪物を育ててきたのは俺だ。
この怪物はいま世界を飲み込もうとしている。
王として、父として、俺はどうあるべきなのか。
「お前は何を求めているんだ?」
「……理想の世界を」
目を細め、切なそうに言葉を紡ぐ。
遠き故郷を思い起こす流離人のように。
「それは大勢の無辜の民を犠牲にしてでも手に入れるべき物なのか」
「点の視座で言えば、許されないことでしょう。ですが長大な線の視座に立てば、違う景色が見えるはずです。飢えること無く、奪い合うこと無く、皆が寄り添い安心して生きられる世界。飢饉で我が子を間引くことも、親を山に棄てることも、盗賊の襲来に怯えることも無い。そういう小さな幸せが当たり前に永遠に続く、そんな世界に皆を連れて行きたいのです」
こいつは王だ。民を想い、最大の幸福を追求する、紛れもない王だ。
だがそこには温かな血が通っていない。
成果だけに目を奪われている。聖杯の誘惑に捻じ曲げられている。
機械仕掛けの王だ。
「モードレッド、そんなやり方は認められない。そんなもの……皆が認めない」
胸をちりちりと灼かれるような痛みに耐えながら、言葉を紡ぐ。
「それはそうでしょう。人は得た物は当然の権利とし、支払った対価を惜しむ者です。幸せな生活が続けば、きっと過去の痛みの清算を迫ってきます。……ですので私は理想郷に行けば、王の座から降りるつもりです。皆に石礫を投げられながらね。別に千年王国に君臨しようとなぞと思っていませんよ」
駄目だ。こいつのやり口は一つの正義だ。真っすぐに歪んだ正義だ。
こいつはそれが正しい事も、間違っている事も、受け入れられない事も理解していやがる。
「多分あなたには理解してもらえないでしょう。あなたと私では出自が違います。あなたは『民の中から生まれた王』、私は『王宮の中から生まれた王』、価値基準が違うのですよ」
高貴な生まれを誇るのでもなく、どこか陰鬱とした声だった。
「日も暮れてきました。そろそろ決着をつけましょう。明日という日が、今日に連なる変わらぬ日か、生まれ変わった新しい日か、決着を!」
モードレッドは眩しく光る白銀の王剣、『クラレント』を天に掲げた。
「クラレントか。……何故その剣を盗んだ」
「この聖剣はブリテンの宝、あなたの物ではありません。ブリテンの王となる私が持つは必定!」
「いや、そういう事では無くてな……数ある聖遺物の中から、何故それを選んだのかを聞きたいんだが」
「……『王者の剣』だからですよ。正統なる王が持つに相応しい剣。王権の象徴。エクスカリバーがあれば其方にしたかもしれませが、それはあなたが肌身離さず持っているでしょう」
「そうでもないぞ。エクスカリバーは、今ここにはない。絶賛貸し出し中だ」
「私の相手をするのに、エクスカリバーを持ってきていないのですか。……舐めているんですか」
モードレッドは青白い怒りを放つ。
「舐めてなどいない。そこが俺とお前の違いだ。今エクスカリバーはランスロットが持っている。その方がこの戦いを有利に進められると考えたからだ。そして俺にはこれがある」
肩にかけていた槍を突き出す。
「聖槍『ロンゴミニアド』、聞いたことのない名だろう。これまで戦いであまり使わなかったからな。だがな、その内包する力はエクスカリバーに勝るとも劣らない。……何故これを持って行かなかった。何故クラレントを選んだ」
モードレッドは言葉を失う。
「お前は物事の本質を見ているのか。表層だけを見たり、裏付けのない情報に惑わされたり、狭い価値観に縛られたりしてないか。王とは最後の決断を下す者だ。情報の精査は最重要事項。そのようなものに囚われてはいけないんだ」
