表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/98

闇より響く足音

殺戮の宴は終わった。

周囲に存在していた生命は刈り取られた。根こそぎに。

残されたのは恐怖の色を張り付けた無数の(むくろ)

おびただしい返り血を纏い、いま少女が帰還してくる。




それまで彫像のように固まっていた水瀬の身体がぴくりと動いた。

ゆっくりと瞳を動かし、つぐみを見つめる。


「つぐみお姉さま、敵は排除しました。もうお姉さまを傷つける者はいません」


水瀬は誇るでもなく、怯えたようにつぐみに語りかける。

見捨てられるのを恐れる子犬のように。


そんな水瀬をつぐみはじっと見つめ、つかつかと近づいていく。

そして水瀬の顔に両手を当て、その頬を思いっきりつまみ、裂けんばかりに広げた。


「おねえはま、いらいいらい、なにしゅるんですは」


水瀬は思わぬつぐみの行動に声をあげる。


「このあほんだら。なに自分を粗末に扱ってんのよ。あんな快楽殺人鬼みたいな真似、あんたの本分じゃないでしょう。相手に恐怖を与えるためでも、そこまで自分を偽らないで。……私には戦闘のことは分からない。けどね、あんたが血に狂った声をあげている時、心が悲鳴をあげているのは分かった。もっと自分を大切にして。仮面のつもりでも、それを何度も被り続けると自分の顔に張り付いてしまう……」


つぐみは顔に当てていた手を離し、それを水瀬の背中に回し抱きしめる。


「……お姉さま」


水瀬はぽろぽろと涙を流す。

俺の出る幕はないな。俺と柚月は目を合わせ、笑いながら頷く。






「ほな、帰りましょか。後始末は比丘尼はんらにまかせて引き上げまひょ。撤収、撤収!」


柚月の明るい声に背中を押され、俺たちは歩き出す。

みんな笑顔で歩き出す。



数歩歩いた時だった。突然水瀬が立ち止まる。


「水瀬、どうした?」


俺は怪訝な表情で水瀬に問う。


「来る!……圧倒的な。……なんなのこの力は!あり得ない。化物……」


水瀬の顔は蒼白だ。


「芽衣、芽衣!どうしたんや。しっかりしい。なにが来るんや!」


いつも冷静な柚月が声を荒げる。


「逃げて、柚月ちゃん。ここはわたしが食い止める。つぐみお姉さまを連れて逃げて!」


水瀬は俺たちを見ず、ただ一点を見つめている。

俺たちも水瀬の視線の先を見る。


一人の男が姿を現し、ゆっくりと近づいてくる。




了不起(リャオブチー)(素晴らしい)!」


男はそう叫び、両手で拍手をしながら歩いてくる。

ぱちぱちぱち。拍手が俺たちを縛る縄に感じた。


哪里哪里(ナーリナーリ)(どういたしまして)」


柚月が冷や汗をかきながら答える。


「いやほんとに見事な闘いぶりだった。感動したよ」


男は例えるならば闇だった。

黒い薄手のコートに黒い細身のパンツ。シャツも黒い光沢の絹で、全身黒で覆われていた。ただその顔だけが抜けるような白で、その幽鬼じみた風貌を一層強調していた。



「なるほど、確かにこれは化物や」


気圧されるのに逆らうように柚月が呟く。


「おや、君にも分かるのかい、僕の力が。これは意外だ」


「なーんもわからしまへん。けどな、おたくはんの雰囲気からただ者やないのはわかります。そやのになんやの、一切力を感じさせへん。まったくのゼロや。……アホやろ、あんた。こんなん『ものすっごい力を隠してます』いう看板を上げとるようなもんや」


