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聖遺物

むかしむかしアラムの河で、ひとりの少女が泣いていました。

(いくさ)に行ったわたしの父が、帰ってこないと泣いていました。

風よ教えて、父はいづこに。星よ教えて、帰りはいつ。誰も答えてくれません。

だからわたしはここで待つの。アラムの河の(ほとり)で待つの。

わたしの父が流れてくるのを。一緒にお家に帰れる日を。いつまでもここで待つの。

少女はいつまでも待ち続けます。アラムの河が流れる限り。



「アーサー王、戦とは如何なるものでしょう……」

そう言って奏でた、吟遊詩人の歌が頭に甦る。

思い起こさせたのは、目の前の光景だ。


曲がりくねった川に、続々と死体が流れてくる。

腕の肘部分に見える川の強く曲がった場所に、死体がどんどんと溜まってゆく。

死体の(せき)が出来上がってゆく。

積み重なる死体にまともな物はない。

腕は千切れ、(はらわた)ははみ出し、眼球は飛び出してだらりと垂れ下がっている。

流れる血で水は濁り、魚たちが肉をついばんでいる。


地獄だ……。



◇◇◇◇◇



(むくろ)の山を踏みしめながら進む。

死体は隙間なく大地を覆い、避けて進む余裕は無い。

死者の顔は異様な顔をしている。

恐怖、喜悦、怨恨、溜飲、色々な表情が混ざっている。

略奪者なのか復讐者なのかわからない。満足して死んだのか、怨嗟の海で死んだのかも。

ただ彼らの魂は闇に染まっていた。


ここにつぐみお姉さまがいなくてよかった。こんなもの、見せたくない。

本陣に連れ帰り、柚月ちゃんに預けてきて正解だった。

汚れ仕事はわたしがする。つぐみお姉さまには綺麗なままでいて欲しい。

さあ、方をつけよう。

わたしは諸悪の根源を睨みつける。


「いい目をしていますね、ランスロット――」


パーシヴァルは恍惚とした声で叫ぶ。


「非常に魅力的な目です。憎しみや怒りに満ちた燃えるような目。そのような目で見つめられるなんて、私はなんと幸せなんでしょう」


「……喋るな、耳が腐る」


「ああっ、光栄です。いまの貴方には私しか見えていないのですね。私が憎くて憎くて、殺したくて堪らないのですね。……嬉しい。やっと貴方の心を占領することが出来たのですね」


快感に身悶え、熱い視線をわたしに向ける。顔は酔った様に赤みを帯び、眼は血走っている。……おぞましい。


「騎士の(かがみ)、円卓の騎士最強のランスロット卿、貴方に認めてもらえたのですね!」


「認めてなどいない。そなたは唾棄すべき存在だ。虫唾が走る」


軽蔑の眼差しを向ける。


「それは認めてもらえたという事なのですよ。以前の貴方は、私を歯牙にもかけなかった。円卓の騎士といえど、貴方の眼に写るのはアーサー王、ガウェイン、マーリン、モードレッドだけ。あとは十把一絡げ。貴方にとっては等しく無価値。路傍の石と一緒。……無視はね、嫌悪よりも辛いんですよ」