「言いたい事はそれだけですか。ならば試しましょう。あなたの判断と私の判断、どちらが正しかったのか。この戦場で、結果が証明してくれます。残った者が正しい王です。偽りの王には退場してもらいましょう」
言葉での応酬は終わった。
あとは己の存在を剣戟に乗せて語るのみ。
いざ!……俺たちは光を走らせた。
白銀の光が空を走る。
気高く神聖なる剣が、雷を打ち鳴らすように。
紅炎の焔が地を切り裂く。
圧倒的な存在感を放つ槍が、すべてを飲み込む津波のように。
天の龍、地の龍、二匹の龍が貪り合っていた。
「なるほど。確かにその槍は神器と呼べるでしょう。だがそれはこのクラレントとて同じこと。決して引けを取りません」
「そう見えるか。俺の目には僅かにこちらが上回って見えるがな」
「誤差の範囲内でしょう。仮にそうであっても、問題ありません。神器の差以上に大きいものがあります。使い手の力量差です。……残念ながら、私はあなたを追い越したようです」
モードレッドは剣を振るいながら、憐れむように俺を見る。
こいつの剣技は凄まじく、その言葉は事実だ。
基本はオクス(雄牛)の構え。切っ先を俺に向け、右の頬の横に剣を構える。まるで雄牛の角のごとくに。鋭い突きを繰り出し、それ以上に厄介なのがカウンターだ。俺の斬撃を受け流し、流れるように剣を振るってくる。正直、手に負えない。
「基本能力だけならそうだろうな。だがな、戦いとはそれだけじゃない。……王の戦いとは如何なるものか、教えてやる!」
この力を我が子に使うとは。慚愧の念に堪えない。
モードレッドは俺の言葉に警戒を示す。
自分の剣技に絶対の自信を持っている。
だがその自信は俺の言葉により僅かな綻びを見せた。
そして俺がこの力を使う前に倒せなかった。
それがお前の敗因だ。
「戦いとは、剣技だけではないんだ。来い、モードレッド」
「戯れ言を!」
俺の挑発に反応し、切りかかって来る。
激昂するのでは無く、冷静に熱く。
その斬撃は光の速さで迫って来た。
あらゆる物より眩しく輝く剣は光の帯をその軌道に置き去り、彗星の如く降りそそぐ。
到底躱す事も受け止める事も能わぬはずである。
だがその斬撃が俺に触れることは無かった。
まるで残像をすり抜ける様に、モードレッドの剣は空を切ってゆく。
「厄介ですね。私の癖を見切っているのですか。ならばそれごと捻じ伏せましょう。圧倒的な力の前には、小細工は無意味です」
モードレッドは距離を取る。剣の間合いよりも、槍の間合いよりも離れた距離だ。
「この距離でも我が光速の剣には刹那の距離。そして繰り出すは無限の刃」
剣を高く大上段に構える。刀身の輝きが一層増す。爆発するかのように光が膨らむ。
モードレッドはすうっと息を吸い、ぎらつく目で俺を見る。
「斬っ!」
掛け声と共に剣を振り下ろす。
無数の光の刃が流星群のように俺に襲い掛かる。
モードレッドは勝利を確信した。
俺は微動だにしない。
モードレッドは憐みを持って俺を見る。
かつての勇者を、乗り越えた先達を見る目で。
しかしその目は驚愕に変わる。
降りそそぐ流星群は、幻のように俺をすり抜けてゆく。
「馬鹿な!」
信じられない光景、認められない事実を前にした時、人はその間違いを正そうと同じ行動をするものである。モードレッドはもう一度、光の刃を繰り出す。……結果は同じであった。
「馬鹿な、馬鹿な!」
何度も何度も流星が降り注ぐ。流星はただ大地を穿つだけであった。
「……何をしたんです。何の魔術ですか」
息を切らし、血走った目で問いかける。
「何もしていない。ただ攻撃を避けただけだ」
「その説明は無理があるでしょう。光速の攻撃ですよ、それも複数の。認識して避けれるものではありません」
「認識はしていない。予測をしている」
