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円環の騎士

「王、ご報告申し上げます。敵勢発見いたしました。キャメルフォード北部、カムランにて展開中。その数、十万」


室内に緊張が走る。


「偉大なるブリテンの王アーサーよ、ご決断を。もはや戦いは避けられませぬ。こちらがいくら休戦を望もうと、それが叶うことはありません。奇跡的に実現した会談も、一匹の蛇がすべてを壊しました。……我らの関係はそれ程脆いものなのです。これは宿命です。天が定めし逃れえぬ戦いなのです」


円卓の騎士、ベディヴィアが重々しく語る。


「しかし今は時が悪いのでは。今我らにはランスロット卿がおりませぬ。どこに出奔したのかはわからぬが、時同じくして行方不明となられたグィネヴィア王妃と駆け落ちなされたとのもっぱらの噂。円卓の騎士最強の不在と、二人の道ならぬ恋の醜聞に、兵の間に動揺が走っております」


ルーカンが恐る恐る述べる。

王はハァと溜息をつく。


「あいわかった。……ガウェインとマーリンを残し、みな席をはずせ。……これより最後の決断をくだす」


威厳のある王の言葉に、みな厳かに従った。

広い部屋に、王と騎士と魔術師、三人だけが残された。



「どないするんどす、樹はん」


騎士が口火を切った。


「どうしょうっかな。マーリン、何かいい手ない?」


先程までの威厳はどこへやら。軽い口調で王は言う。


「儂に振るな。お主は昔からそうじゃ。面倒なことは全部儂に押し付けようとする」


魔術師は抗議の声をあげる。


「いや、だってお前はそういうポジションでしょ。参謀役というか、おばあちゃんの知恵袋というか。頼りにしてるんだよ」


「……ロリババア、ロリババアと(けな)された憶えしかないんじゃが」


「それはお前の風貌が悪い。俺の前の世界の『ナギ』にそっくりなんだもん」


「ドラゴンの肉を喰らい、何百年も生きる存在か……興味深いの」


「……食うんじゃねえぞ」


彼らは不安を紛らわせるように明るく話す。

知っているのだ。闇はより大きな闇を引き寄せると。






「アーサー王、火急の要件にてご無礼つかまつる。……ランスロット卿、グィネヴィア王妃、ご帰還なされました!」


伝令の言葉に王と騎士は顔を見合わせる。計画に綻びが生じた。

大勢の騎士に囲まれ、一組の男女が入ってくる。

騎士たちはみな殺気だっている。


「この存亡の危機に、ランスロット卿はどこに行っておられたのか!」

「王妃との不義の噂はまことか!」


みな口々に詰問する。

ランスロットと呼ばれた騎士は落ち着き、毅然とした態度で反論する。


「わたしの事はいかようにも批判してかまわぬ。王の密命ゆえ、出奔した事の言い訳もせぬ。だが、王妃への侮辱は許さん。わたしと王妃は不義密通などしておらぬ。そのような事はあり得ぬのだ。その証、しっかと見よ!」


ランスロットはそう言うと、やにわに鎧を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、生まれたままの姿となった。


「付いてない!」

「なんだ、あの胸は!」


そこには鍛え上げられ、筋肉がつき、豊満な胸を持つ、美しい女性の裸体があった。


「ランスロット卿、そなた女性であったのか!」


驚愕の声が木霊する。


「そうとも、わたしは生まれた時より女性。もとより剣を持ち、戦う気などなかった。だが残念ながら、わたしより強い男はおらなんだ。やむを得ず、このブリテンのため剣を取った。わたしより強い男が現れれば、何時でも剣を置くつもりであったが……お主たちはそれを許してくれぬ様だな。誰かわたしに剣を置かせてはくれぬか」


騎士たちはお互いの顔を見つめ、きまり悪そうにする。

円卓の騎士最強に挑む者は、現れなかった。



「そこまで。ランスロットと王妃には、儂の命により重大な任務についてもらっていた。これからその報告を聞く。皆の者、下がれ!」


王の言葉に騎士たちは退席する。

各々の考えを述べながら。


「密命とはアレか。盗まれた『魔法の鞘』を求めてとか」

「あり得るな。ランスロット卿は『湖の乙女』に育てられしお方。不死の鞘を頂きに参るには最適な人選だ」


人は決まった事象に、勝手に理由をつけてゆくものである。

騎士たちは部屋をあとにし、五人だけが残された。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「王妃、よくぞ戻った。長旅疲れたであろう」


そう言う俺の背に、冷たい汗が蛇のように伝う。

彼女は俺を見据え、ゆっくりと近づいてくる。

俺は両手を広げ、彼女を迎える。

彼女は体の重心を右足にかけ、左肩を後ろに引き、反動で腰を回転させ、振りぬく。

見事な左フックが俺の脇腹に決まった。

俺は悶絶する。


「兄さん、ふざけないでください!」


つぐみは激おこだった。


「水瀬、てめえつぐみにどんな説明をしやがった!」


俺は脱ぎ散らかした服を着こんでいる騎士に怒りの声をあげる。


「水瀬は関係ありません。あの娘はただ私を連れだしただけです。アヴァロンにいるモーガンさまにお願いするのに、私の力が必要だと言って。アヴァロンに着いて初めて分かりました。水瀬も私も騙されていたのだと。……黒幕はあなたですね、柚月ちゃん!」


つぐみは鋭い目でもう一人の騎士を睨む。


「うちは悪うあらしまへんで。みーんな樹さんに頼まれたことや。……これからモードレッドはんとの戦いになる。場合によっては自分が子どもを殺すことになる。……そんな姿をつぐみはんに見せとうない。戦場から遠ざけたいってな。……わかってやりなはれ」


柚月は段々と小さくなる声で言う。


「やっぱりそういう事だったんですね。けどそんな思いやり、一周回って私をより傷つけるんですよ。……ちづが亡くなったとき、私は打ちのめされました。死んでしまいたいと思いました。けど、それから逃げちゃいけないんです。受け止めなければいけないんです。あの子の生も死も。そしてそれはこの世界の子ども、モードレッドに対しても同じなんです」


つぐみは迷いのない声で言う。


「……恨んでないのか。ちづを殺した、この俺を」


これまで聞きたくて聞けなかったことを、聞く。


「恨んでますよ、当たり前じゃないですか。でもそれは兄さんにじゃありません。このくそったれな運命とか神様にです。ちづに対しても、そんな酷い選択をさせられた兄さんに対しても、土下座をして謝らせてやりたいです」


俺は、少しだけ救われた気がした。



「柚月ちゃん。なんでつぐみお姉さまを連れださせるのに、わたしを選んだの?」


水瀬はふくれた顔で問いかける。


「それはあんたが一番適任やったからや。実力は勿論やけれど、説得力があった。あんたがつぐみはんを色っぽい目つきで見とったのは、周知の事実や。その二人が揃っておらんなってみなはれ。そういう事やとみんなが納得するさかいな。実際街では、吟遊詩人が二人のことを歌うてますで」


俺は真っ青になる。

その物語にランスロットは女であるという事実が付け加えられたら……どうなる。




この世界では多様化の波が、千年早く押し寄せるのかもしれない。


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