こいつの歪みは淀みない。


「ストーカーの理論だな……」


「ストーカー?なんです、それ」


「何でもない。さっさと終わらせようか、この下らん戦いを」


「せっかちですね。いけませんよ、ピロートークはしっかりしなければ」


堪えがたい。もうこれ以上話すことは無い。

言葉の代わりに剣を構える。

左足を前に出し、右肩上に剣を立てる。

フォム・ダッハ(屋根)の構え。八相の構えに似ているので馴染み深い。


「美しい――。完璧な機能美がここにある。ああ、感謝します。このような至高の美をぐちゃぐちゃにする機会を与えてくれて」


「思い上がるなよ。貴様が相手をするのは『湖の騎士』、そして聖剣『エクスカリバー』。共に妖精の世界に起源を持つものだ。如何に聖杯の力を借ろうが、荷が重い」


「ごもっとも。ですので、このような物を用意しました」


パーシヴァルの握っている手から、なにかが徐々に姿を現し始めた。

血塗られた槍だ。穂先からは血が滴り、赤黒く染まっている。だがそれは一滴たりとも垂れることなく、皮膚のように刃に張り付いていた。


「聖槍『ロンギヌスの槍』ですよ。聖杯のおまけに付いてきたんですけどね。なかなかの物でしょう」


『ロンギヌスの槍』。常に血を滴らせ、その槍によって付けられた傷は決して癒えず、傷ついた者を苦しめる。槍で付いた傷は、槍の血でしか癒せない。


「舞台は整いました。さあ、楽しみましょう」


その声と共に鋭い突撃を仕掛けてきた。

槍を下段に構え、突き上げてくる。

剣でまともに受けるしかない。

これが普通の槍なら聖剣で穂を両断できるのだが、聖槍相手だとそうもいかない。

そうなると純粋な剣と槍の勝負。いささか分が悪い。得物の間合いが違う。

だが悲観することは無い。接近すれば、こちらが有利だ。

その有利な状況を作るには、剣で受けて凌がなければいけない。

(かわ)すのは駄目だ。()で殴られるか、短く持ち直されて剣のように突いてこられる。

柄を掴んで接近するしかない。


「ふふっ。狙いは柄ですか。武術としては満点ですが、戦術としては零点ですね」


耳障りな冷笑が響く。

柄を掴もうとした瞬間、その意味を理解した。

柄が存在しないのだ。

掴もうとしても、その白い柄は幻のようにすり抜けていく。


「面白いでしょう。虚数空間を行ったり来たりしているんですよ、この柄」


まるで悪戯が成功したように無邪気に、邪悪に笑う。

持ち主に似て、本当に性格が悪い。


「どうします?ランスロット」


煽るように言ってくる。

もういい。ここまでだ。


「ははは、ははははは――――」


わたしは乾いた笑いを大声であげる。


「……ランスロット?」


パーシヴァルは訝し気に呼びかける。


「もう知らん。騎士の誇りも、戦いの作法も知ったことか」


わたしはもう吹っ切れた。


「やってられないわ。何でこんなアホな勝負しなければいけないの。そっちがその気なら、こっちもやりたい様にやらせてもらうわ」


「ランスロット……ですよね?」


わたしは一切返答しない。

目の前にいるのは敵ではない。

わたしの邪魔をする、単なる障害物だ。


「ノウマク・サンマンダバザラダン・カン!」


わたしは高らかに唱える。周りに七色の光の壁が出来る。久しぶりだ、これを使うのも。


「『アイアスの7層の盾』。聖槍といえども、これを一撃で破ることは不可能よ」


わたしは迷わず突撃する。


「うおぅ――――」


雄叫びというよりも悲鳴を上げて槍を突き出してくる。

槍は光の壁にはね返され、上を向く。

目の前に驚愕の表情を浮かべる獲物がいた。

わたしは胴をなぎ払う。

手応えがあった。鮮やかな血しぶきが上がる。


「ぐわぁ――――」


蛙が踏みつぶされたような声をだし、どさりと倒れる。

エクスカリバーでの斬撃だ。ただでは済むまい。

わたしは剣の血を払う。やっと終わった。




「ふふふ。まだですよ。まだ終わりにさせませんよ」


パーシヴァルはのそりと起き上がる。

剣で切られた傷が塞がっていた。


「『ロンギヌスの槍』のもう一つの力、忘れていませんか。その穂先から流れる血は、あらゆる傷を癒すことを。私の負けは無いのですよ」


あまりの醜悪さに閉口する。


「それがどうしたの。あなたの勝ちも無い訳でしょう。周りを見て見なさい。あなたの兵は殆ど討ち死に。勝利は覚束ないわね」


「ははは。そう見えますか。私から見れば、これは輝かしい勝利ですよ」


わたしは背中がざわつくのを感じた。


「私の望みは聖杯に魂を満たすこと。怨嗟に満ちた死者の魂を集めること。見事に上手くいきました。それらは大きな力となって、私達を理想郷に導いてくれるのです。王の軍が勝とうが、叛乱軍が勝とうが、どっちでもいいんです。肝心なのは如何に多くの人を殺すか、如何に憎しみを集めるかなんです」


