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愚神礼讃

()()~、あんたなに好き勝手なことしてんねん。水瀬のおじさまや羽月姉さまがどんだけあんたの事を心配しはったか。よー考えとーみ」


柚月は水瀬のこめかみに拳骨をあて、グリグリと(こす)る。


「いたい、いたい、柚月ちゃん。あなた見た目は美少女だけど中身はゴリラなんだから、もっと加減して―」


「あ゛、だれがゴリラじゃ。乙女にむこうて、そないな事をほざくんのはこの口か!」


「ひらい、ひらい。られかたしゅけて―」


水瀬の口が柚月の指で思いっきり広げられ、変顔アプリみたいになっている。

理不尽なことを言ってくるなら助け船をだそうと思っていたが、これ女子高生のじゃれ合いじゃないか。

みんな微笑ましいものを見る目で見守っている。



「うちのアホがえらいご迷惑をおかけしました。改めてお詫びとお礼に参りますえ。とりあえず今日はこのアホを連れて帰ります」


「それはかまわんのじゃが。……よいのか?水瀬の意思とか」


ナギはどうしたもんかと戸惑いながら聞く。


「こん子はまだ高校生。五行家とかあんたはん方とかの関係を抜きにして、ほっつき歩ぅとった子ぉを身内が迎えにきただけの事どす。別にうちらはこいつを虐待とかしている訳ではあらしまへん。誓うていいますが家族関係は良好どす。ただ恋愛にのぼせ上ってとち狂ぅとっただけでおす」


そう言われるとどうしようもないな。家出少女を家族が迎えにきた図式にもってこられたら文句のつけようがない。それに客観的に見て家族に問題は無く、水瀬がつぐみに入れあげただけに見える。

うん、これは相手が正しい。


「そんな―、なんとかしてくださいよ―」


「そう言われてもな。儂も未成年者略取罪に問われるのはご免じゃぞ」


そうだよな。こいつ18歳未満なんだよな。


「ご理解してもろて、ほんまおおきに。ほな帰ろか、芽衣」


「いやだ――」


水瀬の叫びが建物中に響き渡る。



「うるさいわね。一体なにごと?」


奥から西條が出てきた。完全な休日モードみたいで、日頃ピシッと決めている髪型もぼさぼさで、服装もスウェットだ。こいつ、ここでは女を演じる気ゼロだな。


「なんでもありまへん。お騒がせしました。もうお(いとま)させて頂きますんで、すんまへんどしたな」


そう言って西條の横を通り過ぎようとした時だった。

西條の持っているものが柚月の目に映った。その瞬間、柚月は時間が止まったように立ちすくみ、西條の持つ書類を凝視する。


「それは聖典原書!何故そんな物がこんな所に」


これまでの冷静な柚月からは想像も出来ないような上擦った、我を忘れた声だった。

その声に西條は凍ったように動きを止める。

柚月は目を吊り上げ西條に迫り、書類を奪う。


「何をするの!」


西條は批難の声をあげる。


しかし柚月はまるで聞こえてないかのように書類を(むさぼ)るように見る。

パラパラと書類を飛ばし読みをし、最後の一枚を読み終わると脱力したかのように膝をつく。

その顔は歓喜に打ち震え、目から大粒の涙を流している。

そして天を仰ぎ見、こう言った。


「間違いあらしまへん。これはまさしく『淫乱ピンク』先生の生原稿。……なんと尊い……」


西條の顔が引き攣る。その西條を柚月はきらきらした目で見つめる。


「『淫乱ピンク』先生の原稿を持ち、その凛々しいお姿……。もしやあなた様は『絶壁ブルー』様!」


西條の顔が一層引き攣る。口の片方だけが大きく吊り上がり、まるで歌舞伎役者の顔芸だ。



「なんじゃ、その『淫乱ピンク』とか『絶壁ブルー』とかは?」


ナギが心底不思議そうな顔をして尋ねる。


「神どす!創造神であらします!」


柚月は興奮して大声で叫ぶ。


「『淫乱ピンク』先生こそ、わが国文学界の至宝。詩的な美しい言葉で綴られた物語。傑出した心情描写力。緻密な計算に基づいた構成。……そこにあるのは、もはや一つの理想郷(ユートピア)どす。その世界を作り上げるのはまさしく神!」


この近所にはたくさん神さまが住んでいるんだな。俺は同人誌出身でメジャーデビューを控える、お隣の神さまの顔を思い浮かべた。


「『絶壁ブルー』様はその『淫乱ピンク』先生の盟友。『淫乱ピンク』先生が作り上げた世界を大所高所から見つめ、その男たちの愛の世界を崇高なものに昇華させるために、より良きものに作り上げんと助言するサポート神。自ら高い壁となり珠玉のストーリーを求め、創造神に至高の世界の産みだすことを促す。その姿から名付けられたんが『絶壁ブルー』どす」


ナギがなにかを察したようだ。子供の部屋でエロ本を見つけた母親の顔をしている。


「ギルガメッシュに対するエンキドゥ。劉備 玄徳に対する諸葛 孔明。伊達 政宗に対する片倉 小十郎。織田 信長に対する森 蘭丸。英雄にはそれに並ぶ盟友が存在します。『淫乱ピンク』先生と『絶壁ブルー』様がまさにそれどす。この二柱が織りなす、ピンクとブルーが混ざり合う世界をうちらはこう呼びます。『パープル・エリア』と」


おい、四つ目の例はおかしくないか。完璧にカップリングじゃねえか。

それに『パープル・エリア』って明らかにそっちの世界だろ。


西條の表情はもう完全に崩壊している。

「いっそ殺して」との魂の叫びが聴こえるようだ。



「決めました。うちもここに住みます。お部屋が無ければ、屋根裏部屋でも台所でもかましまへん」


「お前、水瀬を連れて帰るんじゃなかったのか!」


「あんたはん、案外頭が固うおますな。もっとフレキシブルにいかな。状況は刻々と変わっていくんやさかい」


それは節操がないというんだ。


「絶壁さま、ぜひ淫乱先生について語り合いまひょう。先生、今度リーマンものでメジャーデビューされはるんどすよな。今夜は寝かしまへんで」


柚月は西條を引きずりながら奥の部屋に消えてゆく。

水瀬は拳を握り、肘を曲げ、その腕を思いっきり後ろに引き、「よっしゃー」と叫ぶ。




この家に新たな住人が増えた瞬間であった。


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