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開戦前夜

暗い闇が覆っていた。

人の望みや希望の光を飲み込む、巨大な怪獣の胃袋の中に迷い込んだ、そんな暗い夜だった。


「モードレッド、本当にいいんですか。引き返すならば、これが最後の機会ですよ」


確認、というよりも未練を断ち切らすような、そんな口調だった。


「いまさらだな、パーシヴァル。もう後に引けないし、引く気はない。お前が聖杯を持ち込み、わたしが『王者の剣』クラレントを奪う機会を得た。その時点で運命は決したのだ。望みを叶える器とそこに到る道を切り開く剣、そしてわたしの暗き情念。それらが揃ったならば……もうこの道しかないのだよ」


暗闇から月が顔を出した。

人の行いを嘲笑(あざわら)うような、冷たく、刺すような月光だった。






「モードレッドちゃんと和解する方法は無いの?何とかならないの?」


水瀬は質問という名の懇願をする。


「どうにもならしまへんな。ええとこまではいったんどすえ。あと一歩で和議が締結されるはずやった。けどその会談中、一匹の蛇が現れた。それを退治しようと騎士が剣を抜いた。それですべて終わりどす。騙し討ちだとお互い激昂して乱戦。……所詮、信なき上に立つ和解は脆いもんや」


柚月は己の無力を噛みしめるように言い放つ。

部屋を沈黙が支配する。



「私に行かさせてください。私がモードレッドを説得します。あの子は……私の子どもなんです!」


つぐみが強い口調で主張する。


「つぐみ、それは……」


俺は思わず声をあげる。


「分かっています。あの子は私が産んだ子どもではありません。兄さんの精を受け、モルゴースさまから産まれた子です」


俺の心にグサグサくる。若き日の過ちが俺を苛む。


「けどその時、モルゴースさまは私に化けていたんでしょう、遺伝子レベルで。ならばあの子は私の子どもです。いいえ、それがなくともあの子は小さい頃から私が育ててきたんです。『母上、母上』と慕ってくれてたんです。愛しい我が子です。誰にも文句は言わせません。愛する妻の見分けもつかないお馬鹿さんには、特に!」


申し開きもございません。


「けどつぐみはん、今やモードレッドと会う事は叶いまへん。もうそういう状況ではないんどす。会談は拒絶され、使者も追い返される、そういう状況どす」


「承知の上です。それでも私の声を遮ることは出来ません。戦場に出てあの子に大声で呼びかければ、きっと届くはずです」


「無茶や。戦場に出れば女子供もありまへん。……死にますで。樹はん、止めとぉくれやす」


柚月は悲鳴のような声をあげる。

つぐみの顔を見る。決して譲らない、強い決意の顔だ。

こいつはいつもそうだ。愛する者の為なら自分の命もほいほいと差し出す、天使みたいな馬鹿だ。

俺に出来るのは、彼女の望みを叶える方法を模索するだけだ。


「つぐみ、お前の望みはわかった。だが俺の望みもきいてくれ」


俺も意を決した。


「どうしても行くというのなら、エクスカリバーの鞘、『不死の鞘』を持って行け」


エクスカリバーの鞘、これを持つ者はどんな怪我をしようと血が流れない不死の鞘。

決戦を控え、アヴァロンのモーガンにメンテナンスをしてもらっていた。おかげで盗まれたとか噂になってしまった。つぐみと水瀬を追い払う口実に、これの引き取りに行かせたが、正直だれが行っても大丈夫だった。こんな非常時にこの二人がやってきて、さぞかしモーガンもびっくりしただろう。つぐみを足止めしてくれというお願いは叶えてもらえなかったが、まあ仕方ない。


「兄さん、それでは兄さんが無防備になってしまいます。そんなことは受け入れられません」


「心配するな。俺には世界一の魔術師、マーリンがついている。こいつの実力は『不死の鞘』と遜色ない。鞘をメンテナンスに出している間も、こいつのお陰でなんの問題もなかった」