「……外道が」


怒りに唇を噛みしめる。


「いいですね、その表情。その感情が新世界の(いしずえ)となるのですよ」


もう問答をする気もない。

わたしは右手にエクスカリバーを持ち、左手を振ってもう一本の剣を顕現させる。


「『アロンダイト』ですか、あなたの愛刀の。やはり借り物の剣ではやり辛いですか」


無言で剣を構える。右手を前に突き出し、左手を肩の上に置く。

『アイアスの盾』を解除する。これからする事に、これは邪魔だ。


「双刀で戦うと?大小の剣二つならばともかく、大振りの剣二つは無謀でしょう」


聖槍を構え、油断なくこちらを見る。あれが掠ったらお終いだ。

わたしは意を決して……跳んだ。


「消えた――。どこに行った」


パーシヴァルは狼狽する。


「我が名は芽衣!冥府の獄卒。黒き仔羊」


わたしはパーシヴァルの背後に出現する。

彼はわたしの接近に反応できていない。

わたしは右手に持った剣を振り下ろし、体深く切りつける。肉が裂け、血が舞い散る。

続いて左手の剣で同じように慎重に切りつけた。

パーシヴァルは悲鳴をあげ、斬撃にのけぞり、傷を庇いながら堪らず距離をとる。


「馬鹿な、どうやって間合いを詰めた。それに付け焼き刃の双刀でそんな動きが出来るなんて」


信じられないものを見る目付きでわたしを見る。


「空間干渉が出来るのが、自分だけだと思わないことね。それと付け焼き刃じゃないわよ。わたしの育った国では、二刀流や物干し竿みたいな長い剣で戦う剣士が掃いて捨てる程いるわ」


「妖精の王国とは、そんな変態が闊歩(かっぽ)する魔境なのですか」


「HENTAIの王国か、否定はしない」


わたしは剣を下げた。もう……終わった。


「なに勝った気でいるんです。聖槍がある限り、私は不死身なんです。貴方の攻撃がいくら当たろうと、無駄なことなんです」


パーシヴァルは強がるように言う。


「傷……塞がってないでしょう」


私は見下すように言う。その声に表情が固まり、自分の傷口に手を当てる。


「痛い。痛みが消えない。血が止まらない。なぜだ――――」


痛みよりも出血よりも、その事実に蒼白となる。


「エクスカリバーで切り、同じ場所をアロンダイトで切ったのよ。エクスカリバーで次元の深い所まで切断し、アロンダイトでそれを固定化したの。ロンギヌスでいくら回復するといっても、それはこの次元の表層的な事。いくら癒しても別次元の共鳴で傷が癒えることは無い。命が回復しても、あなたは永遠に死に続けるのよ。それは別次元に転移しても同じこと。逃げ場は無いわ」


パーシヴァルの顔がみるみる恐怖に怯え、引き攣ってゆく。

体からどくどくと血が流れる。びくんびくんと痙攣を起こす。

激痛に悲鳴をあげる。意識を失い、がくんと倒れる。

だが暫くすると意識を取り戻し、また同じように悲鳴をあげる。

壊れた動画再生のように、何度も何度も繰り返す。


「いやだ。いやだ。いやだ――――。私は理想郷に行くんだ――――」


パーシヴァルの震える叫びが木霊する。




「あなたが行くのは……地獄よ」


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