ホワイト・ラビット
「なあ行こうぜ、合コン。相手はS社の受付嬢、苦労してセッティングしたんだぞ」
同期の小鳥遊が、仕事を終えビルがら出てきた俺を捉まえ、強引に誘ってくる。
「いかねえよ。これまで誘ってこなかったのに、なんで今日はまたそんなにしつこいんだよ」
「いや、それは当然でしょ。だって昨日までのお前、『世界中のすべてを呪ってやる』ってオーラを出してたじゃん。そんな奴、合コンに呼べるかよ」
小鳥遊の言葉に衝撃を受ける。
「そんなんだったのかよ、俺。……今日の俺は、違うのか」
「ああ、疲れた顔はしているが、険しい表情や、世界を拒絶する感じは無くなっている」
まあ昨日のあれを体験すれば、思い悩むのがあほらしくなるわな。それを考えるとあれはあれで救いだったのだろうか。昨日のつぐみの声が頭に浮かぶ。少し温かい気持ちになった。
「行くんですか?合コン」
後ろから、頭に浮かんだのと同じ声がした。振り返ると高校の制服を着たつぐみがいた。なんでここに。
「えっと、その制服F女学院だよね。君一体……」
小鳥遊が戸惑いながら問いかける。
「初めまして。早川つぐみと申します。いつも樹さんがお世話になっています」
「おい、どういう関係だよ」
小声でにやにやしながら詰問してくる。どう答えようかと逡巡していると、爆弾が投下された。
「近い将来、樹さんの子供を産むつもりで交流させて頂いています」
言いやがった。
小鳥遊はつぐみを指さし、口をパクパク動かし、引き攣った顔で俺に声を出さず問いかけてきた。どう収拾つけるんだ、これ。
「お邪魔しましたー」小鳥遊は逃げるように去っていった。
もう知らん。
俺は厳しい顔でつぐみに問いかける。
「ここで待ち伏せしていたのか」
「違いますよ。ほら、あそこに予備校があるでしょう。この一年間通っていて、今日は大学の合格報告に来てたんです」
つぐみが指さした先に大手予備校の看板があった。どうも自意識過剰になっていたようだ。
「すまん、失礼なことを言った」
つぐみの言動がどうあれ、いわれなきことで非難するのは間違っている。俺は素直に謝罪した。
「けど家からけっこう離れているだろ。あの予備校そんなにいいのか」
「そこそこですよ。あの予備校に決めたのは、自習室から兄さんの会社が見えるからです」
俺の謝罪を返せ。出てくるタイミングが良すぎたとは思ったが、そういうからくりか。
「ここで兄さんも頑張っているんだと思うと、つらい受験も乗り切れました。私の生きる糧だったんですよ」
うーん、どう取ればいい。こいつの行動、邪なのか純粋なのか判断がつかねえ。
つぐみは俺の前に立つ。手を腰の後ろに回し、ちょこっと身をかがめ、上目づかいに俺を見て、はじけるように笑った。
「受験生だったので、この街あんまり廻ったことないんです。ちょっとつきあってもらえませんか」
まだ日暮れ前で時間の問題はない。断る理由を考えていると、つぐみは俺の手をとり、ぐいと引っ張る。
「さあ、いきましょう」と駆けだす。
そのいたいけな瞳を見ると、逆らうことは出来なかった。つぐみは学校帰りに冒険に出かける子供のように顔をほころばせている。その顔を見ていると自分の年齢を忘れ、まるで高校生に戻ったような心持ちにさせられた。世の中の裏切りも冷酷さも、別世界のことに思えたあの頃のように。
ホワイト・ラビットにいざなわれる不思議の国の少女のように、
黄色と赤のランタンが灯る異国の街に、
つぐみに導かれ足を踏み入れた。
この異国の街は皆さんよくご存じのあの街です。現実と違う箇所があるかもしれませんが、それはそれ、フィクションということでご容赦ください。
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