「未来視ですか。そんな魔術聞いたことがありませんがね」
「ああ、そんな物は存在しない。これはあくまで予測だ。シナプスのシグナル伝達、振動、熱、息づかい、あらゆる情報を搔き集め、莫大な過去の事例に照らし合わせ類推する。発動前に分かるのだから、如何に光速であろうと対応は可能だ。……言っただろう、『王の戦いを見せてやる』と、『情報の精査は最重要事項』だと。意味が解ったか」
モードレッドは打ちのめされた顔をする。
その力にでは無く、その在り方に。
自分が軽視していた物に、どれ程の価値があったかの事実に。
「ずるいですね、そんなやり方。私の努力が全部無意味じゃないですか……」
やり切れないと言わんばかりの声をあげる。
「これも一つの努力だ。俺にはランスロットみたいな膨大な魔力も、ガヴェインみたいな多彩な魔術も無い。ただ刃物を磨くように感覚を研ぎ澄まし、物事を深く理解するだけだ」
「……私から見れば、三人とも等しく化物ですよ」
二人は時が停止したかのように動きを止めた。
「止めないか、こんな戦い」
俺は静寂を破り、語りかける。
「止めれませんよ、今更。それに私にはまだ残された手がある」
モードレッドは懐から何かを取り出した。
聖杯だ。だがそれはかっての黄金に輝く聖杯ではなく、赤黒く禍々しい空気を纏っていた。
「満杯とはいきませんが、魂は十分注がれました。これをもって、私も人の範疇を超えましょう」
俺の背筋がざわついた。
「万能の器、聖杯よ。汝に供物を捧げん。豊潤なる魂をその器に満たし、依り代として我が肉体を捧げん。いざ顕現せよ!」
聖杯は低い音で唸りをあげ始めた。
モードレッドは聖杯を左の胸当てる。
ずぶずぶと聖杯がモードレッドの心臓にめり込んでいく。
体中の血管が浮き上がり、波が蠢くように、芋虫が這うように隆起する。
「超えた、超えたぞ。……私は人を超えた!」
赤く染まった目で絶叫する。
「モードレッド……」
変貌を遂げた我が子に、俺は絶望した。
「たぎる、たぎる。力がたぎる。
見える、見える。あらゆる地平が、次元が。
世界はこのような形をしていたのか」
モードレッドは恍惚の表情を浮かべる。淫靡に、醜悪に、無垢に。
「勝負は決しました。私の勝ちです。もはやこの世界に用はありません。あとは理想郷に旅立つだけ。……父上、一緒に参りませんか……」
達観した顔で呼びかける。
「それは気が早いんじゃないか。まだ勝負はついていない。馬鹿な子どもへのお仕置きは、終わってないぞ」
「もう決まったのですよ。勝負の行方も、運命も。神の筋書きは覆せません」
そう言う声には、気負いも驕りもなかった。
「もう日が暮れます」とでも言うように、淡々と事実を述べているようだった。
「やってみなければ、分からないだろう」
俺は槍を短く持つ。鋭く速い動きを選択した。
「いいでしょう。あなたなら一度見れば理解いただけると思います」
モードレッドはアルバー(愚者)の構えをとる。剣先を地面に向け、下段に構える。体はがら空きで、無防備に見える。俺は足を踏み込み、鋭く槍を突く。モードレッドは動かない。俺の槍を遮る物はなく、モードレッドの体を切り裂くはずだった。
がしん。モードレッドの体に当たる寸前、何かが俺の剣にぶつかった。俺は思わず後ろに下がる。なんだ、これは。
光の塊が宙に浮いていた。光は吸い込まれるようにモードレッドの剣に還ってゆく。
俺は思考を巡らせる。なぜこれが、ここに、この時に、存在したのか。
一つの結論に辿り着いた。
「理解いただけたようですね。私は時空を超えました。湾曲した空間と時間を繋ぎ合わせ、未来を観測し、それに対する備えをする。時の置石ですね。どうです、あなたの予測よりも凄いでしょう」
