五行説
「お前らにとって俺たちは、神じゃないのか」
「神とかなんとか、いまは関係あらしまへん。うちは持てる力をぶつけるだけどす。ほい、ドロー4。4枚お取りやす。それともチャレンジしはりますか?」
柚月が憎々しい笑顔で煽ってくる。
暇を持て余した俺たちは、リビングでUNOに興じていた。オンラインゲーム禁止令がでたからだ。抗議の声をあげたが認められなかった。
「あんた馬鹿?こっちの生活リズムや戦略思考をWeb公開するなんて、不用心にもほどがあるわ」
冷たい目で西條にすげなく却下された。
俺に同調してナギも抗議した。
「……比丘尼さま、『ゲームは一日一時間まで』って守ってますか。最近ちょっとゆるんでません?」
藪蛇だった。ナギはすぐさま撤退した。
「暇だというのなら、これはどうです。結構燃えますよ」
そう言って取り出されたのがUNOだった。
「甘いな、ドロー4を持っているのが自分だけではないと思い知るがよい。喰らえドロー返し!」
「ぐえっ。そんなのあり?チャレンジ!」
「ふふっ。見るがよい、水瀬よ。これが我の手札よ」
「げぇ!チャレンジ失敗」
「さあ、4プラス4プラス2、計10枚。山から取るがよい」
「鬼、悪魔!」
「敗者の叫びは心地よいのう」
ノリノリである。案外これは楽しい。
「……お主ら、五行家ではこいつらを神と敬うていたんではないのか。接待ゲームとは言わんが、手加減はせんでよいのか?」
ナギが呆れたように聞いてくる。
「勝負に神さまもへったくれもないでっしゃろ。やるからには真っ向勝負。手加減なんぞ失礼にあたります」
迷いのない声で柚月が答える。
「それに『神さま』という物の捉え方がちゃいます。なんや偉い立場の方というよりも、計り知れない力を秘めた超越した存在。霊山や天空や綿津見に対する畏れみたいなもんやな。あんじょう付き合うのが肝心どすえ」
「……私たちをいいように利用しようというの。……スキップ」
つぐみが恐い顔でスキップカードを出す。
「あら、うちの番どすか。どうしまひょか。……利用とかいわはると感じが悪いおますけれど、古今ヒトと自然の付き合い方はそんなもんとちゃいますの。ヒトと動物の違いは火ぃを扱えるかどうかと聞いたことがあります。動物にとっては恐ろしい災厄である火ぃを、ヒトは自分の生活に取り入れ進化しはった。その過程で色々な苦難がありはった思います。そやけどそれを乗り越えて、豊かな未来を子孫に残されはった。あてらはそれを尊いと思います」
そう言ってすっとカードを出す。その目に迷いはなかった。
出すカードが無い俺はカードを裏にして勝負に出る気にならず、素直に山からカードを引いた。
勝負の行方は誰にもわからなかった。
「ちっくしょう。次こそぜってぇーリベンジしてやる」
最下位の水瀬が食器の洗い物をしながら叫ぶ。
「あきらめなはれ。芽衣はこういう読み合いには向いてへん。あんたが司るのは感覚。思考を司るうちとは根本的に違うやおまへんか」
柚月が引っかかる言葉を口にする。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味でおます。陰陽道にて二つにカテゴライズされる陰と陽、その陰を司るのが芽衣の『水瀬家』で、陽を司るのがうちの『火野家』どす」
「お前ら対立しているのか?」
「あんたはん、案外ものを知らんのどすな。『五行相生』、『五行相剋』という言葉を聞いたことありまへんの。五行それぞれが相手を生みだし滅していき、穏当な循環が得られ、宇宙の調和がとられていくという考えや。うちら単独で存在でける訳やあらしまへん」
柚月は出来の悪い生徒に言い聞かすように語る。
「一つに纏まっているんだな」
俺は正直な感想を述べた。
「……あんたはんらが現れる前まではな……」
柚月は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「……いまうちらは二つに意見が割れてしもうた。『不干渉、現状維持』を基本方針とする火と水、『進化への積極的関与』を基本方針とする木と金、そして旗幟鮮明にしない土。ほんま面倒やわ」
「今回の襲撃もその流れか?」
「たぶんそうやろな。あいつらは決して認めへんやろけど、舞台裏は見え透いとるわ」
どこの組織も内部分裂はあるものか。
「ここも一枚岩やあらしまへんようやし、きぃつけよしや。いつ寝首を搔かれるかわからへんで」
柚月は意味ありげにナギに視線を向ける。
ナギは「かかっ」と面白そうに笑う。
「まあうちからでけるアドバイスは『芽衣を側に置く事』やろかな」
「水瀬を?」
「あの子はアホやから腹芸がでけへん。それはある意味得難いもんや。裏切りという言葉から最もほど遠い子ぉや。大事にしいや」
洗い物をする水瀬を愛おしそうに見つめる。
「それにあの子の防御力は五行家随一を誇りおす。あんたはんらを守るのは、うちや清原はんみたいな攻撃力特化は向いておまへん」
島で剣斗さんにボコボコにされていた水瀬を思い浮かべる。あいつが?
「あんたはんがなに考えとんか手に取るようにわかりおすけど、あの子が攻撃に専念することは脅威やあらへん。あの子の本質は陰中の陽。恐ろしいのは防御に専念し、なお且つ攻撃してくる時や。うちもそんなあの子を相手にしとうあらへん。ちょっとしたホラーやで、あれは」
俺は水瀬を見つめる。
洗剤を泡立てすぎ、鼻の頭を泡まみれにする間抜けがそこにいた。
こいつがねぇ。