「なるほど、興味深いね。そちらは本能で真実に到達し、こちらは分析から到達する。いや実に興味深い」


男は面白そうに笑う。


「で、おたくはんは何者やの。八百比丘尼のとこの急進派?それとも五行家の進化促進派?」


「やれやれ、二者択一かい。そのどちらでもないよ。もっと選択肢を広げてみたらどうだい」


「すんまへんな、世間知らずな小娘なもんで狭隘(きょうあい)な世界しか知らへん。ご教授願えまへんか」


「真理は自らの力で到達してこそ価値がある。横着してはいけないよ」


「いけずやわ。モテへんで、そんなこと言うとったら」


柚月は右腕を振り大太刀を顕現さす。


「……芽衣、あんたは二人を連れて逃げなはれ。あいつの相手はうちがする。問答は無用。これが最善の策や」


「……柚月ちゃん」


柚月は言い放つと男に向かって突進した。




「やれやれ、自分にヘイトを集めて味方を逃がすか。涙ぐましいね」


男は泰然と構えている。


「翔べ、迦具土(かぐつち)


柚月は詠唱を行い刀を振る。紅炎が竜のように男に襲いかかる。


「……いやな技を使うね。だが術式が甘い。ウィークボソンに干渉は出来ているが、グルーオンや光子(フォトン)には干渉出来ていない。重力子(グラビトン)については望むべくもない。子供騙しだ」


男はつまらなさそうに呟く。

紅炎が男を包み込んだ。決まった。

だが男に触れた瞬間、炎はさらさらと砂のように崩れてゆく。

男は一歩も動いていない。

柚月は信じられないと心が叫んでいるようだった。


「これで終わりかい。もしかしてとっておきだったのかな。それは悪い事をした。けれど二の矢、三の矢は用意しておくべきだ。まあ、初手で切り札を出すというのも一つの考えだが、その時点で詰んでるよ」


柚月はがくりと両膝をつき崩れ落ちる。

男はその横を悠然と通り過ぎる。


「さて、次はそちらのお嬢さんかな」


男は水瀬を見つめる。


「アイアスの7層の盾」


水瀬が叫ぶ。7枚のドームが俺たちを覆った。


「……残念ですがあいつを倒すことは出来ません。残された手はここで持ちこたえ、応援を待つことです。数で押せば、脱出のチャンスはあります」


水瀬は震える声で言う。

分かっているのだろう。可能性は限りなく低いことを。だがそれに賭けるしかないのだ。


男はふうと溜息をつく。


「リムーブ」


男が手をかざし、唱える。


ぱりーん。ドームが音を立てて砕けてゆく。


「言っただろう。術式が甘いと。せめて7層を連結させて補完すればもう少し持っただろうね。研鑽は大切だよ」




なんだよ、これ。あの圧倒的だった柚月と水瀬がまるで歯が立たない。なんだよ、こいつ。

俺は呆然と立ち尽くす。




「さて、そろそろ本題に入ろうか」


男の低い声が届く。

これまでか。

俺は目を瞑る。




「逃げて、お姉さま!」


水瀬の声が響く。

目を開ける。男の身体に正面からしがみつき、その場に押し留めようとしていた。


「樹はん、つぐみはんを連れて逃げなはれ!」


柚月が男の背中にしがみついていた。


俺は何をしているんだ。可能性が少なくても、たとえそれが一秒だけの延命だとしても、最後まで抗うべきじゃないのか。


俺は周囲を見渡す。あった、敵が落とした黒光りするダガーナイフが地面に落ちている。

震える手で拾い上げ、両手で構え、男に向き合う。


「つぐみ、逃げろ。おまえだけでも逃げろ!」


精一杯の力を振り絞り叫ぶ。頼む、お前だけでも逃げ延びてくれ。


「兄さんこそ逃げてください。私にとって一番大切なのは兄さんです!」


つぐみは逃げない。俺の腕を必死に掴み、この場から引きはがそうとする。


誰もが逃げようとせず、大切な人を守ろうとした。






「……えっと。誤解があるみたいだから言うけど、僕は君たちの敵じゃないよ」


困惑した表情で男は決まり悪そうに言う。


「「「「……は?」」」」


間の抜けた声が重なった。




「……敵じゃない。どちらかと言えば樹さんとつぐみさんの身内だ」


嘘つけ。お前なんか見たこともないぞ。


「信じてもらえないようだね。登場の仕方を間違えたかな」


どう見てもラスボスの登場の仕方だったぞ。


「改めて自己紹介させて頂きます。僕は樹さんとつぐみさんの子供のそのまた子供。謂わば孫ですね。初めまして、おじいちゃん、おばあちゃん」




男はにこやかな笑顔で俺たちに微笑みかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