「でも……」


「これだけは俺も譲れない。それにな、俺もモードレッドには、あの馬鹿には言ってやりたいことがあるんだ。ただその言葉は、安全圏から高いところから言っても届かない。あいつと同じ場所に立たないといけないんだ。……それには鞘は邪魔だ」


「分かりました。でも一つだけ約束してください。……私に後悔させないでください。この兄さんの決断を受け入れた私に、後悔をさせないでください。土の下の兄さんに、呪いの言葉を吐かさせないでください」


つぐみの目は悲哀を湛えていた。尽きぬ泉のように、とくとくと零れ出ていた。


「……約束……する」


俺はつぐみを抱きしめた。

きっと生きて帰る。俺のためではなく、つぐみのために。






「つぐみはんも芽衣も長旅で疲れたやろ。少し休みなはれ。明日の決戦に備えるのも、戦いの内やで」


柚月の言葉に促され、二人は部屋をあとにする。

部屋には静寂が訪れた。



「……儂には『不死の鞘』ほどの魔力はないぞ……」


マーリンは低い声で呟く。


「知ってるよ……」


「それでなお、このような真似をするか。……馬鹿じゃの」


「まったくだ」


マーリンは呆れたような顔をする。


「まっこと愛とは人を非合理的にする。実に愚かだ。理解できん」


「そうだな。だがそれが無い人生は、実につまらんぞ。なんの感動もないクソゲーだ。ただ黙々とレベル上げをする、そんなゲーム楽しいか。どんなに上位にランキングされても、俺はごめんだね」


「……お主の言うことはよくわからんが、言いたいことはわかる」





「のう、お主たちは如何なる存在なのじゃ」


また根源的な質問をしてきやがった。


「どういう意味だ」


「お主は『アーサー』であり『樹』でもある。その娘も『ガウェイン』であり『柚月』でもある。肉体が、魂が乗っ取られたという訳でもない。違う二つの魂じゃ。だがそれはあまりにも同質じゃ。しかし同一ではない。それがきれいに融合しておる。感情も、記憶も。こんな例、儂は見たこともない」


俺たちに答えようがなかった。むしろこっちが聞きたい。

俺は答えの代わりに語った。俺の前の世界を。ちづの世界を。そしてあの暗闇のなかに浮かぶ六角形の巨大なモザイク群を。


「信じがたい話じゃが、それが事実だとすれば平行世界が存在するということか」


「信じてくれるのか、俺の話を」


「信じるもなにも、お主の語った科学技術とやらは膨大な労力と時間がなければ到達でき得ぬ概念じゃ。とても一個人の妄想で片付けられるものではない。魔術と科学、よって立つ場所は違えど目指す先は一緒じゃよ」


オタクはオタクを知るというやつか。


「マーリンの見解を聞かせて欲しい」


魔術師は無言で自分の胸元に手をやる。


「この紋章の意味を知っておるか」


マーリンは首に付けたペンダントの紋章を見せる。赤い龍と白い龍、二体の龍がお互いの尾を咬みあい輪となっている。


「儂ら魔術師の紋章じゃ。全ては変化する。じゃがその本質は不変だと表しておる。火は絶えず変化する。だがいかように変化しようと、渦巻く劫火となろうと、消え入りそうな種火になろうと、その存在は連綿たる流れに沿っておる。一は万物からなり、万物は一からなる。……なにが言いたいかというと、『樹』も『アーサー』も同じ存在なのではないかという事じゃ。全ては同じ存在から芽吹いた違う存在。それが『樹』であり『アーサー』であり『タツキ』ではないのか」


俺は慄然(りつぜん)とする。どっちが本物とか、どっちが従属物とかではない。全てが同一の存在。

それがあの無限に続くモザイクの数だけ存在するのか。



俺は深淵の闇に吸い込まれる心持ちになった。


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