俺は絶句した。これはもう人の営みではない。不可侵の、神の領域だ。
神に半分足を突っ込んだ我が子を見つめる。
「父上、もう一度言います。一緒に理想郷に行きましょう。争いも、憂いも無い王国を共に築きましょう」
輝く瞳で俺に呼びかける。憐みで涙が溢れそうになる。
「理想郷。そんなもの、在りはしないんだよ」
「……父上?」
自信に満ちていたモードレッドが、初めて訝し気な声をあげた。
「在るのは無数の違う人生を送る同じ自分。一人の自分は全ての自分の枝、全ての自分は一つ一つの枝が集まった大木。どこへ行こうと変わりは無い。違う世界の自分に寄生しても、意味は無いんだよ」
俺の言葉にモードレッドはかぶりを振る。
「例えそうだとしても、どうしょうもない現実、やり直したい事実を書き換えるのは、私にとっては救いなんです。……私は行きます、理想郷に!」
俺はモードレッドの体を見る。聖杯は体の奥深くまで入り、一体化している。飛び交う幽気がモードレッドの体に吸い込まれ、膨らんでゆく。
……もう、駄目か。決断の時が来た。
俺は槍を立て、石突を地にだんっと突き立てる。
そして錫杖のように振るう。
しゃらんと見えない音がした。
「高天原に坐し坐して
天と地に御働きを現し給う龍王は
大宇宙根元の御祖の御使いにして
一切を産み一切を育て
萬物を御支配あらせ給う」
朗々と祝詞を唱える。
「何をしているんです?」
怪訝な顔で尋ねてくる。そりゃ理解できないわな。
「神の力ってな、色々な裏ルートがあるんだよ。悪かったな。これは能力値の違いじゃない、経験値の違いだ。理不尽に思えるかもしれないが、俺もそれなりに苦労してきたんだよ」
穂先をモードレッドに向ける。
膨大な魔力が溢れ、空気が揺らめいている。
「何をするつもりか知りませんが、神の力は不可侵のもの。聖杯を持たぬ、ましてや魂を捧げぬあなたに辿り付く術はありません」
二人はそれぞれ構えを取る。
もう言葉は無い。
視線が、息づかいが、体重移動が、それぞれの考えを語っていた。
二人はじっと動かなかった。巨大な碇に繋ぎ止められたかのように。
碇を結ぶ鎖が、突然断ち切られた。
剣と槍が舞う。
間合いが遠い俺の槍が、先に届く。
だがモードレッドは慌てない。
光の塊が顕現する。
俺の槍の軌道を未来視し、あらかじめ置いていた。
読みは正確だ。だが正確故に、脆い。
槍と光が接触する。
光の塊の中から、紅炎の焔が吹き出してきた。
焔は光を焼き尽くし、モードレッドへの道を開く。
槍は遮る物なく突き進む。
光も闇も、全てを薙ぎ払いながら。
モードレッドは驚愕の、だがどこか納得した顔をしていた。
槍は鎧を薄紙のように突き破り、心臓を貫いた。
悲鳴があがる。
モードレッドではない。
無機質的な、感情の無い、それでも魂を求める、機械の断末魔のような声だった。
モードレッドの体から幽気が抜けててゆく。
俺は急いで傷口に手をかざし、治癒魔術をかける。間に合ってくれ。
「……父上」
モードレッドは俺の腕の中で横たわり、弱々しく目を開けた。
「私は……負けたのですね。あなたは一体なにをしたのですか。なぜ私の技が破られたのですか」
恨むではなく、咎めるでもなく、ただ純粋な疑問をぶつけてきた。
「あれは、俺の力じゃない。俺の前世、『タツキ』の力だ。『タツキ』は『神子』と呼ばれる神の代行者だった。神の存在にコンタクトし、パスを通し、その力を流すことが出来た。ただその力はコントロール不能で、ただ垂れ流すだけ。だが他の神の力にぶつけてぶち壊す事は可能だ。それをしたんだよ」
「ははっ。なんですか、そのはた迷惑な力は」
「まったくだ」
二人は子どものように笑い合った。
「……なぜ母が贈ったチェーンメイルを着けなかった。あれには『神子』の力が込められていた。あれがあれば勝敗は分からなかったぞ」
俺も疑問に思っていた事を尋ねる。
「……恐れ多くて、着れませんよ」
モードレッドは目を細め、切なそうに言う。
「一目見て解りました。どれだけ手間暇をかけて作られた物か。どれだけ愛情が込められているか。……私はそれを着るに値しません」
その目には、つぐみへの深い愛情が溢れていた。
「……お前の願いは何だったんだ。理想郷に何を求めたんだ」
一番知りたかった問いを投げかける。
「言ったでしょう。飢えること無く、奪い合うこと無く、皆が寄り添い安心して生きられる世界、それですよ」
抑揚のない、平坦な声で答える。
「違うだろう。それも願いの一つだろうが、本体じゃない。あくまで本体に着せた外套のような物、よそいきの理由だ。……お前の本当の願いは何だったんだ」
俺の言葉に顔がぴくりと動く。
空を見上げ、唇を噛みしめ、ぽつりぽつりと答え始めた。
「あなた達の本当の子どもに……なりたかった。父上の精を受け、本物の母上から産まれたかった。……あんな魔女の腹から産まれたくはなかった」
涙と一緒に、言葉が流れだした。
「私は穢れた子です。あの魔女の奸計から生まれ、あなた達への復讐の駒とされた。なんで私がそんな事をしなければいけないんです。なんであの優しい母上を陥れなければいけないんです。なんで私が父上を裏切らなければいけないんです。真っ平です、こんな運命。でもね、魂に刻まれているんです。モードレッド、お前は叛逆の騎士だと。この運命からは逃れられないと」
剝き出しの慟哭がそこにあった。
「私は願いました。本当の父上と母上から産まれ、何ら後ろ暗い所なく愛情を注がれる自分を。ですがそれは今世では叶わぬ望みなんです。どれだけ父上母上が愛してくれても、私自身が認められないのです」
かける言葉が無かった。こいつの煉獄は、そんな物では打ち消せない。
「希望はたやすく失望に変わります。ですがそこからが長いんです。失望は挫折を何度も繰り返し絶望に変わります。……父上。絶望はね、極限まで煮込むと希望に変わるんですよ。けれどその希望は最初の輝かしい希望とは違います。どす黒く、歪んで、救いの無い希望なんです。……でも、それに縋らずにはいられないんですよ」
「モードレッド……」
涙が息子に落ちる。
ぽとり。俺の涙がモードレッドの頬を流れる。
「泣いて……いただけるんですね……」
モードレッドの瞳からも涙が零れる。
二人の涙は重なり合い、一つとなって流れてゆく。
悲嘆の河、アラムの河が流れていった。
「帰ろう、俺たちの家に……母の待つ家に……」
俺はモードレッドを抱きしめた。
「私は……馬鹿ですね。素直になれば、幸せはこんなに近くにあったのに……」
モードレッドの声は段々小さくなってゆく。
「生まれ変わっても、またあなたの子どもにして貰えますか」
弱々しい声で、それでも俺の手を強く握り問いかける。
「何度生まれ変わろうと、お前は俺の子供だ……」
俺の言葉に、モードレッドは口元を綻ばせる。
涙の河が、清く透き通ったものに変わった。
そこには、満面の笑みが咲いていた。
モードレッドの腕がぽとりと落ちた。
腕は崩れ、砂となり、さらさらと流れてゆく。
体が次々に崩れてゆく。
崩れた砂は風に乗り、空に舞い上がっていった。
俺はその風を、ただ眺めていた。
涙を流しながら眺めていた。
言葉も無く、見送るように眺めていた。
風が進む先から、世界が崩れていった。
さらさらと砂が崩れるように世界が消えていった。
この日、一つの世界が……終わった。